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獣人国

残された手段

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「それと言いにくいのですが……牙竜に襲われた部隊の武具や防具も破損が激しく、全員分の治療もまともに行えません。現在は重傷者を優先して治療を行っていますが、このままだと……」
「くっ……貴様等はそれでも誇り高き獣人国軍か!!たかが牙竜1匹にこの様とは……!!」
「お言葉ですが相手は竜種です!!何の準備も無しに勝てる相手ではありません!!」


各地の村に派遣させようとした精鋭部隊が牙竜の襲撃を受け、逃げ帰ったという事実にガルファンは怒鳴りつけるが、流石に我慢できなくなった警備隊長が言い返す。竜種に挑む場合は入念な準備が必要なのは当たり前であり、しかも彼等は食料の調達のために大量の荷車を運んでいたので襲撃の際に対応が遅れても仕方がない。むしろ無事に生還した事を本来は褒めるべきことである。

しかし、ガルファンは食料も調達できず、それ処か残り少ない物資を消耗する結果になった兵士達に不満を抱き、自分に歯向かった警備隊長を黙らせようとした。


「貴様、大将軍の俺に向かってその口の利き方は何だ!!」
「大将軍?将軍はウォン大将軍の代理でしょう?正式に任命されたわけではないではないですか?」
「おのれ!!そこまで命が惜しくないか!!」
「将軍……!!」


警備隊長の皮肉に将軍は腰の剣に手を伸ばそうとしたが、周囲から感じる視線に気づき、何時の間にか自分の周りに兵士が集まっている事に気づく。彼等は敵意を滲ませて武器を構え、ガルファンを睨みつける。兵士達の様子に気づいたガルファンは頭に冷や水を浴びせられたように冷静になり、慌てて剣の柄から離す。


「くっ……治療に専念しろ、それと各部隊の隊長を呼び寄せておけ!!」


捨て台詞のように命令を残すとガルファンは逃げるようにその場を立ち去り、そんなガルファンの後姿を見て警備隊長は鼻を鳴らし、兵士達の目の前で不満を露わにする。


「成り上がり者が……ここにウォン大将軍が居てくれれば」


ガルル王子に逆らい、監禁されたウォンの事を思い浮かべながら兵士達はため息を吐き出し、帰還した部隊の治療に専念した。勿論、ガルファンの命令など無視して連絡は行わず、結局ガルファンの元に各部隊の隊長が集まったのは1時間も経過してからであった――




――その一方、13番街の防壁ではルノが運び出した獣人国軍の物資が兵士達に渡され、食料品の類は優先的に集まった民衆に分配される。武具や防具の類は警備兵だけではなく、一般人の間でも戦闘経験のある人間達にも配られ、薬剤の類は余裕があったので一時的に駐屯所の方で保存する事になった。


「全く、とんでもない事を考える奴だな……まさか奴等の物資を奪い、逆に追い詰めるとは……だが、確かに効果的な作戦だ」
「ふふん、私にも感謝しなさい。わざわざ死人が出ないようにキバに手加減させて戦わせたんだから」
「お姉さんもお兄さんも凄いです!!」
「いやはや……これだけの人数がいるのにこんなに大量の食料があるとは夢のようですな!!」


防壁の上で机と椅子を用意してルノ達は食事を行い、獣人国軍から回収した食料を利用して兵士達にも美味しい料理を味わわせる。5万人の兵士の数週間分の食料が手に入ったため、兵士達だけではなく街の住民に分配しても有り余る量だった。



――昨日、ルノが立てた作戦は獣人国軍を敢えて街の外におびき寄せ、王子を人質にすれば彼等も無暗に襲撃出来ないという話をガオンから聞いて籠城戦の準備を行う。籠城戦に置いて重要なのは物資であり、まずは単独でルノが陣内に忍び込み、物資の回収を行う。

物資を奪われた事を知った獣人国軍が次に各地の村や街から食料を回収しようとする事は簡単に予測できたため、リディアがキバを操作して派遣された兵士達に襲撃を仕掛ける。この際、相手を決して殺す事はせずに重症に抑えたのはルノの要望だが、結果的には逆に兵士を殺さない事が功を奏した。

兵士が殺されればその人間の治療は必要としないが、怪我を与えるだけに留めれば必然的に兵士達は治療を受けるために薬剤を消耗する。物資の回収に向かった兵士が逆に物資を消耗する結果となれば獣人国軍も迂闊に派遣出来ないようになり、これで他の村や街が襲われる心配もなくった。



今回の作戦はルノの提案が切っ掛けだが、ガオンのリディアの助言も受けて段取りを行い、ガーゴイルやマダラバイソンが偵察を行っている。ルノ一人だけでは力尽くで獣人国軍を引き留めるしかなかったが、今回は仲間が存在したので十分に対応できた。また、作戦はまだ終了しておらず、追い詰められた獣人国軍の次に打つ手は物資が尽きる前に最後の襲撃を行う事も予測済みである。


「皆、これを食べたら最後の仕上げだから気を抜かないようにね。一応は俺も頑張るけど、皆の力を合わせないと勝てないから一緒に頑張ろうね」
「わぅんっ!!」
「分かってるわよ」
「シャアッ!!」
「うむっ……それにしてもまさかお前達と肩を並べて戦う事になるとは、運命というのは不思議なものだな」


元々はルノ達と敵対していたガオンは苦笑いを浮かべ、数日前までは敵同士だったルノ達と共に戦う事になるなど予想さえ出来なかった。しかし、敵であるときは恐ろしい存在だったが、味方になるとこれ以上に心強い存在はなく、ガオンはルノが居れば本当に獣人国軍に勝てるのではないか考えた――
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