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第64話 鬼人化

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「そういえば試合は!?試合はどうなったんですか!?」
「……何だい、まだそのお嬢ちゃんに聞いてなかったのかい?」
「え?」
「あ、そうだった!!ごめんね、本当はリン君が選びたかったと思うけど……」


リンの反応を見てバルルはハルカに顔を向けると、彼女はある方向に指差す。ハルカの指差した方向に視線を向けると、そこには豪華賞品の馬車が置かれていた。


「これって……もしかして!?」
「そうさ、あんたは気絶する直前にあたしを負かしてたんだよ。まさか本当に負けるとは思わなかったけどね……」
「うん!!私達が勝ったんだよ!!」
「ウォンッ!!」


試合はリンが気絶する寸前に勝っていたらしく、ハルカは気絶したリンの代わりに豪華賞品を受け取っていた。彼女はリンが馬車を欲しがっている話を聞いており、だから彼女は豪華賞品の中から馬車を選んだ。

馬車を前にしてリンは戸惑い、この馬車がもう自分の物だという事に驚きを隠せない。まさかこんな形で目的の代物を手に入れるとは思わなかったが、本当に受け取っていいのか尋ねる。


「い、いいんですか!?本当にこれ、貰ってもいいんですか!?」
「ああ、問題ないよ。あたしに勝ったんだからね、当然の権利さ」
「ちなみに私はこれを貰ったよ~」


ハルカは馬車とは別に自分が欲しかった豪華商品を受け取っていたらしく、彼女が手に入れたのは香水だった。他国から取り寄せた滅多に手に入らない高級品らしく、嬉しそうに香水が入った瓶を抱きしめる。


「この香水、お母さんも気に入ってたんだけど他の国にしか売ってないから滅多に手に入らないんだ。すっごく嬉しいよ~」
「へえ、そうなんだ……あれ?どうしたのウル?」
「クゥ~ンッ……」


香水を嬉しそうに抱きしめるハルカに対し、何故かウルは距離を取っていた。どうやら香水の匂いが苦手らしく、彼はリンの後ろに隠れてしまう。


「あらら……ウルは香水の匂いが嫌いみたい」
「え~!?そんな~……こんなに良い匂いなのに」
「クゥ~ンッ(←首を振る)」


折角手に入れたというのに香水を嫌がるウルを見てハルカは残念に思い、仕方なく彼女は鞄の中に戻す。その一方でバルルはリンが受け取った馬車の前に立ち、言いにくそうに彼に告げた。


「この馬車はあんたの物だ。だけど、うちの依頼主が馬車をやるのはいいけど、馬車を引く馬は別だと言い出してね……馬は商品に含まれないから買い取って欲しいと言ってるんだけど、どうする?」
「え~!?」
「そういえばこの馬車、馬がいないや……」


リンは言われてみて馬車を確認すると、車を引くはずの馬がいない事に気が付く。これでは乗り物としては使えず、馬が居なければ馬車を動かせるはずがない。

豪華賞品の中でも馬車は一番の価値を誇り、開催した人間側からすれば元手を少しでも回収するために馬は商品の対象外としたらしい。しかし、車だけを渡されても困るため、リンはどうするべきか悩む。


「そんなのないよ~!!馬がないのに馬車を商品にするなんておかしいよ!!」
「まあ、それはそうなんだけどね……」
「……ちなみに馬はいくらぐらいですか?」
「そうだね、だいたいこれぐらいの値段かね」


バルルはリンに馬の値段を耳元に告げると、リンは今の手持ちの金を確認し、思っていたよりも高いが買えない額ではない。元々彼はこの街で馬を買う予定だったため、馬を買えるだけのお金は最初から貯めていた。


「分かりました。それじゃあ、馬も一緒に買い取らせていただきます」
「本当にいいのかい?文句があるならあたしの依頼主の所まで連れて行くよ」
「いえ、大丈夫です。元々ここで馬を買うつもりだったので……」
「そうかい、それならあたしの方から伝えておくよ」
「う~……なんか納得いかない」
「ウォンッ!!」


ハルカはリンが馬を買う事に難色を示し、彼女も商人の娘であるためこんな客を騙す様なやり方で馬を売りつける方法は気に入らない様子だった。その一方でバルルの方もリン達に対して子供を騙したような気分になるため、彼女なりに気を遣う。


「そうだね、馬代の代わりと言ってはなんだけど……あたしからあんたに助言してやるよ」
「え、助言ですか?」
「さっきの試合の時、あんた凄い力を発揮しただろう?だけど、あの力は控えた方がいいよ」
「うっ……」


試合の際にリンが新たに編み出した身体強化を越えた「限界強化」は他人の目から見ても危険な技だと分かった。現にリンは限界強化を発動した後に気絶し、ハルカの回復魔法を受けてもすぐに治らなかった。

もしも今の状態で限界強化を何度も繰り返せばいずれ取り返しのつかない事態に陥り、バルルはそれを危惧してリンに注意を行う。


「さっきの力、ありゃ火事場の馬鹿力って奴かい?実を言えばあれと似たような技を使える奴をあたしも知ってるよ」
「えっ!?本当ですか!?」
「ああ、そいつはまだガキだけどね。この国で冒険者をやってるよ」
「冒険者?」
「何だ知らないのかい?魔物専門の退治屋みたいな職業だよ」


冒険者と言う事にリンは不思議に思い、バルルによれば魔物退治を行う職業らしい。そして彼女の知り合いの巨人族の子供は冒険者を勤めているらしく、先ほどのリンの「限界強化」と似た力を扱うらしい。


「名前はゴンゾウといってね、そいつは鬼人化という能力を扱えるんだよ」
「鬼人化?」
「巨人族の中でも特別な家系の巨人にしか使えない能力さ。鬼人化を発動させると名前の通りに鬼の様な力を発揮できる凄い技なんだけどね、だけど反動も強くて一度使うとしばらくの間はまともに動けなくなる。さっきまでのあんたのようにね」
「そ、そんな技があるんですか……」


巨人族の中にはリンの「限界強化」と似たような技を扱う者もいるらしく、一時的に鬼の様な強さを得る事から巨人族の間では「鬼人化」と呼ばれている。そしてバルルによれば彼女の知り合いの子供は鬼人化を扱う際に注意している点を話す。


「鬼人化は凄い能力だけど、扱う人間の身体が未熟だと大した力は引き出せない。だからゴンゾウの奴は身体を毎日鍛えているんだ。鍛えれば鍛える程に肉体も頑丈になって簡単に壊れないし、それに鬼人化を発動した時により力を発揮できるからね」
「肉体を鍛える……」
「今のあんたじゃさっきの技は負担が大き過ぎる。だけど、身体を鍛え続ければ何時かはその技を使いこなせる日が来るかもしれないよ」
「……ありがとうございます」


バルルの言葉にリンは胸を打たれ、自分自身の肉体を確認した。これまでリンは魔力操作の技術を磨く事だけに専念してきたが、バルルの言う通りにこれからも限界強化などを扱う際は自分自身の肉体も鍛えなければならない事に気が付く。

これからは魔力の技術を磨くだけではなく、肉体を鍛えていく事で身体強化や限界強化といった技を完璧に使いこなせるようにならなければならないと考える。


(きっと師匠は気付いていたんだ……魔力だけじゃなく、肉体も鍛えないといけないって)


今から考えれば森で暮らしていた時にリンはマリアから指導されていた時も岩を割る訓練をしており、あれも身体を鍛えていたといっても過言ではない。その事をマリアは敢えて伝えなかったのはリン自身が気付かないと意味はないと思っていたかもしれない。
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