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王都での日常
第68話 下級魔法VS中級魔法
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(この人、やっぱり強い……!!)
事前に聞いてはいたがコオリは三年生の魔術師の中で最強の魔法使いを相手にしている事を思い知り、改めてバルトの実力に背筋が震える。一方でバルトの方は肩の傷から血を流しながらも杖を構え、防御魔法を解除して攻撃を繰り出す。
「いい加減に諦めやがれ!!」
「うわっ!?」
バルトが杖を振り下ろしただけで「スラッシュ」を放ち、咄嗟にコオリは横に飛んで攻撃を避ける。またもや攻撃を避けられたバルトは苛立った表情を浮かべた。
どうにか三度目の攻撃を躱したコオリだったが、次も上手く避けられる保証はない。彼はバルトの様子を伺い、自分の力だけでは到底かなわない相手だと認めた。
(今の俺の魔力だけじゃこの人には勝てない……けど、絶対に諦めない!!)
自分の魔法の力だけでは及ばないのであればとコオリは二又の杖に取り付けられた魔石に視線を向ける。この時に誰よりも目が良いミイナは違和感を抱く。
(コオリのあの目……何か考えてる?)
ミイナはコオリの持つ二又の杖を見て違和感を抱き、彼女は目元を細めて観察すると、彼の杖に嵌め込まれた魔石が妙な輝きを放っている事に気付く。
コオリが所持する二又の杖にはバルルが渡した魔石が嵌め込まれているが、その内の風属性の魔石だけが輝いている事が判明する。コオリは集中するように二又の杖を握りしめて魔力を引き出す。。
(思い出せ、あの時の感覚を……!!)
深淵の森でリオンから渡された小杖でコオリは初めて魔法を使った夜の事を思い返し、あの時に彼から教わったのは「アイス」の魔法だけではなかった。彼はコオリがどの系統の魔法を扱えるのかを確かめるため、各属性の下級魔法を教えてくれた。
この時にコオリは風属性と水属性の下級魔法である「ウィンド」と「アクア」を唱えた時、確かに自分の中に流れる魔力を感じ取った。魔法の発現こそはしなかったがコオリは魔力を感じ取ったのは彼が風と水の魔力の性質を併せ持つ「氷」の魔法の使い手だからである。
(この魔石の力を使えばきっと……!!)
コオリは自分の魔力と二つの魔石を利用して最初に特大の氷塊を生み出し、それを「氷柱」のように変形させる。そして風属性の魔石のみ魔力を引き出し、氷柱に魔力を纏わせる事で回転させていく。その光景を見たバルトは目を見開く。
「なっ、何の真似だ!?」
「先輩……これが僕の全力です!!」
「……面白ぇっ!!かかってこいや!!」
大技を繰り出そうとするコオリを見てバルトは笑みを浮かべ、今ならば彼に攻撃を仕掛ける絶好の機会だった。だが、自分が優れた魔術師であるという自信からか、バルトは正面からコオリの魔法を撃ち破りたいと思って中級魔法の準備を行う。
バルトは杖を上空に構えると魔力を集中させて腕を回転させる。この時にコオリは彼の邪魔をせず、お互いに魔力を最大限に高めた状態で攻撃を繰り出す。
「はぁあああっ!!」
「うわっ!?」
「な、何という魔力……」
「魔力を使い切るつもりか!?」
バルトもコオリと同様に杖に取り付けられた魔石から限界まで魔力を引きだし、授業の時よりも巨大な風の渦巻を形成する。それを見てコオリも負けずに氷柱を高速回転させて準備を整える。
(もっと早く、回転力を高めるんだ!!)
お互いにこれが最後の攻撃になると予感しながらもコオリとバルトは魔法に全力を注ぎ、そして二人は同時に杖を突き出す。
「スライサー!!」
「氷砲撃!!」
『うわぁっ!?』
二人の放った魔法によって闘技台を取り囲む結界に衝撃が走り、渦巻状の風の斬撃と高速回転が咥えられた氷柱が正面衝突した。
――勝負は一瞬で終わり、風の魔力で超高速に回転していた氷柱は氷硬弾以上の破壊力を誇り、バルトの生み出した竜巻を撃ち抜く。そして闘技台を覆い込む結界に衝突し、先端の部分が結界を貫く。
闘技台を取り囲む結界は数名の教師が結界石と呼ばれる魔石を発動して作動した魔法障壁であり、本来であれば上級魔法でも簡単に打ち破れる代物ではない。それにも関わらずにコオリの新たに生み出した「氷砲撃」は一部とはいえ結界を破壊した。つまり彼の下級魔法が上級魔法を越えた事を意味した。
「ば、馬鹿な……け、結界が!?」
「有り得ない、何なのだ今の魔法は……ま、まさか上級魔法か!?」
「しかし、氷の魔法であのような上級魔法があるなど聞いた事もないぞ!?」
「……これは、流石に驚きね」
「は、ははっ……や、やりやがったあいつ」
「……凄い」
結界に突き刺さった状態の氷柱弾に誰もが視線を向け、バルルやミイナでさえも呆然と見上げ、一方でマリアの方は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「……素晴らしいわ」
「が、学園長!!闘技台を見てください!!」
感動に浸っている時に話しかけられたマリアは若干不機嫌そうな表情を浮かべるが、彼女は闘技台に視線を向けると、そこには倒れたコオリとバルトの姿があった。
二人ともどうやら先ほどの魔法で魔力を使い果たして意識が途切れたらしく、どちらも動ける状態ではなかった。これでは試合どころではなく、マリアは教師たちに結界を解除するように命じる。
「結界を解きなさい!!」
「は、はい!!」
「今すぐに解きます!!」
「いえ……もう壊すわ」
『えっ?』
教師たちが結界を解除するよりも前にマリアは氷柱弾が貫通した箇所に掌を構えると、彼女は無詠唱で手元に小さな火球を作り出す。それを見た者達は呆気に取られるが、すぐにバルルは驚愕の表情を浮かべてミイナを抱えて地面に伏せる。
「伏せな!!先生の魔法だよ!!」
「わっ!?」
「が、学園長!?お待ちくださ……」
「ボム」
マリアは下級魔法の「ボム」と呼ばれる魔法を作り出すと、結界を貫いたコオリの氷柱弾に放つ。火球が触れた瞬間、コオリの氷柱弾は蒸発して消え去り、直後に爆発を引き起こして結界に亀裂が走った。
下級魔法にも関わらずにマリアの放った火球は爆発した瞬間に結界全体に罅割れが走り、最終的には粉々に砕け散ってしまう。彼女の下級魔法は並の魔術師の上級魔法に匹敵し、結界を破壊した彼女は倒れている二人の元へ向かう。
「……二人とも気絶しているだけね、命に別状はないわ」
「せ、先生……驚かさないでくださいよ!!」
「あら、貴女は私の魔法をよく知っているでしょう?在籍中の時によく相手をしていたじゃない」
「あ、あの時は若気の至りで……」
バルルはマリアに文句を告げると、彼女は昔の話を語る。まだバルルが学生時代の頃、わけあって彼女はマリアに突っかかっていた。そして何度も彼女に返り討ちに遭い、最終的にはマリアに逆らえないようになってしまう。
マリアの指導のお陰でバルルは強くなったのは確かだが、彼女にとってはマリアの魔法はトラウマで身体が震え上がる。そのせいで倒れているコオリの元へ向かう事ができず、先にミイナが駆けつけて彼を抱き起す。
「コオリ、しっかりして」
「う、ううんっ……」
「良かった、生きてる……という事はコオリの勝ち?」
「残念だけど、この状況だと引き分けね」
「むうっ……」
ミイナは少し期待した目でマリアに振り返ったが、彼女は状況を判断した上で今回の勝負は引き分けだと判断した。コオリもバルトも最後の魔法で力を使い果たして気絶してしまい、結局は決着が付かなかった。マリアの言葉にミイナは頬を膨らませるが、決断は覆らない。
状況的に考えれば最後の魔法はコオリが打ち勝ったが、彼の魔法はバルトを傷つける事はなく、彼の後ろの結界を貫いただけで終わった。そもそも氷柱弾をまともにバルトが受けていれば今頃は死んでいたのは間違いなく、むしろ生きているのが奇跡だと言えた。
「先生、そりゃないだろ。どう見てもコオリの方が優勢だったじゃないかい」
「駄目よ、確かに最後の魔法はこの子が打ち勝ったように見えたけれど、最初に定めた通りに相手を戦闘不能に追い込めば勝利と言ったはずよ。二人とも気絶したのであれば引き分けよ」
「……まあ、負けなかっただけ良しとするか」
「ば、馬鹿な……何故だ!?どうしてバルトの魔法が……!?」
バルルは勝負の結果が引き分けに終わった事に渋々と納得するが、一方でタンの方は気絶したバルトの事よりも彼の中級魔法が破られた事に理解が追いつかなかった。下級魔法しか扱えないはずのマオに三年生の中では最も才能と実力を持つバルトが魔法で敗れた事が彼は信じられなかった。
「き、貴様!!最後の魔法は何だ!?そいつはいったい何者だ!?」
「な、何だい急に……」
「教えろ!!最後にその子供が使った魔法は何なのだ!?中級魔法か、それとも上級……」
「下級魔法よ」
コオリの師であるバルルにタンは迫り、最後に彼が扱った魔法の正体を問い質す。彼の目から見ればどう見てもコオリが生み出した「氷砲撃」は下級魔法の域を越えていた。しかし、そんな彼に答えたのは学園長のマリアだった。
「あの子には中級魔法や上級魔法を扱う程の魔力はない……だからあの子が使ったのは下級魔法以外にあり得ないという事よ」
「そ、そんな馬鹿な……有り得ませぬ!!あれが下級魔法などと……そ、そうだ!!魔石を使ったのだな!?」
「馬鹿言うんじゃないよ、魔石はあくまでも魔法を補助する効果しかない。術者の実力を大きく超える魔法なんて使えない事は知ってるだろう?」
「ぐぅっ……!!」
魔石の類はあくまでも魔術師が魔法を発動させる際の補助の効果しか持ち合わせておらず、実力が未熟な魔術師が魔石を使用した所で自分の限界を超える魔法を扱う事はできない。
魔力量の問題でコオリは下級魔法以外の魔法は扱う事はできない。しかし、最後に使った彼の魔法は下級魔法の域を超えており、風属性の中級魔法の中でも高い威力を誇るスライサーを正面から打ち破った。更には上級魔法程の威力でなければ破壊できないと思われていた結界を貫き、威力だけならば中級魔法を越えた魔法を彼は生み出す。
「ふ、不正だ!!きっと杖か何かに細工を施したのだろう!?学園長、この試合は決して公平ではなかった!!我が生徒は嵌められたのです!!」
「はあっ!?舐めた事を抜かしてるんじゃないよ!!ぶっ飛ばすぞ!?」
「落ち着きなさい二人とも、それとタン先生もいい加減にしなさい」
「し、しかし!!」
「……私を怒らせたいの?」
マリアが一言告げた途端、学園の屋上は静寂に包まれた。彼女の言葉を聞いただけで教員たちは黙り込み、ミイナの猫耳と尻尾が逆立つ。まるで大型の猛獣を前にした小動物のような気分を味わい、雰囲気が変化したマリアに誰もが声を出す事ができない。
(な、何て迫力だい……先生、マジで切れたね)
あまりのマリアの迫力に元冒険者で腕っ節には自信があるバルルでさえも言葉を発する事ができず、タンに至っては顔色を青ざめて身体を震わせていた。マリアはただの魔術師ではなく、この国で一番を誇る魔術師である事を嫌でも思い知らされる。
このマリアの威圧感の正体は彼女が内に秘めていた「魔力」を開放しており、この場に存在する全員が魔術師(魔拳士)であるため、彼女の放つ魔力を敏感に感じとる。マリアの魔力量は一般の魔術師の数十倍の魔力を有していた。
「これ以上に我儘は聞いていられないわ。この試合は引き分けだと二人が起きたら伝えなさい」
「は、はい……」
「わ、分かりました……」
マリアの言葉にバルルとタンはどうにか声を絞り出して返事をすると、途端に彼女から放たれていた威圧感が消え去ってしまう。どうやらマリアが解放していた魔力を抑えていたらしく、彼女は一変して笑顔を浮かべて二人の肩を掴む。
「これからはもう喧嘩はしては駄目よ」
「「…………」」
「……返事がないわね?」
「「は、はい!!分かりました!!」」
最後にマリアが睨みつけるとバルルとタンは冷や汗を流しながらも必死に返事をすると、こうしてコオリとバルトの試合は終わりを迎えた――
事前に聞いてはいたがコオリは三年生の魔術師の中で最強の魔法使いを相手にしている事を思い知り、改めてバルトの実力に背筋が震える。一方でバルトの方は肩の傷から血を流しながらも杖を構え、防御魔法を解除して攻撃を繰り出す。
「いい加減に諦めやがれ!!」
「うわっ!?」
バルトが杖を振り下ろしただけで「スラッシュ」を放ち、咄嗟にコオリは横に飛んで攻撃を避ける。またもや攻撃を避けられたバルトは苛立った表情を浮かべた。
どうにか三度目の攻撃を躱したコオリだったが、次も上手く避けられる保証はない。彼はバルトの様子を伺い、自分の力だけでは到底かなわない相手だと認めた。
(今の俺の魔力だけじゃこの人には勝てない……けど、絶対に諦めない!!)
自分の魔法の力だけでは及ばないのであればとコオリは二又の杖に取り付けられた魔石に視線を向ける。この時に誰よりも目が良いミイナは違和感を抱く。
(コオリのあの目……何か考えてる?)
ミイナはコオリの持つ二又の杖を見て違和感を抱き、彼女は目元を細めて観察すると、彼の杖に嵌め込まれた魔石が妙な輝きを放っている事に気付く。
コオリが所持する二又の杖にはバルルが渡した魔石が嵌め込まれているが、その内の風属性の魔石だけが輝いている事が判明する。コオリは集中するように二又の杖を握りしめて魔力を引き出す。。
(思い出せ、あの時の感覚を……!!)
深淵の森でリオンから渡された小杖でコオリは初めて魔法を使った夜の事を思い返し、あの時に彼から教わったのは「アイス」の魔法だけではなかった。彼はコオリがどの系統の魔法を扱えるのかを確かめるため、各属性の下級魔法を教えてくれた。
この時にコオリは風属性と水属性の下級魔法である「ウィンド」と「アクア」を唱えた時、確かに自分の中に流れる魔力を感じ取った。魔法の発現こそはしなかったがコオリは魔力を感じ取ったのは彼が風と水の魔力の性質を併せ持つ「氷」の魔法の使い手だからである。
(この魔石の力を使えばきっと……!!)
コオリは自分の魔力と二つの魔石を利用して最初に特大の氷塊を生み出し、それを「氷柱」のように変形させる。そして風属性の魔石のみ魔力を引き出し、氷柱に魔力を纏わせる事で回転させていく。その光景を見たバルトは目を見開く。
「なっ、何の真似だ!?」
「先輩……これが僕の全力です!!」
「……面白ぇっ!!かかってこいや!!」
大技を繰り出そうとするコオリを見てバルトは笑みを浮かべ、今ならば彼に攻撃を仕掛ける絶好の機会だった。だが、自分が優れた魔術師であるという自信からか、バルトは正面からコオリの魔法を撃ち破りたいと思って中級魔法の準備を行う。
バルトは杖を上空に構えると魔力を集中させて腕を回転させる。この時にコオリは彼の邪魔をせず、お互いに魔力を最大限に高めた状態で攻撃を繰り出す。
「はぁあああっ!!」
「うわっ!?」
「な、何という魔力……」
「魔力を使い切るつもりか!?」
バルトもコオリと同様に杖に取り付けられた魔石から限界まで魔力を引きだし、授業の時よりも巨大な風の渦巻を形成する。それを見てコオリも負けずに氷柱を高速回転させて準備を整える。
(もっと早く、回転力を高めるんだ!!)
お互いにこれが最後の攻撃になると予感しながらもコオリとバルトは魔法に全力を注ぎ、そして二人は同時に杖を突き出す。
「スライサー!!」
「氷砲撃!!」
『うわぁっ!?』
二人の放った魔法によって闘技台を取り囲む結界に衝撃が走り、渦巻状の風の斬撃と高速回転が咥えられた氷柱が正面衝突した。
――勝負は一瞬で終わり、風の魔力で超高速に回転していた氷柱は氷硬弾以上の破壊力を誇り、バルトの生み出した竜巻を撃ち抜く。そして闘技台を覆い込む結界に衝突し、先端の部分が結界を貫く。
闘技台を取り囲む結界は数名の教師が結界石と呼ばれる魔石を発動して作動した魔法障壁であり、本来であれば上級魔法でも簡単に打ち破れる代物ではない。それにも関わらずにコオリの新たに生み出した「氷砲撃」は一部とはいえ結界を破壊した。つまり彼の下級魔法が上級魔法を越えた事を意味した。
「ば、馬鹿な……け、結界が!?」
「有り得ない、何なのだ今の魔法は……ま、まさか上級魔法か!?」
「しかし、氷の魔法であのような上級魔法があるなど聞いた事もないぞ!?」
「……これは、流石に驚きね」
「は、ははっ……や、やりやがったあいつ」
「……凄い」
結界に突き刺さった状態の氷柱弾に誰もが視線を向け、バルルやミイナでさえも呆然と見上げ、一方でマリアの方は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「……素晴らしいわ」
「が、学園長!!闘技台を見てください!!」
感動に浸っている時に話しかけられたマリアは若干不機嫌そうな表情を浮かべるが、彼女は闘技台に視線を向けると、そこには倒れたコオリとバルトの姿があった。
二人ともどうやら先ほどの魔法で魔力を使い果たして意識が途切れたらしく、どちらも動ける状態ではなかった。これでは試合どころではなく、マリアは教師たちに結界を解除するように命じる。
「結界を解きなさい!!」
「は、はい!!」
「今すぐに解きます!!」
「いえ……もう壊すわ」
『えっ?』
教師たちが結界を解除するよりも前にマリアは氷柱弾が貫通した箇所に掌を構えると、彼女は無詠唱で手元に小さな火球を作り出す。それを見た者達は呆気に取られるが、すぐにバルルは驚愕の表情を浮かべてミイナを抱えて地面に伏せる。
「伏せな!!先生の魔法だよ!!」
「わっ!?」
「が、学園長!?お待ちくださ……」
「ボム」
マリアは下級魔法の「ボム」と呼ばれる魔法を作り出すと、結界を貫いたコオリの氷柱弾に放つ。火球が触れた瞬間、コオリの氷柱弾は蒸発して消え去り、直後に爆発を引き起こして結界に亀裂が走った。
下級魔法にも関わらずにマリアの放った火球は爆発した瞬間に結界全体に罅割れが走り、最終的には粉々に砕け散ってしまう。彼女の下級魔法は並の魔術師の上級魔法に匹敵し、結界を破壊した彼女は倒れている二人の元へ向かう。
「……二人とも気絶しているだけね、命に別状はないわ」
「せ、先生……驚かさないでくださいよ!!」
「あら、貴女は私の魔法をよく知っているでしょう?在籍中の時によく相手をしていたじゃない」
「あ、あの時は若気の至りで……」
バルルはマリアに文句を告げると、彼女は昔の話を語る。まだバルルが学生時代の頃、わけあって彼女はマリアに突っかかっていた。そして何度も彼女に返り討ちに遭い、最終的にはマリアに逆らえないようになってしまう。
マリアの指導のお陰でバルルは強くなったのは確かだが、彼女にとってはマリアの魔法はトラウマで身体が震え上がる。そのせいで倒れているコオリの元へ向かう事ができず、先にミイナが駆けつけて彼を抱き起す。
「コオリ、しっかりして」
「う、ううんっ……」
「良かった、生きてる……という事はコオリの勝ち?」
「残念だけど、この状況だと引き分けね」
「むうっ……」
ミイナは少し期待した目でマリアに振り返ったが、彼女は状況を判断した上で今回の勝負は引き分けだと判断した。コオリもバルトも最後の魔法で力を使い果たして気絶してしまい、結局は決着が付かなかった。マリアの言葉にミイナは頬を膨らませるが、決断は覆らない。
状況的に考えれば最後の魔法はコオリが打ち勝ったが、彼の魔法はバルトを傷つける事はなく、彼の後ろの結界を貫いただけで終わった。そもそも氷柱弾をまともにバルトが受けていれば今頃は死んでいたのは間違いなく、むしろ生きているのが奇跡だと言えた。
「先生、そりゃないだろ。どう見てもコオリの方が優勢だったじゃないかい」
「駄目よ、確かに最後の魔法はこの子が打ち勝ったように見えたけれど、最初に定めた通りに相手を戦闘不能に追い込めば勝利と言ったはずよ。二人とも気絶したのであれば引き分けよ」
「……まあ、負けなかっただけ良しとするか」
「ば、馬鹿な……何故だ!?どうしてバルトの魔法が……!?」
バルルは勝負の結果が引き分けに終わった事に渋々と納得するが、一方でタンの方は気絶したバルトの事よりも彼の中級魔法が破られた事に理解が追いつかなかった。下級魔法しか扱えないはずのマオに三年生の中では最も才能と実力を持つバルトが魔法で敗れた事が彼は信じられなかった。
「き、貴様!!最後の魔法は何だ!?そいつはいったい何者だ!?」
「な、何だい急に……」
「教えろ!!最後にその子供が使った魔法は何なのだ!?中級魔法か、それとも上級……」
「下級魔法よ」
コオリの師であるバルルにタンは迫り、最後に彼が扱った魔法の正体を問い質す。彼の目から見ればどう見てもコオリが生み出した「氷砲撃」は下級魔法の域を越えていた。しかし、そんな彼に答えたのは学園長のマリアだった。
「あの子には中級魔法や上級魔法を扱う程の魔力はない……だからあの子が使ったのは下級魔法以外にあり得ないという事よ」
「そ、そんな馬鹿な……有り得ませぬ!!あれが下級魔法などと……そ、そうだ!!魔石を使ったのだな!?」
「馬鹿言うんじゃないよ、魔石はあくまでも魔法を補助する効果しかない。術者の実力を大きく超える魔法なんて使えない事は知ってるだろう?」
「ぐぅっ……!!」
魔石の類はあくまでも魔術師が魔法を発動させる際の補助の効果しか持ち合わせておらず、実力が未熟な魔術師が魔石を使用した所で自分の限界を超える魔法を扱う事はできない。
魔力量の問題でコオリは下級魔法以外の魔法は扱う事はできない。しかし、最後に使った彼の魔法は下級魔法の域を超えており、風属性の中級魔法の中でも高い威力を誇るスライサーを正面から打ち破った。更には上級魔法程の威力でなければ破壊できないと思われていた結界を貫き、威力だけならば中級魔法を越えた魔法を彼は生み出す。
「ふ、不正だ!!きっと杖か何かに細工を施したのだろう!?学園長、この試合は決して公平ではなかった!!我が生徒は嵌められたのです!!」
「はあっ!?舐めた事を抜かしてるんじゃないよ!!ぶっ飛ばすぞ!?」
「落ち着きなさい二人とも、それとタン先生もいい加減にしなさい」
「し、しかし!!」
「……私を怒らせたいの?」
マリアが一言告げた途端、学園の屋上は静寂に包まれた。彼女の言葉を聞いただけで教員たちは黙り込み、ミイナの猫耳と尻尾が逆立つ。まるで大型の猛獣を前にした小動物のような気分を味わい、雰囲気が変化したマリアに誰もが声を出す事ができない。
(な、何て迫力だい……先生、マジで切れたね)
あまりのマリアの迫力に元冒険者で腕っ節には自信があるバルルでさえも言葉を発する事ができず、タンに至っては顔色を青ざめて身体を震わせていた。マリアはただの魔術師ではなく、この国で一番を誇る魔術師である事を嫌でも思い知らされる。
このマリアの威圧感の正体は彼女が内に秘めていた「魔力」を開放しており、この場に存在する全員が魔術師(魔拳士)であるため、彼女の放つ魔力を敏感に感じとる。マリアの魔力量は一般の魔術師の数十倍の魔力を有していた。
「これ以上に我儘は聞いていられないわ。この試合は引き分けだと二人が起きたら伝えなさい」
「は、はい……」
「わ、分かりました……」
マリアの言葉にバルルとタンはどうにか声を絞り出して返事をすると、途端に彼女から放たれていた威圧感が消え去ってしまう。どうやらマリアが解放していた魔力を抑えていたらしく、彼女は一変して笑顔を浮かべて二人の肩を掴む。
「これからはもう喧嘩はしては駄目よ」
「「…………」」
「……返事がないわね?」
「「は、はい!!分かりました!!」」
最後にマリアが睨みつけるとバルルとタンは冷や汗を流しながらも必死に返事をすると、こうしてコオリとバルトの試合は終わりを迎えた――
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ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。
蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。
呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。
泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。
ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。
おっさん若返り異世界ファンタジーです。
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