氷弾の魔術師

カタナヅキ

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プロローグ

第1話 儀式

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暗闇に包まれた森の中、一人の少年が酷く怯えた様子で歩いていた。注意深く周囲を警戒し、誰もいない事を確かめると地面にへたり込む。


「はあっ、はあっ……逃げ切れたのか?」


少年は自分をを振り切ったと判断し、心の底から安堵した。緊張感から解放されたせいか一気に疲労に襲われ、地面に身体を横たわらせようとした時、背中に違和感を覚える。


「いてっ……何だこれ?」


身体を起き上げて少年は背中に手を伸ばすと、逃げるのに必死で今まで気づかなかったが自分が杖を背負っていたのを思い出す。


「道理で走りにくいはずだよ……」


少年が持っている杖はただの杖ではなく、では絶対に扱えない特別な道具だった。少年は杖を握りしめながら今までの出来事を鮮明に思い返す――





――事の発端は一カ月程前に遡り、少年が暮らす国は「ヒトノ王国」では十五才の誕生日を迎えた子供は教会に連れて特別な儀式を受けさせる法律が定められていた。儀式の名前は「適性の儀式」と呼ばれ、儀式を受けた子供達は将来的にどのような職業に向いているのか判別する。

儀式自体は台座に設置された水晶玉に触れるだけで完了するという簡単な内容であり、この水晶玉は触れた人間の能力を把握し、将来的にどのような職業が向いているのかを示す。こちらの儀式は王国に暮らす人間ならば必ずやり遂げなければならず、拒否する事は許されない。

幼い頃に両親を事故で失い、孤児院に引き取られて育てられた少年「コオリ」も十五才の誕生日を迎えた時に儀式を受けた。彼が暮らす街は「イチノ」と呼ばれる王国の辺境に存在する小さな街なのだが、その街にたった一つだけ存在する教会で儀式を受けた際に驚くべき事実が発覚する。


「こ、これは!?何と言う事だ……君には魔術師になれる素質がある!!」
「お、俺がっ!?」
「そ、それは本当ですか!?」


コオリが触れた水晶玉を見て神父が騒ぎ出し、儀式を眺めていた孤児院の院長も驚く。魔術師の才能を持つ人間は滅多に生まれず、そんな希少な才能を持って生まれた事に本人が一番驚いてた。


(まさか俺に魔法を使える才能があるなんて……)


自分が魔術師になれるかもしれないと聞いてコオリは期待に胸を膨らませるが、神父は困った表情を浮かべた。


「しかし、魔術師を目指すのならば王都の魔法学園に入学しなければなりません」
「え?それってまさか……」
「この街を離れて暮らすという事です。ご家族がいらっしゃれば引っ越しを勧めた所ですが……」


魔術師になるには生まれ育った故郷であるイチノから離れなければならないと知り、コオリは衝撃の表情を浮かべた。


(そんな……年長者の俺が居なくなったら孤児院の子供達の世話を誰が見るんだよ)


コオリが世話になっている孤児院は彼以外にもたくさんの子供を保護しており、その中でも一番年上のコオリは小さな子供達の世話をよく任されていた。両親を失ってからはコオリにとっては孤児院の子供達や世話をしてくれた院長が家族同然であり、そんな人たちと別れて王都に引っ越すなどできなかった。


「あの……街を出て行くなら止めときます。どうせ俺なんかが魔術師になれるはずないし……」
「な、何を言ってるのですか!?貴方は魔術師になれる才能があるんですよ!!それがどれほど凄い事なのか分かっているのですか!!」
「で、でも……俺がいなくなったら誰が料理を作るんですか!!院長は全然料理できないじゃないですか!!」
「そ、そんな事はありません!!私だって練習してるんですよ!!最近はゆで卵だって作れるようになりました!!」
「せめて目玉焼きを作れるようになってください!?」
「ま、まあまあ……御二人共、話は最後まで聞いてください。実は国の決まりで魔法学園に入学した生徒の家族や身内には援助金が支払われるんだ。君が魔法学園に通っている間も孤児院は援助を受けるだろう」
「えっ!?そ、そうなんですか?」


自分が魔法学園に入れば孤児院も国からの援助を受けると聞いてコオリは迷いを抱くが、そんな彼に院長は優しく語り掛ける。


「コオリ、援助金など受けずとも私達は大丈夫です。貴方は口は悪くて生意気で悪戯好きな困った子供ですが、本当は子供達の中で一番真面目でいい子なのは知っています」
「院長……それって褒めてるんですか?それともけなしてるんですか?」
「ふふふ、冗談ですよ。どんな子でも私にとっては愛する家族なんです。だからどんなに遠くに離れても貴方の帰りを待つ人はいる事を忘れないでください」
「……はい」


院長の言葉にコオリは泣き出しそうになるが、他人の前で泣くのを恥ずかしがって顔を隠す。そんな彼の頭を院長は優しく撫でて神父に伝える。


「魔法学園の入学の件はよろしくお願いします」
「分かりました。すぐに王都の教会に連絡を取り、魔法学園に入学手続きの準備を済ませます。王都行きの馬車の手配も行いましょう」


神父はコオリを魔法学園に入学させるための準備を進めた――





――しばらく経った後、コオリは大勢の子供達と院長に見送られながら別れの言葉を告げた。


「じゃあな、皆!!立派な魔術師になったら戻ってくるからな!!俺がいなくなるからって夜更かしするんじゃないよ!!」
「無理をしては駄目ですよ。ここは貴方の家でもある事を忘れないでください、辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい」
「お兄ちゃん、頑張ってね!!」
「休みを貰ったら絶対に帰って来てね!!」
「うわぁんっ!!お兄ちゃあああん!!」


子供達は涙を流しながら別れを告げると、コオリは泣きそうになるのを堪えて走り出す。子供達はコオリの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

王都までの道のりは遠く、子供一人で旅するのは危険なために神父が知り合いの商人を紹介してくれた。コオリが街外れに辿り着くと王都行きの商団の馬車が停まっており、彼が訪れると商人が出迎えてくれた。


「お別れは済ませてきたのかい?」
「はい……これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。王都に辿り着くまではしっかり仕事も手伝ってもらうからね」


コオリは馬車に乗せてもらう条件として、商人は王都に辿り着くまでの道中は彼にも荷運びの仕事を手伝ってもらう事を約束した。コオリが馬車に乗り込むと商団はイチノを発とうとした。


「さあ、出発だ!!」
「ちょっと待ってください!!」
「え!?この声は……院長!?」


商団の馬車が出発しようとした時、杖を手にした院長が駆けつけてきた。それを見てコオリは驚いて馬車から飛び降りると、院長は彼の元に近付いて杖を差し出す。


「はあっ、はあっ……間に合ってよかった。これを渡すのを忘れてたんです」
「院長、これは……?」
「魔術師を目指すのなら必要になる時が来るでしょう」


院長が持って来た杖はただの杖ではなく、魔術師が魔法を行使する際に必要となる杖だと語る。そんな物を院長がどうして持っているのかとコオリは驚く。


「どうして院長が杖を……まさか!?」
「ふふふ、私も昔は魔導士に憧れていた時期もあったのですよ」
「ま、魔導士……!!」


魔導士とは一流の魔術師だけが名乗る事が許される称号であり、院長もコオリと同じく魔術師である事が発覚した。その事実に驚きながらもコオリは有難く杖を受け取る。


「院長……今までお世話になりました」
「魔法学園では馬鹿な事はせずに大人しく過ごすのですよ。まあ、貴方には言っても無駄かもしれませんが」
「どういう意味ですかそれ……ちゃんとやりますよ」
「皆さんもこの子の事はよろしくお願いします。それと旅の間はくれぐれもお気を付けください。最近は物騒な世の中ですから……」
「院長さん、大丈夫ですよ。ここにいるのは腕利きの傭兵ばかりなんですから」
「「「おおっ!!」」」
「……そうですね。こんなにも頼もしい方々がいらっしゃるのなら安心です」


商団の護衛として雇われた傭兵達の姿を見て院長は安堵するが、後にコオリは傭兵などでは相手にならない恐ろしい存在に追い掛け回される事になるなどこの時の彼女は知る由もなかった――
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