上 下
250 / 657
帝国の危機

皇帝の命令

しおりを挟む
「……同盟国の勇者である直央殿の怒りは最も。でも、私達は帝国に仕える身である以上は皇帝陛下の命令は絶対。悪いけれど皇帝陛下を説得しない限りはどうしようもできない」
「それなら皇帝陛下に会わせてください!!俺が話します!!」
「そうですね……陛下は何処に居るんですか?」
「今は王女様が休んでおられる部屋に居られます。しかし、誰も通すなという命令を承っています


直央が説得を試みるために皇帝の居場所を尋ねるが、近衛兵は居場所を教えても彼を皇帝の元へ送り込むつもりはないのか立ち塞がる。彼等の行動に直央はリーリスに助けを求めるように顔を向けると、彼女は頭を掻きながらヒカゲに尋ねた。


「この様子では陛下には簡単に会えそうにありませんね……仕方ありません、ここは先帝に先に話を聞いてみましょう。今は何処に居るんですか?」
「先帝も王女様の元にいるはず。真っ先に皇帝陛下の元へ向かったから……」
「という訳です。申し訳ありませんけど先帝が陛下を説得すれば問題ないんですけど、もしも陛下が命令を覆さなかったら私達にはどうしようも出来ません」
「そんなっ……!!」


普段の態度はともかく、リーリスを含めた将軍達は帝国の家臣である以上は皇帝の命令に逆らう事は出来ない。異議を申し立てる事は出来ても最終的な決定権は皇帝が所有している。そして今回の勅命を皇帝が覆さなかった場合、集めた兵隊はエルフ王国の救援ではなく、ユニコーンを捕獲するために北原に向かわなければならない。


「くそっ……これじゃあ、何のために俺は来たんだ」
「そう落ち込まないで下さい。まだ先帝が説得できないとは限りませんし、しばらく待ちましょう」


跪いた直央にリーリスは慰めるように彼の肩に手を置き、ヒカゲに振り返る。彼女は黙って頷き、その場から姿を消す。近衛兵達は複雑そうな表情を浮かべてその場に立ち止まり、直央の様子を伺う――





――同時刻、皇帝は自分の孫娘のジャンヌがベッドに横たわっている光景を傍で確認し、彼は溜息を吐きながら自分の背後に立ち尽くしている先帝に振り返る。両者共に苦々しい表情を浮かべており、兄弟であるが故に相手の考えは表情を見ただけで予想出来る。


「兄上よ。何度言われようと儂は命令を取り消さん。帝国軍はこれからユニコーンの捕獲に向かわせる」
「何故じゃ……どうしてこれほど言っても分からん!!」
「ジャンヌが起きる。もう少し声を抑えてくれ……」


疲れた表情を浮かべながら皇帝は眠っているジャンヌの手を掴み、異様なまでに冷たい手に彼は唇を噛みしめる。その様子を見た先帝は険しい表情を浮かべ、皇帝と同じように本当の自分の孫のように可愛がっていたジャンヌの姿に心を痛める。


「この痣を見てくれ……回復魔法や薬では一時的に治っても時間が経てばまた元に戻ってしまう。リーリスがルノ殿と時に旅を出た時に様々な薬剤を旅の道中で回収させたが、結果としてはどれも全く効果はなかった」
「うむ……リーリスの見立てでは精霊薬ならば完全に呪毒を除去できる可能性があると聞いたが……」
「そう、その精霊薬に必要なのはユニコーンの角だけらしい。だからこそ一刻も早くユニコーンを捕獲しなければならん!!そのためには兵士が必要なのだ!!」


ユニコーンは竜種には劣るが魔物の中でも非常に危険性が高く、その戦闘力はサイクロプスやミノタウロスの比ではない。基本的には温厚な性格なので敵意を向けなければ襲ってくる事はないが、ユニコーンの素材は非常に貴重のため、狙う人間は多い。


「ある学者の説によれば角を失くしたユニコーンは確実に死亡する事からユニコーンの「一本角」こそが生命力の源であり、その角を利用すればあらゆる怪我や病気を癒す薬を作り出せるらしい。それにリーリスが見つけたあの伝説の「アイラ・ハヅキ」が残した調合本によれば精霊薬を作り出す素材の中にはユニコーンの一本角も含まれておる。そしてリーリスの報告によればユニコーンの一本角さえあれば精霊薬を生成する事が出来ると言ったのだ」
「しかし、ヨウラクに出向いたとしてもユニコーンがまだ白原に残っているとは限らんだろう!!それに往復するだけでも2週間はかかる距離なのだぞ?そうなれば軍隊が戻る前にエルフ王国は滅びるかも知れん!!」
「……だが、この子の命は助かる」
「貴様……!!」


皇帝の言葉に先帝は彼に掴み掛ろうとしたが、先帝の手が触れる前に皇帝が振り返り、その両目には大粒の涙を流していた。


「これが最後の機会かも知れんのだ!!兄上よ、この子の状態を見ろ!!先ほどまでは普通に喋っていたのに今では目を覚ます様子すらない!!」
「ぬうっ……!?」
「これほど我等が言い争っているにも関わらずにこの子は起きる様子も見せん!!それに治療する度にこの子は苦痛を味わっている!!身体がどれだけ楽になろうとしばらくすれば動くことが出来ない程に痛みがぶり返す!!それにも関わらずにこの子は誰にも弱音を吐かない……なんと優しい子なのだ……」
「弟よ……」


先帝は振り上げた両手を下ろし、ジャンヌに縋り付く皇帝の肩を掴む。彼の気持ちは痛い程よく分かり、先帝としてもジャンヌの命を救いたいとは思っている。しかし、彼女一人を救うためにエルフ王国に住む全ての森人族を見捨てるような真似は出来ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。