上 下
246 / 657
帝国の危機

小回復

しおりを挟む
――リーリスが裏庭に到着した時には既に大勢の人間が集まっており、皇帝が王女を抱えていた。王女の皮膚には黒色の蛇のような跡が浮かんでおり、苦痛の表情を浮かべながら祖父の手を握りしめる。


「お爺様……申し訳ありません」
「何を謝っているのだ!!早く、誰かリーリスを呼んで来い!!ジャンヌよ、儂はここにいるぞ!!」


既に視力も失っているのかジャンヌの瞳は焦点が合っておらず、皇帝は必死に呼びかける。その様子を見たリーリスは溜息を吐き出し、他の人間をかき分けて二人の前に辿り着く。


「退いて下さい!!具合はどうですか?」
「おお、リーリス……頼む、儂の孫を救ってくれ!!」
「落ち着かんか!!ここはリーリスに任せろ!!」


取り乱したようにジャンヌの身体を抱き締める皇帝を先帝が落ち着かせ、どうにか彼からジャンヌを引き剥がす。すぐにリーリスはジャンヌを横にして容態を確認し、周囲にいる者達に指示を与える。


「すぐに私の研究室から薬を持ってきてください!!それと大きな布とお湯も用意して!!」
「は、はい!!」
「それと男の人はここから離れて下さい!!今から王女様の服を脱がしますから……」
「それはいかん!?お前達、すぐにここから離れろ!!」
『はっ!!』


皇帝の命令に集まっていた男性陣は引き下がり、その間にリーリスはジャンヌの様子を伺う。服を脱がした限りでは既に身体のあちこちの皮膚が黒色化しており、危険な状態だった。ジャンヌは強力な呪いに侵されているため、通常の回復薬では効果は薄い。


「回復魔法を施します。すぐに他の治癒魔導士も呼んできてください」
「リーリス、申し訳ありません……」
「いいから動かないで!!」


リーリスは両手を構えてジャンヌの肉体に魔法を施し、症状を抑える。呪いに対抗するには聖属性の魔法が最も効果的なのだが、バイコーンによって埋め込まれた「呪毒」を完全に浄化する事はリーリスに出来ない。


(くっ……いつもより症状が悪化してます。このままでは……!!)


必死に魔法を発動させるが、ジャンヌの意識は既に途切れかかっており、黒色化の侵食を止められない。このままでは不味い事は分かっているが、リーリスだけでは止めることが出来ない。


「ジャンヌ……お前の祖父はここにいるぞ……!!」
「ジャンヌ!!しっかりしろ!!目を覚ませ!!」


皇帝と先帝は必死に声をかけるがジャンヌは既に返事も行えず、息を荒げながら天空を見つめる。瞼も開く事も出来ない程に衰弱しており、このままでは命が持たない。リーリスはまだ薬を持ってこない兵士達に苛立つが、そんな彼女の背後から気配も感じさせずに彼女の肩を掴む者がいた。


「俺も手伝わせて」
「貴方は……!?」


後方を振り返ると、そこには深刻な表情を浮かべる直央の姿があった。その場にいた全員が彼がここに現れた事に疑問を抱くが、直央は返事も聞かずにジャンヌの傍に近寄る。治療中のために服をはだけた状態のジャンヌに近づいた皇帝が真っ先に怒鳴りつける。


「貴様!!我が孫娘に近づくな!!」
「待て!!いいから落ち着くのだ……お主、回復魔法も扱えるのか?」
「一応は……手伝います」


エルフ王国の勇者である直央ならば回復魔法の心得もあるのかと先帝は期待すると、直央はそれに応えるように両手を差し出し、ジャンヌの右手を掴む。


小回復レトロヒール
「っ……!?」
「これは……!?」


直央が魔法名を告げた瞬間、ジャンヌの肉体が光り輝き、膨大な聖属性の魔力が注ぎ込まれる。その光景に誰もが驚くが、ジャンヌの肉体に広がっていた「黒色化」が収まり、彼女も意識を取り戻す。


「こ、これは……身体が楽になりました」
「おお、ジャンヌよ!!意識を取り戻したのか!?」
「よくやったぞ勇者殿!!」
「いえ……」


自分の手を握りしめる直央に対してジャンヌは戸惑いの表情を浮かべるが、すぐに自分の衣服が乱れている事に気付き、慌てて頬を赤く染めて身体を覆い隠す。その様子を見た直央は苦笑し、その場を立ち去ろうとする。


「じゃあ、俺はこれで……部屋に戻ります」
「あっ……」
「礼を言うぞ勇者よ……だが、娘の痴態を見た事に関しては決して誰にも言いふらすな」
「弟よ……いくら何でも命の恩人に対してそれはないだろう」


ジャンヌを抱えながら皇帝は直央に礼を告げるが、自分の大切な孫娘の身体を見るだけではなく、触れた直央を睨みつける。そんな大人気の無い態度に先帝は呆れてしまうが、一方でリーリスは直央の回復魔法の効果に不思議に思う。


(小回復……確か最も回復効果が低くて時間が掛かる魔法だと思っていましたがこれほどの効果があるなんて……やはり直央さんも勇者ですね)


直央の職業は尋ねてはいないが恐らくは「暗殺者」で間違いなく、治癒魔導士ではない。それでもジャンヌの容態を回復させる程の効果の高い回復魔法を扱える点ではルノと同様に才能に満ち溢れた人物である事は間違いない。
しおりを挟む
感想 1,841

あなたにおすすめの小説

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。