最弱職の初級魔術師 初級魔法を極めたらいつの間にか「千の魔術師」と呼ばれていました。

カタナヅキ

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冒険者編

閑話 〈もう一人の勇者〉

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――時間を少し遡り、店から出たリンと彼女に連れられた人間は街道を駆け抜け、人気の無い路地に移動を行う。リンは警戒するように街道の様子を伺い、ルノ達が自分達を追いかけていないことを確認しで安堵の息を吐く。


「はあっ……はあっ……あ、危なかった。どうしてこんな所に帝国の勇者が……」
「あの、急にどうしたんですか?さっきの人たち、知り合いだったんですか?」
「も、申し訳ありません!!」


連れ出した少年が不思議そうにリンに話しかけると、彼女は慌てて頭を下げる。だが、少年の方は謝罪よりも彼女の行動に疑問を抱き、理由を尋ねる。


「なんで急に店を出たんですか?さっきの人達、リンさんの知り合いだったんですか?」
「知り合いと言えば知り合いなのですが……あの方達は帝国の将軍なんです」
「帝国ってあの……?」


リンの言葉に少年は疑問を抱き、帝国の将軍がこのような場所に居る事も驚いたが、それでどうしてリンが逃げ出したのかが分からない。いくら他国の将軍と出会ったからと言ってもリンが逃げる理由はなく、それほど苦手な人物がいたのかと不思議に思う。


(というか……あの子、何処かで見たような……)


そんな事よりも少年は席に座っていたルノの事を思い返し、彼の記憶が正しければ間違いなく自分が知っている人物だった。最も知っていると言っても少年が「この世界」に訪れる前の話であり、地球で暮らしていた頃に彼はルノと出会っている。


(どうしてルノ君がここに……まさか、召喚された勇者って!?)


自分の知っている人物がこの世界に居た事も驚きだが、その相手が帝国の将軍と行動していた事、そして噂に聞く帝国に召喚された「初級魔術師の勇者」の事を思い出し、店で遭遇したルノが勇者である事を見抜く。


(ルノ君が勇者だったなんて……でも、別に逃げる必要はないよな)


帝国の勇者の正体が自分の知り合いだったからと言って少年の方が逃げる理由はなく、折角出会えた知人なので先ほどの店に戻り、久々の再会を楽しもうと考える彼の腕をリンが掴む。


「ナオ様、落ち着いて聞いてください……今日のところは宿に引き返しましょう」
「え?何でっ!?」
「あの方達に見つかるわけにはいかないのです!!ナオ様の存在は他国には秘密にしなければなりません……ナオ様も自分の身を隠す事を条件にこの日の国にお連れしたのですよ!?」
「うっ……そういえばそうだった」


ナオと呼ばれた少年はリンの言葉に眉を顰め、彼がこの国に訪れる事が出来たのはエルフ王国の力があったからだ。遥か遠方のエルフ王国からこの日の国にまで移動する事が出来たのはナオの頼みを聞いた王国のお陰であり、この国に赴く条件としてナオは自分の身を無暗に明かさないようにする事を約束している。


「今の時期に帝国にナオ様の存在を知られるわけにはいきません。今日の所は引き返しましょう……この国には優れた暗殺者が多いと聞きます。彼等が動き出す前に戻りましょう」
「しょうがないか……まあ、それなりに楽しめたからいいかな」


日の国に二人が訪れたのは二週間ほど前からであり、観光は十分に楽しめた。今回の遠出はナオも満足しており、今日のところはリンの指示に従って王国に戻る事を決めた。


(ルノ君ともう少し話したかったけど……仕方ないか、今度遊びに行こう)


心残りがあるとすればルノとゆっくりと話が出来なかった事だが、ナオはリンに連れられるがままに路地から抜け出そうとした時、不意に背後に違和感を覚えて彼は振り返る。


「待って」
「ど、どうしました?」
「……いや、気のせいかな。誰かに見られたような気がしたんだけど」
「えっ?」


ナオの言葉にリンは慌てて後方を振り返るが、そこには誰もいない。人の姿が見えない事に彼女は安心したが、ナオは注意深く路地の様子を観察し、違和感の正体を探る。


「……そこか!!」
「ナオ様!?」


唐突にナオは服の裾から「ドングリ」と酷似した木の実を取り出し、路地に向けて親指で弾く。弾かれた木の実は弾丸のような速度で撃ち抜かれ、そのまま地面に衝突して減り込む。しかし、特に路地には何も反応は起きず、ナオは首を傾げた。


「きゅ、急にどうしたんですか?何か見つけたんですか?」
「おかしいな、気のせいだったかな?何か感じた気がするんだけど……」
「まさか、もう追っ手が!?ナオ様、すぐに行きましょう!!」
「わわっ……じ、自分で歩けますって」


自分の撃ち込んだ木の実に視線を向け、ナオは首を傾げるがそんな彼をリンは無理やり連れていく――





――彼等の姿が人込みの中に消えてから数秒後、建物の屋根の上で「擬態」の能力を解除したヒカゲが姿を現し、彼女にしては珍しく冷や汗を掻きながら胸元を抑える。黒装束の脇腹の部分が刃物で切り裂かれたように開いており、先のナオが指ではじいて撃ちだされた木の実によって彼女は危うく脇腹を撃ち抜かれるところだった。


「危なかった……それに、気付かれた?」


少し前にヒカゲはリンとナオに追いつき、擬態の能力を駆使して透明人間のように存在感を決して二人の会話を盗聴していた。しかし、このまま二人の宿を突き止めようとした時、ナオが唐突に攻撃を仕掛けてきたため、咄嗟に屋根の上に彼女は避難した。結果としてその判断は正しく、あのまま地上に残り続けていたら危なかっただろう。


「私の存在に気付いた……ルノよりも感覚が鋭いかもしれない」


ルノもヒカゲの擬態の能力を見破った事はあるが、あの時はヒカゲが彼の目の前で能力を使用し、事前にコトネから隠密系の能力を看破する方法をルノが聞いていたという事もあり、あくまでも彼一人の力ではない。しかし、先ほどのナオという少年は感覚的にヒカゲの存在を察知し、正確に狙いを定めて攻撃を仕掛けてきた。


「これ以上追うのは不味いかもしれない……皆に連絡しないと」


追跡すれば気付かれる可能性が高いと判断し、一応はこの国に滞在している忍者達にも連絡は行っているため、ヒカゲは仕方なく引き返す事にした。



※今日は2話目です!!ちなみに母親は元気だったので心配してくれた方はありがとうございます。。
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