氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第66話 選ばれなかった理由

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「――貴方達は毎回騒ぎを起こさないと気が済まないのかしら」
「「「すいません……」」」


バルルが上級生の教室で騒ぎを起こした後、彼女とその弟子であるコオリとミイナは学園長室に呼び出されてマリアから説教を受けた。

マリアが三人を呼び出したのはバルトの担当教師のタンから抗議があったからであり、授業を妨害されたのを理由に学園長であるマリアに処罰を与えるように申し付けてきたからである。彼女も立場上はバルルを叱らないわけにはいかず、一先ずはバルルと彼女の生徒達を呼び出す。


「本当にうちの師匠がすいません……せめて放課後まで待てばいいとは言ったんですけど」
「授業中に乗り込んだ方が派手で面白そうだと言って聞かなかった」
「ちょっ!?あんた達、師匠を裏切るつもりかい!?」
「つまり、悪いのは貴女というわけね……全く、これじゃあ来年のボーナスも無しね」
「先生!?そりゃないよ!!」


既に今年分のボーナスも前借りしているのにさらに来年分のボーナスも無しにされそうになるバルルは慌てふためくが、そんな彼女に対してマリアは珍しく怒った様子で語り掛ける。


「貴女の性格は把握しているつもりだったけど、それでも今回はやり過ぎよ。ちゃんと反省しなさい」
「は、はい……すいませんでした」
「あの師匠が謝ってる」
「流石は学園長」


素直に謝罪を行うバルルを見てコオリとミイナは驚き、その一方でマリアの方はコオリに視線を向けた。今回の発端はそもそもコオリとバルトが原因である事もマリアは突き止めており、彼女は真剣な表情を浮かべてコオリに告げる。


「学園の屋上にて貴方とバルト君の試合を行う事を正式に許可します」
「先生……いいのかい?」
「仕方がないでしょう。タン先生も了承したわ」


学園長としてマリアはコオリとバルトが試合を行う事を認め、これほど騒ぎを起こした以上は内密に処理するわけにはいかなくなった。既に生徒達の間でも噂になっており、しかも最近のバルトの行動のせいで彼がコオリに執着している事は既に知れ渡っていた。

バルトとしてもコオリと勝負をしなければ気が済まず、延々と彼を追いかけ続けると思われた。それならば彼の望み通りにコオリと戦わせて決着を着ける方が良いと判断する。コオリの方もバルルの助言を受けて既に戦闘の準備は整えている。


「生徒同士が争うのは悲しい事だけど、二人の意思を尊重して学園側は試合を許可します。但し、あくまでも試合であって決闘ではないわ。もしも二人のどちらかが命の危機に陥った場合、教師である貴方達が止めるように」
「ああ、約束するよ!!」
「もしもコオリが試合に勝ったらご褒美が貰える?」
「可愛い顔をしてちゃっかりしているわね……そうね、考えておくわ」


ミイナの言葉にマリアは苦笑いを浮かべ、今回の問題の発端はコオリとバルトの対立が原因なのだが、マリアはコオリが勝利した場合はなんらかの褒美を与える事を約束した。


「良かったじゃないかい、先生の褒美となると期待できるよ。これは絶対に負けられないね!!」
「は、はい……」
「貴女は少しは反省しなさい。どうやらまだ説教が必要なようね……二人は先に教室に戻っていなさい。バルル先生はしばらく残って貰いましょうか」
「げっ……先生、そりゃないよ」


マリアはコオリとミイナに一足先に教室に戻るように指示すると、二人は部屋を退室した。残されたマリアとバルルはしばらく無言だったが、やがてマリアが口を開く。


「正直に答えなさい、貴方は自分の弟子が勝つと思っているの?」
「……勝ってほしい、とは思ってるよ」
「はっきり言わせてもらうけど、あの子が勝てる可能性は低いわ」
「本当にはっきり言うね……」


バルルはマリアの言葉を聞いて苦笑いを浮かべ、ソファに座り込む。彼女はコオリに絶対に勝つように告げたが、正直に言えば今回の試合は不安要素が大きい。

相手は上級生でしかも学園内のの生徒の中では指折りの実力を誇り、その力は天才と呼ばれたリオンにも見劣りはしない。リオンとの勝負ではバルトは敗北したが、実際に試合を見ていた者からすれば二人の間にそれほど大きな実力差はない。


「バルト君は強いわ、天才と言っても過言ではないわね」
「それなら先生はなんであいつに月の徽章を渡さないんだい?」
「……実力はともかく、彼の場合は精神面で問題があるのよ」


学園長としてもマリアはバルトの実力を高く評価しているが、それでも彼女が月の徽章をバルトに与えないのには理由があった。それは彼の性格が関わっており、もしも月の徽章を与えれば彼の成長の妨げになると彼女は判断した。


「あの子が強くなろうとする理由は月の徽章を手に入れる事、彼がここまで努力して強くなれたのは月の徽章を欲するがためよ」
「それは分かるよ。昔のあたしも似たような事をしていたからね」
「そうね、だけど彼の場合は月の徽章に対して執着心が強すぎる……もしも彼が月の徽章を手に入れた場合、きっと満足して向上心を失うわね」


バルトが月の徽章を求めていながら与えられなかった理由、それはバルトの強すぎる執着心が問題だとマリアは語る。


月の徽章に憧れを抱き、それを目標にして努力する生徒は大勢居る。その中でもバルトは月の徽章に対して強い憧れを抱き、彼は誰よりも努力していた。しかし、何時しか彼の月の徽章に対する想いは変わり始めていた。

切っ掛けは彼が三年生になった時、バルトは自分よりも年下でしかも一年生のリオンに月の徽章が与えられたと知って嫉妬心を抱く。どうして自分ではなく、年下の生徒に月の徽章が与えられるのかと怒りを抱いた彼はリオンに勝負を挑んだ。

しかし、リオンとの勝負では彼は惜敗し、それ以来に変わってしまった。かつての彼は月の徽章に憧れを抱いて頑張っていたが、今の彼は月の徽章を手に入れようとする理由は憧れなどではなく、ただの執着心へと変貌してしまう。


「昔の彼は少しひねくれていたけれど、それでも努力家で他人を貶めるような子ではなかったわ。けれど、リオン君に負けてからは卑屈になって自分よりも劣る人間をけなし、誰よりも自分が優れている事を示すような態度を取るようになった」
「それが問題なのかい?」
「ええ、月の徽章を持つに相応しいのは強い探求心を持つ生徒のみよ。昔の彼ならともかく、今の彼は月の徽章を与えるわけにはいかない。もしも彼に月の徽章を与えれば今よりも他人を見下すような性格になって、自分が強くなろうとする理由を失うでしょう」


バルトが未だに強くなろうとする理由は月の徽章を手に入れるためであり、仮にマリアが彼に月の徽章を与えてしまえばバルトは強くなることを辞める可能性もあった。もう彼にとって月の徽章は他の人間よりも自分が優れている事を証明するための勲章でしかなく、昔のような憧れはもう一切抱いていない。

マリアが月の徽章を与えるのに相応しい人物は能力が優れた人間ではなく、探求心が強い人間だけである。そういう意味では魔力量が少ないにも関わらずに一人前の魔術師を目指すために努力を怠らないコオリは月の徽章を持つ人物として相応しく、一方でバルトの方は能力は優れていてもを忘れてがむしゃらに月の徽章を手に入れようとする彼には渡せない。


「バルトの奴が月の徽章を手に入れたら先生はあいつが駄目になると思ってるのかい?」
「ええ、目標を失ったあの子は次は何をすればいいのか分からなくなって、きっとそこで成長は止まってしまうわ」
「それだったらどうして放置したんだい?あいつに正直に話せばいいじゃないか?」
「本人にこの話を伝えて納得すると思うの?」
「……まあ、無理だろうね」


月の徽章を与えられない理由をバルト本人に話したところで問題解決するはずがなく、むしろ逆にバルトの怒りを買ってしまうだろう。今の彼は月の徽章に執着心を抱いて強くなろうとしており、結果的には成長していると言えなくもない。

学園長としてマリアは生徒の成長を阻むような真似はしたくなく、だからといってこのままバルトを放置するわけにもいかずに困っていた所、今回の問題が起きて彼女としては内心では良い切っ掛けになるのではないかと思った。


「バルル……貴方はコオリ君がバルト君に勝てると思うの?」
「何度聞かれても答えは変わらないよ。あたしは勝って欲しいと思っている」
「もしも負けたらどうするの?」
「その時は……まあ、その時さ」


敗北した場合はバルルはコオリを学園から退学させるといったが、実際には彼女にそんな権限はない。しかし、コオリが少しでもやる気を起こすために彼女は敢えて厳しい言葉を告げた。

コオリの事は信じているが、バルトも侮りがたい敵である事は承知しており、はっきり言ってどちらが勝つのか見当もつかない。それでも師としてバルルはコオリの勝利を願い、そんな彼女が信じるコオリにマリアは願う。


(どうかあの子との戦いで光を見出す事ができれば……彼は前に進める)


バルトにとってはの月の徽章を持つ生徒との戦いであり、一人目の戦闘で敗北した彼は心が折れてしまい、今のように自分よりも能力が低い人間を見下すような存在になってしまった。

もしもバルトがコオリに勝てれば彼は自分の強さを証明し、自信を抱いて今よりも尊大な性格になるかもしれない。しかし、もしもコオリに敗北した場合は彼がどうなるのか分からない。もう彼を変える事ができるのはコオリしかおらず、マリアは学園長として不甲斐ないと思いながらもコオリに希望を託すしかなかった――
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