伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ

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魔法の契約

第12話 儀式

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「決めたよ。師匠と同じ場所に刻んでよ」
「……本当にいいのか?一度刻んだら二度と消えないぞ?」
「別にいいよ。魔法を使わなければ見えないんでしょ?」
「そうか……よし、ならば右手を差し出せ」


クロウの言葉にナイは緊張気味に右手を差し出し、いったいどのような方法で魔術痕が刻まれるのかと不安を抱く。もしかしたら鋭い刃物で紋様を刻むのかと思ったが、意外な事にクロウは優しく自分の両手で包み込む。


「安心しろ、すぐに終わるからな」
「師匠……ありが――!?」


ナイはクロウが勇気づけているのかと思ったが、彼が右手を抑えた途端、クロウの右手の魔術痕が浮き上がる。闇属性の魔術痕を浮かんだ状態でクロウがナイの右手を掴むと、魔術痕から黒色の霧のような物が噴出して二人の手を包み込む。

何が起きているのか分からないがナイは嫌な予感を抱き、反射的に右手を引き抜こうとした。だが、クロウはナイの右手をしっかり掴んで離さず、右手に異変が生じた。


「うああっ!?」
「気をしっかり保て!!お前の身体に闇属性の魔力を流し込んでいる!!受け入れて適応しろ!!」
「そ、そんな……ぐあああっ!?」


クロウの言葉を聞いてナイは必死に意識を保とうとするが、体内に遺物が流し込まれるような感覚を覚え、徐々に身体に力が入らなくなる。


(な、何なんだ!?この変な感じ……頭がどうにかなりそうだ!!)


遂には立っていられずにナイが膝を崩すが、決してクロウは彼の右手を離さない。彼の魔術痕から噴き出している「黒霧」の正体は闇属性の魔力であり、魔力を完全にナイの身体に取り込ませるとクロウは手を離す。


「ナイ、恐れるな!!闇の魔力を受け入れろ!!」
「うああああっ!?」


クロウが手を離した途端、ナイの右手の甲に彼と同じように「黒渦」を想像させる紋様が浮き上がる。だが、クロウと違って紋様は薄れたり濃くなったりと安定せず、それを見たクロウはナイに声援を送る。


「負けるな!!お前は儂の弟子だろう!?ならばこれぐらいの事でへこたれるな!!」
「ううっ……がぁああああっ!?」


山の中にナイの絶叫が響き渡り、その直後に彼の意識は失われた――





――数時間後、ナイは目を覚ますと山小屋の中に居た。前回の試練に失敗してからは山小屋に入る事は禁じられていたが、クロウが運んで休ませてくれたらしい。


「うっ……頭が痛い」
「ようやく目が覚めたか……全く、冷や冷やさせおって」
「し、師匠……もしかしてずっと起きてたの?」


顔を横に向けると疲れた表情のクロウが座り込んでおり、時刻は既に朝を迎えていた。どうやらナイは一晩中気絶していたらしく、その間もクロウはずっと起きて看病してくれたらしい。

ナイは右手に視線を向けると魔術痕は完全に消えていた。だが、目に見えなくとも魔術痕が確かに刻まれている感覚があり、どうやら儀式は成功したらしい。


「良かった……成功したんだ」
「その通りだ。自分でも分かるだろう?お前はもう半人前なんかじゃない、立派な魔術師だ」
「俺が……魔術師?」


儀式に成功した以上はナイは魔術師を名乗る資格を手に入れ、早速だが「収納魔法」を発動させようとした。試しに念じてみると魔術痕が浮き上がり、黒色の霧を想像させる魔力が紋様から漏れ出す。


「うわっ!?ほ、本当にできた……これが、闇の魔力?」
「その通りだ。だが、今のお前がやっている事は体内の魔力を放出しているだけに過ぎない。魔法を使いたいならまずは魔力の形を整えろ」
?」


クロウの言い回しにナイは不思議に思うと、その場でクロウは右手を差し出す。彼も同じように魔術痕を出現させると、闇属性の魔力を放出させた後に指を回す動作を行う。


「黒渦を生み出したければまずは外部に放出した魔力をこのようにさせろ。渦が出来上がるほどに魔力を操作できれば「黒渦《ゲート》」を作り出せる」
「えっ!?そんな事でいいの!?」


黒渦の作り方がまさか闇属性の魔力を渦のように回転させるだけだと知り、ナイは戸惑いながらもクロウを真似て魔力で渦を作り出す事を試みる。

魔力操作の技術はしっかり修行しており、体外に放出した魔力を操るのは初めてだが、ナイは言われた通りに魔術痕から噴き出した魔力を回転させるために意識を集中する。


「こ、こんな感じ?」
「もっと早く回転させろ!!渦が出来上がるぐらいに早く回せ!!」
「わかった……こんな感じ!?」


言われるがままにナイは指先を激しく回して魔力を回転させると、指先に移動した魔力が「黒渦《ゲート》」へ変わり果て、掌の中に収まる。この瞬間、ナイは黒渦の中心に暗黒空間が広がっている事に気が付き、異空間に繋がったのだと確信した。


(分かるぞ……この渦の中に物を入れれば異空間に預けられるはずだ)


黒渦を形成した状態でナイは周囲を見渡し、机の上に置かれた短剣に気が付く。こちらの短剣はナイが普段から所持している動物や魔物の解体に利用する道具であり、どうやら気絶している間にクロウが彼の装備品を机の上にまとめてくれていたらしい。

短剣を手にしたナイは渦の中心に目掛けて短剣を近づけると、先端部分が黒渦の中に入った途端、異空間に一気に取り込まれた。


(入った!!)


無事に異空間に自分の短剣を「収納」できたのだと確信すると、今度は逆に異空間から短剣を取り出そうと念じる。


「よ~し、今度は外に……」
「待て!?その角度で出すと儂に当た……ふぎゃっ!?」


前方に掌を構えた状態でナイは黒渦から短剣を出現させようとした瞬間、正面に立っていたクロウは慌てて止めようとした。だが、彼が止める前に黒渦から短剣が、クロウの顔面に衝突した。


「し、師匠!?大丈夫!?」
「うぐぐっ……こ、この馬鹿弟子が!!儂を殺すつもりか!?」
「ご、ごめんなさい!!」


短剣は鞘に納められた状態だったので事なきを得たが、もしも抜き身の刃ならば危うくナイはクロウの頭を貫いていた所だった。顔色を真っ青にしながらナイは頭を下げる。


「まさかあんな風に飛び出るなんて思わなくて点tね」
「全く、今のは死んだかと思ったぞ……いいか、物体を異空間から取り出す時は細心の注意を払え!!出力を誤ると大惨事を引き起こすからな!!」
「う、うん……これからは気を付けるよ」


クロウに怒られたナイは落ち込むが、先ほどのクロウに短剣を当てた事を思い出し、収納魔法の使い道によれば戦闘でも役立つのではないかと考えた。


(さっきみたいに黒渦から短剣を吹っ飛ばせば、魔物との戦闘でも役に立つんじゃないか?)


収納魔法はあくまでも荷物などを異空間に預かる魔法だとクロウは認識しているが、使い道によれば戦闘に役立つのではないかとナイは真剣に考える。

例えば敵と対峙した時、ナイが武器を所持していなければ相手の油断を誘える。しかし、もしもナイが黒渦を利用して異空間に取り込んだ物体を高速で「射出」させれば、敵の意表を突ける可能性は高い。


「師匠!!この魔法って戦闘にも役立つんじゃないの!?」
「……お前の考えている事はだいたい予想できるぞ。さっき儂に当てた様に異空間から武器を射出させれば敵を倒せるんじゃないかと考えているな?」
「えっ……そ、そうだけど、何か問題あるかな?」
「自分の手元を見ろ」


クロウに言われてナイは顔を見下ろすと、いつの間にか掌の中で渦巻いていた黒渦が消えていた。クロウは顔面に短剣が当たる寸前、ナイの黒渦が消えた光景を目にしていた事を話す。


「儂に向かって短剣が飛び出した時、お前の黒渦は消えていたぞ。今のお前の力量ではどうやら異空間から物を取り出す行為だけで黒渦が消えてしまうようだな」
「ということは……」
「異空間から物体を「射出」させる度にお前の黒渦は勝手に消えてしまうという事だ。そんな事を繰り返せばすぐに魔力切れを起こすぞ」
「そ、そんな……」


クロウの指摘を受けてナイは一気に疲労感に襲われる。どうやら「魔法」はこれまでに学んだ技術とは比べ物にならないほど魔力の消費が大きく、今のナイの魔力量では収納魔法すらも多用はできない。


「お前の魔力量では収納魔法の使用回数は一日に数回が限界だろう。しかも異空間に物体を預ければ魔力が削られる。さっきも言った通りに異空間に物を取り込んだ状態ではいくら身体を休めても魔力は完全には戻らない事を忘れるな」
「うっ……そういえばそうだった」


収納魔法のメリットは異空間に物体を取り込めることだが、デメリットは異空間に取り込んだ物体の質量分だけ魔力が削られてしまう。現在のナイの魔力ではせいぜい「100キロ」の重量の物体しか取り込めない。

わざわざ短剣を異空間から射出させて攻撃を仕掛けるぐらいならば、ナイ自身が短剣を敵に投げつける方が魔力の消費も抑えられる。黒渦を利用した攻撃法はであり、クロウは彼に馬鹿な真似をさせない様に注意する。


「間違っても収納魔法を変な事に利用するなよ。さあ、目を覚ましたのならもう出て行け」
「えっ!?どうして!?」
「魔法を覚えた以上、お前はもう立派な魔術師だ!!何時までも師匠である儂に甘えるんじゃない!!」
「うわぁっ!?そ、そんなぁっ……」


クロウはナイを山小屋から叩き出すと、扉を閉めて彼が入れない様にした。先ほど短剣が当たった額が痛み、まさかこんな形で弟子に傷つけられる日が来るとは夢にも思わなかった。


「いたたっ……今更痛みがぶり返してきおった。全く、馬鹿弟子め」


額を抑えながら文句を呟きながらも、クロウの口元は笑っていた。不意を突かれたとはいえ、まさか伝説の魔術師と言われた自分に傷をつけたナイに感心していた。

三年以上の時を費やし、遂に自分の弟子が魔術師になれた事にクロウは喜びを抑えきれない。だが、ナイが調子に乗らない様に彼の前では厳しい態度を貫き、ナイを外に放りだすとクロウは我慢できずに笑い声を上げる。


「ふっ、ふふっ……ふははははっ!!」


弟子の成長ぶりにクロウは素直に喜び、この調子でナイが魔術師として成長すれば、いつの日か自分の編み出した「究極魔法」を伝授させる時が来ると期待した。


(遂に見つけたぞ!!儂の魔法を受け継ぐ魔術師を!!ナイ、お前ならば儂の代わりに魔術師の高みに辿り着ける!!)


クロウはナイを育てると決めた時から、いつの日か彼が自分を越える魔術師に育て上げると決めていた。そのために彼は持てる知識と技術を費やし、究極の魔法を編み出した。

伝説の魔術師と謳われたクロウが編み出した究極の魔法は凄まじい威力を誇り、この魔法を使いこなせれば確実にナイは歴史に名前を刻む「大魔術師」となる。クロウは一日でも早くナイが一人前の魔術師になる日が来るのを期待するが、残念ながら彼の願いはかなう事はない。何故ならばナイはクロウから魔法を教わる機会は今日で最後となった――
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