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王都での日常
第91話 逃走不可
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「――本当に助かったよ、爺さんが火属性の魔石の粉末を持っていたお陰で何とかなった」
「でも、爺さんはそんなの持ってたんだ?」
「嵐や土砂崩れが起きた時、道が倒木や岩で塞がった時のために常備してたんだよ。道を塞ぐ障害物を爆発させて吹き飛ばしていたらしいね」
「ええっ!?」
「……このお爺さん、中々やる」
アルルが火属性の粉末が入った小袋を携帯していた理由を知って全員驚き、今回は彼の用心深さのお陰で命拾いしたが、まだ脅威は去ったとは言い切れない。
「お爺さんの方はもう大丈夫、傷も完全に塞がってる」
「そうかい……はあっ、とんでもない事になったね」
「お、おい!!早く逃げようぜ!!馬車に乗れば皆で逃げられるんだろ!?」
バルトは赤毛熊が山頂に辿り着く前に全員で逃げる事を提案するが、その言葉に対して意識を失ったアルルを見てバルルは首を振る。
「馬鹿を言うんじゃないよ、今の爺さんは絶対安静にしてなきゃならない。いくら傷の表面が塞がったと言っても内部の方はまだ完全には治り切っていないはず……年齢を取ると回復薬の効果も薄まるからね」
「そんな……」
「こんな状態の爺さんを無理やり動かせば命に関わる。一晩は休ませないと駄目だ」
「一晩って……その間にさっきの化物が着たらどうするんだよ!?」
アルルの容体を考えれば無暗に彼を動かす事はできず、今は下手に動かさずにゆっくり休ませなければならない。しかし、バルトの言う通りに赤毛熊が今にも山頂に辿り着く可能性もあった。
赤毛熊がここまで追いかけてきた場合、今度は警戒して同じ手は喰わないはずだった。そもそも魔石の粉末など滅多に手に入らず、アルルの家にも残っていない。つまりは同じ手で撃退する事はできない。
「落ち着きな、魔術師が取り乱すんじゃないよ……もしもあいつがここまで来た場合、まともに戦えるのはあんたらだけさ」
「えっ!?師匠は……」
「あたしの右腕はまだ完全には治り切っていない。さっきから痺れが抜けないんだよ、こんな事ならケチらずにもっと質の良い回復薬を買っておくべきだったね」
「そ、そんな……」
バルルが持ち込んだのは市販されている回復薬だが、魔力回復薬と同様に回復薬の類は高価な代物であるため、今回は高品質の回復薬を購入する事ができなかった。しかも最後の一本を使い切ったため、もしも赤毛熊と戦闘して怪我を負っても回復薬で治す事はできない。
「爺さんはこんな状態だから逃げる事はできない、そして今のあたしも腕の痺れが抜けるまではまともに戦えない。最悪の状況だね……」
「何か手はないんですか!?」
「……あんたらだけで馬車に乗って逃げな。今なら逃げ切れるかもしれない」
「そ、そんな!?」
「駄目、それだけは絶対に」
「うっ……他の方法はないのかよ」
今の状態ではコオリ達を守る事ができないバルルは彼等に馬車に乗って逃げるように促す。しかし、それに対して三人とも拒否を示し、傷を負ったバルルとアルルを置いて逃げる選択肢はない。
三人の答えを聞いてバルルはため息を吐き出し、正直に言って彼等が素直に言う事を聞かない事は予想していた。だが、ここで引くわけにはいかずに彼女は三人を説得する。
「今ならあんたらだけでも逃げ切れる可能性があるんだよ。別にあたし達の事を見捨てろと言っているわけじゃない、あんた達は山を下りて王都に戻って冒険者ギルドに助けを求めればいいだけさ。何だったら学園長に話せば何とかしてくれるさ」
「でも、赤毛熊がここまで来たら……」
「その辺は大丈夫だよ、どうにか上手く隠れてやり過ごして見せるさ」
「う、嘘を言うなよ……こんな家に隠れ場所なんてあるのかよ」
「それに魔獣の嗅覚ならいくら逃げても隠れてもすぐに見つかる……ましてや自分を傷つけた相手を逃すほど甘い相手じゃない」
「たくっ、こういう時だけ頭は回るね……」
獣人族のミイナであるが故に嗅覚が鋭い相手の思考は簡単に読み取り、もしも彼女が赤毛熊ならば絶対に自分を傷つけて逃げ出した獲物を逃すはずがない。バルルは何とか三人だけでも逃がそうとしたが、そもそも彼女の案には致命的な欠陥があった。
「あの、師匠……そもそも僕達、馬車を運転した事ないんですけど」
「……言われてみれば確かに」
「そういえば俺、馬車に乗る時はいつも使用人に運転させてたわ(←貴族出身)」
「…………」
コオリの言葉にバルルは黙り込み、移動中も自分が馬車を運転していた事を完全に忘れていた。普通に考えれば子供が馬車の運転方法を知っているわけがなく、そもそも彼女の脱出方法は無理があった。
「誰も馬誰が運転できないのならどうしようもないだろ。それに爺さんとあんたを放っておいて俺達だけで逃げれるはずないしな……」
「そうそう」
「師匠、僕達は逃げません!!」
「……仕方ない奴等だね」
逃げるつもりはない事をコオリ達は断言すると、その言葉を聞いてバルルは頭を掻いてどうするべきかを考える。本音を言えばこのまま彼等だけでも逃がしてやりたいが、馬車を運転できる人間がいなければどうしようもない。
腕の痺れが抜ければバルルが馬車を運転して逃げる事もできるが、その場合だとアルルの命が危ない。今の彼は絶対安静の身で休ませなければならず、振動が激しい馬車に乗せたりしたら命の危機に関わる。
「こうなったら奴が臭いを辿ってここにくるまでに罠を仕掛けないといけない。あいつが罠に引っかかって動けなくなった所をあんた達の魔法で仕留める、それしか方法はないね」
「な、なるほど」
「確かにその手しかなさそうだな」
「私は倒せる自信がないから援護に徹する」
赤毛熊を倒すにはどうしてもバルルやミイナでは相性が悪く、彼女達の扱う火属性の魔拳は火耐性を持つ赤毛熊には通用しない。そうなると氷と風を扱うコオリとバルトだけが頼りとなり、どうにか赤毛熊を罠に嵌めて動けないようにすれば二人の魔法で仕留められる可能性はあった。
「いいかい、あんたらの魔法は赤毛熊にも十分に通じる。問題なのはあいつと戦う覚悟を決める事さ」
「覚悟……」
「森で出会った時にあんた達は怯えて碌に身体も動かなかっただろう?だけど、戦う以上は覚悟を決めないといけない。恐怖に立ち向かう覚悟はあるかい?」
「……どうせ何もしなければ殺されるんだ、だったらやってやる!!」
バルルの言葉にバルトはすぐに返答するが、それに対してコオリは考え込む。正直に言えば赤毛熊は怖いが、それでも戦わなければ死ぬと考えれば選択肢は一つしかない。。
(俺の魔法、本当に倒せるのかな……)
森で遭遇した時は赤毛熊に対して自分の魔法が通じるのではないかと考えたコオリだが、いざ赤毛熊と本当に戦わなければならない状況に追い込まれると途端に緊張してしまう。
自分の魔法はバルトの中級魔法にも匹敵する威力がある事は承知しているが、それでも化物ような風貌をした赤毛熊を倒せるかと考えると自信はない。だが、戦わなければ生き残れず、彼は覚悟を決めるように頬を叩いて気合を入れる。
「大丈夫です!!やりましょう!!」
「そうかい、なら罠を用意しないとね……昨日のうちに回収した魔物の素材、全部運び出すんだ!!そいつを餌にして奴を誘き寄せるよ!!」
「見張りなら任せて、臭いがしたらすぐに教える」
「あ、ああ……」
「ミイナ、頼んだよ」
ミイナを見張り役に任せてコオリ達はバルルの指示通りに倒した魔物の肉を利用して罠の設営を行う――
――バルルの考えた罠は魔物の肉を餌に赤毛熊を誘き寄せ、赤毛熊が餌に喰らいついている間にコオリとバルトの魔法で仕留めるという至ってシンプルな作戦だった。但し、この作戦は赤毛熊が罠に嵌まらなければ成り立たない。
保険として魔物の餌以外にも赤毛熊を誘き寄せる囮役をバルルが担う。彼女の魔拳は赤毛熊には通じないが、それでも囮役として引き寄せる程度の事はできる。彼女が赤毛熊を引き寄せて罠がある場所へ誘い込む。
もしも赤毛熊が罠に嵌まった場合、逃げられないように拘束する方法も用意しなければならなかった。だが、時間的に落とし穴などを掘る時間もないため、バルルは事前にアルルの部屋を探し回って見つけた代物を利用する事にした。
「流石は爺さんだね、こんな物まで用意しているとは……」
「師匠、これが本当に役立つんですか?」
「ああ、こいつを浴びせればあいつもひとたまりもないよ」
バルルは自分の腰に括り付けた小袋に視線を向け、倉庫に保管されていた代物だった。本来は魔物を撃退する様にアルルが用意した代物だと思われるが、これを浴びせれば赤毛熊であろうと間違いなく隙を生む。
「こいつを使うのは最後の手段だ。あんた達がしくじればあたしは死ぬ、もしもあたしが殺されたらつべこべ言わずに逃げるんだよ」
「こ、怖い事を言うなよ」
「大丈夫、絶対に成功する」
「師匠、俺達を信じてください!!」
「……頼んだよ」
今回ばかりはバルルもコオリ達を頼りにするしかなく、赤毛熊を倒すにはどうしても三人の力が必要だった。そうでもなければ危険な真似などさせないのだが、他に方法がなければ三人に運命を託すしかない。
「奴が来るまでに装備を整えておきな。コオリ、あんたの杖だよ」
「あ、これは……」
「昨日のうちに爺さんが仕上げた物さ」
コオリはアルルに預けていた三又の杖を返して貰い、昨日に託した時はなかったはずの紋様が柄の部分に刻まれていた。この紋様は魔石の力を杖に伝えやすくする「魔術痕」の一種らしく、有難く受け取った。
「具合はどうだい?」
「わっ、凄い!!前よりも魔石から魔力を引きだしやすくなった!!」
「本当かよ!?俺の杖も改造して貰えば良かったな……」
「それは爺さんが目を覚ました時にでも頼みな。さあ、それよりも今のうちに食事を済ませておきな」
「食事?こんな時に?」
「こんな時だからこそ食うんだよ。しっかり食べて体力を回復させておきな」
バルルは簡単な食事を用意するとコオリ達に食べさせ、この時にコオリは食べ物を口にした時にある事を考えてしまう。
(もしも赤毛熊を倒す事ができなかったら……これが最後の食事になるのかな)
もしかしたら自分の人生の最後の食事になるかもしれないと考えると、コオリはしっかりと食べ物を味わう――
「でも、爺さんはそんなの持ってたんだ?」
「嵐や土砂崩れが起きた時、道が倒木や岩で塞がった時のために常備してたんだよ。道を塞ぐ障害物を爆発させて吹き飛ばしていたらしいね」
「ええっ!?」
「……このお爺さん、中々やる」
アルルが火属性の粉末が入った小袋を携帯していた理由を知って全員驚き、今回は彼の用心深さのお陰で命拾いしたが、まだ脅威は去ったとは言い切れない。
「お爺さんの方はもう大丈夫、傷も完全に塞がってる」
「そうかい……はあっ、とんでもない事になったね」
「お、おい!!早く逃げようぜ!!馬車に乗れば皆で逃げられるんだろ!?」
バルトは赤毛熊が山頂に辿り着く前に全員で逃げる事を提案するが、その言葉に対して意識を失ったアルルを見てバルルは首を振る。
「馬鹿を言うんじゃないよ、今の爺さんは絶対安静にしてなきゃならない。いくら傷の表面が塞がったと言っても内部の方はまだ完全には治り切っていないはず……年齢を取ると回復薬の効果も薄まるからね」
「そんな……」
「こんな状態の爺さんを無理やり動かせば命に関わる。一晩は休ませないと駄目だ」
「一晩って……その間にさっきの化物が着たらどうするんだよ!?」
アルルの容体を考えれば無暗に彼を動かす事はできず、今は下手に動かさずにゆっくり休ませなければならない。しかし、バルトの言う通りに赤毛熊が今にも山頂に辿り着く可能性もあった。
赤毛熊がここまで追いかけてきた場合、今度は警戒して同じ手は喰わないはずだった。そもそも魔石の粉末など滅多に手に入らず、アルルの家にも残っていない。つまりは同じ手で撃退する事はできない。
「落ち着きな、魔術師が取り乱すんじゃないよ……もしもあいつがここまで来た場合、まともに戦えるのはあんたらだけさ」
「えっ!?師匠は……」
「あたしの右腕はまだ完全には治り切っていない。さっきから痺れが抜けないんだよ、こんな事ならケチらずにもっと質の良い回復薬を買っておくべきだったね」
「そ、そんな……」
バルルが持ち込んだのは市販されている回復薬だが、魔力回復薬と同様に回復薬の類は高価な代物であるため、今回は高品質の回復薬を購入する事ができなかった。しかも最後の一本を使い切ったため、もしも赤毛熊と戦闘して怪我を負っても回復薬で治す事はできない。
「爺さんはこんな状態だから逃げる事はできない、そして今のあたしも腕の痺れが抜けるまではまともに戦えない。最悪の状況だね……」
「何か手はないんですか!?」
「……あんたらだけで馬車に乗って逃げな。今なら逃げ切れるかもしれない」
「そ、そんな!?」
「駄目、それだけは絶対に」
「うっ……他の方法はないのかよ」
今の状態ではコオリ達を守る事ができないバルルは彼等に馬車に乗って逃げるように促す。しかし、それに対して三人とも拒否を示し、傷を負ったバルルとアルルを置いて逃げる選択肢はない。
三人の答えを聞いてバルルはため息を吐き出し、正直に言って彼等が素直に言う事を聞かない事は予想していた。だが、ここで引くわけにはいかずに彼女は三人を説得する。
「今ならあんたらだけでも逃げ切れる可能性があるんだよ。別にあたし達の事を見捨てろと言っているわけじゃない、あんた達は山を下りて王都に戻って冒険者ギルドに助けを求めればいいだけさ。何だったら学園長に話せば何とかしてくれるさ」
「でも、赤毛熊がここまで来たら……」
「その辺は大丈夫だよ、どうにか上手く隠れてやり過ごして見せるさ」
「う、嘘を言うなよ……こんな家に隠れ場所なんてあるのかよ」
「それに魔獣の嗅覚ならいくら逃げても隠れてもすぐに見つかる……ましてや自分を傷つけた相手を逃すほど甘い相手じゃない」
「たくっ、こういう時だけ頭は回るね……」
獣人族のミイナであるが故に嗅覚が鋭い相手の思考は簡単に読み取り、もしも彼女が赤毛熊ならば絶対に自分を傷つけて逃げ出した獲物を逃すはずがない。バルルは何とか三人だけでも逃がそうとしたが、そもそも彼女の案には致命的な欠陥があった。
「あの、師匠……そもそも僕達、馬車を運転した事ないんですけど」
「……言われてみれば確かに」
「そういえば俺、馬車に乗る時はいつも使用人に運転させてたわ(←貴族出身)」
「…………」
コオリの言葉にバルルは黙り込み、移動中も自分が馬車を運転していた事を完全に忘れていた。普通に考えれば子供が馬車の運転方法を知っているわけがなく、そもそも彼女の脱出方法は無理があった。
「誰も馬誰が運転できないのならどうしようもないだろ。それに爺さんとあんたを放っておいて俺達だけで逃げれるはずないしな……」
「そうそう」
「師匠、僕達は逃げません!!」
「……仕方ない奴等だね」
逃げるつもりはない事をコオリ達は断言すると、その言葉を聞いてバルルは頭を掻いてどうするべきかを考える。本音を言えばこのまま彼等だけでも逃がしてやりたいが、馬車を運転できる人間がいなければどうしようもない。
腕の痺れが抜ければバルルが馬車を運転して逃げる事もできるが、その場合だとアルルの命が危ない。今の彼は絶対安静の身で休ませなければならず、振動が激しい馬車に乗せたりしたら命の危機に関わる。
「こうなったら奴が臭いを辿ってここにくるまでに罠を仕掛けないといけない。あいつが罠に引っかかって動けなくなった所をあんた達の魔法で仕留める、それしか方法はないね」
「な、なるほど」
「確かにその手しかなさそうだな」
「私は倒せる自信がないから援護に徹する」
赤毛熊を倒すにはどうしてもバルルやミイナでは相性が悪く、彼女達の扱う火属性の魔拳は火耐性を持つ赤毛熊には通用しない。そうなると氷と風を扱うコオリとバルトだけが頼りとなり、どうにか赤毛熊を罠に嵌めて動けないようにすれば二人の魔法で仕留められる可能性はあった。
「いいかい、あんたらの魔法は赤毛熊にも十分に通じる。問題なのはあいつと戦う覚悟を決める事さ」
「覚悟……」
「森で出会った時にあんた達は怯えて碌に身体も動かなかっただろう?だけど、戦う以上は覚悟を決めないといけない。恐怖に立ち向かう覚悟はあるかい?」
「……どうせ何もしなければ殺されるんだ、だったらやってやる!!」
バルルの言葉にバルトはすぐに返答するが、それに対してコオリは考え込む。正直に言えば赤毛熊は怖いが、それでも戦わなければ死ぬと考えれば選択肢は一つしかない。。
(俺の魔法、本当に倒せるのかな……)
森で遭遇した時は赤毛熊に対して自分の魔法が通じるのではないかと考えたコオリだが、いざ赤毛熊と本当に戦わなければならない状況に追い込まれると途端に緊張してしまう。
自分の魔法はバルトの中級魔法にも匹敵する威力がある事は承知しているが、それでも化物ような風貌をした赤毛熊を倒せるかと考えると自信はない。だが、戦わなければ生き残れず、彼は覚悟を決めるように頬を叩いて気合を入れる。
「大丈夫です!!やりましょう!!」
「そうかい、なら罠を用意しないとね……昨日のうちに回収した魔物の素材、全部運び出すんだ!!そいつを餌にして奴を誘き寄せるよ!!」
「見張りなら任せて、臭いがしたらすぐに教える」
「あ、ああ……」
「ミイナ、頼んだよ」
ミイナを見張り役に任せてコオリ達はバルルの指示通りに倒した魔物の肉を利用して罠の設営を行う――
――バルルの考えた罠は魔物の肉を餌に赤毛熊を誘き寄せ、赤毛熊が餌に喰らいついている間にコオリとバルトの魔法で仕留めるという至ってシンプルな作戦だった。但し、この作戦は赤毛熊が罠に嵌まらなければ成り立たない。
保険として魔物の餌以外にも赤毛熊を誘き寄せる囮役をバルルが担う。彼女の魔拳は赤毛熊には通じないが、それでも囮役として引き寄せる程度の事はできる。彼女が赤毛熊を引き寄せて罠がある場所へ誘い込む。
もしも赤毛熊が罠に嵌まった場合、逃げられないように拘束する方法も用意しなければならなかった。だが、時間的に落とし穴などを掘る時間もないため、バルルは事前にアルルの部屋を探し回って見つけた代物を利用する事にした。
「流石は爺さんだね、こんな物まで用意しているとは……」
「師匠、これが本当に役立つんですか?」
「ああ、こいつを浴びせればあいつもひとたまりもないよ」
バルルは自分の腰に括り付けた小袋に視線を向け、倉庫に保管されていた代物だった。本来は魔物を撃退する様にアルルが用意した代物だと思われるが、これを浴びせれば赤毛熊であろうと間違いなく隙を生む。
「こいつを使うのは最後の手段だ。あんた達がしくじればあたしは死ぬ、もしもあたしが殺されたらつべこべ言わずに逃げるんだよ」
「こ、怖い事を言うなよ」
「大丈夫、絶対に成功する」
「師匠、俺達を信じてください!!」
「……頼んだよ」
今回ばかりはバルルもコオリ達を頼りにするしかなく、赤毛熊を倒すにはどうしても三人の力が必要だった。そうでもなければ危険な真似などさせないのだが、他に方法がなければ三人に運命を託すしかない。
「奴が来るまでに装備を整えておきな。コオリ、あんたの杖だよ」
「あ、これは……」
「昨日のうちに爺さんが仕上げた物さ」
コオリはアルルに預けていた三又の杖を返して貰い、昨日に託した時はなかったはずの紋様が柄の部分に刻まれていた。この紋様は魔石の力を杖に伝えやすくする「魔術痕」の一種らしく、有難く受け取った。
「具合はどうだい?」
「わっ、凄い!!前よりも魔石から魔力を引きだしやすくなった!!」
「本当かよ!?俺の杖も改造して貰えば良かったな……」
「それは爺さんが目を覚ました時にでも頼みな。さあ、それよりも今のうちに食事を済ませておきな」
「食事?こんな時に?」
「こんな時だからこそ食うんだよ。しっかり食べて体力を回復させておきな」
バルルは簡単な食事を用意するとコオリ達に食べさせ、この時にコオリは食べ物を口にした時にある事を考えてしまう。
(もしも赤毛熊を倒す事ができなかったら……これが最後の食事になるのかな)
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