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エルフ編
外伝 〈新しい勇者〉
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――この物語の主人公「白崎直央」はごく普通の学生、ではない。別に家柄が特別なわけではなく、一般家庭で生まれた少年である。父親はサラリーマン、母親は専業主婦、下に弟がおり、最近では母親が妊娠した事が発覚してもう少しで弟が生まれる。
高校一年生ではあるが昔から家事はよく手伝っており、母親がいない間は家の管理は彼が行っている。弟の面倒を見たり、夜遅く帰ってくる父親のために料理を用意し、自分自身も勉学に励む典型的な「いい子」だった。しかし、彼には他人と比べて目立つ特徴があり、それが原因で昔から色々とからかわれていたこともある。
その特徴というのが顔立ちが母親に似すぎて中性的で体型も華奢なので女性と間違われる事が多く、特に子供の頃は初対面の人間には女子と勘違いされ、男子から告白されたこともある。この時点では笑い話として流せるかもしれないが、問題なのは容姿が男性と掛け離れすぎて未だに女性と勘違いされてしまう。
学校で体育の授業で着替える際に男子の視線を集め、放課後を迎えると男子だと知っているのに男性から告白され、女子からは優れた容姿のせいで妬まれてしまう。声変わりを迎えてもハスキーボイスとして認識して彼を女性と勘違いする人間も多い。
それでも当の本人は周囲が何を言おうと自分は男であり、他の人間の第一印象など全く気にしていなかった。だが、そんな彼が初めて自分の容姿に気を配るべきだったと後悔する日が訪れた。
「えっと……」
「ううっ……ひっくっ……」
「うるせえっ!!泣くんじゃねえっ!!お前らも近づくな!!この女達がどうなってもいいのか!?」
「一歩でも動いたら撃ち殺すぞ!!」
――現在の直央は下校の最中、弟が好きなお菓子を買うためにコンビニに寄った。しかし、そこで偶然にも同級生の「桃山 桃」という女子と遭遇し、彼女と雑談を行っているときに唐突にサングラスとマスクで顔を覆い隠した2人の男がコンビニに入り込む。
男は拳銃を握りしめて店員から金を奪い、そのまま立ち去ろうとしたが運悪く巡回中のパトカーが店の異変に気付き、コンビニの前を警官が立ち塞がる。それを確認した男達は女性で非力そうな二人の高校生を捕まえ、両手で2人を抱えながら警官を威嚇するように拳銃を人質に向ける。
(まさかこんな状況でも女子と間違えられるとは……くそう、うちの高校が私服だった事が災いしたか)
男物の学生服を着こんでいたら勘違いされる事もなかったのかもしれないが、よりにもよって今日の直央は母親が編んでくれたセーターを着こんでおり、首元もマフラーで覆い隠しているので喉仏も確認できない。コンビニ強盗は直央を女子だと勘違いして同級生の桃山と共に二人で人質を取り、コンビニに立てこもる。助けを求めようにもコンビニに居るのは気弱そうな女性店員が一人だけで他の人間の姿は見えない。
『君たちはもう包囲されている!!人質を解放して出てこい!!』
「畜生っ!!近付くじゃねえっ!!この女がどうなってもいいのか!?」
「いててっ……!?」
拳銃の銃口を頭に押し付けられ、直央は怒りの表情を浮かべるが強盗の目には女子が睨みつけたようにしか捉えられず、彼が男性である事に気づかない。
「あ、兄貴……このままじゃ不味いですよ。やっぱり、自首するしか……」
「弱気になってんじゃない!!こいつらを人質にして逃げるんだ……その女を黙らせろ!!」
「ひうっ!?」
「か、可哀そうだよ兄貴!!」
泣きじゃくる桃山に苛立ちを抱いたように直央を抑えつける男が怒鳴りつけると、もう一人の気弱そうな男性が自分が人質にしているにも関わらずに彼女を庇う。それを見た直央はこちらの男は説得すれば自首する可能性があるのではないかと考え、自分を抑えている男をどうにかすれば何とかなるのではないかと考える。
(確かポケットの方に……)
人質にはされているが直央も桃山も身体を縛り付けられてはおらず、直央は自分のズボンに入れたままのボールペンがあることを思い出す。買い物に出かけるときによく利用しており、彼はどうにか男に抱き着かれながらもボールペンに手を伸ばし、ポケットから引き抜いて容赦なく男の太腿に突き刺す。
「うぎゃあっ!?」
「兄貴!?」
「このっ!!」
容赦なくボールペンの先を突きさされた男は悲鳴を上げ、直央は拘束する力が弱まった隙に振り払い、男の顔面に向けて右肘を叩きこむ。
「ふんっ!!」
「ぐふっ!?」
昔から女子と間違えられたため、少しでも男らしくなるために様々な武道を並んだ。結局、どれも長続きはしなかったが、素人と比べれば武術の心得はある。ちなみに長続きしなかった理由はどれだけ鍛えても筋肉が身に付かず、弟が生まれた時から面倒を任されるようになったので辞めてしまった。
相手の男は直央と比べれば体格も大きいが、不意を突いて鍛えられない人体の急所を狙い、直央は男性の最大の弱点である股間に容赦なく蹴りこむ。
「ふんぬっ!!」
「うぎゃあっ!?」
「あ、兄貴!?」
「えっ……!?」
股間を蹴り上げられた男が拳銃を落として跪き、その様子に相棒の男が驚愕の言葉を上げ、直央はその隙に近くの棚に置かれていた商品を掴み取ってもう一人の男の顔面に投げつける。
「このっ!!」
「うあっ!?」
「わああっ!?」
ケースに入った歯磨き粉が相棒の男の顔に衝突し、桃山が解放される。それを逃さずに直央は男の元に賭けより、頭を突き出して顎に頭突きを放つ。
「ていっ!!」
「げふっ!?」
男の顎に直央の頭が叩きつけられ、人体で最も重く硬い箇所で攻撃された男は後ろに倒れこみ、直央は頭を抑えながらも桃山の手を掴んで出入口に走り出す。
「逃げよう!!」
「う、うん!!」
不意を突いて男二人を倒す事に成功したが、ここで調子に乗らずに直央は桃山を連れて出入口に向かう。既に店員も店の奥に逃げ出したのか姿は見えず、二人は出入口に向かった瞬間、唐突に二人の足元が光り輝く。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
床が唐突に発光した事で立ち止まってしまい、何が起きたのか理解できずに直央は視線を向ける。警察官が閃光弾でも投げ込んだのかと思ったが、床には「魔法陣」のような紋様が広がっており、桃山の身体が光に包み込まれようとしていた。
「な、何が起きてるの……!?」
「桃山さん……!?」
「くそ、餓鬼どもがっ!!」
その時、後ろから股間を蹴られた男の怒声が響き渡り、直央が振り返るとそこには血走った眼で拳銃を構える男の姿が映し出される。咄嗟に直央は桃山を救うため、彼女を突き飛ばしてしまう。
「逃げてっ!!」
「えっ!?」
「死ねっ!!」
桃山の身体が魔法陣から突き飛ばされ、その直後に直央の胸元に強い衝撃が走り、彼はその場に倒れこむ。
「あれ……?」
魔法陣の中心で倒れこんだ直央は自分の胸元を抑え、尋常ではない量の血液が流れている事に気付き、徐々に意識が薄れていくことに気付く。
(嘘……だろ……)
まさかこんな形で自分が死ぬことになるとは思わず、最後に彼の視界に映し出されたのはコンビニの中に入り込む大量の警官と、泣きじゃくる桃山の姿、そして逃げ出そうとする二人の男が足元を滑らせて床に転がり込む姿だった――
『はいは~い、起きてください。朝ですよ~』
「うっ……あと5日」
『いや、長すぎますよ。ナマケモノですか貴方は』
直央が意識を取り戻すと、聞き覚えの無い女性の声が響き渡り、ゆっくりと瞼を開くと視界が真っ白に染まっている事に気付く。まだ寝ぼけているのかと思ったが、自分が霧のような物で覆われた空間にいる事を知る。
「こ、ここは……?」
『ようこそ、狭間の世界へ。私はこの世界を管理する天使アイリスです』
「天使?」
何処からともなく聞こえてくる声に直央は戸惑い、周囲を見渡しても人間の姿は見えない。しかし、蛍のように光り輝く球体が彼の前に現れた。
『私ですよ』
「うわ、びっくりした!!蛍が喋った!?」
『誰が蛍ですか!!私のお尻は発光しません!!』
「あいてっ!?」
直央の言葉に起こったように光の球体が頬に体当たりを行い、実体がある事から彼は先ほどから喋りかけている声の正体がこの光の球体であると確認する。彼は戸惑いながらも両手を構えると、光の球体がその上に漂う。
「き、君が話しかけているの?」
『そうですよお姉さん……あれ、お兄さんですか?まあ、どっちでもいいですけど』
「ここは何処?さっき、天使とか名乗っていたけど……まさか天国」
『ある意味惜しいですね。死後に辿り着く世界の1つではありますけど、天国ではありません。あ、地獄でもないですよ』
「なら極楽か……」
『違いますよ。どんだけポジティブな思考してるんですか』
天使アイリスと名乗った光の球体の話を聞きながらも直央は周囲を見渡し、霧で覆われているように思われたが実際は本当に真っ白な世界が広がっており、果てが見えない。少なくとも地球上とは考えられず、延々と白色の世界が広がっていた。
「あれ?胸の傷が……」
『傷は治してあげましたよ。というより、この世界で死ぬことはありませんけど』
直央は胸元に視線を向けると銃弾を撃ち込まれた痕跡が消えている事に気付き、痛みも感じられない。それどころか現実離れしたこの状況に流石の彼も危機感を抱き、本当に自分が生きているのか疑問を抱く。
「そうだ、強盗犯は!?」
『あの後に捕まりましたよ。貴方が守った女の子も無事です』
「そうか……あれ、でもそれならどうして俺だけがここに?」
『そこが問題なんですよ。本当はこの世界に訪れるのは貴方じゃなかったんですが……』
アイリスの言葉に直央は疑問を抱き、彼女は手元から離れると直央の周囲を飛び回り、状況の説明を行う。
『ここは世界と世界の間に存在する空間、文字通りに「狭間」なんです。この空間の管理を任されている私はここに迷い込んだ魂を導く役割を与えられています』
「魂を導く……」
『だけど今回の場合はちょっと特殊なんです。貴方は完全には死んでいない状態でこの場所に辿り着きました』
「え?」
彼女の説明によるとアイリスの役割は死後に魂だけとなった存在が狭間の世界に訪れた時、彼女は別の世界に導くという。この別の世界とは文字通りの意味であり、直央が住んでいた世界とは別の世界が存在するという。
『世界は1つだけではありません。直央さんが想像できない程のたくさんの世界が存在します。科学の代わりに魔法が発展した世界、人間その物が存在しない世界、何もない世界、色々とあるんです』
「そんなにあるの?」
『いっぱいありますよ。だけど私が管理を任されているのはあくまでもこの狭間の世界です。他の世界に干渉する事は禁じられているわけではないですけど、少々面倒なんです。私はこの世界に入り込んできた魂を別の世界に転生させる役割を与えられています』
「それなら僕はどうなるんですか?」
『だからそれが問題なんですよ。貴方は本来は死ぬはずではなかった、なのにこの世界に辿り着いてしまった。だけど私の力では元の世界に返せません』
「どうしてこんな事に……あっ!!」
直央は死に際に床に広がった「魔法陣」を思い出し、あれが原因で自分はこの世界に飛ばされたのではないかと考えた。そして彼の予想を読み取ったように光の球体は肩に乗り込む。
『その通りです。さっきも話したようにこの世界に訪れるのは本来はあの桃山という女性の方でしたんですよ。だけど、貴方が死に際に魔法陣から突き飛ばした事で代わりに貴方がこの世界に訪れてしまったんです』
「そんな……人違いという事?」
『というよりは手違いです。ちなみに普通なら別の人間があの魔法陣に飲み込まれる事はないんですけど、よりにもよって拳銃で撃たれた事で魂が肉体から切り離され、魔法陣に取り込まれてしまったんです。つまり今現在の貴方の肉体は本物では無く、私が作り出した仮初の肉体です』
「えっ!?」
アイリスの言葉に直央は自分の身体を覗き込み、特に異変は見当たらないが確かに胸元の傷が消えており、セーターにも痕跡は残っていない。
『肉体を再生したのは私のサービスです。というより、これから貴方を送り込む世界に生きやすいように作り替えたんですけど……』
「送り込むって……どういう事?」
『実はあの魔法陣は異世界の人間が地球の人間を呼び寄せるために作り出した魔法なんです。だから本来はあの桃山という少女が異世界に送り込まれるはずでしたが、直央さんが代わりにその役目を引き継ぐことになりました』
「えええっ!?」
何度目かの驚きの声を上げ、まさか自分が助けた少女の代わりに異世界召喚というファンタジー小説の定番な展開に巻き込まれるとは思わなかったが、更に人違いでこの世界に招かれた事に直央は動揺を隠せない。
『あ、だけど逆に言えばここに訪れなければ直央さんは死んでましたよ。そう考えるとラッキーでしたね』
「ラッキーというのかなそれは……」
『だけど問題なのは桃山さんの場合はあちらの世界に送り込むだけで充分だったんですが、直央さんの場合だと問題なんです。本来は選べれるべきではない人間を送り込むと少々問題があります』
「それ以前に元の世界に帰して欲しいんですけど」
『無理です。それは私の力を大きく超える願い事なので叶えられません。あ、性別を転換させますか?TSなら出来なくもないですけど』
「変えないよ!!」
『あうちっ』
とんでもない事を言いだした光の球体に直央がチョップを食らわせると、光の球体は吹き飛ばされるが何事もなかったように反対の肩に止まる。
『まあ、それは冗談としてこのまま直央さんを送り込むと色々と問題があるんです。ゲームで例えると本当は主人公を送り出すつもりだったのに可愛いぐらいしか取柄がないモブキャラを送り込むようなものですから』
「酷くないっ!?」
『だからこうしましょう。本来は私が与えるはずの能力を増やします』
あまりの言い草に直央は文句を告げるが、アイリスはそんな彼にある条件を突き出す。
『本当はあちらの世界に召喚される存在には私が力を分け与える事も出来るんですけど、直央さんの場合は一般人ですから特別に与える能力を増やしましょう』
「一般人って……桃山さんも一般人じゃないの?」
『あの人は勇者としての素質があったんですよ。あちらの世界では普通の人間でも、異世界に召喚された時に目覚める力があったんでしょう』
「まさか……スタ〇ド能力!?」
『どうしてそれをチョイスしたんですかっ!!というか辞めてください!!この作品を第2話で終わらせるつもりですか!!』
※中途半端ですが冒頭はこれで終わります。この作品を本格的に投稿するかは分かりませんが明日からは本編を開始します。
高校一年生ではあるが昔から家事はよく手伝っており、母親がいない間は家の管理は彼が行っている。弟の面倒を見たり、夜遅く帰ってくる父親のために料理を用意し、自分自身も勉学に励む典型的な「いい子」だった。しかし、彼には他人と比べて目立つ特徴があり、それが原因で昔から色々とからかわれていたこともある。
その特徴というのが顔立ちが母親に似すぎて中性的で体型も華奢なので女性と間違われる事が多く、特に子供の頃は初対面の人間には女子と勘違いされ、男子から告白されたこともある。この時点では笑い話として流せるかもしれないが、問題なのは容姿が男性と掛け離れすぎて未だに女性と勘違いされてしまう。
学校で体育の授業で着替える際に男子の視線を集め、放課後を迎えると男子だと知っているのに男性から告白され、女子からは優れた容姿のせいで妬まれてしまう。声変わりを迎えてもハスキーボイスとして認識して彼を女性と勘違いする人間も多い。
それでも当の本人は周囲が何を言おうと自分は男であり、他の人間の第一印象など全く気にしていなかった。だが、そんな彼が初めて自分の容姿に気を配るべきだったと後悔する日が訪れた。
「えっと……」
「ううっ……ひっくっ……」
「うるせえっ!!泣くんじゃねえっ!!お前らも近づくな!!この女達がどうなってもいいのか!?」
「一歩でも動いたら撃ち殺すぞ!!」
――現在の直央は下校の最中、弟が好きなお菓子を買うためにコンビニに寄った。しかし、そこで偶然にも同級生の「桃山 桃」という女子と遭遇し、彼女と雑談を行っているときに唐突にサングラスとマスクで顔を覆い隠した2人の男がコンビニに入り込む。
男は拳銃を握りしめて店員から金を奪い、そのまま立ち去ろうとしたが運悪く巡回中のパトカーが店の異変に気付き、コンビニの前を警官が立ち塞がる。それを確認した男達は女性で非力そうな二人の高校生を捕まえ、両手で2人を抱えながら警官を威嚇するように拳銃を人質に向ける。
(まさかこんな状況でも女子と間違えられるとは……くそう、うちの高校が私服だった事が災いしたか)
男物の学生服を着こんでいたら勘違いされる事もなかったのかもしれないが、よりにもよって今日の直央は母親が編んでくれたセーターを着こんでおり、首元もマフラーで覆い隠しているので喉仏も確認できない。コンビニ強盗は直央を女子だと勘違いして同級生の桃山と共に二人で人質を取り、コンビニに立てこもる。助けを求めようにもコンビニに居るのは気弱そうな女性店員が一人だけで他の人間の姿は見えない。
『君たちはもう包囲されている!!人質を解放して出てこい!!』
「畜生っ!!近付くじゃねえっ!!この女がどうなってもいいのか!?」
「いててっ……!?」
拳銃の銃口を頭に押し付けられ、直央は怒りの表情を浮かべるが強盗の目には女子が睨みつけたようにしか捉えられず、彼が男性である事に気づかない。
「あ、兄貴……このままじゃ不味いですよ。やっぱり、自首するしか……」
「弱気になってんじゃない!!こいつらを人質にして逃げるんだ……その女を黙らせろ!!」
「ひうっ!?」
「か、可哀そうだよ兄貴!!」
泣きじゃくる桃山に苛立ちを抱いたように直央を抑えつける男が怒鳴りつけると、もう一人の気弱そうな男性が自分が人質にしているにも関わらずに彼女を庇う。それを見た直央はこちらの男は説得すれば自首する可能性があるのではないかと考え、自分を抑えている男をどうにかすれば何とかなるのではないかと考える。
(確かポケットの方に……)
人質にはされているが直央も桃山も身体を縛り付けられてはおらず、直央は自分のズボンに入れたままのボールペンがあることを思い出す。買い物に出かけるときによく利用しており、彼はどうにか男に抱き着かれながらもボールペンに手を伸ばし、ポケットから引き抜いて容赦なく男の太腿に突き刺す。
「うぎゃあっ!?」
「兄貴!?」
「このっ!!」
容赦なくボールペンの先を突きさされた男は悲鳴を上げ、直央は拘束する力が弱まった隙に振り払い、男の顔面に向けて右肘を叩きこむ。
「ふんっ!!」
「ぐふっ!?」
昔から女子と間違えられたため、少しでも男らしくなるために様々な武道を並んだ。結局、どれも長続きはしなかったが、素人と比べれば武術の心得はある。ちなみに長続きしなかった理由はどれだけ鍛えても筋肉が身に付かず、弟が生まれた時から面倒を任されるようになったので辞めてしまった。
相手の男は直央と比べれば体格も大きいが、不意を突いて鍛えられない人体の急所を狙い、直央は男性の最大の弱点である股間に容赦なく蹴りこむ。
「ふんぬっ!!」
「うぎゃあっ!?」
「あ、兄貴!?」
「えっ……!?」
股間を蹴り上げられた男が拳銃を落として跪き、その様子に相棒の男が驚愕の言葉を上げ、直央はその隙に近くの棚に置かれていた商品を掴み取ってもう一人の男の顔面に投げつける。
「このっ!!」
「うあっ!?」
「わああっ!?」
ケースに入った歯磨き粉が相棒の男の顔に衝突し、桃山が解放される。それを逃さずに直央は男の元に賭けより、頭を突き出して顎に頭突きを放つ。
「ていっ!!」
「げふっ!?」
男の顎に直央の頭が叩きつけられ、人体で最も重く硬い箇所で攻撃された男は後ろに倒れこみ、直央は頭を抑えながらも桃山の手を掴んで出入口に走り出す。
「逃げよう!!」
「う、うん!!」
不意を突いて男二人を倒す事に成功したが、ここで調子に乗らずに直央は桃山を連れて出入口に向かう。既に店員も店の奥に逃げ出したのか姿は見えず、二人は出入口に向かった瞬間、唐突に二人の足元が光り輝く。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
床が唐突に発光した事で立ち止まってしまい、何が起きたのか理解できずに直央は視線を向ける。警察官が閃光弾でも投げ込んだのかと思ったが、床には「魔法陣」のような紋様が広がっており、桃山の身体が光に包み込まれようとしていた。
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「桃山さん……!?」
「くそ、餓鬼どもがっ!!」
その時、後ろから股間を蹴られた男の怒声が響き渡り、直央が振り返るとそこには血走った眼で拳銃を構える男の姿が映し出される。咄嗟に直央は桃山を救うため、彼女を突き飛ばしてしまう。
「逃げてっ!!」
「えっ!?」
「死ねっ!!」
桃山の身体が魔法陣から突き飛ばされ、その直後に直央の胸元に強い衝撃が走り、彼はその場に倒れこむ。
「あれ……?」
魔法陣の中心で倒れこんだ直央は自分の胸元を抑え、尋常ではない量の血液が流れている事に気付き、徐々に意識が薄れていくことに気付く。
(嘘……だろ……)
まさかこんな形で自分が死ぬことになるとは思わず、最後に彼の視界に映し出されたのはコンビニの中に入り込む大量の警官と、泣きじゃくる桃山の姿、そして逃げ出そうとする二人の男が足元を滑らせて床に転がり込む姿だった――
『はいは~い、起きてください。朝ですよ~』
「うっ……あと5日」
『いや、長すぎますよ。ナマケモノですか貴方は』
直央が意識を取り戻すと、聞き覚えの無い女性の声が響き渡り、ゆっくりと瞼を開くと視界が真っ白に染まっている事に気付く。まだ寝ぼけているのかと思ったが、自分が霧のような物で覆われた空間にいる事を知る。
「こ、ここは……?」
『ようこそ、狭間の世界へ。私はこの世界を管理する天使アイリスです』
「天使?」
何処からともなく聞こえてくる声に直央は戸惑い、周囲を見渡しても人間の姿は見えない。しかし、蛍のように光り輝く球体が彼の前に現れた。
『私ですよ』
「うわ、びっくりした!!蛍が喋った!?」
『誰が蛍ですか!!私のお尻は発光しません!!』
「あいてっ!?」
直央の言葉に起こったように光の球体が頬に体当たりを行い、実体がある事から彼は先ほどから喋りかけている声の正体がこの光の球体であると確認する。彼は戸惑いながらも両手を構えると、光の球体がその上に漂う。
「き、君が話しかけているの?」
『そうですよお姉さん……あれ、お兄さんですか?まあ、どっちでもいいですけど』
「ここは何処?さっき、天使とか名乗っていたけど……まさか天国」
『ある意味惜しいですね。死後に辿り着く世界の1つではありますけど、天国ではありません。あ、地獄でもないですよ』
「なら極楽か……」
『違いますよ。どんだけポジティブな思考してるんですか』
天使アイリスと名乗った光の球体の話を聞きながらも直央は周囲を見渡し、霧で覆われているように思われたが実際は本当に真っ白な世界が広がっており、果てが見えない。少なくとも地球上とは考えられず、延々と白色の世界が広がっていた。
「あれ?胸の傷が……」
『傷は治してあげましたよ。というより、この世界で死ぬことはありませんけど』
直央は胸元に視線を向けると銃弾を撃ち込まれた痕跡が消えている事に気付き、痛みも感じられない。それどころか現実離れしたこの状況に流石の彼も危機感を抱き、本当に自分が生きているのか疑問を抱く。
「そうだ、強盗犯は!?」
『あの後に捕まりましたよ。貴方が守った女の子も無事です』
「そうか……あれ、でもそれならどうして俺だけがここに?」
『そこが問題なんですよ。本当はこの世界に訪れるのは貴方じゃなかったんですが……』
アイリスの言葉に直央は疑問を抱き、彼女は手元から離れると直央の周囲を飛び回り、状況の説明を行う。
『ここは世界と世界の間に存在する空間、文字通りに「狭間」なんです。この空間の管理を任されている私はここに迷い込んだ魂を導く役割を与えられています』
「魂を導く……」
『だけど今回の場合はちょっと特殊なんです。貴方は完全には死んでいない状態でこの場所に辿り着きました』
「え?」
彼女の説明によるとアイリスの役割は死後に魂だけとなった存在が狭間の世界に訪れた時、彼女は別の世界に導くという。この別の世界とは文字通りの意味であり、直央が住んでいた世界とは別の世界が存在するという。
『世界は1つだけではありません。直央さんが想像できない程のたくさんの世界が存在します。科学の代わりに魔法が発展した世界、人間その物が存在しない世界、何もない世界、色々とあるんです』
「そんなにあるの?」
『いっぱいありますよ。だけど私が管理を任されているのはあくまでもこの狭間の世界です。他の世界に干渉する事は禁じられているわけではないですけど、少々面倒なんです。私はこの世界に入り込んできた魂を別の世界に転生させる役割を与えられています』
「それなら僕はどうなるんですか?」
『だからそれが問題なんですよ。貴方は本来は死ぬはずではなかった、なのにこの世界に辿り着いてしまった。だけど私の力では元の世界に返せません』
「どうしてこんな事に……あっ!!」
直央は死に際に床に広がった「魔法陣」を思い出し、あれが原因で自分はこの世界に飛ばされたのではないかと考えた。そして彼の予想を読み取ったように光の球体は肩に乗り込む。
『その通りです。さっきも話したようにこの世界に訪れるのは本来はあの桃山という女性の方でしたんですよ。だけど、貴方が死に際に魔法陣から突き飛ばした事で代わりに貴方がこの世界に訪れてしまったんです』
「そんな……人違いという事?」
『というよりは手違いです。ちなみに普通なら別の人間があの魔法陣に飲み込まれる事はないんですけど、よりにもよって拳銃で撃たれた事で魂が肉体から切り離され、魔法陣に取り込まれてしまったんです。つまり今現在の貴方の肉体は本物では無く、私が作り出した仮初の肉体です』
「えっ!?」
アイリスの言葉に直央は自分の身体を覗き込み、特に異変は見当たらないが確かに胸元の傷が消えており、セーターにも痕跡は残っていない。
『肉体を再生したのは私のサービスです。というより、これから貴方を送り込む世界に生きやすいように作り替えたんですけど……』
「送り込むって……どういう事?」
『実はあの魔法陣は異世界の人間が地球の人間を呼び寄せるために作り出した魔法なんです。だから本来はあの桃山という少女が異世界に送り込まれるはずでしたが、直央さんが代わりにその役目を引き継ぐことになりました』
「えええっ!?」
何度目かの驚きの声を上げ、まさか自分が助けた少女の代わりに異世界召喚というファンタジー小説の定番な展開に巻き込まれるとは思わなかったが、更に人違いでこの世界に招かれた事に直央は動揺を隠せない。
『あ、だけど逆に言えばここに訪れなければ直央さんは死んでましたよ。そう考えるとラッキーでしたね』
「ラッキーというのかなそれは……」
『だけど問題なのは桃山さんの場合はあちらの世界に送り込むだけで充分だったんですが、直央さんの場合だと問題なんです。本来は選べれるべきではない人間を送り込むと少々問題があります』
「それ以前に元の世界に帰して欲しいんですけど」
『無理です。それは私の力を大きく超える願い事なので叶えられません。あ、性別を転換させますか?TSなら出来なくもないですけど』
「変えないよ!!」
『あうちっ』
とんでもない事を言いだした光の球体に直央がチョップを食らわせると、光の球体は吹き飛ばされるが何事もなかったように反対の肩に止まる。
『まあ、それは冗談としてこのまま直央さんを送り込むと色々と問題があるんです。ゲームで例えると本当は主人公を送り出すつもりだったのに可愛いぐらいしか取柄がないモブキャラを送り込むようなものですから』
「酷くないっ!?」
『だからこうしましょう。本来は私が与えるはずの能力を増やします』
あまりの言い草に直央は文句を告げるが、アイリスはそんな彼にある条件を突き出す。
『本当はあちらの世界に召喚される存在には私が力を分け与える事も出来るんですけど、直央さんの場合は一般人ですから特別に与える能力を増やしましょう』
「一般人って……桃山さんも一般人じゃないの?」
『あの人は勇者としての素質があったんですよ。あちらの世界では普通の人間でも、異世界に召喚された時に目覚める力があったんでしょう』
「まさか……スタ〇ド能力!?」
『どうしてそれをチョイスしたんですかっ!!というか辞めてください!!この作品を第2話で終わらせるつもりですか!!』
※中途半端ですが冒頭はこれで終わります。この作品を本格的に投稿するかは分かりませんが明日からは本編を開始します。
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石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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