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闘人都市編
白狼の子
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「はっ……はっ……くぅっ……」
身体中から夥しい血を流しながら、レノは雪の上を歩き続ける。振り返れば後方に自分の血痕の痕跡が残っており、普通ならば血の臭いを嗅いだ魔獣達が追跡してくるだろう。
だが、レノを負ってくる獣の気配は感じられない。当然の事であり、レノの身体に纏わりついた血は「白狼」の物を混じっている。死して尚、王者の気配を感じさせる血の臭いに近づく魔獣はこの島には存在しない。
このままでは出血多量で遅かれ早かれ死んでしまうが、レノはアイリィに事前に手渡された回復薬を取りだす。以前に彼女から送られた物であり、この世界ではアトラス金貨数十枚分の価値が在る回復薬「エリクサー」だった。
先ほどの戦闘では使用しなかった理由は、単純に使う暇がなかったことと、レノ自身が白狼との決戦だけは何の装備もせずに決着を付けたいという思いがあったからだ。
――白狼は間違いなく、レノの今までの人生で最大の宿敵であり、勝てたことが奇跡に近い。仮にもう一度戦ったとしても、勝てる保証などない。
(……やめよう)
「仮に」「もしも」「あの時にああしていれば」という言葉を使えるのは余裕のある人間の考えだ。いちいち悩んだ所で取り返しの付かない事を考えるのは無駄であり、レノはすぐ傍の枯れ木に背を落とすと、何とかアイリィから頂いた瓶の蓋を開けて飲み込む。
「うっ……」
外見は青く光り輝く綺麗な液体だが、味はスライムのように粘液状であり、飲みにくい事この上ない。だが、その効果は抜群であり、全身から赤い煙が浮き上がり、レノの火傷や抉られた傷口、刃物傷から煙が舞い上がり、時間が逆行していくように元の肉体に戻っていく。
流石にこの世界でも最高級品である回復薬というだけはあり、肉体は10秒も経過せずに再生する。だが、疲労感と魔力だけは回復せず、特に右腕の深い切り傷だけは完全に治らず、少しだけ跡が残ってしまった。それでも一応は身体の痛みも無くなり、レノは立ち上がると、不意に後方から気配を感じ取り、
――グルルルッ……!!
「……ウル」
そこには嘗て、共にこの雪山を駆け巡った白狼の息子である「ウル」が、牙を剥き出しにして立ち尽くしていた。ここまで接近されながら、やっと気配に勘付いたところ、どうやらウル自体も成長しているらしい。流石は白狼の息子と言ったところか。
ウルはあからさまに敵意を向けながらも、それ以上は近づいてこない。警戒というよりは、他の思惑があるようだ。
「……仇討ちか?」
「ウォンッ!!」
レノの問いに対して肯定するように吠え、より一層に牙を向けてくるが、彼が近づいてくると、
「やめろ……今のお前に何が出来る?」
「……クゥンッ……」
そのままレノに頭を撫でられ、大人しくなる。例え、先ほど自分の唯一の親を殺した相手だとしても、レノはウルにとっては兄弟に等しい相手だ。毛布のようなウルの毛皮を撫で上げながら抱き上げると、レノは誇り高い島の王者の息子に対し、
「……また俺はここに来るよ。その時まで、父親のよりも立派な狼に成長しとけ」
「ウォンッ……」
「約束だぞ」
それだけを告げて地面に下ろすと、ウルはレノの掌に舌をやり、別れを惜しむように見上げてくる。
これから先、この狼の子供がどうなるかは分からない。親である白狼が死んだ今、「彼」が無数の魔獣達に狙われるのは間違いない。父親と同じく、この島の主になるかどうかは不明だが、可能性は高い。ウルは間違いなく白狼の血を継いだ狼であり、あと数年もすれば大きく成長するだろう。
数年後、レノが再びこの土地に訪れたときにはどれほど成長してるのかが楽しみでもある。それと同時に恐ろしい敵を見逃しているのではないかと思ってしまうが、今のレノにウルを殺すことは出来ない。
「……じゃあな」
「ウオォオオンッ!!」
最期にウルの頭部に額を押し付け、別れの挨拶を済ませると、今度こそレノは山岳を去ることを決心する。その後姿を、後の島の王者となる若き狼は、黙ってその姿が見えなくなるまで見つめ続けた――
それから3日後、レノは北部山岳から降りると、ずっと警備兵の追跡から逃れていたモーヒに迎えられ、アイリィが居ると思われる中央の草原地帯に戻ることにした。
身体中から夥しい血を流しながら、レノは雪の上を歩き続ける。振り返れば後方に自分の血痕の痕跡が残っており、普通ならば血の臭いを嗅いだ魔獣達が追跡してくるだろう。
だが、レノを負ってくる獣の気配は感じられない。当然の事であり、レノの身体に纏わりついた血は「白狼」の物を混じっている。死して尚、王者の気配を感じさせる血の臭いに近づく魔獣はこの島には存在しない。
このままでは出血多量で遅かれ早かれ死んでしまうが、レノはアイリィに事前に手渡された回復薬を取りだす。以前に彼女から送られた物であり、この世界ではアトラス金貨数十枚分の価値が在る回復薬「エリクサー」だった。
先ほどの戦闘では使用しなかった理由は、単純に使う暇がなかったことと、レノ自身が白狼との決戦だけは何の装備もせずに決着を付けたいという思いがあったからだ。
――白狼は間違いなく、レノの今までの人生で最大の宿敵であり、勝てたことが奇跡に近い。仮にもう一度戦ったとしても、勝てる保証などない。
(……やめよう)
「仮に」「もしも」「あの時にああしていれば」という言葉を使えるのは余裕のある人間の考えだ。いちいち悩んだ所で取り返しの付かない事を考えるのは無駄であり、レノはすぐ傍の枯れ木に背を落とすと、何とかアイリィから頂いた瓶の蓋を開けて飲み込む。
「うっ……」
外見は青く光り輝く綺麗な液体だが、味はスライムのように粘液状であり、飲みにくい事この上ない。だが、その効果は抜群であり、全身から赤い煙が浮き上がり、レノの火傷や抉られた傷口、刃物傷から煙が舞い上がり、時間が逆行していくように元の肉体に戻っていく。
流石にこの世界でも最高級品である回復薬というだけはあり、肉体は10秒も経過せずに再生する。だが、疲労感と魔力だけは回復せず、特に右腕の深い切り傷だけは完全に治らず、少しだけ跡が残ってしまった。それでも一応は身体の痛みも無くなり、レノは立ち上がると、不意に後方から気配を感じ取り、
――グルルルッ……!!
「……ウル」
そこには嘗て、共にこの雪山を駆け巡った白狼の息子である「ウル」が、牙を剥き出しにして立ち尽くしていた。ここまで接近されながら、やっと気配に勘付いたところ、どうやらウル自体も成長しているらしい。流石は白狼の息子と言ったところか。
ウルはあからさまに敵意を向けながらも、それ以上は近づいてこない。警戒というよりは、他の思惑があるようだ。
「……仇討ちか?」
「ウォンッ!!」
レノの問いに対して肯定するように吠え、より一層に牙を向けてくるが、彼が近づいてくると、
「やめろ……今のお前に何が出来る?」
「……クゥンッ……」
そのままレノに頭を撫でられ、大人しくなる。例え、先ほど自分の唯一の親を殺した相手だとしても、レノはウルにとっては兄弟に等しい相手だ。毛布のようなウルの毛皮を撫で上げながら抱き上げると、レノは誇り高い島の王者の息子に対し、
「……また俺はここに来るよ。その時まで、父親のよりも立派な狼に成長しとけ」
「ウォンッ……」
「約束だぞ」
それだけを告げて地面に下ろすと、ウルはレノの掌に舌をやり、別れを惜しむように見上げてくる。
これから先、この狼の子供がどうなるかは分からない。親である白狼が死んだ今、「彼」が無数の魔獣達に狙われるのは間違いない。父親と同じく、この島の主になるかどうかは不明だが、可能性は高い。ウルは間違いなく白狼の血を継いだ狼であり、あと数年もすれば大きく成長するだろう。
数年後、レノが再びこの土地に訪れたときにはどれほど成長してるのかが楽しみでもある。それと同時に恐ろしい敵を見逃しているのではないかと思ってしまうが、今のレノにウルを殺すことは出来ない。
「……じゃあな」
「ウオォオオンッ!!」
最期にウルの頭部に額を押し付け、別れの挨拶を済ませると、今度こそレノは山岳を去ることを決心する。その後姿を、後の島の王者となる若き狼は、黙ってその姿が見えなくなるまで見つめ続けた――
それから3日後、レノは北部山岳から降りると、ずっと警備兵の追跡から逃れていたモーヒに迎えられ、アイリィが居ると思われる中央の草原地帯に戻ることにした。
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