上 下
3 / 68
プロローグ

第3話 過酷な修行

しおりを挟む
――クロウがナイと出会ってからしばらく経ち、季節は秋を迎えるとナイを連れてクロウは山の中にある滝に案内する。ナイが魔術師になるためにクロウが最初に課した修業は「滝行」だった。


「これから毎日この滝に打たれながら座禅を行え。まずは身体を冷やして肉体の魔力を活性化させるんだ」
「魔力?」
「魔力とは魔法を構成する上で欠かせない力だ。どんな生物にも宿っている特別な力だと思え」


魔法を扱うにはまずは体内に流れる魔力を感じ取り、それを操作できるようにならなければならない。魔力とは分かりやすく言えば生物の「生命力」その物であり、滝行すると自然と肉体の生命力が高まるとクロウは説明する。ナイは言われた通りに滝を浴びようとすると、想像以上の水の冷たさと重さに戸惑う。


「ひいいっ!?つ、冷たいし、痛いよ!?」
「我慢しろ!!まずは限界まで身体を弱めろ!!」


何十メートルの高さから降り注ぐ水は冷たくて重く、今のナイでは水圧に耐えるのが精いっぱいだった。それでもクロウはナイに限界まで滝の水を浴びさせると、焚火で彼の身体を温めさせる。


「どうだ?何か掴めたか?」
「はあっ、はあっ……な、何の話?」
「やれやれ、失敗か……もう十分に温まっただろう。もう一度滝を浴びて来い」
「ええっ!?」


身体が凍えそうなほどに滝を浴びさせた後、焚火で身体を温ませる。その行為を毎日何十回も繰り返し、やがて季節は冬を迎えてもクロウはナイに修行を続けさせた――





――秋の頃よりも一層に滝の水が冷たくなり、一瞬でも気を抜くと気絶しそうになるほどに過酷な修行だったが、毎日行う事でナイの身体にも変化が起き始めた。


(何だろう、この感覚……凄く寒くて痛いはずなのに、前よりも平気になってきた気がする)


最初の頃と比べて滝の水が冷たくなっているにも関わらず、ナイは修行を繰り返す事に滝に浴びる時間がどんどんと伸びている事に気が付く。秋の季節の頃は滝行を数分維持するだけでも限界だったが、冬を迎えたというのに彼は一時間近くも滝行を維持できるようになった。

初めは自分の変化に気付かなかったが、何度も滝行で身体を冷えて弱らせる行為を繰り返した結果、ナイは無意識に滝行の際に肉体のを活性化させる方法を身に着ける。修行したばかりの頃は感じ取れなかったが、何か月も修行を行う内にナイは自分の体内に流れる魔力を感知する。


(今なら分かる気がする……きっと、これが魔力なんだ)


目を閉じるだけでナイは自分の体内にが流れる感覚に勘付き、これこそがクロウの言っていた「魔力」だと確信した。


(滝を浴びる時にだけ魔力が激しく蠢てる気がする。魔力を激しく動かせば肉体が温まって寒くなくなる気がする。でも、滝行を無理に続けると魔力が小さくなってだんだんと寒くなる……)


滝行を通してナイは体内に流れる魔力を感知し、クロウから教わった「生命力」という言葉を思い出す。魔力を活性化させれば生命力が高まり、冷たい水を浴び続けても身体は冷える事もなく、意識もはっきりとできる。しかし、魔力が弱まれば肉体は途端に弱体化する事も理解する。

体内に循環する魔力は決して無限ではなく、調子に乗って魔力を消耗すると意識は薄らぎ、下手をしたら気絶してしまう。前に何度か気絶するまで滝行を続けたせいで死にかけた事もあり、その度にクロウが助けてくれた。


「はあっ、はあっ……」
「どうやら魔力を感知できるようになったみたいだな。だが、それだけでは魔法は使えんぞ。重要なのは魔力を自分の意思で操作できるようになる事だ」
「そ、操作?この力を操作できるの?」


滝行をやり遂げて「魔力感知」の技術を身に着けたナイに対し、クロウは次の修業を課す。今度の修業は体内の魔力を操作する術を覚えさせるため、彼はナイの背丈と同じぐらいの岩を指差す。


「今度はこの岩を持ち上げろ。それが新しい修行だ」
「ええっ!?こんな大きい岩を僕一人で!?」
「一流の魔術師ならばこの程度の岩など簡単に持ち上げられるぞ!!よく見ておけ……ふんぬっ!!」
「嘘ぉっ!?」


ナイの目の前でクロウは杖を手放すと岩にしがみつき、身体中の血管を浮き上がらせながら岩を持ち上げた。80才の老人が自分の背丈と同じぐらいの大きさの岩を持ち上げる光景にナイは度肝を抜かすが、クロウは両手で岩を担ぎながら説明を行う。


「魔術師は非力だと思われがちだが、それは大きな誤りだ。一流の魔術師ならば体内の魔力を操作して肉体を強化する事もできる。儂のような老人でも、この程度の岩ならば簡単に持ち上げられ……あだぁっ!?」
「えっ!?どうしたの!?」
「い、いかん……腰をやってしもうた」


調子に乗って岩を持ち上げたクロウだったが、流石に無理が祟ったのか腰を痛めてしまう。しかし、老人であるはずのクロウが岩を持ち上げた事は事実であり、ナイは自分も体内の魔力を操作できるようになれば同じ事ができるのかと考える。


「師匠、どうやって魔力を操作すればいいの?」
「うぐぐっ……い、言っておくが儂は何でもかんでも教えるつもりはないぞ。魔力を操作する方法ぐらい、自分で考えて身に付けろ!!これからは修行は一人で行え……儂は先に帰らせてもらうぞ」
「だ、大丈夫?送って行こうか?」
「へ、平気だ……いいからお前は自分の修業に集中しろ」


ナイを残してクロウは自分の杖を松葉杖代わりに利用して一足先に家へと帰り、残されたナイはクロウが持ち上げた岩の前に移動すると、試しに力尽くで持ち上げようとした。


「うぐぐっ……駄目だ、全然動かない」


いくら力を込めても岩は微動だにせず、子供の腕力で持ち上げられる重量ではない。だが、ナイは自分よりも年寄りで身体が弱いはずのクロウが持ち上げられた事を思い出し、彼のように魔力を操作してできれば自分も岩を持ち上げられるはずだと考える。


「いったいどうすればいいんだ……ん?」


岩を持ち上げようとした際、ナイは体内の魔力の流れが乱れている事に勘付く。滝行を行っていた時は全身の魔力が高まっていたが、岩を持ち上げようとした時は魔力が乱れている事に疑問を抱く。


(魔力は生命力その物だとしたら……もしかしたら魔力を高めれば肉体も強くなるのかも?)


滝行の時と同じ要領でナイは全身の魔力を高めようとするが、中々上手くいかない。滝行の際は冷たい水を全身に浴びていたせいで無意識に魔力を高めていたようだが、自分の意思で魔力を高めた事は今までに一度もない事を思い出す。

試しにナイはもう一度だけ滝行を行い、全身の魔力が高まった状態で岩を持ち上げようとする。最初に持ち上げようとしたときは微動だにしなかったが、滝行の後で全身の魔力を高めた状態で行うと、ほんのわずかではあるが岩を持ち上げる事に成功した。


「ふぎぎぎっ……!!」


気合を込めてナイは岩を持ち上げようとするが、少しだけ浮き上がらせるのが精いっぱいだった。やがて体内の魔力が乱れると上手く身体に力が入らず、岩を地面に下ろしてしまう。


「ぜえっ、はあっ……これ、とんでもなくきついな」


魔力を高める事で一時的に身体能力を上昇させる事ができたが、その反面に疲労も凄まじく、倒れたナイはしばらく起き上がる事もできなかった。


(魔力を使いこなすのは時間が掛かりそうだな……けど、何だか面白いな)


修業は過酷だが着実に自分が「魔術師」に近付いている事を実感し、このままクロウの言う通りに修行を続ければ何時の日か彼のように魔法が扱えるようになれると信じてナイは修行を続行した――





――そして一年の月日が流れ、遂にナイは「肉体強化」の技術を習得した。滝行を行わずとも全身の魔力を活性化させ、身体能力を上昇させる術を身に着け、クロウのように岩を持ち上げる事に成功する。


「うおらぁっ!!」
「ほう……たった一年で肉体強化を習得したか。大した成長ぶりだな」


13才になったナイは自分の身の丈ほどはある岩を持ち上げる事に成功すると、クロウは素直に感心した。これでナイは「魔力感知」と「肉体強化」の二つの技術を習得した。しかし、完全にこの二つの技術を極めたわけではない。そこでクロウはナイに次の修業に移行する前にを行う事にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

王太子を寝取って成り上がるヒロインなんてなれるわけがない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,542pt お気に入り:22

型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,711pt お気に入り:5,431

自由時間720hours~北の大地ののんびりコラム~

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:993pt お気に入り:12

処理中です...