種族統合 ～宝玉編～

魔王大戦編

オーロラ

遥か遠方の地に形成された黒雲が搔き消されるリーリスが確認し、彼女は舌打ちを行う。期待はしていなかったが、人魚族が破れた事に苛立ちながらも彼女は前に座る黒甲冑の騎士に視線を向け、命令を下す。

彼女の周囲には無数の魔人族と魔物の部隊が存在し、あと１日と半日も経過すれば闘人都市に到着する距離にまで詰めていた。


「進行速度を上げろ」
『……これ以上は、無理です。魔物に、押し潰されてしまう者も、出てきます』
「ちっ……完全には馴染んでいないか」


闘人都市でレノと出会って以来、リーリスは常に不機嫌であり、本物の人間のように振る舞う。自分の変化に戸惑う一方、今までは特に気にしていなかった事も気にかかり、焦燥感が募る。そのせいなのか、洗脳した眼の前の新しい「手駒」の操作も上手くいかず、時折他者を気遣うような意見を述べてくる。

自分の配下であるロスト・ナンバーズは全員死亡し、彼女の味方は最早洗脳した者達だけであり、この戦いに敗北すれば一からやり直さなければならない。何としても闘人都市の地下深くに眠る宝玉を回収し、そしてどうにか時の聖痕の力を手中に収め、７つの巨大隕石が落ちていないこの世界の過去、つまりは「旧世界」の時代に向かうため、今回の戦だけは敗北は許されない。


「何故だ……何故、反応しない！！」


リーリスは胸元を押し開き、彼女が憑依している肉体はあの原初の英雄のフォルムの身体であり、嘗てはフォルムが存命の時代には胸元の部分に時計の紋様を想像させる聖痕が刻まれていた。全ての聖痕の中でも頂点を位置する「時の聖痕」の力を、どういう事かリーリスは未だに発動する事が出来ない。この身体は正真正銘フォルムの肉体であり、妹の聖痕は全て使用出来たにも関わらず、この身体に眠っているはずの時の聖痕だけは未だに目覚めない。

大量の魔力を吸収した事でフォルムの肉体も完全に馴染み、以前のアイリィに憑依していた時と同等程度の力を取り戻したのは確かだが、フォルムの時の聖痕の能力だけが発動できず、彼女は苛立ちを我慢できずに隣に並んで移動していたデュラハンに拳を放つ。


ドゴォオンッ！！


リーリスの一撃によってデュラハンの鎧が砕け散り、そのまま地面に転がり込む。直後、大量のゴーレムがその鎧の残骸を踏みつぶし、黒甲冑の騎士がそれを見て何か言いたげにリーリスに視線を向けてくる。


「……何だ」
『いえ……』
「くそが……！！」


洗脳の力さえも上手く行えなくなった事に彼女は悪態を吐き散らし、同時にこのままで本当に問題ないのかと考え込んでしまう。ここは一旦撤退し、次の機会まで待つべきではないかとらしくなく考え込んでしまう。今回の相手の大部分は人間であり、彼等の命など自分と比べれば短く、一番厄介なレノという少年でさえも急成長の影響であと半年も持たない命のはず。


「違う……！！」


ここまで訪れて弱気になる自分自身を叱咤し、リーリスは身体が馴染んだせいか、心まで普通の生物のように変化してしまったのではないかと思い込み、このまま単独でも闘人都市に突入して宝玉を回収するべきかと悩んでいると、


「……？」


不意に軍の進行が停止している事に気が付き、何事かと視線を前に向けると、どうやら何時の間にか鉱山を抜け出して平原地帯にまで辿り着いたようであり、これならば予定よりもずっと早く闘人都市に到着するのではと思った瞬間、上空の異変に気が付く。


「何だ……あれは？」



――黒雲が消散した空一面に「赤色に光り輝くオーロラ」が広がっており、リーリスはその神秘的とも言える光景に唖然とした。彼女が驚いた理由は遥か過去の時代に見覚えのある景色であり、このオーロラが広がる光景をよく知っている。



「これは……あの時の」



１０００年前、魔人族を従えて六種族の征服を行った時もこの「紅色のオーロラ」は出現し、結局当時は特に大きな問題は起きなかったのだが、どうして今この状況であの時のオーロラが出現したのか分からない。アイリィならば何か知っている可能性もあるが、今はオーロラなどに気にかけている暇はない。


「……進め」
『はっ……』


再び進行が始まり、リーリスは赤く、いや、紅く光り輝くオーロラを眺めながら、王国軍が待ち構える平原地帯に向かう――