氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第77話 師を信じて

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吸魔腕輪の恐ろしさを体感したコオリは本音を言えばこの訓練を続けられる自信はなかった。しかし、バルルが意味もなくこの吸魔腕輪を渡したとは思えず、彼はこれまでの修業を思い出す。

彼女は直接指導する事は決して多くはなかったが、いつも彼女の訓練を終えた時のコオリは魔術師として確実に成長していた。そんな彼女が渡した吸魔腕輪を見てコオリはきっと今回の訓練もやり遂げれば自分は強くなれると信じて続行を申し出る。


「大丈夫です!!まだやれます!!」
「コオリ……」
「本気か!?」
「……そうかい、なら続けな」


コオリの返事を聞いてミイナとバルトは心配そうな表情を浮かべるが、バルルの方は安堵した表情を浮かべた。本人が訓練を続ける意思があるのならば止める事はできず、目を覚ましたコオリは二又の杖を構えた。


(今度は魔力を奪われないように気をつけないと……)


吸魔石の時と同じようにコオリは自分の魔力を奪われないように気をつけ、魔法を発動させようとする。今度こそ自分の魔力を体内に収め、腕輪に吸収されないように気をつけながら彼は魔法を発動させようとした。


「アイス――!?」


しかし、先ほどと同様に魔法を発動させようとした瞬間に腕輪が発動し、彼の魔力が急速的に腕輪に吸収されて意識が途絶えた――





――この日からコオリは吸魔腕輪を使用した訓練を行い、何度も魔力を奪われては気絶しながらも他の者に介抱され、意識を取り戻すと再び魔法の練習を行う。

吸魔腕輪は吸魔石とは比べ物にならない吸引力を誇り、魔力を体内に抑えようとしても上手くいかない。杖に送り込もうとする魔力を腕輪が無理やりに吸収するため、魔法を吸収させる暇もなくコオリは気絶する。

しかし、何度も訓練を繰り返す内にコオリにも変化が訪れ始めた。最初の数日は魔力を吸収される度に長時間気絶していた彼だったが、だんだんと慣れてきたのか意識を失ってから目を覚ます時間が短くなっていく。

一番最初の時は他の者が騒いでいたので比較的に早く意識を取り戻していたが、それ以降は声をかけずに安静に休ませると数時間は目を覚ます事はなかった。だが、少しずつではあるが訓練を繰り返す内に目を覚ますまでの時間が短くなっていく。


「……ふがっ!?」
「あ、起きた」
「もう昼飯の時間だよ……あんたが眠っていたのは三十分ぐらいだね。大分早く起きれるようになったじゃないかい」
「そ、そうですか……」


十日を過ぎた辺りからコオリは三十分ほどで目を覚ますまでになり、起きる度に頭痛感に悩まされるがそれもしばらく休めば収まっていく。


「ほら、しっかりと飯を食いな。今日はもう訓練を辞めていいよ」
「いえ、もう少しでコツを掴めそうなので……まだやります」
「そうかい……きついときはこれを飲みな」
「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「はっ、弟子の分際で師匠の心配なんて10年早いんだよ!!」


バルルはコオリのために魔力回復薬を渡し、それを受け取ったコオリは申し訳ない気持ちを抱く。魔力回復薬は決して安く購入できる代物ではなく、これを買うためにバルルに負担をかけているのではないかと心配するが、バルルは豪快に笑い飛ばす。

実際の所はバルルはボーナスだけではなく、学園長に頼んで給料の前借りを行って購入した代物である。ここから三か月はバルルは給料無しになるが、一応は彼女は宿屋の主人でもあるため生活面は問題はない。しかし、今後どれくらいの魔力回復薬が必要になるのか分からないため、彼女は他の方法でお金を稼ぐ手段を考える。


(そろそろきつくなってきたね……先生に迷惑を掛けられないし、他に金を稼ぐ方法を探さないとね)


まだまだコオリの訓練が長引く事を想定し、彼女は魔力回復薬を購入する方法を考え、そしてミイナに視線を向けた。


「ミイナ、しばらくの間はコオリの面倒を頼むよ」
「別にいいけど……急にどうしたの?」
「あたしは野暮用があってしばらくは来れないよ。まあ、他の教師共に目を付けられないようにあんた達は教室で訓練を続けな。カマセに頼んで定期的にあいつに教室に来るようにしておくから、何かあったらカマセに相談しな」
「は、はい。分かりました」


バルルは魔力回復薬の代金を稼ぐために学園の外に出向かねばならず、旧友のセマカに頼んでコオリとミイナの面倒をしばらくの間見てもらう事にした。

その後、コオリとミイナは教室に籠って自主練を行う。コオリの場合は吸魔腕輪の訓練に集中し、その間にミイナは気絶した彼の面倒を見ながらも自分も訓練を行う。彼女の訓練は魔爪の新しい使い方を考案するために集中し、教室の中で座禅を行う。


(ミイナ、凄い集中力だな……僕も頑張らないと)


普段の彼女からは想像もできない程に真剣な表情でミイナは座禅を行い、彼女は頭の中で自分の新しい魔爪の使い方を考える事に集中していた。それを見たコオリもミイナに後れを取らないように訓練に集中する――





――そして吸魔腕輪の訓練を開始してから一か月近くが経過した頃、コオリの方に進展があった。彼は吸魔腕輪を装着した状態で杖を握りしめ、全身に汗を流しながらも杖先からを放つ。


「くっ、うっ……もう、少し……!!」


魔法の発現にはまだ成功していないが、杖先に魔力を送り込む事に成功したコオリは意識を集中させて杖先にを作り出す事に成功する。最初の頃の魔法を使った時と同じであり、彼は遂に吸魔腕輪を取りつけた状態で魔法を発動させる事に成功した。

ほんの僅かではあるが氷を作り出す事に成功したコオリは、荒い息をあげながらも地面に膝を突いて魔法を解除した。一か月目にして遂にコオリは魔法を発動する事に成功し、達成感を抱く。


「やった……遂にできた!!」
「凄い……流石はコオリ、さすコオリ」
「その台詞、久しぶりに聞いた気がする」
「……やるじゃないかい」


彼が魔法を発動する光景はミイナとバルルも見届け、彼に対してミイナは拍手を行う。一方でバルルの方は言葉とは裏腹に表情は暗く、彼女は汗を流しながらも遂に魔法の発現に成功したコオリに告げる。


「一か月目で魔法を使えるようになったのかい。大した成長だね、前よりも魔力操作の技術が磨かれてるね」
「は、はい……まだ欠片ぐらいの氷しか作れませんけど」
「それでも立派なもんさ。あたしの若い頃なんて魔法すら使えなかったからね」
「という事はコオリはもう若い頃のバルルを越えた?」
「まあ、あたしは魔拳士だったからね、魔術師のあんたと比べるのもおかしな話さ」


魔拳士であるバルルは杖を扱う事は滅多になく、彼女の場合は下級魔法の「ファイア」しか使えない。それでも若い頃のバルルでも成し遂げる事ができなかった吸魔腕輪を取りつけた状態の魔法の発動にコオリは成功した。

彼が学園に訪れてから既に三か月以上の時が流れ、最初の頃と比べるとコオリは魔術師として確実に成長していた。もしかしたら学園の誰よりも彼が一番に成長しているかもしれないが、それもマリアが言っていた様に彼がのお陰かもしれない。


(まさか一か月で魔法を使えるようになるなんてね……けど、)


今回の訓練の目的は決して魔力操作の技術を磨くための訓練ではなく、別の意図があっての事だった。そのためにはこのまま彼に訓練を続けさせるわけにはいかない。


「コオリ、よく頑張ったね」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ、反対の腕を出しな」
「え?」


バルルはコオリの左腕を掴むと、彼女は新しい「吸魔腕輪」を取り出して装着した。コオリは二つ目の吸魔腕輪を取りつけられた事に驚き、彼女の行動にミイナでさえも呆気に取られた。


「明日からはこの二つの吸魔腕輪を取りつけた状態で訓練を続けな」
「えっ……」
「ちょっと待って、それはいくらなんでもそれは無茶過ぎる!!」
「大丈夫だよ、死にはしないさ……多分ね」


唖然とするコオリに対して淡々とバルルは二つの吸魔腕輪を装着して訓練を続けるように指示を出し、彼女の行動に流石のミイナも怒るが結局はバルルは抗議を聞き入れずにコオリに訓練を課す――




――二つ目の吸魔腕輪を取りつけられた事でッコオリの肉体の負担は大きく増し、酷い時はまともに立つ事もできなかった。魔法を使おうとすると今までの倍の吸引力で魔力を搾り取られ、杖から魔光すらも放つ事ができない。

一つ目の吸魔腕輪で魔法を成功した途端、新しい吸魔腕輪を装着させられた事にコオリは戸惑い、ミイナやバルトは激怒した。こんなの訓練でもなんでもなく、まるでコオリから魔力を搾り取るためだけの拷問にしか思えない訓練内容に怒りを抱くのは無理はなかった。


(何なんだよこれ……本当に何の意味があるんだ?)


流石のコオリも二つ目の吸魔腕輪を装着した状態での訓練の過酷さに心が折れかけ、眠れない夜を過ごす。眠っている時も吸魔腕輪は外す事はできず、ほんの少しでも魔法を使おうとすると魔力を奪われて意識を失ってしまう。


「はあっ……駄目だ、全然眠れないや」


もう深夜を迎えたにも関わらずにコオリは眠る事ができず、今のうちに身体を休めないといけない事は分かっているが、どうしても目が冴えて眠れない。


「……仕方ない、これに頼るか」


あまりに眠れないのでコオリは杖を取り出して魔法を発動させ、両腕に装着した吸魔腕輪に魔力を吸わせて無理やり意識を絶つ事にした。魔力を奪われれば勝手に気絶するため、覚悟を決めたコオリはベッドの上で杖を構えた。


「アイス――」


魔法を唱えた瞬間に両腕の腕輪から魔力が吸収され、コオリの意識が途絶えた――





――次にコオリは目を覚ますと、彼は頭痛感に苛まれながらも身体を起き上げる。目覚めは最悪だが学校に行く準備をしようとしたが、窓の外をみると未だに太陽が上がってない事に気付く。


「あれ……まだ朝じゃないのか」


気絶から目覚めたコオリは不思議に思いながらも部屋の中の時計を確認すると、時間を確認した瞬間にコオリは目を見開く。彼が眠る前の時刻から僅かしか経過していない事が判明した。
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