最弱職の初級魔術師 初級魔法を極めたらいつの間にか「千の魔術師」と呼ばれていました。

カタナヅキ

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冒険者編

木の実

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――部屋の中でルノが意識を失ってから数秒後、天井から黒装束で身を包んだ少年が現れた。その手元には苦無が握りしめられており、倒れているルノに歩み寄る。その際、机の上に存在する花瓶に視線を向け、花を引き抜く。


「腐れ」


まるで少年の言葉に従うように取り上げた花は萎れ始め、やがては塵と化して消えてしまう。その光景を確認した少年は塵を振り払い、倒れているルノに視線を向けた。


「これが奴等の告げていた少年か……確かに、恐ろしい魔力だ」


ルノの身体から抑えきれない程の魔力を感じ取り、少年は手元の苦無に視線を向ける。ここで止めを刺せば帝国の最大の切り札を消す事が出来るが、その一方でこれほどの強大な力を持つ存在を惜しむ。


「こんな眠り薬に引っかかるとはな……力を持っているとはいえ、まだ子供か」


花瓶に睡眠作用を促す香りを引き出す花を詰めたのはこの少年であり、ルノ達が戻ってくることを見越して用意していた。少年が苦無を振り下ろせば今のルノの命を絶つ事は容易いだろう。


「デキン、リディア、ガイア、ラディを討ち取ったと聞いているが、本当に子どもだな。しかし、将来的にあの方の脅威になるのは間違いない……それならばここで」
「んっ……!?」


少年は苦無を構え、ルノの首元を掴んで顔面に突き刺そうとした時、窓の外から何かが飛び出して少年の頬を掠めた。


「ぐうっ!?」
「あいてっ!?」


頬に走った痛みに少年は咄嗟にルノを手放してしまい、その際に頭を畳にぶつかったルノは意識を取り戻す。少年は頬に流れる自分の血に気付き、窓の外に視線を向け、そして畳の上に落ちている物体に気付く。


「これは……!?」


そこに落ちていたのは地球のドングリを想像させる形をした木の実であり、それを確認した少年は慌てて窓に視線を向け、誰かが彼を狙った事は間違いない。しかもルノが目を覚ましてしまい、瞼を擦りながら少年の存在に気付いてしまう。


「あれ、君は……」
「くそっ!!」
「うわっ!?」


少年は咄嗟に苦無を両手に構えてルノの喉を狙うが、咄嗟にルノは苦無を掴む少年の腕を掴み、取り押さえる。まるで巨人族に掴まれたかの様に恐ろしい握力で拘束してくるルノに対し、少年は目を見開く。


「は、離せっ!!」
「離せって……君、今俺の事を……」
「このっ!!」
「わっ!?」


両腕を掴まれた状態でも少年は両足をルノの胸元に叩きこみ、その勢いを利用して両腕を振り払うと、バク転の要領で後方に下がると懐から包帯が巻き付かれた玉を取り出す。


「次は殺す!!」
「うわっ!?」


どうやら日影も扱う「煙玉」だったらしく、少年が玉を畳に叩きつけた瞬間に白煙が発生し、部屋全体を覆いこむ。慌ててルノは目元を抑えながら掌を構えて風圧の魔法で煙を吹き飛ばす。


「風圧!!……逃げれられたか」


風の力で白煙を窓の外に誘導させるが、完全に煙が消えたころには少年の姿は見えず、代わりに天井部分に穴が存在した。念のために穴の中を覗き込むが、既に天井には人影は確認できず、少年の姿は確認出来なかった。


「誰だったんだろう……どうして俺を狙ったんだ?ん、これは……」


床に落ちている木の実にルノも気付き、不思議に思いながらも拾い上げ、窓の外を確認する。すると近くの建物の屋根の上に誰かが存在する事に気付き、視線を凝らすとそれは和服に着替えた鰻屋で遭遇した少年である事に気付く。


「あっ!?」
「元気でねっ!!また会おう!!」


少年はルノに見られた事に気付くと、一度だけ大きく両手を振って言葉を返し、そのまま建物を降りて姿を消してしまう。しかし、その姿を確かに目撃したルノは彼の正体に気付き、まさか本当にこちらの世界に訪れていた事に驚く。


「今のってもしかしてナオ君……?じゃあ、やっぱりさっきのは……」


木の実を見つめながらルノは天井を振り向き、状況的に考えて先ほどの少年が自分の命を狙い、それをナオが阻止したとしか考えられない。ルノは何故か逃げるように姿を消してしまったナオに命を救われた事に気付き、慌てて追いかけようとしたが、先に部屋の中から水が入った桶を手に抱えたリーリスが入り込む。


「ルノさん!!無事ですか!?火事は何処です!?」
「あ、リーリス……」
「って……なんだ、無事じゃないですか。良かった……それでこの煙は何があったんですか?」
「えっと……」


リーリスはルノが無事である事を確認すると、部屋の中も特に変わりはない事に気付き、不思議そうな表情を浮かべながらも水桶を降ろす。ルノとしてもここで何が起きたのかは完全には理解できておらず、どのように説明すればいいのか分からずに困り果てる。



――数時間後、宿を変更したルノ達はもう一泊だけ日の国で過ごし、翌日の早朝に帝都に向けて出発した。
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