氷弾の魔術師

カタナヅキ

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王都での日常

第31話 もう一人の生徒

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――魔法学園に入学してから十日目、コオリは誰も起きていない時間帯にて訓練場に赴く。そして事前に用意しておいた木造人形から十数メートルほど離れた距離からコオリは杖を握りしめた状態で立ち尽くす。

コオリは右手に杖、左手に吸魔石を握りしめた状態で立ち尽くし、人形に向けて杖を構えた瞬間に無詠唱で魔法を発動させる。

呪文を口にせずにコオリは杖の先端から圧縮氷弾を作り出すと、人形に目掛けて解き放つ。前の時は魔法を撃ちだす際に発生する衝撃波に耐え切れずに尻餅を着いていたが、今回はしっかりと地面に立った状態で撃ち込む。


「はああっ!!」


圧縮氷弾は木像人形の胸を貫通し、人間ならば心臓がある位置を貫く。今まで一番の手応えを感じたコオリは人形の元に向かうと、罅割れ一つない完璧な穴が出来上がっていた。


「よしっ!!ならこっちは……」


圧縮氷弾を完成させたコオリは喜びかけるが、自分の持っている吸魔石に視線を向ける。こちらの方も透明のままで魔力を奪われておらず、遂にバルルからの課題をやり遂げた。


「成功したんだ……やった!!」


改めてコオリは魔法の成功を実感すると、急に力が抜けてその場に座り込んでしまう。ここまでずっと練習を続けてきたせいで緊張の糸が切れてしまい、今まで溜まっていた疲れが一気に襲い掛かってきた。

吸魔石を手にしていても魔力を吸収されないように制御できるようになり、最初の頃は指先に少し触れるだけで体調不良を引き起こしたが、今は鷲摑みしても平気だった。


(ようやくまともな攻撃魔法も使えるようになったぞ……リオン)


もしもリオンと次に再会した時、コオリは自分も戦える魔法を身に着けた事を堂々と報告できる。森で魔物に襲われた頃はリオンの足を引っ張ってしまったが、今のコオリならばリオンに助けられなくとも魔物と戦えるだけの力を手に入れていた。


(これで少しは追いついたかな……)


コオリがここまで必死になって魔法を身に着けたのは立派な魔術師になるためだが、他にも理由があるとしたらリオンに追いつきたいという気持ちもあった。追いついたと言ってもリオンにはまだまだ敵わないだろうが、それでも一週間前と比べてコオリは自分が成長したという実感を抱く。


(よし、早くバルル先生に報告しよう。そういえばもう一人の生徒、捕まえる事はできたのかな?)


未だにバルルはもう一人の生徒の捕縛に苦戦しており、毎日逃げ回る生徒を探し回っていた。しかし、今日に至るまで生徒を捕まえる事ができず、コオリは一人で訓練する羽目になった。

バルルは教師になる条件としてマリアからコオリともう一人の生徒の面倒を見るように言われた。つまり、彼女が教師を続けるためにはもう一人の生徒を捕まえて授業を受けさせなければならない。しかし、未だに捕まえる気配すらない。


(先生が来たら新しい訓練を教えてもらわないと……ん?)


コオリは地面の上に横たわっていると、不意に校舎の屋上の方で人影を発見した。それを見たコオリは疑問を抱いて身体を起き上げると、誰かが校舎から飛び降りようとしている事に気付く。


「えっ!?ちょっ……待って!!」


校舎から何者かが飛び降りようとしている事に気付いたコオリは咄嗟に声を上げるが、彼の声が届いていないのか人影は屋上から飛び降りた。それを見たコオリは慌てて駆け出し、飛び降りた人間が落ちる場所に向かう。


(まずい!?)


校舎から飛び降りた人影はまだ暗い時間帯である事もあって姿はよく見えないが、ともかくコオリは飛び降りた人間を救うために小杖を突き出す。


(どうすればいい!?)


しかし、杖を構えた時にコオリは飛び降りた人物を助ける方法に迷い、とりあえずは自分が出せる最大の氷塊を撃ち込む事にした。

魔力操作の技術を身に着けたお陰でコオリは以前より大きな氷塊を生み出せるようになったが、それでも飛び降りた人間を救うとなるとただの氷塊を放っても役には立たない。だからこそコオリは氷塊を何らかの形に変化させて放つ必要がある。


(これしかない!!)


考えている暇もないのでコオリは頭に思いついた物を想像して魔法を発動させると、彼の杖の先端から「氷の筒」が作り出される。細長い氷の筒を作り出したコオリは飛び降りた人物に向けて放ち、大声で呼びかけた。


「それに掴まって!!」
「っ……!?」

コオリの声に反応して落下していた者は首を向けると、自分の元に目掛けて突っ込んでくる筒状の氷を確認する。最初は自分に接近する氷の塊を見て驚くが、反射的に氷の筒に手を伸ばして落下の際中に掴む事に成功した。

飛び下りた人間が氷の筒を掴んだのを見ると、コオリは氷塊を空中に停止させるために念じる。その結果、落下していた人物は空中に浮かんだ氷の筒を掴む事で地上への衝突を避けられた。

落下中に飛んできた氷の筒を掴むなど落ちてきた人物も人間離れした反射神経と運動能力を誇り、コオリがゆっくりと氷の筒を降下させると、その人物は無事に地面に着地する。


「ふうっ……びっくりした」
「だ、大丈夫ですか!?怪我は……えっ?」


降りてきた人物を見てコオリは驚き、屋上から飛び降りた人物は彼よりも少し年上と思われる少女だった。紫色の髪の毛を肩甲骨まで伸ばし、器量も良くて黄色の瞳が特徴的な少女だった。

しかし、コオリが少女を見て一番気になったのは彼女の頭に生えている獣のような耳だった。よく見ると尻尾のような物が生えており、彼女を見てコオリはすぐに「獣人族」と気づいた。


(獣人族の女の子だったのか……)


獣人族は人間と獣の性質を併せ持つ人種であり、目の前の少女は耳と尻尾の形から察するに猫型の獣人だと思われた。少女は氷の筒を掴んでいた両手を擦り合わせ、眉をしかめる。


「……冷っとした」
「え?あ、その……」
「別に助けてもらわなくてもこれぐらいの高さなら降りれた……でも、一応はありがとう」


少女はコオリに対して頭を下げ、自分を助けようとした事に感謝した。尤も本人は助けがなくても校舎の屋上から降りた程度で平気だという自信があるらしく、この時にコオリは獣人族の特徴を思い出す。

獣人族は人間やよりも高い運動能力を誇り、普通の人間ならば怪我をするような高さから落ちても難なく着地できる。少女は屋上から降りても怪我をせずに着地できる自信があったらしく、コオリはそれを邪魔した形になる。それでも自分を助けようとしてくれた彼を責めるつもりはなく、改めて少女はコオリと向き合う。


「君、一年生?」
「え?まあ、そうですけど……」
「なら私の方が年上……私は二年生」
「二年生だったんですか。じゃあ、先輩だったんですね」
「そう」


少女はコオリよりも一学年上だったらしく、先輩であると知るとコオリは頭を下げる。少女の方はコオリの顔を覗き込むと、不思議そうに首を傾げた。


「でも、君の顔は見覚えはない。今年は一年生の数が少ないから全員の顔を覚えていたつもりだけど、本当に一年生?」
「あ、はい。実は十日前に入学したので……」
「十日前……新しい先生が来た頃?」
「そうです。その先生が僕の担当教師を勤めていて……」
「やっと見つけたよ、この猫娘!!」


訓練場に唐突に怒声が響き渡り、驚いたコオリと少女は声のした方向に視線を向ける(ちなみに少女の方は驚いた際に猫耳と尻尾がピンと伸びた)。

声のした方向に二人が顔を向けると、そこには息を切らせながら汗を流すバルルの姿が存在した。彼女が現れた事にコオリは戸惑い、一方で少女の方は面倒そうな表情を浮かべてコオリの後ろに隠れる。


「はあっ、はあっ……ようやく追いついたよ、今度こそ逃がさないからね!!」
「う~……あのおばさん、しつこい」
「えっ?えっ?ど、どういう事ですか?」


いきなり現れたバルルと自分の後ろに隠れた少女にコオリは戸惑い、何が起きているのか訳が分からなかった。しかし、興奮した様子のバルルはコオリの後ろに隠れた少女に対して両拳を鳴らしながら近付く。


「ここまでよくも逃げ回ってくれたね……けど、今日があんたの運は尽きたよ!!あんたはあたしの生徒だ!!だからあたしの言う事に従ってもらうよ!!」
「生徒!?という事はもしかして……」
「……じゃあ、私は用事があるから」


バルルの言葉を聞いたコオリは彼女がこの十日間探し回っていた「もう一人の生徒」の正体が少女だと知り、驚いて振り返ると既に少女はコオリの背中から離れて逃げ出そうとしていた。しかし、それを見越したかのようにバルルが駆け出す。


「逃がすか!!」
「うわっ!?」
「にゃっ……しつこいっ」


逃げ出そうとした少女にバルルは追いつくと、彼女は両腕を広げて捕まえようとした。しかし、それに対して少女は上に跳んでバルの頭上を飛び越える。

人間離れした身軽さで少女はバルの頭上に移動すると、彼女の肩を更に足場に利用して跳躍を行う。少女は離れた位置に立っていたコオリさえも飛び越え、そのまま着地すると彼に最後に手を振って別れを告げた。


「ばいばい」
「あっ!?」
「待てこらっ!!今回は逃がさないよ!!」


再び逃げ出した少女にバルは怒り心頭で彼女の後を追いかけ、コオリはどうしていいのか分からずに二人を見送る事しかできなかった――
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