伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
19 / 68
魔法の契約

第19話 新たな力

しおりを挟む
――枝分かれの術式をクロウに施されてから一週間後、ナイが飼育を任されたビャクは森の中で駆けまわっていた。彼の後方にはゴブリンの群れが迫り、逃げ回るビャクに投石を行う。


「ギィイイッ!!」
「ギギィッ!!」
「ギィアッ!!」
「ウォンッ!?」


逃走中に背中に石が当たったビャクは転んでしまい、その間にゴブリンの群れに追いつかれてしまう。周囲を取り囲まれたビャクは唸り声をあげ、鋭い牙を剥き出しにして威嚇を行う。


「グルルルッ……!!」
「「「ギッギッギッ!!」」」


ビャクを取り囲んだゴブリンの群れは勝利を確信したかのように笑い声をあげ、徐々に接近してくる。しかし、囲んでいたゴブリンの一匹の後頭部に強い衝撃が走った。


「ギャウッ!?」
「ギィッ?」
「ギギィッ?」


仲間の一匹が突然倒れた事に他のゴブリンは戸惑い、地面に倒れたゴブリンは頭から血を流した状態で痙攣していた。それを見たゴブリン達は唖然とするが、今度は別のゴブリンが悲鳴を上げる。


「ギャウッ!?」
「「ギィッ!?」」


倒れたゴブリンの一番近くに立っていたゴブリンも悲鳴を上げて倒れ、こちらも頭から血を流して動かなくなった。そして次々と他のゴブリン達も頭から血を流して倒れていく。


「ギィアッ!?」
「ギャンッ!?」
「ギャインッ!?」
「クゥ~ンッ……」


あっという間にビャクを取り囲んでいたゴブリン達が頭から血を流して倒れ込み、その様子を見てビャクは大人しく座り込む。最後に生き残ったゴブリンは恐怖のあまりに逃げ出す。

生き残ったゴブリンは必死に逃げようとしたが、それを見たビャクは目つきを鋭くさせると、逃げていた時とは比べ物にならない移動速度で追いつき、ゴブリンの首元に目掛けて噛みつく。


「ガアアッ!!」
「ギャアアアッ!?」


最後のゴブリンはビャクの牙によって首の骨をへし折られ、死骸と化したゴブリンをビャクは口から離す。そして顔を見上げて鳴き声を上げた。


「ウォンッ!!」
「……ビャク、よくやった。囮役も上手くなったな」


ビャクの視線の先には木の上に隠れていたナイが存在し、彼は右手を「拳銃」のような形にした状態で構えていた。ゴブリンの群れが急に倒れたのはナイが木の上から新しい攻撃法で「狙撃」したからであり、指先にはが形成されていた。

地上に降り立つとナイはビャクの元に近付き、口元の血を拭ってから頭を撫でる。ビャクは主人に褒められて嬉しそうに尻尾を振り、この一週間で猟犬のように躾けられていた。


(ビャクのお陰で練習相手は事欠かないな……それにしても、まさかこんなに上手くいくとは思わなかったな)


ナイは地面に倒れたゴブリンの群れに視線を向け、改めて自分の右手を見つめる。一週間前にナイはクロウから魔術痕を書き換えてもらい、新しい能力を手に入れた――





――魔術痕を書き換えた事でナイは五本指から同時に「黒渦」を展開できるようになり、五つの魔法を同時に繰り出せるようになった。その代わりに一つ一つの黒渦の規模は縮小化してしまい、クロウによれば魔法の効果は「五分の一」にまで低下する

黒渦を指先から展開する場合、今までと比べて黒渦の規模は小さくなってしまったが、肝心の性能に関しては特に変わりはない。それどころか前よりも黒渦から放たれる物体の勢いが増している気さえした。

クロウの話では枝分かれの術式は魔法の数を増やす反面、それぞれの効果が分割されるはずだが、ナイの黒渦は規模が縮小化しただけで他の変化は全くない。これまで通りに黒渦の規模に合わせた物体ならば異空間にも取り込める。


「前は一発だけ撃っても倒せなかったのに……どうなってるんだ?」
「ウォンッ?」


地面に横たわるゴブリンの死骸に視線を向け、ナイの「黒射」で頭に石礫を撃ち込まれて絶命していた。一週間前と比べて魔術痕が変化してから黒射の威力は弱まるどころか逆に強くなっていた。


(師匠が俺に嘘を吐いたとは思えないけど、前よりも早くようになった気がする)


人差し指を伸ばした状態でナイは黒渦を展開すると、正面に位置する樹木に目掛けて石礫を放つ。黒渦から射出された小石は樹木を貫通する勢いでめり込み、それを見たナイは冷や汗を流す。


「やっぱり勘違いなんかじゃない。黒渦が小さいほど威力が増してるんだ」
「ウォンッ?」


理由は分からないが「黒渦」の規模が小さい程に異空間から射出される物体は勢いを増し、ただの小石でも一角兎やゴブリンなどの魔物なら急所を貫けば一発で倒せる。一週間前は石礫を当ててもせいぜい怯ませる程度の威力しかなかったが、現在は力の弱い魔物なら一撃で殺せるほどのはあった。

本来であれば枝分かれの術式を施した魔術痕は魔法の力が分散され、魔法の数を増やす程に性能が弱体化されるはずである。だが、ナイの場合は数が増えれば増える程に威力が増しており、本人も理由を理解していない。



――ナイはかつてクロウが攻撃魔法を扱う場面を見たことがあり、彼が頻繁に扱うのは火属性の攻撃魔法の「ファイアボール」である。こちらの魔法は自身の魔力を「火球」に変化させて攻撃を行う。ちなみにクロウが放つ火球の威力は岩石を吹き飛ばす程の破壊力を誇る。

もしも仮にクロウが枝分かれの術式を利用した場合、一度に繰り出せる火球の数が増える半面に威力が低下してしまうらしい。だから魔法の数を増やす事が必ずしも有利になるというわけではない。しかし、ナイの収納魔法の場合は根本的に異なる。

あくまでもナイの収納魔法は異空間に繋げるための「空間魔法」であり、闇属性の魔力を渦巻かせる事で異空間に繋がる出入口を作り出すだけに過ぎない。だから魔力が減少したとしても黒渦の規模が縮小化されるだけで性能自体に変化はない。


(こんな小さい黒渦からだと小石ぐらいしか飛ばせないけど、別に大きいのも作れるから問題はないんだよな)


手の甲に刻まれた紋様にだけ意識を集中させれば、今まで通りの規模の黒渦を作り出す事は可能であり、枝分かれの術式を施されてから不便に感じた事は殆どない。ナイは一週間の間に色々と実験を行い、結論から言えば魔法の数を増やしても何も問題はなく、むしろ前よりも「黒射」の威力が上がったお陰で魔物退治も捗っていた。


「何だかよく分からないけど、強くなったのなら別にいいかな?」
「ウォンッ!!」


新しい戦法の実験は終わったのでナイは帰ろうとした。だが、ゴブリンを倒した時に打ち込んだ小石が地面にめり込んでいる事に気が付く。


「ありゃ、しまったな……やっぱり一匹狙いを外していたか。ビャクに迷惑をかけたな」
「ウォンッ」


ビャクがゴブリンの群れを引き寄せ、木の上に隠れたナイが黒射で全てのゴブリンを狙撃して始末する作戦だったが、最後に逃げ出したゴブリンだけは小石を当て損じていた事が発覚する。

外した理由はナイが指先から黒射を放つのに慣れていない証拠である。この一週間で命中精度を上げるために練習を重ねたのだが、初めての実践で緊張していたのか一発だけ外してしまう。


「もうちょっと練習する必要があるな。帰ったら的当ての訓練をやり直さないと……あれ?」


地面にめり込んだ小石を見てナイは違和感を抱く。小石が衝突した箇所に奇妙な跡が残っており、それを見たナイはある事に気が付く。


「これってまさか……そういう事か!?」
「ウォンッ!?」


ナイは四つん這いになって地面にめり込んだ小石を覗き込み、主人の突拍子もない行動にビャクは驚愕した。だが、当のナイはめり込んだ小石を見てある事に気が付く。


(見間違いなんかじゃない……地面が捻じれてる!?)


黒射で撃ち込まれた小石をよく観察すると、まるで小石を中心に地面の砂が捻じれていた。それを見てナイは黒射の威力が上昇した理由を悟り、自分の考えが正しいかどうか確かめるために戻る事にした。


「ビャク!!家に帰るぞ!!」
「ウォンッ!?」


いきなり立ち上がるとナイはビャクに声をかけ、全速力で滝へと向かう。何が何だか分からないがビャクもナイの後を追いかけた――
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...