種族統合 ~宝玉編~

カタナヅキ

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英雄編

残留意識

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――マドカが常に身に着けているスマートフォンは彼にとって、より正確に言えば彼女にとっては非常に思い出深い物であり、今は無き恋人の形見である。嘗て、内密に行われてた勇者召喚によって呼び出された異世界人「ヒカリ」と名乗る男性の所有物であり、マドカはひょんなことから彼と知り合い、恋人関係に至った。


異世界人(旧世界人)である彼はハーフエルフであるという理由だけで彼女を差別せず、1人の女性として接した。その事が切っ掛けで2人の仲は縮まり、何時しか恋人となり、2人で共に世界中を旅した。

だが、ハーフエルフである彼女と旧世界人であるヒカリには寿命の差があり、さらに年老いたヒカリはハーフエルフと交わったという理不尽な理由で森人族の刺客に殺され、彼女は彼の形見としてスマートフォンを受け取り、心が壊れた様に返事が返ってくるはずもないのに彼女は時折「ヒカリ」が生きているように接する。彼女が魔方陣を展開して放つ砲撃系の魔法しか使用できないのもヒカリの影響であり、彼はこの世界に訪れたときから砲撃魔法しか扱えず、そんなヒカリを真似てマドカは彼の戦い方を真似る。

マドカがロスト・ナンバーズに入ったのはヒカリの死に自暴自棄になっていた頃、自分の故郷の族長であるムメイから誘いを掛けた事が切っ掛けだった。今回の戦いは決して敗北は許されず、大切な彼女のスマートフォンに仕掛けを施され、ソフィアに勝たなければ自動的に内部から発動させる仕組みになっていた(ヒカリのスマートフォンは旧世界でも後半の時代に造りだされた特別な金属で造りだされており、滅多な事では壊れない)。



(……ごめんなっ……)


自分にとっては何よりも大切なものだが、今重要なのは生き残る事であり、マドカは心の中でヒカリに詫びを入れる一方、もしもこの戦いで死ねばあの世とやらで彼に謝罪する事を決意し、苦笑いを浮かべる。


「……どうした?」
「っ……なんでもねえ、行くぞっ!!」


スマートフォンを見つめたまま黙り込んだマドカにソフィアが声を掛けると、すぐに彼は気を取り直したようにスマートフォンを握りしめて動き出す。


(……残りの魔力も少ない……あと数十秒が限界ってところか)


魔力暴走によってマドカの体内魔力は常に消耗しており、ソフィアも慣れない魔鎧の完全武装によって疲労しているため、それほど時間は掛けられない。一方のキメラは30人分の勇者によって造られた事が理由か、先ほどから周囲に呪詛を放出し続け、先ほどのゼロを想像させる黒色の魔力を体外に生み出し続けている。


ブシュウウウゥッ……!!


それだけではなく、キメラの肉体の方も異変が生じ、背中の部分の皮膚が内側から引き裂かれ、体外にまで鋭利に尖った骨が露出し、徐々に羽根の形に形成される。


「あれは……腐敗竜の?」
「冗談だろおい……!?」


バサァッ!!


あろう事か、キメラの背中から生えた「骨の羽根」が大きく振るい、周囲に風圧が生じる。実際に飛べるわけではないのか、何度も羽根を震わせるが、キメラの身体が揺れるだけで浮き上がる様子はない。


「はっ……驚かせやがって……」
「まさか……あれは!?」


その光景を見ていたマドカが呆れたような声を出すが、すぐに腐敗竜と戦闘の経験があるソフィアはキメラの狙いに気付き、直後にキメラは咆哮を上げる。


『うおぁあああああああっ!!』



――ズドドドドォンッ!!



背中に形成されていた巨大な骨の羽根が分解し、キメラの周囲に目掛けて異様に先端が研ぎ澄まされた無数の「骨の槍」が放たれ、ソフィアは即座に回避行動に入るが、マドカは予想外の攻撃に一瞬だけ反応が遅れてしまう。


ドスゥッ!!


「がはぁっ……!?」
「マド……!?」


後方に避けようとしたマドカの右足に骨の槍が突き刺さり、地面に固定される。その直後、一本の槍が彼の腹部に目掛けて貫通し、そのまま吐血して彼女の身体が傾く。魔力暴走によって強化されているはずの彼女の肉体を貫く辺り、腐敗竜が放った骨の槍よりも圧倒的な威力を誇る。


「くっ……!!」


バシィッ!!


続けて固定された彼の身体に向かってきた骨をソフィアが弾き返し、マドカを庇う形で両腕の魔鎧を強化させて槍を次々と弾く。その間にもマドカは自分の腹部に突き刺さった槍を確認し、引き抜こうとするが激痛が走り、顔を歪める。


「くそっ……がぁああっ!?」
「無理をするな……死ぬぞ!?」
「あぐぁああああああっ!?」


ズボォオオッ……!!


ソフィアの制止を無視して腹部を貫通した骨の槍を抜き取り、マドカは続けて右足に突き刺さった骨に手を差し伸べ、


「あがぁああああっ……!!」


バキィイイッ!!


引き抜くのは無理と判断し、そのまま骨を力ずくで破壊し、骨の一部が肉体に残ったまま立ち上がる。その姿にソフィアは冷や汗を流し、同時に前方に視線を向けると全ての骨を撃ち尽したキメラの姿があり、どういう事か頭部を抑えて跪いている。


『うおぁ……がぁあああああっ……!?』
「何だ……!?いや、それより……」
「がはっ……」


今の内に激しく出血しているマドカを抱きかかえ、キメラが放つ呪詛の影響が出ない距離まで移動しようとした時、不意に彼女の右足に違和感を覚える。


ジュワァアアアッ……!!


「うがぁっ!?」
「まさか……!?」


マドカの右足が腐り始め、衣服も影響を受けた様に崩れ去る。すぐにソフィアは右足に残ったキメラの骨の槍が原因だと悟り、摘出しようと右腕に魔鎧を纏わせるが、


「切れっ……足ごと!!」
「なっ!?」
「いいから切れぇっ!!」


既に腐敗は膝元まで届いており、このままでは骨を摘出してもいずれマドカの肉体に腐敗化が回ってしまう。既に彼は覚悟を決めたのか、自分の右腕を噛み締めており、ソフィアは一瞬躊躇したが、右腕の魔鎧の形状を斧の刃のように変化させ、


「炎斧」


ズバァアアアアアッ……!!


「いぐぅっ……!?」


炎の斧を想像させる右肘を叩き込み、膝の先の部分を切り裂く。マドカは激痛でその場で身悶えるが、すぐにソフィアが傷口の部分を掴み、


「熱いけど我慢して」
「ふぐぅううううっ……!?」


ジュウゥウウウッ……!!


蒼炎を利用し、そのまま荒療治だが火傷を負わせて傷口を塞ぐ。彼は最初の内は暴れ狂うが、無理やりに傷口を塞ぎ終えるとその場で身悶える。


「て、めぇっ……後で殺す……!?」
「それだけ減らず口を叩ければ心配なさそうだな……けど」


既にマドカの身体からは黒色の魔力は噴出しておらず、どうやら無意識に「魔力暴走」を解除している。これだけの重症では今後の戦闘続行は不可能であり、ソフィアはマドカに肩を貸してキメラの方に視線を向ける。


『ううっ……!?ああぁっ……がぁああああっ!?』


ドスンッ!!ドスンッ!!


気が狂ったようにキメラは頭を抑えてその場を転げまわり、それを見たマドカは腹部を抑えて顔を顰めながら、


「30人の意思が争ってやがる……無理やり合体させたせいで、まだ意識が残ってやがったか」
「意思……?」


事情は分からないが、恐らくはキメラの内部で30人の勇者達の残留意識が残っているらしく、安定していないのだろう。攻撃できる絶好の好機ではあるが、マドカを抱えたままではそれはできない。


「……くそっ……土壇場で油断して、いつもドジしちまうのは注意されてたんだけどねぇ……」
「え?」


気が付かないうちにマドカの肉体が変化しており、いつもの妖艶な色気を醸し出す女性の状態に戻っていた。彼女は感慨深気にスマートフォンを握りしめ、


「……これも因果応報って奴なのかもね……まさか、坊主にこれを託さなくちゃならないなんて」


それだけを告げると、頬に涙を流しながらマドカは震える手でスマートフォンをソフィアに差し出した――
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