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英雄編
ミキとセンリ
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ヨウカを落ち着かせて1時間の時が経過し、4人は屋敷の裏庭の庭園に移動する。既に時刻は深夜を回っており、美しい満月が見えるた。レミア曰く、憑依術の儀式を行うためには複雑な魔道具や準備は必要とせず、彼女の家に伝わる魔方陣を地面に書き込み、その上で魔晶石を身に着けて瞑想を行うだけらしい。
「………………」
複雑に描かれた魔方陣の上にレミアが魔晶石を両の掌で抱えこみ、座禅の形で座り込んだまま微動だにしない。事前の説明では今の彼女の頭の中には魔晶石の中に眠る意識が語り掛け、彼女の身体に憑依するかどうかを門答しているという。
この魔晶石の意識とはミキの魂を写し取った意識体であり、分かりやすく言えば死亡してしまった彼女の人格が未だに残っている。現在のレミアは掌を通して魔晶石の意識体と頭の中で対話を行い、自分の力になるかどうかを問い質している。
もしも、魔晶石の意思が拒否した場合はその場で砕け散り、霧となって消えてしまうらしい。だが、彼女の願いを聞き入れて申し出を受け入れた場合、掌の中に魔晶石が入り込み、身体の何処かに新たな魔術痕が誕生する。
「……大丈夫かな」
「長くても1時間ほどらしいですから、待ちましょう」
「う、うん……」
その様子を離れた場所からレノ達が伺い、儀式中に少しでも彼女の意識が途絶えたら失敗するので、邪魔をしない程度に観察を行う。既に儀式開始から30分以上の時が経ち、依然とレミアの姿に変わりはない。
「1つ聞きたいことがあるんだけど……ヨウカはともかく、センリはこの儀式に賛成するの?」
「どういう意味ですか?」
「いや、ミキとは一番の親友だって聞いてたけど……その、大切な命石を」
「言いたい事は解りますが、私も完全に納得した訳ではありません。彼女の親友としては複雑な気持ちですが……今はどうしても彼女の力が必要なのです」
「……どういう意味?」
レノはセンリに視線を向けると、彼女はしばらくの間を黙り込み、意を決したように彼に顔を向け、
「ミキは……私の知る中で誰よりも美しく、気高く、心優しい女性でした」
「……その割には男に振られて聖導教会に入ったという若干、不純な理由だと聞いたけど」
「そ、それは私が彼女と出会う前の話ですので……」
「もう、レノたん!!ここで話に割って入っちゃダメだよ!!」
「ごめんなさい」
まさかのヨウカからの注意に素直にレノは謝罪すると、センリは一度咳を吐き、
「……ミキは私にとって最愛の親友だったのと同時に、大きな壁でもありました。いつも私の先には彼女の姿があり、追いついたと思った時にはまた大きく差を開かされました。魔法も、知恵も、人望も、何もかもが足元にも及びませんでした」
「「…………」」
センリがミキに抱いていた心の中の葛藤に、2人は黙って話を聞く。
「ですが、今の私がここまで成長できたのもミキのお蔭です。彼女に負けずまいと魔法の研究を行い、彼女が全ての属性を極めようとするならば、私は最も相性の言い水属性と精霊魔法を掛け合わせ、今の千の形態魔法を生み出す事が出来ました」
「全ての属性を極める……?」
「あ、レノたんは知らないんだっけ?マザーは昔は色んな魔法を使えたんだよ。ただ、私が10くらいの頃から聖属性の魔法しか扱わなくなったけど……」
「知っての通り、一流の魔術師と言えど魔法の属性を複数操れる者はいません。ですが、ミキはほぼ全ての属性を扱えたことから「五大属性の魔女(フィフス・キャスター)」とも呼ばれていました」
「へえ……」
レノも一応は「嵐属性」「火属性(魔鎧)」「水属性(掌に覆える程度)」「雷属性」の四つの属性を扱えるが、ミキのように全ての属性を極めてはいない。実際、無属性に関してはあまり使用する機会がなかったせいか、今では殆ど扱えなくなっている。
「聖天魔導士として活躍するミキに対し、私は政治方面に力を注ぎました。その頃から教皇様とはよく面倒を見てもらい、ミキに任せられない仕事を行いました」
「それって……あんまり仕事内容は聞かない方がいい」
「そうしてくれると助かります……」
聖導教会といえど、綺麗事ばかりでは済まされない事も多い。ミキが表舞台で活躍する一方、センリは裏で教皇から頼まれた仕事を行い、今の地位を築いたという。2人は対照的な存在であり、コインの表と裏のような関係だった。
それでも2人の仲は良好だったらしく、時には争う事も遭ったが、聖導教会を支えるという点は同じであり、お互いの方法で教会の地位を守り続けた。
「ミキが死亡したと聞いた時、正直に言えば信じられませんでした。彼女よりも強い存在などこの世に存在するはずが無いと思い込んでいました……ですが、それは私の視界が狭いだけで、彼女にだってどうしようもない相手は存在するし、人の助けを必要とする事もあった。それなのに私は……」
前回の剣乱武闘の際、元々センリも巫女姫の護衛役として赴くはずだったが、直前で聖導教会総本部にて問題が生じ、別に彼女が対応するほどの大きな問題ではなかったが、巫女姫の護衛にはミキがいるからと判断して教会に残ってしまったという。
――しかし、その結果は後のロスト・ナンバーズを名乗るセンチュリオンの手によって大会が崩壊し、彼女の憧れであり、宿敵でもあり、そして一番の親友であったミキが自らの命を捧げて巨大隕石から大衆を守るために散ったことを後で知り、愕然とした。
あの時、自分も巫女姫の護衛役として赴いていたら、ミキが自身を犠牲にするような選択を止められたのではないかと思い悩む日々を送る。だが、今更後悔しても遅く、彼女の分までセンリは教会を支える事を決意したのだが、今回はどうしてもミキの力が必要である。
「今回の相手……フェンリルに関しては情報が少なすぎるのです。1つだけ分かる事は腐敗竜やバジリスクに匹敵、あるいはそれ以上の化け物というだけ……それに「人魚族」と「魔人族」の動向が掴めない以上、戦力は集中できません」
「それは知ってる……本当にどっちの種族も動きが掴めないの?」
「レノ様ご存じでしょうか……魔人族はこの大陸から遠くに離れた島国に住んでいると言われています。彼らは独自の転移魔法で大陸に訪れ、帰還方法は彼らしか知りません。人魚族も同様に大陸ではなく海中に国家を造っているので、滅多に地上に姿を現しません」
カゲマルも隠密部隊を引き連れて両種族の動向を探っているようだが、流石にどちらも足を見せず、情報を得られない。
「フェンリルとの戦いは私達の予想よりも過酷な状況で行われるかも知れません……戦の最中、両種族が攻めかかる事態も考えられる以上、残りの四種族も我等聖導教会も領地にある程度の戦力は残さなければなりません」
「それも知ってる……けど、そんなにやばい相手なの?」
今回のフェンリルの討伐戦には王国側からは大将軍が2人と、大陸一の規模を誇るテンペスト騎士団と王国最強のストームナイツ騎士団、さらには聖剣の所持者のアルトやジャンヌ、そしてレノも参加し、さらに他の巨人族、獣人族、森人族からも精鋭部隊が派遣される手筈だが。
「相手は単体でも世界を滅ぼせると言われる伝説の魔獣です。だからこそ、戦力の増強のためにもミキの力が必要なのです」
「そっか……」
「私としてもこんな形で再会するのは不本意ですが……今は儀式の成功を祈るだけです」
「……あっ、見て!!」
ヨウカが声を挙げ、レノとセンリは視線を向けると、魔方陣の上に座り込んでいたレミアに異変が起きていた。
「………………」
複雑に描かれた魔方陣の上にレミアが魔晶石を両の掌で抱えこみ、座禅の形で座り込んだまま微動だにしない。事前の説明では今の彼女の頭の中には魔晶石の中に眠る意識が語り掛け、彼女の身体に憑依するかどうかを門答しているという。
この魔晶石の意識とはミキの魂を写し取った意識体であり、分かりやすく言えば死亡してしまった彼女の人格が未だに残っている。現在のレミアは掌を通して魔晶石の意識体と頭の中で対話を行い、自分の力になるかどうかを問い質している。
もしも、魔晶石の意思が拒否した場合はその場で砕け散り、霧となって消えてしまうらしい。だが、彼女の願いを聞き入れて申し出を受け入れた場合、掌の中に魔晶石が入り込み、身体の何処かに新たな魔術痕が誕生する。
「……大丈夫かな」
「長くても1時間ほどらしいですから、待ちましょう」
「う、うん……」
その様子を離れた場所からレノ達が伺い、儀式中に少しでも彼女の意識が途絶えたら失敗するので、邪魔をしない程度に観察を行う。既に儀式開始から30分以上の時が経ち、依然とレミアの姿に変わりはない。
「1つ聞きたいことがあるんだけど……ヨウカはともかく、センリはこの儀式に賛成するの?」
「どういう意味ですか?」
「いや、ミキとは一番の親友だって聞いてたけど……その、大切な命石を」
「言いたい事は解りますが、私も完全に納得した訳ではありません。彼女の親友としては複雑な気持ちですが……今はどうしても彼女の力が必要なのです」
「……どういう意味?」
レノはセンリに視線を向けると、彼女はしばらくの間を黙り込み、意を決したように彼に顔を向け、
「ミキは……私の知る中で誰よりも美しく、気高く、心優しい女性でした」
「……その割には男に振られて聖導教会に入ったという若干、不純な理由だと聞いたけど」
「そ、それは私が彼女と出会う前の話ですので……」
「もう、レノたん!!ここで話に割って入っちゃダメだよ!!」
「ごめんなさい」
まさかのヨウカからの注意に素直にレノは謝罪すると、センリは一度咳を吐き、
「……ミキは私にとって最愛の親友だったのと同時に、大きな壁でもありました。いつも私の先には彼女の姿があり、追いついたと思った時にはまた大きく差を開かされました。魔法も、知恵も、人望も、何もかもが足元にも及びませんでした」
「「…………」」
センリがミキに抱いていた心の中の葛藤に、2人は黙って話を聞く。
「ですが、今の私がここまで成長できたのもミキのお蔭です。彼女に負けずまいと魔法の研究を行い、彼女が全ての属性を極めようとするならば、私は最も相性の言い水属性と精霊魔法を掛け合わせ、今の千の形態魔法を生み出す事が出来ました」
「全ての属性を極める……?」
「あ、レノたんは知らないんだっけ?マザーは昔は色んな魔法を使えたんだよ。ただ、私が10くらいの頃から聖属性の魔法しか扱わなくなったけど……」
「知っての通り、一流の魔術師と言えど魔法の属性を複数操れる者はいません。ですが、ミキはほぼ全ての属性を扱えたことから「五大属性の魔女(フィフス・キャスター)」とも呼ばれていました」
「へえ……」
レノも一応は「嵐属性」「火属性(魔鎧)」「水属性(掌に覆える程度)」「雷属性」の四つの属性を扱えるが、ミキのように全ての属性を極めてはいない。実際、無属性に関してはあまり使用する機会がなかったせいか、今では殆ど扱えなくなっている。
「聖天魔導士として活躍するミキに対し、私は政治方面に力を注ぎました。その頃から教皇様とはよく面倒を見てもらい、ミキに任せられない仕事を行いました」
「それって……あんまり仕事内容は聞かない方がいい」
「そうしてくれると助かります……」
聖導教会といえど、綺麗事ばかりでは済まされない事も多い。ミキが表舞台で活躍する一方、センリは裏で教皇から頼まれた仕事を行い、今の地位を築いたという。2人は対照的な存在であり、コインの表と裏のような関係だった。
それでも2人の仲は良好だったらしく、時には争う事も遭ったが、聖導教会を支えるという点は同じであり、お互いの方法で教会の地位を守り続けた。
「ミキが死亡したと聞いた時、正直に言えば信じられませんでした。彼女よりも強い存在などこの世に存在するはずが無いと思い込んでいました……ですが、それは私の視界が狭いだけで、彼女にだってどうしようもない相手は存在するし、人の助けを必要とする事もあった。それなのに私は……」
前回の剣乱武闘の際、元々センリも巫女姫の護衛役として赴くはずだったが、直前で聖導教会総本部にて問題が生じ、別に彼女が対応するほどの大きな問題ではなかったが、巫女姫の護衛にはミキがいるからと判断して教会に残ってしまったという。
――しかし、その結果は後のロスト・ナンバーズを名乗るセンチュリオンの手によって大会が崩壊し、彼女の憧れであり、宿敵でもあり、そして一番の親友であったミキが自らの命を捧げて巨大隕石から大衆を守るために散ったことを後で知り、愕然とした。
あの時、自分も巫女姫の護衛役として赴いていたら、ミキが自身を犠牲にするような選択を止められたのではないかと思い悩む日々を送る。だが、今更後悔しても遅く、彼女の分までセンリは教会を支える事を決意したのだが、今回はどうしてもミキの力が必要である。
「今回の相手……フェンリルに関しては情報が少なすぎるのです。1つだけ分かる事は腐敗竜やバジリスクに匹敵、あるいはそれ以上の化け物というだけ……それに「人魚族」と「魔人族」の動向が掴めない以上、戦力は集中できません」
「それは知ってる……本当にどっちの種族も動きが掴めないの?」
「レノ様ご存じでしょうか……魔人族はこの大陸から遠くに離れた島国に住んでいると言われています。彼らは独自の転移魔法で大陸に訪れ、帰還方法は彼らしか知りません。人魚族も同様に大陸ではなく海中に国家を造っているので、滅多に地上に姿を現しません」
カゲマルも隠密部隊を引き連れて両種族の動向を探っているようだが、流石にどちらも足を見せず、情報を得られない。
「フェンリルとの戦いは私達の予想よりも過酷な状況で行われるかも知れません……戦の最中、両種族が攻めかかる事態も考えられる以上、残りの四種族も我等聖導教会も領地にある程度の戦力は残さなければなりません」
「それも知ってる……けど、そんなにやばい相手なの?」
今回のフェンリルの討伐戦には王国側からは大将軍が2人と、大陸一の規模を誇るテンペスト騎士団と王国最強のストームナイツ騎士団、さらには聖剣の所持者のアルトやジャンヌ、そしてレノも参加し、さらに他の巨人族、獣人族、森人族からも精鋭部隊が派遣される手筈だが。
「相手は単体でも世界を滅ぼせると言われる伝説の魔獣です。だからこそ、戦力の増強のためにもミキの力が必要なのです」
「そっか……」
「私としてもこんな形で再会するのは不本意ですが……今は儀式の成功を祈るだけです」
「……あっ、見て!!」
ヨウカが声を挙げ、レノとセンリは視線を向けると、魔方陣の上に座り込んでいたレミアに異変が起きていた。
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