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エルフの師弟

第36話 黒渦と車輪

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――馬車の中で一晩明かしたナイは外に出ると、汚れるのも構わずに素足となる。昨日のうちにクロウに両足の裏に魔術痕を刻んでもらい、黒渦を中心に四方に四つの黒渦を描いて貰う。

足の裏に意識を集中させると、両足の「踵」と「爪先」の左右に小さな黒渦が出現した。枝分かれの術式によって分散された魔力では小規模の黒渦しか作り出せないが、むしろナイにとっては都合がいい。


「……よし、思った通りだ」


黒渦は規模が小さいほどに「回転力」を操作しやすく、馬車に座った状態でナイは両足に纏わせた黒渦に超回転を加える。この状態で地面に降りるとどうなるのか、緊張しながらも馬車から飛び降りる。


「せぇのっ!!」


ぬかるんだ地面に両足を踏み込もうとした瞬間、足元に纏わせた黒渦が土砂をまき散らしながら回転を行う。すると馬車の「車輪」の如く高速回転した黒渦が地面を駆け抜ける。


「うわわっ!?」


思った以上の移動速度でナイはバランスを崩して背中から倒れてしまい、服が泥まみれになってしまう。しかし、すぐに起き上がると再び黒渦での移動を試みる。


「おっとと……うわぁっ!?」
「……これは先が思いやられるな」
「ウォンッ……」


馬車の中からナイが派手に転ぶ姿を何度も見たクロウとビャクは心配そうな表情を浮かべるが、当のナイは嬉しそうな表情をしていた。また一つ収納魔法の新しい使い方に気づけて本人は満足していた。

黒渦を利用して移動するなどクロウでも思いつかず、今回は馬車の車輪を参考に思いついたようだが、予想以上に回転力とバランスの調整が難しいのか何度も地面に転倒する。雨が降っていたお陰で地面が柔らかくて怪我をしないのは幸いだが、この様子では完璧に使いこなせるようになるまで相当な時間が掛かると思われた。


(まるでローラースケートだな……だが、本当に使いこなせるのか?)


幾度も地面に転ぶナイの姿を見てクロウは不安を抱くが、何十回転ぼうと立ち上が彼の姿に昔の出来事を思い出す。まだ子供の頃、クロウは自転車に乗るために練習を行い、最初の内は上手く乗れなくて転倒したが、何度も繰り返して練習した事で乗れるようになった。

傍目で見る限りだとナイの行動は無謀にしか思えないだろう。だが、少しずつではあるが黒渦を展開した状態で移動する距離が伸びており、着実に彼は黒渦を利用した移動法に慣れつつあった。それを見てクロウは声には出さないが心の内で応援を行う。


(頑張れよ)


最初の頃は収納魔法しか扱わないナイにクロウは複雑な思いを抱いていたが、他の魔法に目もくれずに収納魔法に専念する彼の姿に感心する。自分が見いだせなかった収納魔法の使い方を次々と思いつくナイにクロウは羨ましいと思った。


(儂も初めはあんな風だったのかもしれんな)


まだこの世界に召喚されたばかりの頃、クロウは魔法を覚えた時は何とも言い難い感動を覚えた。今のナイは若かりし頃のクロウとそっくりだった――





――それから十数日の時が経過すると、遂にナイは転ばずにバランスを保って移動できるようになった。この移動法をナイは「黒輪」と名付け、全速力で走るよりも何倍もの速さで移動できるようになっていた。


「ビャク、しっかり付いて来いよ!!」
「ウォンッ!!」


黒輪の利点は坂道でも関係なく移動できる点であり、黒渦の回転力を上げれば上げる程に移動速度も増す。しかも馬車の車輪と違って魔力が尽きない限りは黒輪は壊れる事もなく移動できる。

難点があるとすれば黒輪を発動するためには裸足になる必要があり、靴下や靴を履いたままでは魔法が扱えない。他にも黒輪を発動している間は魔力が消費するため、調子に乗って長時間使い続けると魔力切れを引き起こしてしまう。


「ふうっ……ちょっと休憩するか」
「ハフハフッ……」


一旦停止してナイは靴に履き替えると、疲れた表情のビャクが地面に横たわる。流石のビャクもナイの黒輪には付いて行くのがやっとであり、そんな彼にナイは異空間から水筒を取り出して水を浴びせる。


「ほら、冷たい水だぞ」
「クゥ~ンッ」


頭から水を掛けられてビャクは冷たそうな表情を浮かべ、ナイも水を飲んで体力の回復を行う。黒輪のお陰で移動は楽になったが、まだまだ完璧に使いこなしたとは言えず、もっと練習する必要があった。


(もっと早く移動できるようになれば村にも帰れるな……よし、決めた!!ハルに会いに行こう!!)


今までのナイは村に戻る事に躊躇していたが、魔術師として成長した今の自分なら叔父など怖くなく、自分は約束を果たしたのでハルに会いに行くを決めた。勿論、クロウに黙って帰るわけにはいかず、ナイはクロウに許可を取るために家に帰ろうとした。


「ビャク、そろそろ行くぞ」
「ウォンッ……」
「うわ、何だよ……背負って欲しいのか?」


まだ疲れているのかビャクはナイの背中に乗りかかり、仕方ないのでナイはビャクを両肩で抱えて帰ることにした――





――黒輪のお陰でナイは山小屋にすぐに戻る事ができたが、珍しい事にマリアとエリナが待ち構えていた。二人はナイ達が寝泊まりしている馬車の前に立ち、ナイが帰ってくるとエリナが慌てた様子で駆けつける。


「兄貴!!大変っす!!」
「ど、どうしたの?」
「ウォンッ?」
「早くこっちに!!」


エリナに急かされてナイは馬車の中を確認すると、クロウの他に見覚えがある男性が倒れていた。男性の顔を見てナイは衝撃を受ける。


「お、おじさん!?」
「ううっ……そ、その声は、ナイ君か?大きくなったな?」
「ナイ、お前の知り合いか?」


馬車の中で横たわっていたのはハルの父親のダテムネで間違いなく、どうして彼がここにいるのかと戸惑う。どうやらダテムネは怪我を負っており、クロウが治療している様子だった。


「ど、どうしておじさんがここに!?」
「む、村が……村が大変な事になったんだ」
「えっ!?」
「無理に喋るな!!まだ治療は終わっておらんぞ!!」
「い、いや……頼む、その子と話をさせてくれ」


治療を行うクロウは注意するが、ダテムネは構わずに村に起きた事件を伝える――
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