氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第82話 盗賊ギルド

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バルトとコオリの決闘の後、タンは試合前にバルトに自分の杖と魔石を与えていた事が判明する。バルルもコオリに杖と魔石を与えていたのでその事に関しては文句は言えないが、問題なのはタンが用意した杖の性能に関してであった。

タンが用意した杖は特殊な細工が施され、術者から魔力を吸い上げる機能が取り付けられていた。この機能は術者から魔力をより多く吸収する事で魔法を強化する仕組みだが、術者に大きな負担を与えるという理由で魔法学園では使用を封じられている。

その事が判明したのは試合の後であり、本来であれば使用禁止の杖を生徒に貸し与えたという事でタンは罰として減給される。彼はバルルに負けたくないばかりに自分の生徒を蔑ろに扱い、その事が問題となって現在は他の教師からも距離を置かれている。


「タン先生……今年で引退するそうだぞ」
「そうかい、それは清々するね」
「お前な……一応、あの人は俺達の世代の教師だったんだぞ」
「ああ、よく覚えてるよ。あたしの進級を反対した先生だって事もね」
「うっ……そういえばそうだったな」


バルルとセマカが学生時代の頃からタンは教師を勤め、彼は当時の学園長の教育方針に則って魔力量が少ないという理由でバルルの進級を反対した教師でもある。昔からタンはバルルとは犬猿の仲であり、お互いに嫌い合っていた。

問題が多い教師ではあるがタンは魔術師としての実力は確かなので学園側も解雇できなかったが、数か月前の試合の一件でタンは他の教師からの人望を失う。そのせいか最近は元気がなく、以前の様にバルルに突っかかる事もなくなり、職員室の隅で大人しく過ごす事が多い。


「今年で引退とかほざいてないで今すぐに辞めちまえばいいのに」
「お前があの人に恨みを抱くのは分かる。けどよ……」
「はいはい、分かった分かった。それよりもさっさと仕事を済ませて飲みに行くよ」
「たくっ、相変わらずお前という奴は……もういい、さっさとやるぞ」


タンの事を毛嫌いにしているバルルにとっては彼が学園を辞める事などどうでもよい話であり、そんな彼女にセマカはため息を吐きながらも書類仕事を手伝う――





――その一方で話題に上がっていたタンは学園を離れて酒場に赴いていた。今日は休日であるため、彼は昼間から酒を飲む。


「くそっ……何故、この儂が学園を去らなければならん!!それもこれも全てあの女のせいだ!!」
「お客さん、飲み過ぎだよ……もう帰った方が良いですよ」
「うるさい!!いいからもっと寄越せ!!」


酒場の従業員が気を遣って彼に変えるように促すが、タンは聞く耳持たずに新しい酒を頼む。既に机の上には空の空き瓶が何本も置かれているが、いくら飲んでもタンの聞は晴れない。

彼が苛立っている理由はバルルと彼女の弟子達のせいで有り、数か月前の試合でタンは自分の生徒の中でも最も優れたバルトをコオリと試合させた。しかし、結果は引き分けに終わった。


(バルトめ……あいつが最初から本気を出していればこんな事にならずに済んだというのに!!)


タンの怒りの矛先はバルトにも向けられ、彼は試合の時にバルトが手加減をしていたと思い込んでいた。実際はバルトは本気で戦っていたが、魔力量が圧倒的に劣っているはずのコオリと彼が引き分けた事に未だに納得していない。


(もしやバルトはわざと手を抜いていたのか!?あんな子供にバルトが負けるはずがない、きっとそうに違いない!!)


コオリとバルトが引き分けた理由は二人の実力が拮抗していたからだが、タンは魔力量が少ないコオリの事を見下していた。バルトは性格はともかく、間違いなく「天才」と呼んでも差し支えない魔術師としての才能と魔力量を誇り、そんな彼がコオリと相打ちという形で試合が終わった事に未だに彼は理解できなかった。

三年生の中で最も優秀な生徒が一年生で魔力量も少ない未熟の一年生の生徒に負ける要素は見当たらず、彼は試合が終わった後も学園長に抗議した。コオリが使用している杖に何か不正があるのではないかと言い張ったが、実際の所は不正していたのはタンの方である。


(おのれ、おのれおのれおのれ!!どうして儂が学園を辞めなければならん!!あの女狐め……!!)


タンは長年魔法学園の教師として勤めていたが、先日の試合の一件で他の教師からの人望を失い、学園長からの信用もなくなった。このままでは来年を迎えるまでに彼は学園を辞めざるを得ず、そのせいで彼は荒れていた。


(許さん!!絶対に許さんぞ、あの女も、その弟子も!!必ず報いを受けさせてやる!!)


酒を飲みながらもタンは自分を嵌めたと思い込んでいるバルルとコオリに怒りを抱き、必ずや何らかの形で復讐をしようと考えていると、不意に彼の前に見知らぬ人物が現れた。


「随分と荒れているようだな、タン」
「何だと!?貴様、儂を誰だと思って……待て、お前は!?」


声を掛けられたタンは苛立ちながらも振り返ると、自分の前に現れた人間の顔を見て驚く。その人物はタンも良く知る顔であり、昔からの付き合いがある相手だった――





――タンの前に現れたのは盗賊ギルドなる組織に所属する悪党だった。盗賊ギルドとは名前の通りに盗賊で構成された組織であり、犯罪者集団といって過言ではない。闇ギルドと称される事も多く、この数十年の間に大事件を起こした犯罪者の殆どは闇ギルドに所属していた人間だとも言われている。

どうしてタンが闇ギルドに所属する人物と顔見知りかと言うと、実は彼は過去に闇ギルドと繋がっていた人物と懇意の仲だったからである。その人物の正体は先代の魔法学園の学園長であり、彼に従っていたタンも盗賊ギルドとは縁があった。

学園長がどうして盗賊ギルドと関係を築いていたのかはタンも知らないが、彼は学園長という立場を利用して魔法学園に通う生徒達の中から才能ある人間を選び、を施して自分の手駒にしようとした。その企みを見破ったマリアは彼を告発し、学園長の座を退けた。

魔法学園から去った先代の学園長はその後は姿をくらまし、恐らくはもう生きてはいない。タンはどうにか彼と関係があった事を見破られずに済み、魔法学園の教師として残る事はできたが、そんな彼の前に十数年ぶりに盗賊ギルドの人間が姿を現わす。


「き、貴様……いったい何を考えている?こんな場所に堂々と出てくるなど、兵士に見つかったらどうする!?」
「落ち着け、大丈夫だ。周りを見みてろ」
「な、何!?」


タンは言われるがままに周囲を見渡すと、いつの間にか酒場の人間が姿を消している事に気付いた。先ほど話しかけてきた従業員も姿を消し、店の中にはタンと男しかいない。

男は全身をフードで覆い隠し、顔も良く見えないが声音から察するに大人の男性である事は間違いない。身長はかなり大きく、タンよりも頭一つ分は大きい。それだけにタンは圧倒され、慌てて脇に置いていた杖に手を伸ばす。


「き、貴様!!今更何の用だ!!いや、それよりも他の連中は何処に消えた!?」
「鈍い奴だな……最初からこの店に居たのは俺の配下達だけだ。従業員も客も全員が俺の部下だ」
「そ、そんな馬鹿な……」


小馬鹿にしたような男の言葉にタンは信じられない表情を浮かべ、彼はこの店に訪れたのは初めてではなく、何年も通い続けていた。それなのにまさか自分の通っていた店が盗賊ギルドが経営する店など全く気づきもしなかった。


「大分追い込まれているようだな?もうすぐ首にされるそうだな?」
「何故、貴様がその事を……」
「俺達を誰だと思っている?この王都で起きた出来事なら何でも知ってるんだよ。今日のあんたが食べた朝食も知っている」
「ば、馬鹿な!?」
「嘘じゃない、こいつだろう?」


盗賊の男はリンゴを取り出すとそれを見たタンは顔色を青ざめ、彼は確かに朝はリンゴしか食べていなかった。自分の私生活を監視していたのかとタンは恐怖を覚え、慌てて逃げ出そうとする。


「くっ!!」
「おっと、逃げるのはやめておいた方がいい。外にも俺の部下を待機させている」
「お、おのれ……魔術師を舐めるな!!」
「無駄だ」


退路を封じられた事を知ったタンは杖を構えて魔法を発動させようとしたが、何故か杖が反応をしない。この時に彼は自分の持っている杖が偽物だと悟り、いつの間にか杖がすり替えられている事に気付いた。


「ば、馬鹿な……わ、儂の杖は!?」
「ここにある。あんたと話し合いをするならこんな物は必要ないからな」
「ひっ!?」


盗賊の男は何時の間にか杖を握りしめ、それを見たタンは自分の杖だと気付いて恐怖で表情を歪ませた。すり替えられた杖を落とすと、タンは後ろに下がる。

杖を手にした盗賊の男はタンの元に迫ると、彼は握りしめていた杖を差し出す。それを見たタンは目を閉じるが、予想に反して盗賊の男は杖で攻撃するわけでもなく、彼に差しだしていた。


「ほらよ、受け取れ」
「な、なに?」
「落ち着いて話を聞いてくれるならこちらも手荒な真似はしない。だが、下手な動きを見せれば俺の部下の矢がお前の頭を撃ち抜くと思え」
「うっ……!?」


渡された杖を受け取ったタンは周囲を警戒するが人の姿は見当たらず、だからといって盗賊の男の言葉が嘘だとは思えなかった。二人は向かい合う形で机に座ると、改めて盗賊の男は名を名乗る。


「そういえばあんたとは長い付き合いだが、名前をちゃんと名乗った事はなかったな……俺の名はリクだ」
「リ、リクだと!?まさか、あの賞金首の……!!」
「そうだ、俺の名前は知っているようだな」


リクという名前はタンも知っており、国が指名手配した賞金首の中でも金貨100枚の大物でもあった。ここでリクはフードを外して素顔を晒すと、狼型の獣人族である事が判明した。

年齢は30代前半、額の部分に獣の爪で引っ掻かれた様な傷跡があり、人というよりも猛獣を想像させる容貌だった。リクの気迫にタンは圧倒され、こうして彼の素顔を見るのは彼も初めてだった。
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