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巨人国 侵攻編

不穏

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――ルノ達が巨人国を発ち、帝国領地へ向かう頃、帝都では深夜を迎えていた。殆どの住民が寝静まる時刻の中、一人の中年男性が路地裏で酒瓶を片手に彷徨っていた。


「ひっくっ……ぐそ、もう空じゃねえか、畜生がっ!!」


男性は酒瓶の中身が残っていない事に気付くと不満そうな表情を浮かべ、地面に酒瓶を叩きつける。本人は酒瓶を砕く勢いで投げ込んだつもりだが、酔っているせいか力加減を謝り、落とした酒瓶は虚しく足元に転がり込む。その光景を見て男性は怒りを露わにして蹴り飛ばそうとした。


「このっ……ぎゃあっ!?」


だが、酒瓶を蹴りつけようとして逆に足元を奪われて転んでしまい、後方に積み込まれていた空の木箱に突っ込んでしまう。男性は背中の痛みを味わいながら顔をしかめ、最早立ち上がる気力もない。


「何で俺がこんな目に……俺は警備隊の隊長だぞぉっ!!全員、敬いやがれ!!」
「おい、うるせえぞてめえっ!!夜中に騒ぐんじゃねえよ!!」
「また騒いでいるのかあいつ……落ちぶれた兵士ほど手に付けられない相手はいないな」


たまたま通りかかった一般人が男性の姿を見てさげすんだ視線を向け、そのまま立ち去る。そんな彼等の反応に男性は怒鳴り返す事も出来ず、自分の落ちぶれように嫌気が差す。



――この男性はかつて帝都の城門の警備隊の隊長を務めていたが、サイクロプスのロプスが帝都へ赴いた時、不用意にちょっかいを掛けて大きな被害を出してしまった。それが原因で隊長の任を解かれるだけではなく解雇を言い渡され、未だに職探しをしているが何処も彼を雇おうとしなかった。



まだ男性が警備隊の隊長を務めていた頃、彼はデキン大臣の指示を受けて「通行税」と称して帝都へ訪れる人間達から通行料を回収していた。別にそれだけならば上司の命令に従っていただけなので問題はないのだが、この警備隊長の男はデキンが指定した金額よりも上乗せした通行料を要求し、私腹を肥やしていた。

この事実は男性がロプスに怪我を負わされて治療院にて入院していた時に発覚し、都合が悪くデキン大臣が魔王軍の幹部だと発覚して城内で死亡した事も重なって彼は仕事を解雇されただけではなく、魔王軍の協力者として疑われた。どうにか疑惑を晴らす事は出来たが通行料を偽って自身の懐に大金を入れていた罪は免れる事が出来ず、最近までは囚人として牢獄に収監されていた。

前科がある事が原因で釈放後も男性は職に有り付けず、更に警備隊長時代に通行料を巻き上げた商人達に顔を覚えられた事で悪評が知れ渡っていたらしく、彼を雇う人間はこの帝都には存在しなかった。男性は自分の貯金を切り崩してどうにか今日まで生活をしていたが、その貯金も完全に使い果たしてしまう。


「くそぉっ……全部、全部あのガキが悪いんだ……あのガキが来なければ!!」


男性の頭に思い浮かんだのは今では英雄としてもてはやされている「ルノ」の顔が浮かび、忌々し気に歯を鳴らす。ルノと関わるようになってから男性は不運続きだった。とはいえ、別にルノ本人は男性自身に直接何かを仕掛けたわけでもなく、男性の今の状況は彼の日頃の行いのせいである。


「何が英雄だ!!くそが、死んじまえよ!!あんなガキに誰も彼もぺこぺこしやがって……!!」


それでも男性は自分が不幸なのはルノがこの世界に召喚されたからだと思い込み、怒りを我慢出来ずに喚き散らす。あの子供さえ来なければ自分は今でも警備隊長を務め、デキン大臣の元で私腹を肥やしていただろうと男性は考えていた。


「死ね、死ね、死んでしまえっ!!俺を馬鹿にする奴全員、死んじまえよ!!」
「おやおや……聞いていた以上に追い込まれているようですね」
「あんっ!?」


気が狂ったように喚き散らす男性の前に人影が現れ、男性は顔を上げるとそこには奇怪な帽子を被った糸目が特徴的な青年が立っていた。その顔を見て男性は訝しむが、以前にデキン大臣と共に自分の前に現れた青年である事を思い出す。


「お前は……いや、貴方は……!?」
「お久しぶりですね……名前は忘れましたが、お元気そうで何よりです」


男性の前に現れた「クズノ」は彼の恰好を見て鼻で笑い、その態度に男性は羞恥心を覚え、慌てて立ち上がる。一体どうして自分の前にクズノが現れたのかと警戒すると、男性に対してクズノは笑顔を浮かべて肩に手を回す。


「貴方の事をずっと探してましたよ。釈放された後、姿を眩ましたかと思っていましたがまだこんな場所に居たんですね」
「な、何だよあんた……今更、俺に何の用だよ?」
「いえね、以前にデキン大臣から貴方の素性の事を少しだけ聞いていた事を思い出したんですよ。貴方、警備隊の隊長を務める前は特別な職場で働いていたそうですね」
「ああっ……?」


クズノの言葉に対して男性は自分が城壁の警備隊の隊長を任される前に所属していた職場の事を思い出し、かつてデキンが将軍を務めていた頃に彼はデキンの側近として仕えていた。若い頃は勇猛な兵士として次期将軍を期待されていた時期もあったが、仕えていた主人デキンが大臣に抜擢された頃を境に男性は命惜しさに最前線で戦う将軍職よりも帝都の警備を守護する警備隊へ異動していた。

だが、実は男性はデキンと出会う前は城内の警備隊に勤めていた時期があり、警備のために男性は城内を巡回して守衛に励んでいた。逆に言えばそれは城内の事を知りつくしているという意味でもあり、クズノはその点に目を付けて男性に接近する。


「もしかしたら貴方なら知っているかと思って話しかけたんですよ……王城の中にはいくつかの隠し部屋があるはず。それを貴方は職務上知っているのでは?」
「な、何だと……?」
「私も何度もデキンに城内を探らせましたが、結局あの無能は私が探し求めていた王家の秘宝を見つけ出す事は出来ませんでした。しかし、貴方ならばその居場所に心当たりがあるのでは?」
「な、何の話だ……?」
「惚けても無駄です。王城内に存在する初代勇者が最後に作り出した神器……それが隠されている部屋を貴方は知っているはず、答えなさい」
「お、お前……何者だ!?」


神器の存在を耳にした男性は酔いが一気に醒め、怯えた表情を浮かべてクズノと向き直る。そんな男性に対してクズノは笑みを浮かべ、彼の胸元に杖を突きつけた。


「私の名前はクズノ……現代の魔王軍の総帥を務めています」
「魔王軍、だと……!?」
「貴方、先ほど面白い事を言ってましたね。帝国の英雄に対して死んでしまえと……つまり復讐を望んでいる。違いますか?」
「あ、ああっ……」
「ならば私がその機会を与えてあげましょう……さあ、まずは貴方の知る情報を提示しなさい。そうすれば貴方に生涯使い切れない程の大金と貴方を追い詰めた英雄を消し去る機会を与えましょう」


クズノの言葉に男性は目を見開き、大金と復讐の機会を与えるという言葉に対し、醜悪な笑みを浮かべて了承した。




※次回から最終章に入ります。
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