氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第57話 氷連弾

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(この杖ならできるはず……やってやる!!)


コボルトが接近するまでの間にコオリは無詠唱で魔法を発動する。二又の杖のお陰で一度に二つの氷弾を作り出せるようになり、コボルトに向けて杖を突き出す。


「喰らえっ!!」
「ガアッ!?」


コボルトは自分に迫る氷弾を認識すると、反射的に右手の爪を繰り出して初弾を弾き飛ばす。魔物の中でも動体視力と反射神経に優れたコボルトならば氷弾を見切るのも容易いが、コオリの狙いは二発目の氷弾だった。

魔法を撃ち込むときに敢えてコオリは同時に発射するのではなく、一発目の後に二発目の氷弾を送らせて撃ち込む。それによって初弾の陰に隠れていた二発目の氷弾はコボルトは対処しきれず、がら空きの頭部に目掛けて衝突した。


「ギャインッ!?」
「よし!!」
「なるほど、時間差で撃ち込んだのかい」
「でも、まだ生きてる」


ただの氷弾ではコボルトを仕留める事はできず、氷硬弾のように威力を高めた攻撃でなければ確実に倒せない。コオリは頭に攻撃を受けて隙を見せたコボルトに狙いを定めた。


(質と量……これだ!!)


以前にバルルから言われた助言を思い出し、二又の杖の性能を発揮させてコオリは一度に二つの氷塊を作り出す。氷硬弾は魔力を圧縮させる事で通常よりも強度を高めた氷塊だが、連射には不向きという弱点もある。そこでコオリは二つの氷弾を重ねて撃ち込む。

量で質を補うのではなく、ましてや質で量を補うわけでもなく、量を生かして質を向上させる。隙だらけのコボルトの胸元に初弾がめり込み、続けて二発目の氷弾が初弾を押し込む形で衝突する。その結果、コボルトの体内にまで氷弾が押し込まれて断末魔の悲鳴を上げる。


「ガハァアッ……!?」
「はあっ……どうだ!!」
「おおっ……格好いい」
「今のはまさか……二つの魔法を組み合わせたのかい!?」


コボルトを倒したコオリにバルルは自分が知らぬ間にまたもや新しい魔法の応用法を編み出した彼に驚きを隠せない。



「コオリ……あんたもしかして二つの氷弾を重ねたのかい?」
「あ、はい……前に師匠が質と量の話をしてくれた時に思いついた方法です」
「なるほどね、量を増やすだけじゃなく、合体させる事で質を向上させていたのかい……」


コオリの返事を聞いてバルルは感心と呆れが入り混じった表情を浮かべた。バルルとしてはコオリに「質」と「量」の話をしたのは彼が質を選ぶか、あるいは量を増やすか、どちらを彼が選ぶのか確かめるためだった。

この二つのどちらかを彼が選んだ場合、それに見合わせた鍛錬方法をコオリに教えるつもりだった。しかし、コオリは質と量もどちらも選択し、この場合はバルルもどのように助言するべきか分からずに悩む。


(まさか質も量も選ぶなんてね……思っていたよりも欲張りだね)


質と量の片方だけを選択していればバルルとしても頭を悩ませずに指導が行えたのだが、コオリがどちらも捨てずに両方を選ぶのであればそれに見合わせた鍛錬方法も考えなければならない。その事に面倒を想いながらもバルルは弟子の成長を素直に嬉しく思う。


「あんた達、今日はよく頑張ったね。さあ、課外授業はここまでだよ。疲れただろうから今日の飯はあたしが奢ってやるよ」
「え、いいんですか!?」
「なら私は肉が喰いたい」
「分かった分かった……けど、ここまで来たんだからどうせならあんた達に見せたい物がある」


バルルは懐に手を伸ばすと彼女は懐中時計を確認し、まだ時間に余裕がある事を確認する。彼女は王都に戻る前に二人に自分の実力を見せる事に決めた。


「丁度いい機会だね、あんた達にあたしの強さを見せてやるよ」
「えっ!?師匠も戦うんですか?」
「……その格好で?」
「ははっ、余計な心配はしなくていいんだよ」


コオリとミイナと違い、バルルは杖も魔法腕輪も装着していなかった。基本的に魔術師が魔法を扱うには魔法の力を具現化させる道具が必要であるため、杖や腕輪を所持していない状態では魔法を扱う事はできない。

見た限りではバルルは杖も腕輪も身に着けておらず、そんな状態で彼女は二人の元を離れて無防備な状態で立ち尽くす。草原に散らばっている魔物の何体かがバルルに気付くと、獲物だと判断して接近してきた。


「グルルルッ……!!」
「おっと、まだ居たのかい」
「師匠!?あ、危ない!!」
「平気だって、あんた達はそこで黙って見ていな」


再びコボルトが現れるとバルルの元へ接近し、それを見たコオリはバルルを助けようと二又の杖を構えた。しかし、それに対してバルルは手を振って彼を制すると、迫りくるコボルトに対して拳を握りしめる。

まさか魔物を相手に素手で戦うつもりなのかとコオリは驚いたが、この時に彼の脳裏に魔法学園の先輩である「リンダ」を思い出す。彼女はミイナと同じく「魔拳士」であるが、ミイナと異なる点は炎ではなく風を拳に纏う。


(まさか師匠も!?)


拳を構えたバルルを見てコオリは彼女が「魔拳士」だった事を思い出し、拳を握りしめた状態でバルルはコボルトが間合いに入り込むのを待つ。コボルトは牙を剥きだしにして飛び掛かった瞬間、彼女は目を見開いて右拳を振りかざす。


「爆拳っ!!」
「ガアッ――!?」
「うわっ!?」
「伏せて!!」


バルルが迫りくるコボルトの顔面に拳を振りかざした瞬間、彼女の右腕に炎を想像させる赤色のが浮かび上がり、コボルトの顔面に拳が触れた直後に爆発が生じた。

咄嗟にミイナはコオリに飛びついて彼を地面に伏せさせると、爆発の衝撃が地面に伝わる。やがて煙が消える頃には頭部が完全に吹き飛んだコボルトの死骸と、その前に立つバルルの姿があった。彼女は右手首を抑え、眉をしかめながら死骸を見下ろす。


「いちちっ……やっぱり、身体が鈍っているね。少し手を痛めちまったよ」
「ふうっ……危なかった」
「むぐぐっ……」


コオリはミイナに押し倒される形で地面に倒れ、この時に彼女の年齢の割にはふくよかな胸元を顔面に押し付けられる。こんな状況で無ければ役得かもしれないが、今のコオリの注目はミイナの胸よりもバルルのだった。


「ぷはっ……し、師匠!!今のは何なんですか!?」
「やんっ」
「おいこら!!あんたら人が戦っているのに何をいちゃついてるんだい……まあいい、今のあたしの魔法が気になるのかい?」


ミイナと絡まるコオリを見てバルルは呆れた表情を浮かべながらも右腕を見せつけ、腕に浮かんだ炎を想像させる形をした紋様を見せつける。コオリの記憶ではバルルは腕にタトゥーは刻んでいなかったはずだが、コボルトに攻撃した直後に紋様が浮かんだのをはっきりと見た。

唐突にバルルの右腕に浮かんだ紋様はしばらくの間は光続けていたが、やがて光が収まると紋様も腕に溶け込むように薄れて消えてしまう。それを確認したコオリは驚いていると、隣のミイナは何かを思い出したように声を上げる。


「……分かった、それって魔術痕?」
「えっ……魔術痕?」
「その通りさ。よく知ってたね、こいつのお陰であたしは杖も腕輪も無しに魔法が使えるんだよ」


バルルは二人の元に戻ると自分の右腕を見せつけ、彼女が瞼を閉じて集中力を高めると紋様が再び浮き上がる。それを見たコオリは彼女の腕から熱気のような物を感じ取った。


「こ、これが魔術痕……なんですか?」
「あんたは見るのは初めての様だね。なら魔術痕の説明からしようか」


コオリの様子を見て彼が魔術痕を知ったのは初めてだと悟ったバルルは説明から始める。





――魔術痕とは魔力を持つ人間の身体に特殊な紋様を刻み、杖や魔法腕輪が無しでも体内の魔力を具現化させる能力を身に着ける事ができるである。

紋様は属性ごとによって形状が異なり、例えばバルルの場合は火属性の適性が高い事から「炎」の紋様が刻まれていた。ちなみに風属性の場合は「渦巻」水属性の場合は「雫」といった風に属性ごとによって形状が異なる。但し、紋様の大きさに関しては刻まれた人間の魔力量によって変化するらしく、魔力量が大きい人間程に紋様も大きさを増す。

魔術痕の最大の利点は杖や腕輪の媒介無しで魔法の力を生み出せる点であり、何時でも本人の意志で魔法の力を引き出す事ができる。その反面に制御が難しく、慣れない内は魔法が上手く扱えず、必要以上に魔力を消耗する事も多い。

また、魔術痕を刻む場合は相当な苦痛を味わう事になり、しかも失敗すれば体内の魔力を扱う機能が乱されて二度と魔法が扱えなくなる危険性もある。だから魔拳士の間でも魔術痕を刻む人間は今の時代には殆どおらず、今では魔術痕の存在自体を知らない人間も多い。



「あたしが魔術痕を刻んだのは冒険者になった時だね。知り合いの冒険者に魔術痕を刻む技術を持つ奴がいてね、そいつに頼んで魔術痕を手に入れたのさ」
「そ、そうだったんですか……」
「まあ、杖を使って戦えない事もないけど、せいぜいあたしができるのは火属性の下級魔法《ファイア》だけだねし」
「私は前から気付いていた。そもそも普通の人間が私を追い詰められるはずがない」


バルルが魔拳士である事はミイナは前から気付いてたらしく、彼女は人間でありながら獣人族のミイナを追い詰めるだけの体力と身体能力を誇り、それでミイナはバルルが魔拳士だと見抜いていた。

コオリは前にバルルが杖で魔法を使っていたので魔術師だと思っていたが、言われて見ればバルルは下級魔法以外の魔法を使っている場面は見た事がなかった。バルル本人は得に隠していたわけではなく、今まで自分が魔拳士である事を証明する機会がなかっただけだという。


「あたしが杖も腕輪も持っていないのはこの魔術痕があるからさ。まあ、こいつを身に着けたばかりの頃は苦労したけどね、宿に泊まっていた時に寝ぼけて魔力を暴発させた時は本当に大変だったね……」
「うわぁっ……」
「……宿の人が可哀想」


眠りこけたバルルが右腕に炎を纏う姿を想像しただけでコオリとミイナは何とも言えない表情を浮かべ、魔術痕の制御がどれだけ大変な事なのか思い知らされる。
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