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大迷宮編 〈前半編〉
最上階では
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――レノ達が目指している緑葉塔の最上階、大樹の頂点部に存在する部屋は全体が緑色の水晶壁に覆われており、中央部には森人族の四方である「宝玉」が設置されている。台座の上に設置された宝玉の大きさは直径が10メートルを超えており、宝石のように美しく輝き続けている。
この宝玉が破壊された時、森人族は魔法を操る能力を失ってしまう。それは彼等にとって巨人族以上の痛手であり、もしも何らかの理由で宝玉が破壊された場合は種族間の勢力図は大きく変化するだろう。
六種族の中でも魔法の知識と技術に長けているからこそ森人族は有利な立場であるが、彼等の支えとなっている魔法という文化を失った場合、瞬く間に彼等は滅びてしまうだろう。巨人族はその屈強な肉体で宝玉を破壊されて魔法を扱う能力を失っても逞しく生き続ける事は出来るが、森人族には同じ真似は出来ない。
この部屋は常に厳重な管理が敷かれており、同時にアトラス大森林の中で最も安全な場所であると言われていたが、現在3人の人物が部屋の中にたたずんでいた。
「……くっ……‼」
1人は森人族の代表であるレフィーアであり、彼女は全身を縄で縛られ、宝玉の前で横たわる。動かせるのはせいぜい口だけであり、その他の部分は拘束されて動けない。そんな床に這いつくばる彼女の前には年老いた老婆と全身をフードで覆い隠す人物が立っており、レフィーアを見下ろしていた。
「……フィーよ。返事は考え直してくれたかい?」
「断ると言ったはずです……‼御祖母様‼」
「やれやれ……まだお仕置きが必要なようだね」
反抗的な目つきで見つめてくるレフィーアに対し、1000年前の森人族の種族代表であり、そして現在は長老会を構成したレフィーアの祖母である「レイラ」は溜息を吐きだし、両手で杖を突きながら魔術師に振り返る。
「どうしますか……我が主」
「…………」
「なるほど……侵入者が来たのですか」
レフィーアは自分の祖母と話し込む魔術師に視線を向け、眉を顰める。この魔術師は少し前の時期からレイラに付き従い、どうしてレイラが魔術師を「主」と呼び慕う理由が分からない。
(何者だ……? それにこの感じ……何処かで覚えが……)
魔術師は全身を覆い隠しているため正確な容姿は分からないが、小柄な体型から察するに巨人族ではなく、ましてやら陸の上を歩いている事から人魚族ではない。考えらるとしたら人間、森人族、獣人族、そして比較的に人型に近い魔人族だろうが、一体どうやってレイラに接近したのか。
レフィーア同様、レイラは他種族を見下す傾向があり、実際に彼女は代表という立場を辞した後も長老会を組織して他種族の重要人物たちの排除を行っていた。それでも彼女があくまでも手を出すのは森人族の将来に危機を陥れる相手のみであり、決して無差別に行動していたわけではない。
だが、ここ最近の長老会の行動は非常に不可解であり、レフィーアの許可も取らずに勝手に行動を起こし、闘人都市の事件のような失態を犯している。結局はこの件が原因で彼女は不本意ながらに六種族同盟に参加する事を強いられる。
それ以外にも同盟結成後も長老会は勝手に動いて剣乱武闘の大会の際にレノを暗殺しようとしたり、ミアのように調査部隊に影を紛れ込ませて暗殺を仕掛けており、不審に思ったレフィーアは自分の祖母でもあり、長老会を束ねるレイラに問い質した。
――その結果、現在の状況に繋がってしまい、レフィーアは彼女の配下である緑影に拘束され、為す術もなくこの最上階に閉じ込められる。護衛であるカイザン達は彼女を人質に取られてレイアの命令に従うしかなく、守護兵士たちと共に王国の国境に侵攻する。
当然、この事実が知られれば集落のレフィーアを慕うエルフの民も何らかの行動を起こすだろうが、情報を操作するのは長老会にとっては容易い事であり、民衆に紛れ込んだ影達がレフィーアが唐突に病に伏せって姿を現せない状態に陥っている等という虚偽の噂を流して彼女が監禁している事実を隠蔽しているだろう。
事前に計画した行動なのか、長老会の行動は素早く、レフィーアを拉致した後は即座にアトラス大森林を守護する立場の守護戦士をカイザンに統率させて王国の国土に侵攻させ、最も大きな敵対勢力となる存在を早々から追放している。
唯一の気がかりは剣乱武闘から帰還したコウシュンが異変に感付き、レノ達と合流して既に緑葉塔内に入り込んでいる事であるが、そんな事を知る由もないレフィーアは外の状況がどうなっているのかも分からず、どうにかして抜け出せないかと模索するが、拘束されてから数日が経過した今も突破口は見つからない。
「……レフィーアよ。お主は人間を嫌っていたではないか? どうしてそこまで執拗に拒む?」
「何度言われようと、私の意志は覆らない‼同盟を結んだ以上、我々は他種族とも共に歩む道を選ぶべきです‼」
レイラはレフィーアに対して「六種族同盟」の破棄を大々的に発表する事を迫っており、彼女は頑なに断る。
――六樹族同盟が結成されてから数か月が経過し、レフィーアの考え方にも変化が生じていた。彼女は長い時を他種族との戦争に明け暮れ、数多くの大切な物を失った。数多くの同胞、大量の物資、領土など、これまでの間に失った物は数え切れない。
何時しかレフィーアは戦争その物を他の種族と「優劣の差」を付けるための行為だと考えるようになり、自分たち森人族こそが至高の存在だと知らしめるために戦い続けた。だが、十年ほど前から発生した「活性化現象」により、魔物の増殖によって戦争を一時休戦を余儀なくされ、表向きは戦争が中断した。
彼女としては活性化現象がある程度にまで収まれば再び他の種族との抗争を予想していたが、今度は魔王と呼ばれる存在が誕生し、結局は森人族は他種族と再び協力する立場に陥る。
その後、魔王を打ち倒した後も伝説獣という強大な敵の存在に他種族との協力を余儀なくされ、更に伝説獣の討伐の最中に先の闘人都市の事件により、長老会の影達の勝手な行動により、森人族の立場は大きく傾く。
――結局、彼女は他種族からの要求を受け入れて「六種族同盟」に加盟し、一応は世界に「平和」が訪れた。
最初の頃は不満を漏らしていたレフィーアではあるが、予想外に戦争が終結した事を喜ぶ者達も多く、中にはレフィーア同様に戦争によって数多くの犠牲を生み出した者達もいたが、彼等は誰一人としてこれ以上の他種族との殺し合いなど望んでおらず、自分たちの故郷の森で平穏に暮らしたい事を望んでいた。
戦争を望む過激派のエルフも存在したが、大半の者達はこれ以上の戦争による被害を恐れ、平和な世の中を望む者が多い事を知らされる。
彼女は戦争を繰り返す事で今まで死んでいった同胞たちの犠牲に報いることが出来ると考えていたが、生き残った者達の事を考えれば、本当に彼等を自分の思想のためだけに巻き込んで殺し合いの世界に参加させる事に違和感を抱き、何時しか彼女は他種族との交流を真面目に考え、これからは他の種族と力を合わせて生きていくべきでないかと考え始めていた。
だが、そんな矢先に長老会の暴走によって身柄を拘束され、自分の命を人質に守護兵士たちがバルトロス王国に向けて侵攻した事を聞かされ、彼女は自分自身の情けなさに歯を食いしばる。
この宝玉が破壊された時、森人族は魔法を操る能力を失ってしまう。それは彼等にとって巨人族以上の痛手であり、もしも何らかの理由で宝玉が破壊された場合は種族間の勢力図は大きく変化するだろう。
六種族の中でも魔法の知識と技術に長けているからこそ森人族は有利な立場であるが、彼等の支えとなっている魔法という文化を失った場合、瞬く間に彼等は滅びてしまうだろう。巨人族はその屈強な肉体で宝玉を破壊されて魔法を扱う能力を失っても逞しく生き続ける事は出来るが、森人族には同じ真似は出来ない。
この部屋は常に厳重な管理が敷かれており、同時にアトラス大森林の中で最も安全な場所であると言われていたが、現在3人の人物が部屋の中にたたずんでいた。
「……くっ……‼」
1人は森人族の代表であるレフィーアであり、彼女は全身を縄で縛られ、宝玉の前で横たわる。動かせるのはせいぜい口だけであり、その他の部分は拘束されて動けない。そんな床に這いつくばる彼女の前には年老いた老婆と全身をフードで覆い隠す人物が立っており、レフィーアを見下ろしていた。
「……フィーよ。返事は考え直してくれたかい?」
「断ると言ったはずです……‼御祖母様‼」
「やれやれ……まだお仕置きが必要なようだね」
反抗的な目つきで見つめてくるレフィーアに対し、1000年前の森人族の種族代表であり、そして現在は長老会を構成したレフィーアの祖母である「レイラ」は溜息を吐きだし、両手で杖を突きながら魔術師に振り返る。
「どうしますか……我が主」
「…………」
「なるほど……侵入者が来たのですか」
レフィーアは自分の祖母と話し込む魔術師に視線を向け、眉を顰める。この魔術師は少し前の時期からレイラに付き従い、どうしてレイラが魔術師を「主」と呼び慕う理由が分からない。
(何者だ……? それにこの感じ……何処かで覚えが……)
魔術師は全身を覆い隠しているため正確な容姿は分からないが、小柄な体型から察するに巨人族ではなく、ましてやら陸の上を歩いている事から人魚族ではない。考えらるとしたら人間、森人族、獣人族、そして比較的に人型に近い魔人族だろうが、一体どうやってレイラに接近したのか。
レフィーア同様、レイラは他種族を見下す傾向があり、実際に彼女は代表という立場を辞した後も長老会を組織して他種族の重要人物たちの排除を行っていた。それでも彼女があくまでも手を出すのは森人族の将来に危機を陥れる相手のみであり、決して無差別に行動していたわけではない。
だが、ここ最近の長老会の行動は非常に不可解であり、レフィーアの許可も取らずに勝手に行動を起こし、闘人都市の事件のような失態を犯している。結局はこの件が原因で彼女は不本意ながらに六種族同盟に参加する事を強いられる。
それ以外にも同盟結成後も長老会は勝手に動いて剣乱武闘の大会の際にレノを暗殺しようとしたり、ミアのように調査部隊に影を紛れ込ませて暗殺を仕掛けており、不審に思ったレフィーアは自分の祖母でもあり、長老会を束ねるレイラに問い質した。
――その結果、現在の状況に繋がってしまい、レフィーアは彼女の配下である緑影に拘束され、為す術もなくこの最上階に閉じ込められる。護衛であるカイザン達は彼女を人質に取られてレイアの命令に従うしかなく、守護兵士たちと共に王国の国境に侵攻する。
当然、この事実が知られれば集落のレフィーアを慕うエルフの民も何らかの行動を起こすだろうが、情報を操作するのは長老会にとっては容易い事であり、民衆に紛れ込んだ影達がレフィーアが唐突に病に伏せって姿を現せない状態に陥っている等という虚偽の噂を流して彼女が監禁している事実を隠蔽しているだろう。
事前に計画した行動なのか、長老会の行動は素早く、レフィーアを拉致した後は即座にアトラス大森林を守護する立場の守護戦士をカイザンに統率させて王国の国土に侵攻させ、最も大きな敵対勢力となる存在を早々から追放している。
唯一の気がかりは剣乱武闘から帰還したコウシュンが異変に感付き、レノ達と合流して既に緑葉塔内に入り込んでいる事であるが、そんな事を知る由もないレフィーアは外の状況がどうなっているのかも分からず、どうにかして抜け出せないかと模索するが、拘束されてから数日が経過した今も突破口は見つからない。
「……レフィーアよ。お主は人間を嫌っていたではないか? どうしてそこまで執拗に拒む?」
「何度言われようと、私の意志は覆らない‼同盟を結んだ以上、我々は他種族とも共に歩む道を選ぶべきです‼」
レイラはレフィーアに対して「六種族同盟」の破棄を大々的に発表する事を迫っており、彼女は頑なに断る。
――六樹族同盟が結成されてから数か月が経過し、レフィーアの考え方にも変化が生じていた。彼女は長い時を他種族との戦争に明け暮れ、数多くの大切な物を失った。数多くの同胞、大量の物資、領土など、これまでの間に失った物は数え切れない。
何時しかレフィーアは戦争その物を他の種族と「優劣の差」を付けるための行為だと考えるようになり、自分たち森人族こそが至高の存在だと知らしめるために戦い続けた。だが、十年ほど前から発生した「活性化現象」により、魔物の増殖によって戦争を一時休戦を余儀なくされ、表向きは戦争が中断した。
彼女としては活性化現象がある程度にまで収まれば再び他の種族との抗争を予想していたが、今度は魔王と呼ばれる存在が誕生し、結局は森人族は他種族と再び協力する立場に陥る。
その後、魔王を打ち倒した後も伝説獣という強大な敵の存在に他種族との協力を余儀なくされ、更に伝説獣の討伐の最中に先の闘人都市の事件により、長老会の影達の勝手な行動により、森人族の立場は大きく傾く。
――結局、彼女は他種族からの要求を受け入れて「六種族同盟」に加盟し、一応は世界に「平和」が訪れた。
最初の頃は不満を漏らしていたレフィーアではあるが、予想外に戦争が終結した事を喜ぶ者達も多く、中にはレフィーア同様に戦争によって数多くの犠牲を生み出した者達もいたが、彼等は誰一人としてこれ以上の他種族との殺し合いなど望んでおらず、自分たちの故郷の森で平穏に暮らしたい事を望んでいた。
戦争を望む過激派のエルフも存在したが、大半の者達はこれ以上の戦争による被害を恐れ、平和な世の中を望む者が多い事を知らされる。
彼女は戦争を繰り返す事で今まで死んでいった同胞たちの犠牲に報いることが出来ると考えていたが、生き残った者達の事を考えれば、本当に彼等を自分の思想のためだけに巻き込んで殺し合いの世界に参加させる事に違和感を抱き、何時しか彼女は他種族との交流を真面目に考え、これからは他の種族と力を合わせて生きていくべきでないかと考え始めていた。
だが、そんな矢先に長老会の暴走によって身柄を拘束され、自分の命を人質に守護兵士たちがバルトロス王国に向けて侵攻した事を聞かされ、彼女は自分自身の情けなさに歯を食いしばる。
応援ありがとうございます!
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