氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第70話 その後のバルト

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――試合を終えた翌日、バルトは自分の学生寮の部屋のベッドの上で横たわっていた。昨日の試合の疲れがまだ残っており、学園長の方から今日は休んでも良いと正式に許可を貰った。


「……気持ち悪い」


魔力切れの影響でバルトは頭痛に悩まされ、一晩経っても調子が戻らない。魔力量が多い人間程に魔力の回復には時間が掛かり、昨日からバルトは寝たきりの状態でまともに動く事もできない。

昨日の試合から目を覚ました時は既に深夜を迎え、彼は一晩中ベッドに横になりながら考え事をしていた。昨日の試合の結果は既に聞いているが、彼本人は人生で二度目の「敗北感」を味わう。


(俺の負けだ……)


試合の結果は引き分けだと聞いてはいるが、バルト自身はコオリとのに負けたと思っていた。理由としては自分が一番の強みにしていた魔法が正面から打ち破られた時点で彼は自分が魔術師として負けたと感じた。


(あのガキ、凄い魔法だったな……)


リオンを倒すためにバルトは必死に自力で習得した「スライサー」それを正面から逃げずに打ち破ったコオリに彼は敗北を認めるしかなかった。しかもバルトは試合前にタンから杖を受け取り、しかもコオリが使用した魔石よりも効果で性能が高い魔石を受け取っておきながら敗れた事に悔しく思う。


(装備も魔力量も俺の方が上だったはずだ……それなのに負けた)


コオリの身に着けている杖はドワーフが造り上げた優れものだが、バルトが使用したのは仮にも魔法学園の教員が扱う代物であり、性能面に関しては決して引けを取らない。むしろ使用している魔石の質はバルトの方が有利なはずだった。

装備も魔力量もバルトがコオリよりも大きく上回っていた。しかもコオリの場合は中級魔法は扱えず、下級魔法しか使えないと聞いていた。だからこそバルトは勝利を確信していたが、結果は彼が自分自身で敗北を認める程の終わり方を迎える。


(何が下級魔法だ……あんなの、インチキだろ)


最後にコオリが使用した氷砲撃の事を思い出すだけでバルトは背筋が凍り付き、心の中で彼がきっと何らかの不正をしてあれほど凄まじい魔法を使用したのだと思い込もうとした。しかし、実際の所は彼自身も理解していた。


「……違う、あれがあいつの実力か」


いくらコオリの不正を疑おうとしても、既にバルトは理解していた。彼が負けたのは自分の実力がコオリに及ばなかったからであり、そもそもどんなに高性能な装備を身に着けていたとしても魔術師は自分の力量以上の魔法を生み出す事はできない。

魔力量が少ないコオリはどんなに足掻いても下級魔法以上の魔法は扱えない。魔力量を誤魔化して試合を行ったという可能性も否定はできないが、そもそも魔力量が少ない事を公言する必要がない。第一に彼の魔力量が少ない事を教えてくれたのは学園長である。


『バルト君、少しいいかしら?』
『学園長……何の用すか?』
『今から戦う相手の事よ』


試合前にバルトはマリアから話しかけられ、これから戦うコオリがどのような人物なのか教えてもらう。学園長に関しては月の徽章を自分に与えてくれない存在という事でバルトは恨みを抱いていたが、魔術師としては彼女が誰よりも優秀で尊敬に値する人物だとは思っていた。


『貴方が戦う相手は魔力量も少なくて下級魔法しか扱えないのよ』
『そんな馬鹿な……』
『嘘じゃないわ。でも、彼は魔力量が少ないからと言って魔術師になる事を諦めたりはしない。むしろ、自分の欠点を知った上でそれを補うために努力を怠らない強い心の持ち主よ』
『それが……何だというんですか?』
『あの子は強い、だから手加減はしないで戦いなさい』
『……俺が負けるとでも思ってるんですか!?』


魔力量も少ない、しかも年齢も年下の相手に自分が負けるはずがないと思っていたバルトはマリアに突っかかる。しかし、そんな彼にマリアは告げた。


『勝負はどうなるのかは分からないけれど、彼は昔の貴方とよく似ているわ』
『は?』
『昔の貴方は目標を目指して真っ直ぐに成長していた。けれど、今の貴方は目標を見失っているように見えるわね』
『な、何を言ってるんですか!!俺の夢は昔も今も変わらない!!俺が欲しいのはあの徽章だけで……』
『本当にそうなのかしら?』


バルトが求める物は「月の徽章」であると言おうとしたが、マリアは彼が求めているのはもっと別の何かではないかと思った――





――昔のバルトは月の徽章に対して憧れを抱き、それに相応しい生徒に成ろうと頑張って努力をしてきた。だが、彼が変わり始めたのはリオンと出会って彼に敗れたからである。

リオンは年下でしかも自分がどれだけ求めても手に入れる事ができなかった月の徽章を持っていた。だからこそ彼はリオンを越えるために必死になって魔法の練習を行い、一刻も早く月の徽章を手に入れようと頑張ってきた。しかし、そのやり方が


「何やってんだろうな、俺……」


バルトはこれまでの自分の行動を思い返し、無意識に涙を流していた。一年生のリオンに負けてから彼は自信を失いかけ、一時期は自暴自棄に陥った。

一年生の魔術師に負けた後にバルトは魔法学園を退学しようかと考えたが、それを引き留めたのは同級生たちだった。彼が学校を辞めようとした時に強く止めたのが「リンダ」であり、彼女に殴りつけられてバルトは退学を辞める。


『たった一度の敗北で貴方の心は折れたのですか!?どうしてそんな簡単に諦められるんです!!』
『……うるせえよ』


リンダは生徒会の副会長という立場でありながら人前でバルトを殴りつけ、彼の退学を辞めるように説得した。この一件でリンダは処罰を受けられそうになったが、事情を知った学園長が彼女の行動を友達を救うためだという理由で軽い罰則だけで済んだ(一週間の校庭の草取り)。


『ちくしょう……好き勝手言いやがって』


バルトはリンダに殴られた事で退学を取りやめたが、その後はリオンを越えるためだけに行動を起こす。まずは今まで以上に魔法の練習に励み、授業で習う範囲の魔法では役に立たず、独学で新しい魔法を身に着ける特訓を行う。

この頃からバルトの目標は「月の徽章」から「リオンを越える」という事に代わり、もう彼が憧れを抱いて追い求めていた月の徽章など、彼にとってはリオンと対等に並ぶための証しか思わなかった。

月の徽章を与えられた生徒は様々な特権を与えられ、その特権を利用してリオンは長期に学園を離れて行動している事はバルトも知っていた。学生寮に暮らすバルトは魔法学園から遠く離れる事は許されず、だからこそ魔法学園を離れたリオンの足取りを掴む事もできなかった。


『待ってろよ、あのガキ……!!』


月の徽章を手に入らなければリオンを探す事もできないと知ったバルトは月の徽章を手に入れるために手段を択ばず、授業が行われる際は自分が誰よりも優れている事を示すために他の生徒を乏しめる真似も行う。


『はっ……今のがお前の魔法か?だせえな、下級生の方がまだマシな魔法が使えるぞ!!』
『そ、そんな……』
『おい、今のは酷いぞ!!そいつも頑張ってたじゃないか!!』
『うるせえっ!!俺が本当の魔法を見せてやるよ!!』


自分よりも実力の下の魔術師が魔法を披露する度にバルトは嘲笑し、そして自分の番が訪れると自分の魔法を見せつける。学年内ではバルトに並ぶは存在せず、いつの間にか彼の取り巻きができあがっていた。


『凄いです、バルトさん!!』
『やっぱりバルトさんは違うな!!』
『もうバルトさんより強い魔術師なんていませんよ』
『……はっ、そうだな』


とりまきに褒め称えられる事はバルトにとっても悪い気分ではなく、誰かに褒められるだけでリオンに敗北してからずっと感じていた惨めな気持ちが薄らいだ。しかし、いくら褒め称えられようと彼の心は晴れる事はなく、それどころか彼の行動に教師たちも問題視する。


『バルト君、君が優れているのは確かだ。だが、もう少し他の人間の事を気遣っても……』
『いったいどうしたんだ?前は他の人間にも優しくしていたのに……』
『悪いが君には星の徽章を与えない。実力はあったとしても、今の君は間違っている』


自分を良く見せようとバルトは他の人間を乏し続けた結果、教員の何人かは彼を見放してしまった。それでも実力は本物であるが故に彼の行動を注意しながらも誰も止める事はできず、徐々にバルトは嫌われ始める。


『うわ、バルトだ……』
『あの人、本当に怖いわよね……』
『近づかない方がいいわよ』


廊下を歩くだけでバルトは他の生徒に囁かれる存在となり、彼は居心地の悪さを覚えた。だが、それでもバルトは態度を改める事はしなかった。ここで諦めればリオンと会う事ができないと彼は思ってしまう。

何としてもリオンへの復讐を果たすためにバルトは色々な方法を試した。しかし、それでも学園側は彼に月の徽章を与えない。その事にバルトは怒りを抱いていたが、そんな時に一年生にまた月の徽章を与えられた生徒がいるとしって我慢の限界を迎えた。


(……こうして思い出せば、俺は碌でもない人間だな)


考え事をしているだけでバルトは夜を迎えている事に気付き、不意に彼は窓を見上げると今夜は三日月だと気付いた。彼は夜空に浮かぶ月を見て無意識に手を伸ばし、そしてやっと理解した。


「そうか……俺が欲しかったのはなんかじゃなかった」


昔の彼が月の徽章を求めたのは純粋な憧れを抱いてからだった。しかし、リオンと出会ってから彼にとって月の徽章とは自分を打ち負かしたリオンと対等の立場になるためのただの道具としか認識していない事を思い出す。

リオンに出会う前までは夜空に浮かぶ月のようにバルトにとっては月の徽章は輝かしい存在だった。その事を思い出す事ができたバルトは憑き物が落ちたかのようにすっきりとした表情を浮かべて眠りにつく事ができた。
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