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エルフの師弟

第42話 寄り道

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――前回の比ではない強烈な一撃を受けたミノタウロスは今度こそ絶命し、頭から血を流した状態で倒れて動かなくなった。確実に仕留めたと判断したナイは額の汗を拭い、緊張が解けた途端に疲労感に襲われる。


(倒した……俺一人でこんな怪物を)


前回は殺されかけた相手を自分一人の力で倒せたことにナイは信じられず、どうやら「黒輪」の練習で黒渦を操作する技術がさらに磨かれていたことが判明した。それはともかく、ナイは念のためにミノタウロスが本当に死んでいるのかを確認する。

頭を打ち抜かれたミノタウロスは微動だにせず、身体も徐々に冷たくなっていく。死亡した事を確かめたナイは一安心するが、デキンを追わせたビャクの鳴き声が響く。


「ウォンッ!!」
「ひいいっ!?た、助けてくれぇっ!?」
「ビャク……捕まえてきたのか」


ビャクに服の裾を嚙り付かれながら引っ張られてきたデキンを見てナイは安堵した。見た目は小さい狼だが魔物であるビャクは力も強く、人間一人など簡単に引き寄せる力はある。但し、デキンがこれ以上に何か仕出かす前にナイは肉体強化を発動させて拳を叩き込む。


「ふんっ!!」
「ぐはぁっ!?」


強烈な一撃を受けてデキンは白目を剥き、気絶させた彼をナイは地面に横たわらせる。これで盗賊は全員戦闘不能に陥り、厩舎に隠れている村人達に声をかけようとした。


「皆、久し……」
「ち、近づくな!!」
「こっちに来るでねえっ!!」
「誰だお前は!?」
「……えっ?」


ナイは四年ぶりに再会した村人達に声を掛けようとしたが、彼等は怯えた様子で近付かない。村人達の反応にナイは戸惑い、自分の事を忘れたのかと思う。


「み、皆?もう大丈夫だよ。こいつらは……」
「ち、近づくなと言ってんだろ!!」
「お前、誰だ!?何処からやってきた!!」
「何が狙いだ!!」
「誰って……」
「グルルルッ……!!」


命を助けたにも関わらずにナイを警戒する村人達にビャクは唸り声を上げ、そんな彼を抑えながらナイは考えを巡らせる。


(そうか、皆は俺の事を忘れているのか……無理もないよな。あれから四年も立ってるし、それにおじさんは俺の事を死んだと報告してるんだ)


四年前にナイは村から脱走した所をダテムネは始末したと村長に報告している。勿論、他の村人にはナイは生かして逃がした事は伝えているだろうが、まさか魔術師となって戻って来るなど夢にも思わないだろう。

彼等が知っているのは四年前のナイだけであり、怪物を倒した得体の知れない人間の正体がナイだと気付かないのも無理はない。彼等を怯えさせないためにナイはビャクに声をかける。


「ビャク、行こう」
「ウォンッ?」
「大丈夫だから」


ビャクは村人の誤解を解かぬまま出ていこうとするナイを心配するが、彼等に対してナイは頭を下げる。


「驚かせてすいませんでした。俺達はもう村を去るので安心して下さい」
「え?ちょ、ちょっと待ってくれ!!あんたはいったい……」
「詳しい話はダテムネさんに聞いて下さい」


ダテムネの名前を出すと村人達は顔を見合わせ、どうして彼の名前が出てくるのか不思議に思う。だが、これ以上に彼等を怯えさせないためにナイは黒輪を足元に作り出し、その場を離れた。


「皆、久しぶりに会えて良かったよ」
「久しぶりだと?それはどういう……」
「ビャク!!行くぞ!!」
「ウォンッ!!」


去り際のナイの言葉に残された村人は疑問を抱いたが、彼等が自分の正体に気が付く前にナイは村を離れた――





――村から去っていくナイを見送ったのは村人だけではなく、厩舎の近くの建物に隠れていたクロウが姿を現す。彼は転移魔法を使用して一足先に村に辿り着き、ナイと盗賊とミノタウロスの戦闘を一部始終確認していた。クロウの傍にはマリアとエリナの姿もあり、たった一人でミノタウロスを倒したナイに感心する。


「さ、流石は兄貴……あんな化物を一人で倒すなんて惚れ直したっす」
「まさか本当に収納魔法だけで魔人族を倒すなんて……大したものね」
「ふん、儂の弟子ならあれぐらいできて当然だ。だが、それよりもあの村人共め……命の恩人になんて無礼な!!」


ミノタウロスをナイが倒した事にエリナは目を輝かせ、マリアも感心する一方でクロウだけは村人の反応に怒りを抱く。命を助けられたというのにナイの正体に気付かず、しかも彼を追い出した形となった村人にクロウは嫌気を差す。

本当はナイを連れ戻すために彼は村まで戻ってきたのだが、結局は自分の力を借りずに盗賊とミノタウロスを倒したナイに内心驚いていた。収納魔法だけで魔人族のミノタウロスを一撃で仕留めるなどクロウでも真似できる芸当ではない。


(ナイの奴め、いつの間にあれほどの力を……)


伝説の魔術師と謳われたクロウだが、収納魔法に関してだけはナイは世界一の使い手と言っても過言ではない。少なくともクロウが知る魔術師の中でナイのように収納魔法を極めた人間は一人もいない。

村人がナイを警戒するのは無理はなく、一般人の彼等の目ではナイが何を仕出かしたのかも把握できていない。ナイが指先を構えた途端に盗賊もミノタウロスも倒れた様にしか見えないだろう。ナイが生み出す石弾は最早常人の目では捉えきれない威力と速度を誇る。

しかし、仮にも命の恩人であるナイに酷い言葉を告げた彼等をクロウは許せなかった。盗賊とミノタウロスの脅威が去った以上、クロウは村に滞在する理由はない。先代の村長には悪いと思うが山に帰る事にした。


「儂はもう帰るぞ。お前等はどうする?」
「えっ!?兄貴を連れ戻しに来たんじゃないんですか?」
「……もう儂からあいつに教える事は何もない」


エリナはクロウの言葉に驚き、ナイを連れ帰すために転移魔法でわざわざ村に来たのかと思ったが、盗賊とミノタウロスとの戦闘を見てクロウはナイを引き留めるのを止めにした。


(もうあいつには他の魔法など必要ないだろう……儂の究極魔法を授けられなかったのは残念だがな)


ナイを弟子にした時にクロウはいつの日か彼に自分の編み出した「究極魔法」を授けるつもりだった。だが、魔法の基礎を学ばせるために教えた「収納魔法」をまさか自分以上に使いこなした彼にクロウはもう自分の教えは必要ないと判断した。


「エリナ、お前に頼みがある」
「はい!?あたしにですか!?」
「構わんな、マリア?」
「……好きにしなさい」


クロウの問いかけにマリアは笑みを浮かべた――





――村から離れたナイは黒輪を解除すると、これからの事を考える。村を救出した以上は山に戻るべきかと考えたが、クロウに啖呵を切って出て行ってしまったために戻りにくい。


「はあっ……師匠、怒ってるよな。最悪、破門にされるかも」
「クゥ~ンッ」
「まあ、それも仕方ないよな」


自分を心配してくれたクロウを無視して山を飛び出してしまい、今更どんな顔をして会いに行けばいいのかと思い悩む。ビャクと一緒に地面に座り込みながら空を見上げると、今夜は満月である事を思い出す。


「満月か。そういえば昔、ハルともこんな風によく夜空を見てたっけ」
「ウォンッ?」


子供の頃にナイはハルと共に屋根の上から夜空を見上げる事があった。子供だけで屋根に上るなど危険だと親たちに怒られたが、それでも二人一緒に美しい夜空を眺めるのは楽しかった。

叔父の家族が来るまではナイはハルと行動を共にする事が多かった。四年も会っていないので彼がどんな風に成長しているのか気になり、山に戻る前にナイはハルに会いに行く事を決めた。


「よし、決めた。もうちょっとだけ寄り道するぞ」
「ウォンッ?」


ダテムネからハルが冒険者になるために街に移り住んだと聞いており、村から一番近い街は「イチノ」という街であるため、ナイはイチノへ向けて出発した――




※明日から二話投稿になります。
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