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外伝 〈一人旅〉

イレア

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「ちっ……邪魔をするな」
「何すんのよこのっ!!」


短剣を突き刺してきた囚人に対し、リディアは激怒したように掌を振り翳す。しかし、彼女が動く前にルノは動き出し、フードに手を伸ばす。


「このっ!!」
「っ……!!」


差し出された右手に対して囚人は咄嗟に逃げようとしたが、身体能力はルノの方が上回り、避け切れずにフードを引き剥がされる。そして姿を現したのは喪服のような黒装束を見に包んだ女性が立っていた。年齢はかなり年老いており、恐らくは50代半ばだと思われた。


「あ、あんた……婆さんだったの?」
「それに森人族だったのか……」
「……ふんっ、裏切り者め」


予想に反して年老いた老婆の登場にルノ達は戸惑うが、老婆は彼等の反応を見て鼻で笑う。人間ではなく、森人族なのか耳は尖っており、白髪が目立つが髪の毛も金色が混じっていた。死霊使いの「イレア」と思われる老婆はリディアを睨みつけ、先ほどの短剣を構える。


「……リディア、お前は魔王軍の掟を忘れたか?裏切者には死を……それを忘れたわけではあるまい」
「はっ!!任務を失敗した者は自害せよ、というのも覚えているわよ?任務に失敗した時から私はあんた達に殺されると知っていたわよ。だけど、もう魔王軍は壊滅した以上、そんな掟に従う義理はないわ」
「そういう台詞は俺の後ろに隠れながら言わない方が格好いいのに」


リディアはルノの背中に隠れながらイレアに言い返すが、その身体は震えていた。相手は魔王軍の最高幹部であり、決してルノが居るからと油断は出来ない。


「お前の意思は分かった……ならば死ね、その男と一緒に」
「兄貴に手を出すな!!」
「全員で捕まえちまえっ!!」


イレアの言葉に真っ先に反応したのは周囲の囚人達であり、彼等はイレアを取り囲む。武器の類は所持していないが、それでも老婆一人を相手に恐れる物はおらず、彼女が手にしている短剣にだけ注意を配る。


「おい、てめえがこの事態を引き起こした黒幕か!!ぶっ飛ばしてやる!!」
「おおt!!やっちまってくださいキジンの親分!!」
「親分!!」


キジンが前に出ると囚人達は歓声を上げ、彼に道を開ける。その様子を見たイレアは溜息を吐き出し、キジンに語り掛けた。


「消えろ、雑魚に構っている暇はない」
「そうはいかねえ……お前のせいで何人うちの子分がやられたと思っていやがる。ぶっ殺してやる!!」
「あ、駄目だ!!」


ルノは慌ててキジンを止めようとしたが、聞く耳持たずにキジンはイレアに向けて駆け出し、拳を振り下ろす。


「死ねぇっ!!」
「巨人如きがっ……身の程を知れ!!」
「うおっ!?」


拳を叩きつけようとしたキジンに対し、イレアは全身から黒色の炎を想像させる魔力を滲ませ、キジンの拳を正面から受け止める。差し出された右拳をイレアは両腕を交差して受け止めると、彼女の身体が後ろに倒れ込む。しかし、先に悲鳴を上げたのはキジンだった。


「ぎゃああああっ!?」
「親分!?」
「退いてっ!!」


キジンの右腕が火傷をしており、皮膚が溶けて骨が露わになっていた。それを確認したルノは囚人を書き分けて彼の元へ急ぎ、傷の具合を確認して早急に治療しなければ不味い事を知る。


「リディア!!キジンを頼む!!」
「ええっ!?ちょっと、私にどうしろっていうのよ!?」
「いいから連れて行って!!他の皆も手伝ってよ!!」


ルノは囚人達にキジンの治療を指示すると、イレアと向かい合う。彼女は未だに全身の黒色の炎を纏わせており、全体が隠れているのでまるで人型の炎と向かい合って言うような感覚に襲われる。彼女の身に何が起きているのかは不明だが、イレアが使用している「黒炎」は明らかにルノが普段使用している魔法とは異なっていた。


(闇属性と火属性の合成魔術……?いや、だけどおかしい。あんな風に自分の身体に纏わせるなんて出来るはずがない)


「氷鎧」や「飛翔術」の魔法でルノも全身に魔法を包む事もあるが、イレアの場合は身体全身から黒色の炎を放出しており、全身を炎で覆い尽くしていた。ルノも「黒炎槍」のような合成魔術で黒色の炎を生み出す事も出来るが、イレアが纏っている炎は禍々しく、触れる物全てを溶かしかねない火力を誇る。


(……さっきから何も喋らないな。あの状態だと話せないのか?まあいい……ここだとちょっと不味いな)


イレアが動かない事に疑問を抱きながらもルノは周囲の光景を確認し、囚人達が怯えた表情で様子を確認していた。ルノとしては彼等に早く逃げて欲しいのだが、彼等に逃げるように指示を出すとイレアが囚人達を人質にする可能性もあり、迂闊に口にできない。


(仕方ない……あれを試すか)


ルノは両手を確認し、蛇竜の火炎の吐息でさえも打ち消した魔法を放とうとした時、イレアの肉体が唐突に変化した。
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