氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第94話 白狼種の恩返し

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「ガァアアアアッ!!」
「だぁああああっ!!」


赤毛熊とコオリは同時に右腕を振りかざし、相手に目掛けて放つ。赤毛熊はコオリの身体を貫くため、一方でコオリは確実に赤毛熊を仕留めるために魔法を放つ。

コオリが杖を突き出した瞬間、先端部に高速回転していた氷硬弾が解き放たれる。バルトの魔法のようなさこそはないが、コオリ自身の魔力だけで繰り出せる最強の魔法の一撃が繰り出された。



(――貫けっ!!)



コオリの意思に従って氷硬弾が発射されると、赤毛熊の頭部に目掛けて放たれる。しかし、この時に赤毛熊もコオリに目掛けて攻撃を仕掛け、既に右腕は彼に迫っていた。その結果、氷弾の射線上に右腕が割り込む。

赤毛熊の頭部よりも先に右手に氷硬弾がめり込み、赤毛熊の腕を貫いたが威力と速度は落ちてしまった。それでも軌道は変わらずに赤毛熊の眉間に的中した。



「ッ――――!?」



白狼山に赤毛熊の絶叫が響き渡り、頭部に氷硬弾がめり込んだ状態で動きを止めた。全員が仕留めたかと思ったが、赤毛熊は頭から血を噴き出しながらも目を見開く。


「ガアアアッ!!」
「嘘っ……!?」
「まだ生きてんのかよ!?」
「くそったれ!!早く逃げなっ!!」
「あ、足が……」


氷硬弾を撃ち込むためにコオリは残された魔力を使い切り、もう逃げる余裕もなかった。赤毛熊は動けない彼に止めを刺そうとするが、ミイナがコオリに抱きついて守ろうとした。


「コオリ!!」
「ミイナ!?駄目だ逃げて……うわっ!?」
「ウォオンッ!!」


赤毛熊が二人に襲い掛かる寸前、戦闘不能に追い込まれたと思われたギンが駆けつけ、コオリの身体を踏み台にして赤毛熊に襲い掛かる。ギンの狙いは負傷した頭部であり、白狼種の鋭い牙が頭に食い込む。

先の攻撃で怪我した箇所に白狼種の鋭い牙がめり込み、頭蓋骨が陥没した。赤毛熊は今度こそは絶命すると、地面に崩れ落ちた。


「はあっ、はあっ……」
「……し、死んだ?」
「ウォオオオンッ!!」
「うっ……な、何が起きたんだい!?」
「ど、どうなったんだ……?」


倒れた赤毛熊を見届けたのはコオリだけではなく、彼の傍に居たミイナやバルルも確認する。バルトの方も目元の土砂をなんとか払いのけて赤毛熊のに視線を向け、何が起きたのかと戸惑う。


「……ありがとう」
「ウォンッ!!」


コオリは自分を助けてくれたギンに礼を告げると、その場に両膝をついて空を見上げる。最後の魔法で残された魔力を使い切ってしまい、彼は意識を失う――





――次にコオリが目を覚めると彼はベッドの上だと気付く。目を覚ました時には既に朝を迎えており、部屋を出て食堂に向かうと朝食の準備を行うバルトの姿があった。


「師匠?」
「ああ、おはようさん……やっと目覚めたのかい」
「そっか、また意識を失て……赤毛熊はどうなったんですか!?」
「安心しな、奴はくたばったよ。あんたの魔法とワンコのお陰でね」


バルルによればコオリが意識を失った後、彼女は赤毛熊が本当に死んだのかを確認した。赤毛熊は頭を撃ち抜かれた時に既に頭蓋骨に罅が入っていたが、白狼種のギンの牙が止めとなって頭蓋骨を貫通して死に追いやった。

コオリが気絶した後にアルルもすぐに目を覚ましたらしく、とりあえずは赤毛熊は彼とバルルの手で解体した。バルトもミイナも疲労が激しく、二人とも未だに寝ているらしい。


「あんたが一番早く目覚めたのは魔力の回復が早かったからだね。ちゃんと精神鍛錬の修行はしていたようだね」
「ええ、まあ……でも、今回はちょっと起きるのが遅かったみたいです」
「それは仕方ないさ、あれだけの事があったんだからあんたの身体だってゆっくりと休みたかったんだろう」


魔力量が少ないコオリは精神鍛錬で魔力の回復速度を速める修行を行っているため、他の二人よりも大分早く回復して目を覚ました。しかし、昨日の戦闘で無理をし過ぎたせいで完全に体力が回復するまで一晩も掛かってしまった。


「あいつらが起きるまでもう少しかかりそうだね。ほら、そこに座ってな」
「どうも……師匠、今日は優しいですね」
「まあ、昨日の戦闘で碌に役に立てなかったからね……本当に悪かった。不甲斐ない姿を見せたね」
「でも師匠は怪我をしてたから仕方ないんじゃ……」
「だからって子供《ガキ》のあんた等に任せて呑気に気絶するなんて……一生の恥だよ」


バルルは昨日の戦闘では自分が赤毛熊からコオリ達を守る事ができなかった事を恥じに思い、コオリに深々と頭を下げた。


「師匠、本当に気にしないでください。皆生き残る事ができたし、それに作戦通りにいかなかったのは……あっ!?」


コオリはここで白狼種の子供であるギンを思い出す。当初の予定では赤毛熊を罠にある場所まで誘導させた後、コオリ達が魔法で同時攻撃を仕掛ける予定だった。しかし、馬小屋に隠れていたギンがコオリに鳴き声を上げた事で作戦は台無しになった。

結果的にはギンに作戦は邪魔をされたが、彼も赤毛熊との戦闘では役に立ち、バルルの代わりに囮役として十分に活躍してくれた。そのギンが今どこにいるのか気になったコオリはバルルに問い質す。


「そ、そうだ!!師匠、ギンは!?白狼種の子供は何処ですか!?」
「ああ、それなんだけどね……」
「おお、坊主!!目を覚ましたのか!!」
「ウォンッ!!」


会話の際中に食堂の扉が開かれると、そこには包帯を巻いたアルルと彼の傍を歩くギンの姿があった。二人の姿を見てコオリは驚き、バルルは少し呆れた表情を浮かべる。


「アルルさん!?それにギンも……どうして二人が一緒に!?」
「クゥ~ンッ?」
「ははは、驚かせたか?いや、実はな……お前等の前では惚けていたが、実はこいつは俺が飼っている猟犬なんだ」
「猟犬!?」
「たくっ、あたしにまで嘘をつかなくても良かったじゃないかい」


アルルはコオリ達には白狼種の子供であるギンの事は知らないふりをしていたが、実を言えば彼等がここへ来る前からアルルはギンの世話をしていた事が発覚した――





――事の発端は数年前まで遡り、アルルは狩猟の際中に洞窟の中に白狼種の赤ん坊を発見した。何十年も追い求め続けた伝説の魔獣を発見したアルルだったが、彼が見つけたのは人間を前にしても全く危機感を抱かずに擦り寄ってくる赤ん坊の狼だった。

どんな獣だろうと子供を殺さない事を信念にするアルルは白狼種の赤ん坊を殺す事はできず、彼は親を探したのだがどういうわけか見つからず、赤ん坊だけが取り残されていたので仕方なく拾って育てる事にした。

白狼種の子供は成長するとアルルは猟犬として自分の狩猟の手伝いをさせるようになり、流石は伝説の魔獣の血を引くだけはあってそこいらの犬や狼よりも役立った。しかし、自分の元に人が来る場合は白狼種の存在を知られると面倒事になると思い、いつも離れた場所にある洞窟に暮らさせた。

いつもならば他人を家に泊める時は夜を迎えると、アルルはこっそりと洞窟に赴いて白狼種の子供に餌を与えていた。しかし、コオリ達が泊まった時は雨が降っていたせいで仕方なく止むまで待っていたのだが、いくら待っても訪れないアルルにじれったさを覚えた白狼種の子供の方から家に戻ってきてしまった。

人間であるコオリを見ても白狼種の子供が襲わなかったのはアルルに飼育されていたからであり、この時にコオリは彼に名前を名付けたつもりだったが、実を言えば「ギン」という名前はアルルが最初から白狼種の子供に与えてた名前だと判明する。


「まさかお前さんがギンと会ったという話をし出した時は本気で焦ったぜ。悪いがこいつの事は他の奴等には黙っててくれよ」
「はあっ……分かりました」
「クゥ~ンッ」
「随分と懐かれたね、爺さんよりもコオリの方が気に入ったのかい?」


ギンはコオリに擦り寄って離れる様子がなく、そんな彼の頭を撫でながらコオリはアルルに詳しい話を聞く。


「ギンの両親は見つからなかったんですか?」
「ああ、俺も何年もこの山を探し続けたが結局は見つからなかった。もしかしたらこいつは置いて行かれたんじゃなくて、捨てられたのかもな」
「捨てた?どうして?」
「あくまでも伝承だが、白狼種は本来は成長が早い魔獣だ。生まれてから数年で大人になって馬鹿でかくなるらしい。だが、こいつは伝承ほど成長が早いわけじゃない」
「ウォンッ?」


アルルが知る限りでは本来の白狼種は数年で成体に成長するらしいが、ギンの場合は伝承に記されている白狼種と比べると成長が非常に遅い。それでも並の魔獣と比べると高い能力を持ち合わせている事は間違いなく、特に牙の切れ味は赤毛熊をも切り裂く威力を誇る。


「こいつを人前に出すと騒がれちまうからな。伝説の魔獣の子孫が生き残っていた何て知られれば大変な事になる。だからお前等もこいつの事は内緒にしておくんだぞ」
「分かってるよ。何だかんだでうちの弟子達もこいつに助けられたらしいからね」
「ギン、あの時は助けてくれてありがとう」
「ウォンッ♪」


コオリに褒められるとギンは嬉しそうに尻尾を振り、主人であるはずのアルルよりも彼に懐いている様子だった。昔からコオリは動物に好かれやすく、特に犬や猫からは懐かれやすい(ミイナがコオリを気に言っているのも彼が動物に好かれやすいのが関係しているかもしれない)。


「坊主、お前さんが倒した赤毛熊の事なんだが……実はもう解体は終わってるんだ。それでその素材を使ってお前さんの装備を整える代わりに余った分は儂にくれんか?」
「え?それはいいですけど、装備を整えるってどういう意味ですか?」
「赤毛熊の毛皮でマントを作ってやろう。赤毛熊の毛皮は熱に強いからな、これを身に付ければある程度の熱や炎を遮断してくれるぞ」
「そいつは便利そうだね、良かったじゃないかい」
「それと牙と爪を利用して武器を作り上げる事もできる。そっちの方はあの娘っ子の方に渡した方が役立つと思うがな」
「なるほど……じゃあ、お願いしていいですか?あ、マントは僕と先輩の分もお願いできますか?」
「ああ、問題ないぞ」


コオリの依頼にアルルは承諾すると、彼は赤毛熊の素材を利用してコオリ達が去る前に装備品を整える事を約束してくれた――
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