氷弾の魔術師

カタナヅキ

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第5話 コオリの覚悟

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「ねえ、もしかして風属性以外の魔法は……」
「うるさい!!死にたくないなら離れるな!!」
「……使えないんだ」
「…………」


コオリの言葉に少年は言い返さず、その反応から彼が他の魔法しか扱えない事を確信した。少年が扱えるのは風属性の魔法だけであり、そして彼等を取り囲むファングの群れはよりにもよって風耐性の能力を持つ。

少年の魔法が当てにできないのであれば現在の状況を切り抜ける事は絶望的であり、コオリは自分達を取り囲むファングの群れを見て顔色を青くする。このままでは殺されるのは時間の問題であり、どうにか生き延びる方法はないのかを必死に考える。


(このままだと殺される……嫌だ、死にたくない!!)


オークから生き延びれたと思ったのに今度は別の魔物に襲われるなど不運としか言いようがないが、それでも今のコオリは一人ではない。彼は少年に顔を向け、少年の方はコオリの行動に戸惑う。


「こんな時にふざけている場合か!?警戒を怠るなと言っただろう!!」
「ねえ……俺に魔法の使い方を教えてくれよ」
「は?」


コオリの言葉に少年は呆気に取られた表情を浮かべ、こんな状況で突拍子もない事を訪ねてきたコオリに少年は唖然とする。しかし、当の本人は真面目に聞いていた。


「どうすれば魔法は使えるようになるのか教えてくれよ」
「お前……本気で言ってるのか?」
「俺だって魔術師だよ……魔法の使い方は習った事はないけど」



思いもよらぬコオリの言葉に少年は驚いた表情を浮かべ、彼の方に振り向いてしまう。その一瞬の隙を逃さずにファングの一匹が飛び掛かり、少年に襲い掛かろうとした。


「ガアアッ!!」
「しまっ……!?」
「危ないっ!!」


ファングに噛み付かれそうになった少年を見てコオリは咄嗟に抱きつき、彼を押し倒してファングの攻撃を躱す。避けられたファングは慌てて距離を取って他の仲間と共に再び取り囲む。

悠長に話し合いをしている暇はなく、ファングの群れが襲い掛からないのは魔法を使える少年を警戒しているだけに過ぎない。しかし、少年に守られているコオリも魔法を使えると知ればファングの反応も変わる可能性はあった。


「早く魔法の使い方を教えてくれよ!!」
「お、お前……」
「他に方法はないだろ!?なんでもいいからとにかく教えてくれよ!!」


少年を押し倒した状態でコオリは魔法を教えるようにせがむと、少年はコオリの真剣な表情と今までにない気迫に気圧される。そして彼は覚悟を決めた様にコオリの身体を払いのけ、彼が持っている杖を指差す。


「それを使え!!お前の杖だろう!!」
「この杖は……」


指差された杖を見てコオリは今の今までずっと持っていた杖の存在を忘れていた。言われた通りにコオリは杖を構えると、ファングは唸り声を上げる。


「「「グルルルッ!!」」」
「うっ……」
「怯えるな!!こいつらは人の恐怖に敏感に反応する!!一瞬でも気を緩めたら飛び掛かってくるぞ!!」


ファングの迫力にコオリは気圧されるが、少年に叱咤されて頷く。これから戦う相手に恐怖を抱いているようでは話にもならない。


(これを使えば僕も戦える……はず!!)


院長から受け取った杖をコオリは両手で握りしめ、この時に不思議な感覚を抱く。コオリが杖を握りしめるのは初めてではないが、何故か今回に限って杖が自分の身体の一部になったような感覚を抱く。

まるで杖と自分の手が合体したかのような気分に陥り、杖を握りしめているだけで不思議な感覚を抱く。コオリの雰囲気が変化した事に気づいた少年は驚いた表情を浮かべる。。


「……本当に魔術師だったようだな。普通の人間が杖を使おうとすれば無事では済まないぞ」
「えっ!?」
「魔術師の杖は只の武器じゃない、魔術師の体内の魔力を吸収して魔法の力へ変換させるためのに過ぎない。忘れるな、僕達は武人じゃない……杖という道具を使って魔法を生み出すんだ」
「道具……」


コオリは少年の言葉を聞いて改めて杖を確認した。確かに彼の言う通りに外見はとても武器とは思えず、道具と言った表現が正しい。しかし、今だけはこの道具がコオリの命を守る唯一の希望だった。


「一から魔法を教える暇はない!!とにかく、今から僕の言うを口にしろ!!その中で小杖が反応した呪文がお前の適した属性の呪文だ!!」
「わ、分かった!!」
『ガアアッ!!』


小杖を握りしめたコオリは少年の言葉を聞いて頷くと、危険を察知したのかファングの群れが二人に目掛けて次々と飛び掛かってきた。それに対して少年はコオリを守るために自分の小杖を振りかざし、風属性の魔法を発動させて吹き飛ばす。


「スラッシュ!!」
「ギャインッ!?」
「ギャンッ!?」


少年が放った魔法によって飛び掛かってきたファングは再び吹き飛ばされるが、やはり彼の魔法ではファングには致命傷は与えらず、攻撃を受けたファング達は即座に起き上がる。それでも時間を稼ぐ事に成功した少年はコオリに各属性の攻撃呪文を教えた。


「ファイア!!」
「えっ!?」
「火属性の魔法だ!!早く唱えろ!!」
「わ、分かった……ファイア!!」


少年の言葉を聞いて慌ててコオリは呪文を唱えるが、小杖に得に変化は起きなかった。その様子を見て少年は歯を食いしばり、コオリを守るために彼に背中を合わせてファングの牽制を行う。


「僕の言葉を復唱しろ!!ウィンド!!」
「ウィンド!!」


コオリは少年の言う通りに呪文を唱えると、今度は小杖が僅かに反応しての身コオリ体も異変が起きた。まるで握りしめている小杖に力が吸収されるような感覚を覚えるが、すぐに消えてしまう。

一瞬だけだが手応えのような物を感じたコオリは魔法が使えるのかと思ったが、どうにも上手くいかない。その様子を見た少年はコオリに次の呪文を告げる。


「アクア!!」
「ア、アクア!!」


言われるがままにコオリは呪文を復唱すると、ウィンドと同じように小杖に自分の力が吸い込まれるような感覚を抱く。しかし、先ほどと同じように魔法は発現しない。


「これも違うのか!?なら……ボルト!!」
「ボルト!!」


少年は別の呪文を唱えさせるが今度は最初の「ファイア」と同様に小杖には何も反応は起きず、その様子を見て少年の方が焦ってしまう。

杖をコオリが手にしてているという事は彼が魔術師の素質があるのは間違いないが、呪文を唱えても何も反応しないという事はここまで唱えた呪文の属性の適性がない事を意味する。


「次だ!!アース!!」
「アース!!」
「……馬鹿な、これも違うのか!?」
『グルルルッ……!!』


ここまで少年が告げた魔法は五大属性と呼ばれる「火」「風」「水」「雷」「地」の攻撃呪文だが、そのどの呪文もコオリの小杖は反応しない。残された陰陽属性の「聖」と「闇」は特殊な属性なので少年も呪文は知らない。


「ど、どうして……魔法が出ないの!?」
「落ち着け、焦るな!!精神を乱せば使える魔法も使えなくなるぞ!!」
「でも……」
「いいから落ち着け、心を平静に保て……そうだ、お前が適性の儀式を受けた時の事を思い出せ!!」
「えっ!?」


思いもよらぬ少年の言葉にコオリは驚き、どうしてこの状況で適性の儀式の事を思い出せと彼が言うのか戸惑ったが、少年はコオリが儀式を受けた際に水晶玉の「色」を問う。


「お前が儀式を受けた時に水晶玉が光ったはずだ!!その時、どんなをしていた!?」
「い、色!?」
「そうだ、教会の人間は何も説明していないのか?あの水晶玉は普通の人間が触れても色は変わらない。宿んだ!!」
「あっ……!?」


コオリは今更ながらに教会の人間が自分の事を魔術師だと見抜いた理由を知り、儀式の際に司教はコオリが水晶玉に触れた時に「青色」に光ったから彼が魔術師だと見抜いたのだと知る。

儀式の時はコオリが触れる前は水晶玉は無色透明だった。だが、彼が触れた途端に水晶玉の色がほんの僅かではあるが中心部分が青色に染まった。それを思い出したコオリは少年に色を告げた。


「水色だよ!!あの時は水色に光った!!」
「水色だと!?青色じゃなくて水色なのか!?」
「嘘じゃないって!!」


コオリの言葉を聞いて少年は驚き、コオリの記憶では適性の儀式の時に水晶玉に触れた時、確かに水色に光り輝いた事を思い出す。


「そういう事だったのか……お前の適性が分かったぞ。お前の適性は風属性と水属性だ」
「えっ!?でも、さっきは……」
「正確に言えばお前は風属性と水属性の中間に位置するんだ。つまり、お前が使える魔法は……」
『ガアアアアッ!!』


少年が言葉を言い切る前に痺れを切らしたファングの群れが接近し、一斉にコオリ達に襲い掛かろうとしてきた。それを見た少年は最後のを使用して小杖を振り払う。


「ウィンドウォール!!」
『ギャインッ!?』
「うわぁっ!?」


突風が発生してファングの群れを吹き飛ばし、二人を取り囲むように風の障壁が形成される。これならばファングは近づく事はできないが、最後に「防御魔法」を発動させた事でコオリは息を荒げながら膝をつく。


「はあっ、はあっ……もう、限界だ。これ以上に僕は魔法は使えない」
「そ、そんな……」
「だから、お前の魔法だけが頼りだ……いいか、今からお前は空に向けて杖を突き出せ。そしてこう唱えるんだ――とな」
「えっ……!?」


コオリは少年から言われた言葉に驚きを隠せず、上空を見上げて戸惑う。しかし、ここまでの少年の行動を思い出してコオリは彼を信じる事にした。

少年は口は悪いがここまでの道中でコオリを見捨てるような真似はせず、魔物を相手に彼を守り続けてくれた。もしも少年だけならば魔物から逃げ延びる手段はあっただろうが、自分を見捨てずにここまで守ってくれた彼を信じてコオリは天に向けて杖を構える。



「――アイス!!」



小杖を構えた状態でコオリは呪文を唱えた瞬間、身体中に熱い物が駆け巡る感覚を覚え、やがて両手に握りしめている小杖に熱い何かが流れ込む。そして小杖の先端から青色の光が放たれた。
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