上 下
118 / 657
冒険者編

事件の真相

しおりを挟む
「行っちゃったよあの人……どうしよう」
「別にいいんじゃないですか?こんな事もあろうかと、予備を用意しておきました」
「予備あるんかい」


リーリスは奪われた資料の予備を取り出し、このような事態を想定してヒカゲに自分の選定した人物の資料を写本して貰っていたという。


「それにしてもあの人、まだ確かな証拠を見つけていないのに捕まえに向かったんですかね。状況的にこの人が怪しいのは確かですけど、目撃情報だけで捕まえるのは無理がありますよ」
「ゼーニ商会の人達みたいに捕まえて尋問するつもりじゃない?」
「本当に怖い国ですね。でも……この資料に記されている住所は二か月前のですよ。仮に犯人だった場合、何時までも同じ場所に宿泊していると思いますか?」
「言われてみれば……」


クロガネが記した黒兵衛の資料は二か月前の物であり、この人物は流れ者なので家は持たず、住所も当時宿泊していた宿屋しか記されていない。仮に宿を引き払っていた場合は無駄足となるが、そんな事も気付かずに出て行ったソウシにリーリスは呆れる。


「でもこの人が本当に犯人なのかな?」
「さっきも言いましたけど、証拠はありません。それでも状況的にはこの人が怪しいのは間違いないです。二つの事件に関わり合いのある人物ですから」
「だけどどうやって死体から血液を抜き取ったんだろう。刀傷があったとは言ってたけど……」


クロガネと信也の変死体の死因は出血死であり、二人の肉体には刀傷が刻まれていた。しかし、現場には血痕一滴も残っておらず、特別な凶器を使用されたとしか考えられない。


「そこなんですけどね……実は凶器に心当たりがあるんです」
「心当たり?」
「ルノさんは魔剣を知ってますか?」
「ううん」
「魔剣というのは名前の通りに魔法の力を宿した刀剣の事です。他にも帝国には聖剣と呼ばれる兵器が保管されていますが、その辺は説明が長くなるので省略します」


魔剣とはこちらの世界に存在する特殊な武器であり、魔道具のように特別な効果を施す刀剣である。但し、魔剣の類は使用者の肉体に大きな負担を与える事から現在は帝国では使用は禁止されており、所持する事も許されていない危険な代物という。


「歴史に名前を刻んだ7つの有名な魔剣は「七大魔剣」と呼ばれています。その中に妖刀の異名を持つ月光と呼ばれる危険な代物が存在します」
「月光?」
「この刀は相手を斬りつける事で生命力を奪うという性質を持っています。斬られた人間は生気を奪われて身体がミイラのように干からびて死んでしまう剣です」
「怖いなそれ……え、ミイラ?」
「そうです。さっきの信也の死体、完全に干からびてましたよね。死亡してから時間が経過したからああなったのかと思いましたが、もしかしたら……」
「いや、でもその刀は生気を吸い上げるんでしょ?血液を吸い上げるとは限らないんじゃない?」
「前にあのガイアという蜥蜴がルノさんの血液を吸い上げて興奮してましたよね。吸血鬼も他者の血液を吸い上げる事で能力を強化しています。そう考えるとこの世界では血液に魔力が宿る事になります。そして魔力は生命力その物……そう考えたらおかしくはないですよ」
「う~んっ……かなり厳しい考察だと思うけど」


リーリスの予測が正しければ犯人の使用する凶器は血液を吸い上げるのではなく、生気その物を吸収する妖刀という事になる。しかし、それが事実ならばクロガネはともかく、信也が殺される理由が分からなくなる。


「仮に犯人が月光を使っていたとしても、どうして信也という人は殺されたの?それにあの家にあった刀も盗まれてるんでしょ?」
「刀が盗まれているからといって犯人がその刀を使って信也とクロガネを殺したとは限りません。後で売り捌くつもりで売却したのかも知れませんし、今も所持しているかもしれません。それに私が最初に信也に聞き込みを行おうとしたのは一番怪しい人だったからです」
「どうして?」
「この人はクロガネさんに刀を依頼した後もちょくちょく屋敷に訪れていたようです。なんでも自分が刀を受け取った事を他の人間に話していないのか何度も問い質してきたそうです。この国で刀を持つ事を許されているのは政府の関係者だけですからね」
「じゃあ、リーリスは信也が口封じのためにクロガネを殺したと考えていたんだ」
「ええ、結局は真偽は不明のままですけど……重要なのはこの信也がクロガネの屋敷に頻繁に訪れていたという事です」
「えっ……?」


クロガネの日記を書き写した資料に視線を向け、リーリスは自分の推測を話す。


「二か月前、クロガネはゼーニ商会の依頼を受けてアダマンタイトの銅像の製作に取り掛かっています。そして二カ月後に変死体で私達に発見された。ここまではいいですね?」
「うん。ゼーニ商会の人が最初に見つけたんだよね」
「そうです。銅像を受け取りに訪れた商会の人間は自分達が殺したと疑われるのを恐れ、クロガネの死体を処理しました。しかし、その一方で探偵を雇い、彼を殺した犯人の捜索を行いました。恐らく、この探偵は犯人の正体を掴みかけたようですが、犯人に殺されて集めていた証拠も自宅ごと焼き払われた」
「可哀想だな……」
「ですが、ここで気になるのは銅像です。未だにこのアダマンタイトの銅像だけが見つかっていません。考えられるとしたら犯人は最初からこの銅像を狙っていたんじゃないでしょうか?」
「銅像を?」


ここでリーリスは間を置くと、彼女が考えた事件の真相を語る。


「恐らく犯人の目的はゼーニ商会が用意した大量のアダマンタイトです。クロガネがアダマンタイト製の銅像を作り出すという話を聞き、刀の研磨という名目で彼に近づきました。目的は勿論銅像です。しかし、クロガネさんと接触しても銅像の在処が分からなかった。恐らく、例の井戸の中に存在する工房で製作していたんですね」
「なるほど、あそこなら気付かれないか」
「脅しても情報を吐く人物ではないと考えたのか、それとも別の理由があったのか分かりませんが、犯人はクロガネを殺す前に彼の元に頻繁に訪れていた信也と接触しています。信也の資料のここの部分を見てください」
「どれどれ……」



――信也がまた訪れた。しかも厄介な事にあいつに工房の秘密を知られてしまった。だが、逆にこれで良かったのかも知れない。これでお互いに弱みを握った事になる。もうあいつが家に現れる事はないだろう。それがお互いのためだ。



「これって……」
「そうです。信也は偶然にもクロガネが工房に入るところ知ったようです。だからクロガネの弱味を知った彼は安心して屋敷に訪れなくなったそうです。仮に自分の秘密を暴かれても、逆にクロガネの秘密を暴くつもりだったんでしょうね」
「信也は工房の入り方を知っていた……まさか!?」
「そうです。犯人は信也を殺したのはクロガネの工房の入り方を聞き出した後、邪魔者の彼を殺し、まんまと銅像を奪ったわけです」
「…………」


あくまでもリーリスの語る言葉は彼女の推測にしか過ぎず、証拠も残っていない。しかし、仮説というにはあまりにも説得力があり、ルノも彼女の推測が間違っているとは思えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。