氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第32話 問題児

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――その後、コオリはいつも通りに教室に訪れると疲れた表情のバルルがやってきた。彼女はどうやら逃げ出した女子生徒を捕まえられなかったらしく、行儀悪く教卓の上に座り込む。


「たくっ、あの猫娘……逃げ足だけは大したもんだよ」
「バルル先生」
「……先生なんてあたしには性に合わないよ。そうだね、師匠の方がしっくりくるね」
「はあっ……じゃあ、これからは師匠と呼びます」


バルルの事を今後はコオリは師匠と呼ぶ事が決まり、改めて彼女から先ほどの女子生徒の話を聞く。


「さっきの先輩がもう一人の生徒だったんですか?」
「そうさ、あたしが学園長から面倒を見る様に頼まれた問題児さ。先生《マリア》からあの猫娘の面倒を見てくれるなら教師を任せてもいいと言われたからね」
「猫娘……変わった名前ですね」
「んなわけないだろ。本当の名前は……えっと、ミイナとか言ってたね」


マリアとの交渉の結果、バルルはミイナという名前の女子生徒の面倒も見る事を条件に教師になる約束を交わした。つまり、彼女はまだ正式な教師ではなく、あのミイナという生徒を捕まえて自分を教師として認めさせなければならない。

期日は二週間、それまでにバルルはミイナを捕まえて授業を受けるように説得しなければ彼女は解雇される。だからバルルはこの十日間の間、コオリの訓練を放置してミイナの捜索と捕縛に全力を費やしていた。


「最初は生徒一人の面倒を見るぐらい楽だと思ったんだけどね……先生も性格が悪いよ、よりにもよって獣人族の問題児なんて聞いてないよ」
「ミイナ先輩は獣人族なのにこの学校の生徒なんですか?」
「別にここは人間専門の学校じゃないからね。人間だけが通っているわけじゃないのはあんたも知ってるだろう?」


魔法学園は人間以外の種族も通っており、この魔法学園を案内してくれたリンダもエルフである事を思い出す。但し、コオリは獣人族の生徒は見かけておらず、だから学園には人間とエルフしかいないと思い込んでいた。


「あのミイナという娘は魔拳士でね、ちょっと複雑な事情があって学園長が面倒を見てるのさ。だけど、授業を真面目に受けようとしないから困ってたんだよ」
「え、でも評価を貰わないと上の学年に上がれないんじゃ……」
「一年生の場合は年内に必要な星の徽章を集められなかった生徒でも、特別課題を受けて合格すれば進級できるんだよ。あたしの時はそんな制度はなかったのに……」
「そういえばそんな話を聞いたような……」


ミイナは一年生の時から問題児だったらしいが、彼女は特別課題を受けて合格したらしく、二年生に進級できた。しかし、二年生になってからも授業のサボり癖は治らず、マリアも困っていた所にバルルが教師役を雇うように言ってきたので彼女に面倒を見る様に頼む。

最初の頃はバルルもミイナを捕まえようとしていたが、彼女は獣人族なので人間の生徒を相手にするよりも手強く、今日の朝もミイナを追いかけて校舎中を走り回ったらしい。ちなみにミイナが校舎から飛び降りたのはバルルが屋上まで彼女を追い詰めたのが原因らしく、彼女は屋上を降りようとした時に偶然にもコオリと遭遇した。


「参ったね……あと四日以内に捕まえないといけないのにこの調子だとあたしの方が参っちまうよ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、悪いね。あんたの指導もちゃんとやれなくて……」


バルルはミイナを探す事に疲れたらしく、いつもならば朝の挨拶を終えると彼女は外にでかけるが、今日はコオリの成長ぶりを確認する事にした。


「あんたもここ最近は頑張ってるからね、もう大分魔法の腕も上達したんじゃないのかい?」
「え!?本当ですか!?なら見ててくださいね!!」
「ず、随分と自信ありげじゃないかい……こいつは楽しみだね」


コオリはバルルの言葉を聞いてようやく自分の魔法の成果を見てもらえる日が来た事を喜び、彼女の前で吸魔石と小杖を取り出す。


「じゃあ、よく見ててくださいね……行きますよ」
「あ、ああ……本当に自信があるみたいだね」


普段よりも興奮した様子で魔法を見せつけようとしてくるコオリにバルルは戸惑うが、そんな彼女の前でコオリは真剣な表情を浮かべてで小杖を構える。

吸魔石を持った状態で魔法を発動しようとするコオリを見て、バルルは止めるべきか考える。以前に彼女はコオリが魔法の練習をしている時、吸魔石に触れた状態で魔法を発動できるようになれと告げた。だが、今回は彼の魔法の成果を見せてくれるだけで十分なので無理に吸魔石に触れた状態で魔法を発動する必要はない。


「おいおい、無理するんじゃ――!?」


しかし、バルルがコオリを止める前に彼の小杖の先から氷塊が誕生した。しかも前に見た時よりも氷塊の大きさは増しており、コオリは吸魔石に触れた状態でしかも「無詠唱」で魔法の発現に成功する。


(無詠唱!?しかも一瞬で発現させた!?)


バルルはコオリが無詠唱でしかも一瞬にして氷塊を作り出した事に驚く。確かに彼女は吸魔石で練習を行うようになればいずれ無詠唱も習得できると語ったが、それでもコオリが十日で無詠唱で魔法を完璧に発現できるようになるとは夢にも思わなかった。

無詠唱を扱えるようになるには相当な鍛錬を積み重ねなければならず、師であるバルルでさえも無詠唱を完璧に扱えるようになるまでは要した。それなのにコオリの場合は十日間でしかも初めて魔法を覚えてから一か月もしない内に無詠唱まで習得した事にバルルは驚愕する。


(こいつ、まさか天才かい!?いや、それだけじゃ説明ができない!!)


才能がある人間でも無詠唱魔法を十日間で覚えるなど普通ならば有り得ず、こんな短期間でコオリが無詠唱魔法を習得できたのは彼の魔力量が要因だった。


(もしかしたら先生の言っていた通りなのか?)


コオリは並の魔術師と比べても魔力が非常に少なく、それが魔術師にとっては大きなになると思われていた。だが、魔力量が少ない事が彼にとってのだったのかもしれない。

魔術師が魔法を扱う時、体内に宿る魔力を使用しなければならない。だが、この魔力を利用して魔法を発動させる行為は身体に負担を与える。特に魔力量が大きい人間程、有り余る魔力を制御するのに時間が掛かってしまう。


(こいつが魔力操作の技術を身に着けるのが早いは、魔力量が少ないからかもしれないね……)


他の同世代の魔術師と比べても格段に魔力量が少ないコオリだが、逆に言えば他の人間よりも魔力量が少ないお陰で魔力の制御がしやすい体質なのかもしれない。だからこそコオリは他の生徒の誰よりも圧倒的な速度で魔力操作の技術を身に着けられた。


(まさか魔力量が少ない事が逆に功を奏すなんてね……でも、本人は気付いていないようだね)


コオリが魔力操作の技術を短期間で身に着ける事ができたのは彼がに恵まれたからであり、当の本人はその事に全く気づいていない。しかし、コオリは無意識に自分の短所を長所へと成長させていた。


「や、やるじゃないかい……まさか本当に無詠唱を使えるようになるなんて驚いたよ。だけど、そんなにでかい氷を作り出して平気なのかい?」
「あ、はい。これぐらいならもう平気です。それに前よりも魔法が使える回数が増えた気がします」
「へえ、そうなのかい……?」


魔力操作の技術が磨かれた事でコオリは無駄な魔力を全く消費せずに魔法を発動できるようになったが、あくまでもバルルが教えた訓練は魔力を巧みに操作する技術であって魔力が増えるわけではない。だが、何故かコオリは学園に入学する前よりも魔法を扱える回数が増えたという。
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