伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ

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修行の旅

第49話 イチノ

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「兄貴!!今の何をやったんですか!?」
「いや、俺も何となくやっただけでよく分かってないんだけど……」


石弾を撃ち込む前に黒渦を事前に複数個作り出しておけば連射ができる事が判明し、現状では指先の数だけ石弾を発射できる事が確定した。


(今まで人差し指でしか試してなかったけど、他の指でも撃つことはできるんだな。ちょっと狙いが定めにくいけど……)


これまでの戦闘ではナイは無意識に人差し指に頼って石弾を撃ち込んできたが、他の指先からでも石弾は撃てることを改めて意識する。先ほどの実験で黒渦を事前に展開しておけば、一度の戦闘で最大五発の石弾を撃ち込む事ができる事が証明された。

石弾は強力ではあるが狙いを外すと相手に隙を作る弱点もあった。しかし、複数の黒渦を利用することで連射を可能になれば的を外しても追撃や迎撃も行える。またもや収納魔法の新しい使い道を思いついたナイは嬉しく思う。


(師匠に見せたら褒めてくれるかな……いや、こんなので満足したら駄目だ)


これぐらいの事で収納魔法を完璧に極めたとは思えず、旅を終わる頃には師であるクロウを度肝を抜かせる程の収納魔法を使い方を編み出したいと考え、ナイは気を張り直す。


「よし、もっと強くなるぞ!!」
「兄貴、その意気です!!」
「ウォンッ!!」


しばらくは三人ではしゃいでいたが、空腹も満たしたので街に向けての移動を再開した――





――森を抜けたお陰で予定よりも大分早くにイチノに到着できると思われたが、草原を歩いている途中でナイは違和感を抱く。以前にイチノへ向かった時は馬車だったが、その時は野生動物の姿を草原でよく見かけたが、現在は動物の姿は全くと言っていいほど見当たらない。


「おかしいな……前に通りかかった時は兎とかよく見かけたんだけど」
「兄貴、あれが街ですか?」
「ウォンッ?」


草原の様子がおかしいことにナイは疑問を抱いていると、隣を歩いているエリナが前方を指差す。ナイとビャクは視線を向けるとイチノと思わしき街が見えたが、街の様子もおかしいことに気付く。


「あれって……まさか!?」
「あ、兄貴!?」
「ウォンッ!!」


街の方角から多数の煙が舞い上がっている事に気づいたナイは駆け出すと、慌ててエリナとビャクも後に続く。街に近付くにつれて嫌な予感が大きくなる。

イチノは城壁に取り囲まれた街であり、魔物でも簡単に侵入できない造りになっている。しかし、その城壁が無惨にも破壊されており、街中からはいくつもの煙が上がっていた。


(そんな馬鹿な!?これがあのイチノなのか!?)


ナイがイチノに最後に訪れたのは何年も前だが、目の前の光景に信じられない気持ちを抱く。城壁は崩れており、街のあちこちで大量の煙が上がっていた。破壊された城門を見てナイは唖然とした。


「こ、これがイチノ……なのか!?」
「兄貴……本当にここに人が住んでるんですか?」
「ウォンッ……」


破壊された城壁や街の建物の様子を伺ったところ、どうやら随分と前に破壊されている事が判明した。街の中からは人の気配は感じず、代わりに怪しい鳴き声や人間の物ではない足跡が幾つも残っていた。


(まさか……魔物にやられたのか!?)


状況的に考えて街に魔物が攻め込み、大分前にイチノは滅ぼされていたとしか考えられない。その証拠に街の住民の姿は見当たらず、代わりに街中を歩く魔物の姿を発見した。


「ギィッ!!」
「ギギィッ!!」
「あいつら……むぐっ!?」
「兄貴、静かに!!」
「ウォンッ……」


街道から姿を現したのは兵士のような恰好をした「ホブゴブリン」であり、それを見たナイは反射的に戦闘態勢に入ろうとしたが、エリナがいち早くナイの口元を塞いで路地裏に引きずり込む。ビャクも二人の後に続いて路地裏に隠れる。

いきなりのエリナの行動にナイは驚いたが、冷静になって考えると今の段階で街中にいる魔物に戦闘を仕掛けるのは悪手だった。街がどんな状況なのかも把握していない状況で不用意に魔物に手を出せば、どんな事態を引き起こすのかも分からない。それを考慮してエリナはナイを止めた。


「今は隠れるしかないっすよ。あいつらが何をしているのか様子を探りましょう」
「……分かった」
「ウォンッ(小声)」


エリナの言葉は正論であり、ナイは路地裏に身を隠しながら街道を歩く魔物の様子を伺う。山での狩猟の経験を活かし、獲物を狩る時と同じ要領で鋭い観察眼を発揮する。


(あいつらはホブゴブリンだな。あの格好は……この街の警備兵の装備!?)


大きな街には治安維持以外にも魔物から守るために警備兵が配置されており、イチノにも数百名の兵士は滞在しているはずだった。だが、街の現状と警備兵の装備を身に着けたホブゴブリンが居るという事は、既に街の兵士は魔物に敗れたとしか考えられない。

山で遭遇したホブゴブリンも厄介な存在だったが、街を徘徊するホブゴブリンは警備兵から奪った装備を身に着けている分だけ面倒な相手だった。もしもナイが戦うとすれば鎧兜に守られていない箇所に石礫や石弾を撃ち込むしか倒す手段はない。


(この街を襲ったのはホブゴブリンなのか?いや、足跡の中には獣が残した物もあったな)


街道にはホブゴブリンやゴブリンとは異なる足跡がいくつか残っており、その中には魔獣の物としか思えない足跡もあった。未だに状況は掴めないが、少なくとも現在のイチノには多数の魔物が侵入しており、決して安全地帯ではなかった。


(兄貴、どうしますか?この様子だと街の住民は逃げたか、あるいは……)
(それ以上は言わなくていい……とにかく、もう少しだけ先に進んでみよう)


ホブゴブリンに気付かれない様にナイとエリナは話し合い、考え得る最悪の事態は既に街の住民は全滅し、魔物にイチノの街を乗っ取られた状況である。もしも街の人間が殺されていた場合、ナイの幼馴染の「ハル」も危ない。


(大丈夫だ。ハルが死ぬはずがない……あいつが簡単に死ぬもんか!!)


幼馴染の安否を気にしながらも、ナイはエリナとビャクと共に路地裏を抜け出して街中を徘徊するホブゴブリンに見つからない様に探索を行う。しかし、いくら街中を探しても生き残っている人間の姿は見当たらなかった。


「兄貴……やっぱりこの街には人間はもういないんじゃないですか?」
「いや、もう少しだけ探そう……あと少しだけでいいから」
「クゥンッ……」


いくら探しても住民の姿は見当たらず、流石にエリナも諦めかけていた。だが、ナイは最後にどうしても確認したい場所が残っていた。


(冒険者ギルドだ!!ハルがいるとすればそこしかない!!)


ダテムネからハルは冒険者になるためにイチノに移住したと聞いたナイは、彼が約束通りに冒険者になっていたらと考えたナイは最後に冒険者ギルドの建物を確認したかった。

ナイは冒険者ギルドまでの道のりだけは覚えており、前にイチノに訪れた時にハルに連れられて何度も向かった場所である。小さい頃からハルは冒険者に憧れを抱いており、イチノに滞在している時はギルドに立ち寄って色々な冒険者から冒険譚を聞いていた。


(ハル、約束を忘れてないよな。俺が魔術師になったらお前は立派な冒険者になるんだろ……)


一縷の望みを抱いてナイはエリナとビャクを連れて冒険者ギルドへと向かう。しかし、辿り着いた先には無惨にも崩壊した冒険者ギルドの建物しか残っていなかった――
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