伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ

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第2話 少年の弟子入り

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――理由はともかく、再び自分に元に戻ってきた少年をクロウは見捨てる事はできず、仕方なく治療する事にした。まずは治療の前に衣服を脱がせ、身体の汚れを先に洗い流す必要があった。


「そこを動くなよ……ウォーター!!」
「うわっぷ!?」


クロウが杖を構えて呪文を唱えると、少年の頭上に水の塊が誕生した。クロウが杖を振り下ろすと水の塊が散布して身体の汚れを洗い落とす。普通の水よりも冷たく、身体が冷え切った少年は全身を震わせる。


「さ、寒い……」
「もう少し我慢しろ……トルネード!!」
「うわっ!?」


呪文を唱えた瞬間、少年の身体を中心に風の渦巻が発生し、身体にこびり付いていた水だけを弾き飛ばす。汚れが落ちて身体が綺麗になると、今度は怪我の治療のためにクロウは少年に近付いて傷口に杖を構えた。


「怪我を治してやるからそのまま立っていろ……ヒーリング」
「おおっ!?」


杖の先端が光り輝くと、光を浴びた箇所から傷口が塞がっていく。あっという間に全身の怪我が治ると少年は信じられない表情を浮かべ、一方でクロウは額の汗を拭う。


「ふうっ……この程度の魔法で疲れるようでは儂も老いたな」
「あ、ありがとう……」
「服も洗っておいてやるから、それまではこれを着ていろ」


流石に裸のままで過ごさせるわけにもいかず、クロウは少年にマントを貸す。マントを羽織ると少年は改めて頭を下げる。


「お爺さん、魔法を教えてください」
「またそれか……その前にお前の名前を教えろ。いったい何処からやってきた?」
「……名前はナイ、あそこに見える山の麓の村に暮らしてた」
「ほう、あの村の子供か」


ナイと名乗る少年の話を聞いてクロウは思い出す。彼が暮らす山の付近は魔物が生息するため、普通の人間が住める場所ではない。だが、二つほど離れた山の麓に村がある事は知っていた。

クロウは年に一度だけ山を離れて人里に訪れ、生活に必要な道具などを調達している。ナイが暮らしていた村の村長とは数十年来の付き合いであり、彼の頼みを引き受ける代わりにクロウは色々と手助けしてやった。


「お爺さんは覚えてないかもしれないけど、大分前に会ったことがあるよ。父さんと仲良かったんでしょ?」
「父さんだと?まさか……思い出した!!お前、あの村長の孫か!?」
「そうだよ」


ナイに言われてクロウはようやく思い出し、何年か前に村長の家に訪れた時に顔を合わせた事があった。当時のナイは幼かったがクロウの事を覚えており、彼の正体を父親から教わっていた。


「父さんから話を聞いてるよ。お爺さん、昔は凄い魔術師だったんでしょ?」
「ま、まあな……全く、儂が魔術師だという事は内緒にしろと言ってたのに話おったのか」
「そうなの?僕以外も村の皆なら全員知ってるよ」
「何だと!?」
「うちの父さん、酔うと口が軽くなるから秘密なんてあっさりとバラしちゃうんだ」
「あ、あの馬鹿め!!酒は飲んでも飲まれるなとあれほど言っておいたのに……」


村長には自分の正体を隠すようにクロウは約束させていたが、酒に溺れた村長はあっさりと他の村人にばらしていた事を知ったクロウは激怒する。だが、普通の人間なら魔物が巣食う危険な山に暮らす人間の元に、命の危険を冒してまで訪ねに来るはずがない。


「それでお前は何しにここへやってきた?本当は何か理由があって儂の所に来たんだろう。まさか何となく魔法を教わりたいからここへ来たわけじゃあるまい?」
「別に……本当に何となくここへ来ただけだよ」
「ば、馬鹿かお前は!?もしかしたら本当に死んでいたかもしれなかったんだぞ!!」
「……それならそれで死んでも良かったよ」


クロウの怒声に対してナイは動じた風もなく答えると、そんな彼の反応に違和感を覚える。


(この小僧、何かおかしいぞ……)


ナイが最初に訪れた時から妙に落ち着いている事に気が付き、苦労して山を登ってきたのにクロウの魔法で再び山の外に飛ばされた。それなのにまた命の危機を乗り越えて再び戻ってきた事にクロウは疑問を抱く。


「ナイ、村長はどうしている?お前が儂に会いに行く事に反対しなかったのか?」
「父さんは……少し前に死んじゃったよ。病気で亡くなったんだ」
「何だと!?そ、そうだったのか……それは悪い事を聞いたな」


村長が亡くなっていると知ったクロウは衝撃を受け、彼にとっては村長は数十年来の付き合いのある相手だった。そしてナイは村長以外に家族はいない事を告げる。


「爺ちゃんと婆ちゃんは僕が生まれる前に亡くなったらしくて、母さんは一年前に事故で死んじゃった。だから父さんが一人で僕を育ててくれたんだ」
「そうだったのか……じゃあ、今の村長は誰だ?」
「父さんが亡くなった後、急に父さんの弟を名乗る男が現れた。その人に僕は家の倉庫に閉じ込められた」
「何だと!?」


ナイの父親が亡くなった後、村長の弟を名乗る男が現れてナイが暮らしていた家を無理やりに奪い取る。ナイにとっては叔父に当たる人物のはずだが、前の村長の息子であるナイを忌み嫌って家の外の倉庫に彼を閉じ込めた。

村長の弟は妻と息子が居り、自分の息子に村長の座を継がせるために邪魔な甥を倉庫に閉じ込めた。ナイは村長の弟が来てから倉庫の中で暮らし続け、碌に食事も水もありつけなかったという。


「倉庫に閉じ込められていた時、叔父さんの息子がやって来て僕が邪魔だから早く死ねと言われた。でも、友達がこっそりやってきて僕を助けてくれたんだ」
「げ、外道め!!」
「村に残るのは危険だからって、友達のお父さんが僕をこっそり逃がしてくれた。でも、村の外に逃げ出しても他に行く当てがないから、ずっと前に父さんに教えてくれた魔術師のお爺さんの事を思い出したんだ」
「なるほど、そういう理由があったのか……それを最初から言えば良かったものを」


クロウはナイが自分の元に訪れたのは行く当てがないため、自分に助けてもらうために来たのだと考える。最初に会った時に身の上話を聞かせてくれればクロウも山の外に追い出す真似はしなかったのだが、事情を知った彼はナイの肩を掴んで話す。


「ナイ、お前が儂に魔法を教わりたい理由は叔父に復讐するためか?自分を追い出した奴に仕返しするために魔法を教わりたいというのであれば、儂はお前に力を貸す事はできんぞ」
「え?復讐?どうしてそんな話になるの?」
「ち、違うのか?」


ナイが魔法を覚えたい真の理由は自分を追い出した人間の復讐だとクロウは推察したが、そんな彼の質問にナイは心底不思議そうな表情を浮かべる。


「確かに叔父さんには酷い事をされたけど、別に殺したいほど恨んでるわけじゃないよ」
「そ、そうなのか?だが、それならどうしてここへやってきた?」
「父さんが言ってたんだ。どうしても困った時は魔術師様に力を貸して貰うように頼めって……それを思い出してここへやってきたんだ」
「そ、そうか……」


クロウの元にナイが訪れた理由は他に頼れる人間もおらず、叔父の復讐のために魔法を教わりに来たのではない。彼が魔法を覚えたい理由は色々と便そうだからという理由だけである。


「確かに叔父さんには酷い事をされたけど、家を出る前に仕返しはしてきたよ」
「仕返し?」
「倉庫に閉じ込められる前に父さんの遺産は他の村の人達と分け合ってたんだ。父さんの遺言でお金は皆で分け合えと言われてたからね。それを知らない叔父さんはずっと家の中を探し回ってるよ」
「なんと……はははっ!!それは大した復讐だな!!」


ナイの話を聞いてクロウは納得し、本当に彼が復讐などという目的で自分に魔法を教わりたいわけではない事を知る。少し変わった性格をしているが、大切な遺産を他の村人に分け与えるような子供が悪人なはずがない。

もしかしたらナイが嘘を吐いている可能性もあるが、仮にそうだとしても二度も危険を冒して戻ってきた子供を山の外に追い出すほどクロウは人でなしではなかった。


「いいだろう、しばらくはお前の面倒を見てやる。魔法を覚えたいのなら教えてやってもいい」
「えっ!?本当に!?」
「但し、魔法を覚えたければ儂のいう事は必ず聞くんだぞ。途中で泣き言を言ったり、逃げようとすれば山から追い出すからな」
「うん、約束するよ!!」


クロウの言葉にナイは右手を差し出すと、二人は指切りを行う。この時のクロウはまさかナイがとんでもない問題児になるとは思いもしなかった。
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