氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第105話 忘れるな

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「うがぁあああっ!?」
「もう止めろ!!暴れたら腕が千切れるぞ!!」


腕が負傷した状態で拘束された冒険者狩りの悲鳴が響き渡り、その間にもコオリは相手が落とした杖を拾い上げる。杖がなければ冒険者狩りは何もできず、腕を拘束している以上は逃げる事もできない。


「ミイナ、大丈夫?」
「平気……さっき、回復薬をかけたから」


ミイナはコオリが戦闘の際中に所有していた回復薬を使って怪我を治してたらしく、彼女は脇腹を抑えながらも立ち上がる。ミイナの安全を確認したコオリは安堵するが、空中に浮かんだ冒険者狩りを見て冷や汗を流す。


「こいつ、どうしよう」
「多分、もう少ししたら警備兵がくるはずだから引き渡すしかない」
「そうだね」
「うぐぅっ……!!」


街を見回る警備兵が騒ぎを聞いて駆けつけると思われ、それまではコオリは冒険者狩りを拘束するつもりだった。しかし、冒険者狩りは空中に浮かんだ状態でコオリ達を睨みつけ、初めて彼等に話しかける。


「これで終わりだと思うか!?違う、これは始まりだ!!」
「始まり?」
「お前は盗賊ギルドを敵に回した。覚えておけ、必ず同胞がお前を殺す!!」
「なっ!?」


右腕を拘束された状態の冒険者狩りは左腕を懐に伸ばし、隠し持っていた短剣を取り出す。まさかまだ抗う気なのかとコオリは思ったが、何を考えたのか冒険者狩りは自分の首元に刃を突きつけた。


「盗賊ギルドを舐めるな!!」
「なっ……や、止めろ!?」
「コオリ、目を閉じて!!」
「ぐああっ!!」


冒険者狩りは自分の首元に刃を突き刺し、大量の血飛沫が空中に発散した。ミイナは咄嗟にコオリに抱きついて彼の目を塞ぐが、冒険者狩りが自害する光景はコオリは目にしてしまう。

自害する光景を見た事でコオリの精神が乱れてしまい、冒険者狩りを拘束していた氷板の拘束が解除されてが地面に倒れ込む。それを確認したコオリとミイナは顔色を青ざめ、運が悪い事に街道から足音が鳴り響く。


「ここから声が聞こえたぞ!!」
「いったい何があった!?」
「探せ!!」


路地裏に徐々に兵士の声と足音が近付き、それに気づいたミイナは顔色を青ざめるコオリの腕を掴む。ここに残れば自分達があらぬ疑いをかけられると判断したミイナはコオリに逃げるように促す。


「コオリ!!しっかりして、急いでここから離れないと私達が殺したと思われる!!」
「えっ……で、でも」
「今は言うことを聞いて!!ほら、早く付いて来て!!」
「……う、うん」


冒険者狩りが自害する光景を見た事で放心状態となっていたコオリだったが、ミイナの言葉に従って警備兵が駆けつける前にその場を後にした――





――翌日、王都では冒険者狩りの被害者がまた現れた事と、しかも今度は冒険者狩りの特徴と一致する女性が一緒に死んでいた事が判明して王都の人々は騒然とする。殺されたのは情報屋を自称する男性と、その男性の傍で死んでいたエルフの女性だった。

男性の方はこれまでの冒険者狩りの被害者と同じく、胸元の部分に十字の傷が原因で死亡していた。しかし、その男性が死んだのと同じ場所でエルフの女性の死体も発見される。こちらの死体は右肩と両足に傷を負い、更には首元に短剣が突き刺さった状態で死んでいた。

これまでの調査から冒険者狩りの正体はエルフの女性だと判明したが、殺人現場に犯人と同じ特徴を持つ女性が死んでいた事で警備兵は死亡した女性の正体が冒険者狩りではないかと怪しむ。

もしも女性の正体が冒険者狩りだとした場合、何者かが彼女を追い詰めた事になる。しかし、死体を調べた結果、女性は自害したと可能性が高いと判明した。そうなると彼女の右肩と両足の傷の理由が分からず、もしかしたら第三者が彼女に傷を負わせ、現場を後にした可能性もある。

警備兵が到着した時には死体の側には人の姿はないが、建物の壁や地面には魔法を使用した痕跡は残っていた。恐らくは風属性の魔法が使用されたと思われるが、現場には他のは発見されていない。

結局は殺された女性が冒険者狩りである証拠は見つからなかったが、この日を境に冒険者狩りの被害は止まった。事件から一週間が経過しても何も起きず、二週間も経過したころには警備兵も見回りを中止させて王都はいつもの日常が戻ってきた――





――事件が発生してから三週間後、意識を失っていたバルルが目を覚ましたという報告がコオリ達の元に届いた。二人は学園長に連れられてバルルの元に向かうと、病室にて元気よく飯を喰らう彼女の姿があった。


「師匠!!無事ですか!?」
「バルル、生きてる?」
「んんっ!?ちょっとまひな!!こっちは昼飯を食ってんだからさ!!」
「……元気そうで何よりだわ」


コオリ達が訪れたにも関わらずにバルルは飯を喰らう事に夢中でそんな彼女に学園長は呆れた表情を浮かべ、しばらくの間はバルルが飯を食べ終わるまで待つ。


「ふぃ~久々に食ったね」
「師匠、もう大丈夫なんですか?というか起きたばかりでそんなに食べて……」
「平気だって、怪我自体はとっくの昔に治ってたからね」


飯を食べ終わるとバルルはベッドから離れて身体を伸ばす。怪我自体は治ったが、彼女は今まで意識不明の重体だった。しかし、目を覚まして栄養のある物を食べた事で彼女は元気を取り戻す。


「よいしょっと……流石に身体が鈍ったね、しばらくの間は魔物狩りは控えないとね」
「それで何があったのか教えてもらえるかしら?目を覚ましたら警備兵も話を伺いたいそうよ」
「たくっ、面倒だね……」


バルルは自分が倒れるまでの過程を全て話すと、コオリは予想通りに自分が倒したエルフの女性の正体が「冒険者狩り」なる存在だと知る。同時に話を聞き終えたマリアは先日に発見されたエルフの女性の死体と特徴が一致している事から冒険者狩りは本当に死んだ事を確信する。


「どうやら発見された死体は貴女を襲った犯人と同一人物のようね」
「死体!?死んでたのかい?」
「ええ、と言っても何者かと交戦した痕跡は残っているけど、死体を検死した結果から自殺した可能性が高いらしいわ」
「自殺……」
「恐らくは何者かと戦闘の際中に自分が勝てないと判断して自殺したのね。捕まれば自分が知るかぎりの情報を吐かせようとされるかもしれない、だから自害して情報漏洩を避けたと考えるべきね」
「……盗賊ギルドのやり口だね。くそっ、やっぱり奴等が関わっていたのかい」
「「…………」」


二人の話を聞いていたコオリとミイナは黙り込み、結果的にとはいえ冒険者狩りが自害した理由はコオリ達にもある。コオリが冒険者狩りを拘束しなければ相手も命まで断つ事はしなかったかもしれない。しかし、あの状況で止める暇などなく、そもそもコオリが拘束していなければ今頃は二人とも殺されていた。

盗賊ギルドに暗殺者に仕立て上げられた人間は任務に失敗した場合、あるいは敵に追い詰められると自ら命を絶つ事で情報漏洩を防ぐ。非情な手段ではあるがこれ以上に有効的な方法はなく、盗賊ギルドが何十年も健在する理由でもある。


「先生、盗賊ギルドの動きは何か掴めたかい?」
「ええ、実は教師の中で怪しい動きをしていた人間がいたの。貴方も良く知っているわね」
「まさか……タンかい!?」
「どうやらあの男は貴女との生徒の情報を盗賊ギルドに流していた様ね。迂闊だったわ、まさかあの男が私を敵に回す度胸があるなんて……」
「タン先生がそんな事を……」
「バルトが知ったら驚きそう」


タンが内密に学園の教師と生徒の情報を流していた事は既に判明しており、現在は行方をくらませている事が判明した。マリアはこのまま彼を逃すつもりはなく、捕まえる事を約束した。


「タンの事は任せなさい。私の信頼する魔術師を既に派遣しているわ。捕まるのも時間の問題でしょう」
「先生がそう言うならあたしから言う事はないよ。ああ、でもあいつを捕まえたら一発ぶん殴ってやろうかね」
「そうね、貴女にはそれだけの権利があるわ。貴方達も師を危険に合わせた相手なのだから遠慮する事はないわよ」
「なら私は爪を剥ぐ」
「い、意外と恐ろしい事を考えるねミイナ……」
「あんたの将来が心配だよ……」


さらりと恐ろし気な言葉を告げるミイナにコオリとバルルは引いてしまうが、タンがバルルの情報を盗賊ギルドに流していたと知って二人とも内心では怒りを抱く。盗賊ギルドの暗殺者がバルルを狙ったのはタンのせいで間違いなく、もしかしたら今までの恨みを晴らすためにタンは盗賊ギルドと手を組んだ可能性もあった。

もしもタンがバルルを盗賊ギルドに殺させようとしたのならばコオリも許す事はできず、彼に怒りをぶつけるつもりだった。しかし、コオリ達の願いは叶う事はなく、この数時間後にタンはあまりにも無残な姿で発見される――





――同時刻、タンは椅子に括り付けられて目隠しをした状態で猿轡もされていた。見る事も喋る事も動く事もできないタンができる事は聞く事だけだった。


「……が死んだ。何者かに殺された。これはお前の仕業か?」
「むううっ!?」


タンの耳に届いたのはという名前の男であり、盗賊ギルドの幹部を務めている。リクは拘束した状態のタンに話しかけ、彼の膝に容赦なく短剣を突き刺す。


「ふんっ!!」
「むぐぅうううっ!?」


短剣が膝に突き刺さり、更に突き刺した状態から力ずくで引き抜かれた事で血が噴き出す。あまりの痛みにタンは絶叫するが猿轡のせいで音は外に漏れず、リクは短剣から滴るタンの血を彼の頭に振りかける。


「お前の流した情報は偽物だった。あの学園長《おんな》はお前が裏切る事を予期して偽の情報を掴むように細工していたという事だ……そしてお前が情報と引き換えに依頼を引き受けたシチが死んだ……意味が分かるか?」
「ふぐぅうっ……!?」
「最初からお前は嵌められていたという事だ……そしてまんまと俺達も裏をかかれた」


リクは忌々し気な表情を浮かべてタンの首元を掴み、恐るべき握力で握りしめる。タンは苦し気な表情を浮かべ、必死にもがこうとするが椅子に括り付けられた状態では身動きすらできず、やがて喉が完全に潰されて死を迎えた。
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