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プロローグ
第9話 魔力操作
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一般の魔術師が魔法を覚えるために必要不可欠な技術は三つ存在し、一つ目は魔力を感じ取る「魔力感知」二つ目は体内の魔力を高める事で肉体を強化させる「肉体強化」そして最後は魔力を完璧に操作する「魔力操作」の技術である。
クロウが二年間もナイに魔力感知と肉体強化の技術を磨かせたのは理由があり、最後の魔力操作の技術の修業は命の危険を伴うため、事前に二つの技術を完璧に扱える段階に到達するまで修行を禁じた。そして今のナイならば魔力操作の技術も習得できると信じて修行に必要な道具を渡す。
「今回の修業にはこれを使ってもらう」
「それは……水晶玉?」
ナイがクロウに渡されたのは掌に収まるぐらいの大きさの無色透明の水晶玉であり、ナイが受け取ろうとした際、クロウは念入りに注意を行う。
「この水晶玉を一時間手放さなければ修行は完了だ」
「一時間?持っているだけでいいの?」
「そうだ」
水晶玉を一時間も持ち続ける事が修行と言われてナイは戸惑うが、差し出された水晶玉を受け取った瞬間、今まで感じた事が無い奇妙な感覚を抱く。
「うぐぅっ!?」
「気をしっかり保て!!魔力を根こそぎ吸い込まれてしまうぞ!!」
ナイが水晶玉を両手で受け止めた瞬間、全身の力が奪われる感覚を抱き、足元がふらつく。
(何だ!?この水晶玉……俺の魔力を吸い上げてる!?)
吸魔石という名前の通り、水晶玉はナイが触れた途端に体内の魔力を強制的に引き出して吸い上げる。最初は我慢していたナイだったが、一時間どころか一分も持たずに水晶玉を手放してしまう。
「も、もう無理……」
「……30秒といった所か。最初にしては中々やるな」
我慢できずにナイが吸魔石を手放したにも関わらず、クロウは感心したように落とした吸魔石を拾い上げる。いったい何が起きたのか分からずにナイはクロウの拾い上げた吸魔石に視線を向けると、触る前は無色透明だったはずだが、現在の水晶玉は白く濁っていた。
「これがお前の魔力だ。大分吸い上げられたようだな」
「俺の……魔力?」
「そうだ。この吸魔石は魔力を吸い上げる特殊な鉱石を加工して作られた修行道具だ。これに触れるだけで生物は魔力を吸い上げられる。昔の魔術師はこれを利用して魔力操作の技術を磨いていたそうだ」
「そんな物があったなんて……」
クロウも若い頃は魔術師になるために吸魔石を利用して訓練を行い、彼の場合は最初に触れた時はナイよりも短い時間で手放してしまった。数十年前の魔術師は吸魔石を修行の道具として利用していたという。
吸魔石に触れると強制的に魔力を奪われるが、逆に言えば魔力を吸収されるのを阻止できれば魔力を体内に収める事も自然と出来るようになる。敢えて魔力を奪われる感覚を味わわせる事により、魔力を奪われない術を身に着けさせるのが今回の修業の目的だった。
「さあ、少し休んだらもう一度持ち上げて見ろ。最低でも一時間は魔力を奪われないように耐え切らないと魔法は使えないと思え」
「い、一時間……」
「どうした?もう諦めるのか?」
「い、嫌だ!!」
挑発じみたクロウの言葉にナイは激高し、彼から吸魔石を奪い取ると再び魔力を吸収される感覚を覚える。但し、今回は吸魔石に魔力を奪われないように抗う。
(くっ……肉体強化で魔力を高める事はできるけど、まさか魔力を押し留めるのがこんなに難しいなんて……)
肉体強化はあくまでも身体の一部やあるいは全身の魔力を高めるだけに過ぎず、今回の場合は魔力を奪い取られないように精密な魔力の操作を要求される。二度目の挑戦では40秒は耐える事ができたが、それ以上は耐え切れずに手放してしまう。
「はあっ、はあっ……」
「どうだ?まるで全力疾走した後のように身体が疲れるだろう?この修行法はある程度の魔力を持ち合わせた人間にしかできん」
吸魔石を離した途端にナイの肉体に大きな負荷が掛かり、クロウの言う通りに全力で運動を行った後のような疲労感に襲われる。クロウが今までナイに最後の修行を封じていた理由の一つは、彼の魔力が一定量を上回るまでは危険だと判断したからである。
吸魔石の修業を行うためには最低限の魔力を扱う技術と、一定量の魔力を持ち合わせていなければ命の危機に関わる。未熟な人間に吸魔石を触れさせた場合、魔力を制御できずに根こそぎ魔力を奪われる恐れがあり、それを考慮してクロウはナイがある程度まで成長するまで修行を封じていた。
今現在のナイは三年前と比べても肉体が成長し、毎日の修業のお陰で技術が磨かれただけではなく、魔力も十分に増えていた。しかし、そんな彼でも吸魔石の修業は危険が伴い、クロウはまだ早過ぎたかと心配する。
(まだ少し早過ぎたか……いや、こいつならばやり遂げるはずだ)
クロウはこれまでのナイの努力を思い出し、きっと彼ならば吸魔石の修業もやり遂げると信じていた。最近は離れて暮らしていたが、クロウは魔力感知で毎日ナイの様子を伺い、日に日に彼の魔力が増えている事を把握していた。
毎日欠かさず真面目に修行をしてきたお陰で、ナイの魔力は最初に出会った頃とは比べ物にならない程に増加しており、クロウでさえも躊躇した吸魔石の修業に果敢に挑む。
「ま、まだまだ!!」
「……あまり無理をするなよ」
休憩を挟んでナイは何度も吸魔石を拾い上げ、魔力を奪われまいと必死に集中する。その様子を見てクロウはナイの根性ならば必ず修行をやり遂げると確信した――
――それから三カ月後、遂にナイは吸魔石に触れた状態で一時間耐え抜く事に成功する。魔力を奪われないように体内に留めた状態で吸魔石に触れ、全身から汗を流しながらもクロウが用意した「砂時計」が落ち切るまで耐え抜いた。
「ぷはぁっ!!お、終わった!!」
「ほう……まさかこんなにも早く修行を終わらせるとはな。本当に大した奴だ」
砂時計の砂が全て落ちるのを見届けると、ナイは吸魔石を手放して地べたの上で大の字に横たわる。全身から汗を流しながらも修行をやり遂げ、そんな彼にクロウは水が入った桶を渡す。
「それで汗を流せ。身体を綺麗にしたら次の修業に移行するぞ」
「えっ!?まだあるの!?」
「たわけっ!!誰が修行は一つで終わりだと言った!?」
予想外のクロウの言葉にナイは驚愕するが、言われた通りに汗を水で洗い流すと、今度は銀色の腕輪をクロウから渡された。
「今度はこいつを装着してもらうぞ」
「な、何それ?」
「こいつは吸魔石と同じく魔力を吸収する特別な素材で作られた腕輪だ。但し、お前が修行で利用した吸魔石よりは魔力を吸収する能力は弱めに作られているがな」
説明を行いながらクロウはナイに腕輪を装着させると、腕輪を嵌めた途端にナイは吸魔石に触れた時と同じく魔力を吸収される感覚を抱く。すると腕輪の表面に紋様が浮き上がった。
「この腕輪は装着車の魔力を吸い上げて紋様が光り輝く機能が搭載されておる。油断していると魔力を吸い上げて何時までも輝き続けるぞ」
「うわっ!?そういう事は早くいってよ!?」
「安心しろ、吸魔石と違ってこちらは魔力を吸収する機能は弱いからな」
腕輪が輝いているのを見てナイは慌てて魔力を制御すると、クロウの言う通りに腕輪から光が消えた。吸魔石と比べて吸い上げる魔力量は大したことはないが、何故か取り外そうとしても上手く外せない。
「あ、あれ!?師匠、これ外れないんだけど……」
「言い忘れていたがそいつを一度嵌めると半日は絶対外れる事はない。時間が経過すれば自動的に外れるが、それまでの間は絶対に外れないと思え」
「ええっ!?」
「言っておくが壊すのは無理だぞ。そいつは魔法金属と呼ばれる特殊な金属で加工されておるからな……それに無理に外そうとしたり、壊そうとしたら魔力を吸い上げる両が増えるから気を付けろ」
「そ、そんなっ!?」
ナイは無理やりに腕輪を引っ張ると、表面に紋様が浮き上がって魔力を吸収する力が強くなる。慌てて手を離すと紋様は消え去り、また元通りに戻った。クロウの言う通りに無理に壊す事も外す事もできず、時間経過で外れるまで我慢するしかなかった。
「当分の間はそいつを装着して日常生活を過ごせ。一つだけ忠告しておくが眠っている時に腕輪を装着するのは絶対に止めておけ。意識を失っている間に魔力を根こそぎ奪われる可能性があるからな」
「じゃあ……これを嵌めている間は眠る事もできないわけ!?」
「そうだ。せいぜい頑張れよ」
クロウから修行用の腕輪を嵌められたナイは愕然とするが、今更修行を辞める事などできなかった――
――さらに三か月の月日が経過すると、ナイは腕輪を嵌めた状態での生活に慣れてしまった。最初の内は魔力の制御を疎かになる度に魔力を奪われて苦労させられたが、だんだんと慣れていくうちに腕輪を嵌めていても普通に生活を送れる。
修業を開始したばかりの頃はナイは腕輪に気を取られ過ぎて碌な生活を送れなかったが、日が経つにつれて腕輪を意識し過ぎないようになり、現在は無意識で魔力を抑えられる様になった。最近では腕輪を嵌めていた事も忘れる始末であり、ナイは遂にクロウと同じ境地に達した。
「ふうっ……どうかな?自分では魔力を抑えていると思うんだけど」
「……見事だ」
ナイはクロウの前で座禅を行うと、体外に放出されていた魔力を完璧に体内に押し留めた。その証拠にナイは腕輪と吸魔石を所持しているにも関わらず、どちらも何の変化も起こしていない。
(たった半年で魔力操作の技術まで身に着けたか……大したものだ)
ナイが魔法を学び始めてから三年半の月日が経過し、遂に彼は魔法を覚えるために必要な三つの技術を習得した。クロウは今ならばナイに今回の修業の意図を伝える。
「儂がお主に魔法を教える前に今回の修業を課した理由は……」
「説明しなくてもいいよ。何となくだけど分かった気がするから」
「……そうか」
クロウが説明せずともナイは今回の修業の意味を理解していた。この半年の修業のお陰でナイの魔力を操作する技術が磨かれ、今ならば体内の魔力を抑えるだけではなく、逆に体外に放出できるようになった。
魔法を構成するのは魔力であり、魔術師は自らの魔力を外部に放出させる事で魔法を発現する。修行を受ける前のナイは魔力を体内に留めるのは真逆の行為だと思っていたが、そもそも魔力を完璧に制御できなければ魔力と留める事も体外に放出する事も出来ない。
「別に今回の修行は受けなくてもお前に魔法を教える事自体はできた。だが、魔力操作の技術が完璧でない人間に魔法を教えるのはあまりにも危険過ぎる。過去に儂も失敗した事があるからな」
「師匠が……失敗?」
「あれは儂の若い頃、周りの人間の話を無視して儂は魔法を使った。その結果、危うく死にかけたんじゃ……」
まだクロウがこちらの世界に召喚されたばかりの頃、彼は魔法を覚えるために必死になっていた。そして遂に魔力感知と肉体強化の技術を覚えると、彼は周りの人間の忠告を無視して魔法の練習を行う。
結果から言えば魔力操作の技術が未熟だったクロウは魔法の発動に失敗し、魔力を根こそぎ失いかけた。もしも他の人間が彼を助けていなければ今頃はクロウも生きていないという。
「儂は調子に乗って魔法を発動しようとした結果、体外から魔力を放出しすぎて危うく死にかけた。魔力を体内に留めようにもその方法が分からず、他の人間が助けてくれなったら死んでいただろう」
「そうだったんだ……」
「尤も儂が失敗しただけでお前が失敗するとは限らん。世間から「天才」と呼ばれる魔術師ならば魔力感知と肉体強化の修業だけで魔力操作を完璧に扱えるからな。所詮は儂も二流の魔術師という事だ」
「え!?でも、師匠は伝説の魔術師だと言われてたんじゃ……」
クロウの言葉にナイは驚きを隠せず、世界中の魔法を全て覚えたクロウが魔術師として二流など信じられない。しかし、クロウによれば真の一流の魔術師ならば彼と違って無意味に魔法を覚える必要はないという。
「ナイ、よく覚えておけ。真の天才は覚える魔法の数に拘りはしない。儂は確かに誰よりも数多くの魔法を覚えたが、結局は魔法を極める事はできなかった」
「極める事ができなかった?」
「この言葉の意味はいずれお前も理解する日が来るだろう……だが、今は関係ない話だ。さあ、修行は終わりだ……ここからは本格的に魔法の修業を開始するぞ」
「っ!!」
ナイはクロウの言葉に冷や汗を流し、三年半の修業を経て遂に自分が魔法を覚える日がやってきたのだと緊張する。
クロウが二年間もナイに魔力感知と肉体強化の技術を磨かせたのは理由があり、最後の魔力操作の技術の修業は命の危険を伴うため、事前に二つの技術を完璧に扱える段階に到達するまで修行を禁じた。そして今のナイならば魔力操作の技術も習得できると信じて修行に必要な道具を渡す。
「今回の修業にはこれを使ってもらう」
「それは……水晶玉?」
ナイがクロウに渡されたのは掌に収まるぐらいの大きさの無色透明の水晶玉であり、ナイが受け取ろうとした際、クロウは念入りに注意を行う。
「この水晶玉を一時間手放さなければ修行は完了だ」
「一時間?持っているだけでいいの?」
「そうだ」
水晶玉を一時間も持ち続ける事が修行と言われてナイは戸惑うが、差し出された水晶玉を受け取った瞬間、今まで感じた事が無い奇妙な感覚を抱く。
「うぐぅっ!?」
「気をしっかり保て!!魔力を根こそぎ吸い込まれてしまうぞ!!」
ナイが水晶玉を両手で受け止めた瞬間、全身の力が奪われる感覚を抱き、足元がふらつく。
(何だ!?この水晶玉……俺の魔力を吸い上げてる!?)
吸魔石という名前の通り、水晶玉はナイが触れた途端に体内の魔力を強制的に引き出して吸い上げる。最初は我慢していたナイだったが、一時間どころか一分も持たずに水晶玉を手放してしまう。
「も、もう無理……」
「……30秒といった所か。最初にしては中々やるな」
我慢できずにナイが吸魔石を手放したにも関わらず、クロウは感心したように落とした吸魔石を拾い上げる。いったい何が起きたのか分からずにナイはクロウの拾い上げた吸魔石に視線を向けると、触る前は無色透明だったはずだが、現在の水晶玉は白く濁っていた。
「これがお前の魔力だ。大分吸い上げられたようだな」
「俺の……魔力?」
「そうだ。この吸魔石は魔力を吸い上げる特殊な鉱石を加工して作られた修行道具だ。これに触れるだけで生物は魔力を吸い上げられる。昔の魔術師はこれを利用して魔力操作の技術を磨いていたそうだ」
「そんな物があったなんて……」
クロウも若い頃は魔術師になるために吸魔石を利用して訓練を行い、彼の場合は最初に触れた時はナイよりも短い時間で手放してしまった。数十年前の魔術師は吸魔石を修行の道具として利用していたという。
吸魔石に触れると強制的に魔力を奪われるが、逆に言えば魔力を吸収されるのを阻止できれば魔力を体内に収める事も自然と出来るようになる。敢えて魔力を奪われる感覚を味わわせる事により、魔力を奪われない術を身に着けさせるのが今回の修業の目的だった。
「さあ、少し休んだらもう一度持ち上げて見ろ。最低でも一時間は魔力を奪われないように耐え切らないと魔法は使えないと思え」
「い、一時間……」
「どうした?もう諦めるのか?」
「い、嫌だ!!」
挑発じみたクロウの言葉にナイは激高し、彼から吸魔石を奪い取ると再び魔力を吸収される感覚を覚える。但し、今回は吸魔石に魔力を奪われないように抗う。
(くっ……肉体強化で魔力を高める事はできるけど、まさか魔力を押し留めるのがこんなに難しいなんて……)
肉体強化はあくまでも身体の一部やあるいは全身の魔力を高めるだけに過ぎず、今回の場合は魔力を奪い取られないように精密な魔力の操作を要求される。二度目の挑戦では40秒は耐える事ができたが、それ以上は耐え切れずに手放してしまう。
「はあっ、はあっ……」
「どうだ?まるで全力疾走した後のように身体が疲れるだろう?この修行法はある程度の魔力を持ち合わせた人間にしかできん」
吸魔石を離した途端にナイの肉体に大きな負荷が掛かり、クロウの言う通りに全力で運動を行った後のような疲労感に襲われる。クロウが今までナイに最後の修行を封じていた理由の一つは、彼の魔力が一定量を上回るまでは危険だと判断したからである。
吸魔石の修業を行うためには最低限の魔力を扱う技術と、一定量の魔力を持ち合わせていなければ命の危機に関わる。未熟な人間に吸魔石を触れさせた場合、魔力を制御できずに根こそぎ魔力を奪われる恐れがあり、それを考慮してクロウはナイがある程度まで成長するまで修行を封じていた。
今現在のナイは三年前と比べても肉体が成長し、毎日の修業のお陰で技術が磨かれただけではなく、魔力も十分に増えていた。しかし、そんな彼でも吸魔石の修業は危険が伴い、クロウはまだ早過ぎたかと心配する。
(まだ少し早過ぎたか……いや、こいつならばやり遂げるはずだ)
クロウはこれまでのナイの努力を思い出し、きっと彼ならば吸魔石の修業もやり遂げると信じていた。最近は離れて暮らしていたが、クロウは魔力感知で毎日ナイの様子を伺い、日に日に彼の魔力が増えている事を把握していた。
毎日欠かさず真面目に修行をしてきたお陰で、ナイの魔力は最初に出会った頃とは比べ物にならない程に増加しており、クロウでさえも躊躇した吸魔石の修業に果敢に挑む。
「ま、まだまだ!!」
「……あまり無理をするなよ」
休憩を挟んでナイは何度も吸魔石を拾い上げ、魔力を奪われまいと必死に集中する。その様子を見てクロウはナイの根性ならば必ず修行をやり遂げると確信した――
――それから三カ月後、遂にナイは吸魔石に触れた状態で一時間耐え抜く事に成功する。魔力を奪われないように体内に留めた状態で吸魔石に触れ、全身から汗を流しながらもクロウが用意した「砂時計」が落ち切るまで耐え抜いた。
「ぷはぁっ!!お、終わった!!」
「ほう……まさかこんなにも早く修行を終わらせるとはな。本当に大した奴だ」
砂時計の砂が全て落ちるのを見届けると、ナイは吸魔石を手放して地べたの上で大の字に横たわる。全身から汗を流しながらも修行をやり遂げ、そんな彼にクロウは水が入った桶を渡す。
「それで汗を流せ。身体を綺麗にしたら次の修業に移行するぞ」
「えっ!?まだあるの!?」
「たわけっ!!誰が修行は一つで終わりだと言った!?」
予想外のクロウの言葉にナイは驚愕するが、言われた通りに汗を水で洗い流すと、今度は銀色の腕輪をクロウから渡された。
「今度はこいつを装着してもらうぞ」
「な、何それ?」
「こいつは吸魔石と同じく魔力を吸収する特別な素材で作られた腕輪だ。但し、お前が修行で利用した吸魔石よりは魔力を吸収する能力は弱めに作られているがな」
説明を行いながらクロウはナイに腕輪を装着させると、腕輪を嵌めた途端にナイは吸魔石に触れた時と同じく魔力を吸収される感覚を抱く。すると腕輪の表面に紋様が浮き上がった。
「この腕輪は装着車の魔力を吸い上げて紋様が光り輝く機能が搭載されておる。油断していると魔力を吸い上げて何時までも輝き続けるぞ」
「うわっ!?そういう事は早くいってよ!?」
「安心しろ、吸魔石と違ってこちらは魔力を吸収する機能は弱いからな」
腕輪が輝いているのを見てナイは慌てて魔力を制御すると、クロウの言う通りに腕輪から光が消えた。吸魔石と比べて吸い上げる魔力量は大したことはないが、何故か取り外そうとしても上手く外せない。
「あ、あれ!?師匠、これ外れないんだけど……」
「言い忘れていたがそいつを一度嵌めると半日は絶対外れる事はない。時間が経過すれば自動的に外れるが、それまでの間は絶対に外れないと思え」
「ええっ!?」
「言っておくが壊すのは無理だぞ。そいつは魔法金属と呼ばれる特殊な金属で加工されておるからな……それに無理に外そうとしたり、壊そうとしたら魔力を吸い上げる両が増えるから気を付けろ」
「そ、そんなっ!?」
ナイは無理やりに腕輪を引っ張ると、表面に紋様が浮き上がって魔力を吸収する力が強くなる。慌てて手を離すと紋様は消え去り、また元通りに戻った。クロウの言う通りに無理に壊す事も外す事もできず、時間経過で外れるまで我慢するしかなかった。
「当分の間はそいつを装着して日常生活を過ごせ。一つだけ忠告しておくが眠っている時に腕輪を装着するのは絶対に止めておけ。意識を失っている間に魔力を根こそぎ奪われる可能性があるからな」
「じゃあ……これを嵌めている間は眠る事もできないわけ!?」
「そうだ。せいぜい頑張れよ」
クロウから修行用の腕輪を嵌められたナイは愕然とするが、今更修行を辞める事などできなかった――
――さらに三か月の月日が経過すると、ナイは腕輪を嵌めた状態での生活に慣れてしまった。最初の内は魔力の制御を疎かになる度に魔力を奪われて苦労させられたが、だんだんと慣れていくうちに腕輪を嵌めていても普通に生活を送れる。
修業を開始したばかりの頃はナイは腕輪に気を取られ過ぎて碌な生活を送れなかったが、日が経つにつれて腕輪を意識し過ぎないようになり、現在は無意識で魔力を抑えられる様になった。最近では腕輪を嵌めていた事も忘れる始末であり、ナイは遂にクロウと同じ境地に達した。
「ふうっ……どうかな?自分では魔力を抑えていると思うんだけど」
「……見事だ」
ナイはクロウの前で座禅を行うと、体外に放出されていた魔力を完璧に体内に押し留めた。その証拠にナイは腕輪と吸魔石を所持しているにも関わらず、どちらも何の変化も起こしていない。
(たった半年で魔力操作の技術まで身に着けたか……大したものだ)
ナイが魔法を学び始めてから三年半の月日が経過し、遂に彼は魔法を覚えるために必要な三つの技術を習得した。クロウは今ならばナイに今回の修業の意図を伝える。
「儂がお主に魔法を教える前に今回の修業を課した理由は……」
「説明しなくてもいいよ。何となくだけど分かった気がするから」
「……そうか」
クロウが説明せずともナイは今回の修業の意味を理解していた。この半年の修業のお陰でナイの魔力を操作する技術が磨かれ、今ならば体内の魔力を抑えるだけではなく、逆に体外に放出できるようになった。
魔法を構成するのは魔力であり、魔術師は自らの魔力を外部に放出させる事で魔法を発現する。修行を受ける前のナイは魔力を体内に留めるのは真逆の行為だと思っていたが、そもそも魔力を完璧に制御できなければ魔力と留める事も体外に放出する事も出来ない。
「別に今回の修行は受けなくてもお前に魔法を教える事自体はできた。だが、魔力操作の技術が完璧でない人間に魔法を教えるのはあまりにも危険過ぎる。過去に儂も失敗した事があるからな」
「師匠が……失敗?」
「あれは儂の若い頃、周りの人間の話を無視して儂は魔法を使った。その結果、危うく死にかけたんじゃ……」
まだクロウがこちらの世界に召喚されたばかりの頃、彼は魔法を覚えるために必死になっていた。そして遂に魔力感知と肉体強化の技術を覚えると、彼は周りの人間の忠告を無視して魔法の練習を行う。
結果から言えば魔力操作の技術が未熟だったクロウは魔法の発動に失敗し、魔力を根こそぎ失いかけた。もしも他の人間が彼を助けていなければ今頃はクロウも生きていないという。
「儂は調子に乗って魔法を発動しようとした結果、体外から魔力を放出しすぎて危うく死にかけた。魔力を体内に留めようにもその方法が分からず、他の人間が助けてくれなったら死んでいただろう」
「そうだったんだ……」
「尤も儂が失敗しただけでお前が失敗するとは限らん。世間から「天才」と呼ばれる魔術師ならば魔力感知と肉体強化の修業だけで魔力操作を完璧に扱えるからな。所詮は儂も二流の魔術師という事だ」
「え!?でも、師匠は伝説の魔術師だと言われてたんじゃ……」
クロウの言葉にナイは驚きを隠せず、世界中の魔法を全て覚えたクロウが魔術師として二流など信じられない。しかし、クロウによれば真の一流の魔術師ならば彼と違って無意味に魔法を覚える必要はないという。
「ナイ、よく覚えておけ。真の天才は覚える魔法の数に拘りはしない。儂は確かに誰よりも数多くの魔法を覚えたが、結局は魔法を極める事はできなかった」
「極める事ができなかった?」
「この言葉の意味はいずれお前も理解する日が来るだろう……だが、今は関係ない話だ。さあ、修行は終わりだ……ここからは本格的に魔法の修業を開始するぞ」
「っ!!」
ナイはクロウの言葉に冷や汗を流し、三年半の修業を経て遂に自分が魔法を覚える日がやってきたのだと緊張する。
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