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蛇足編

巨塔の大迷宮《過去》

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 数分後。
 僕ら《彗星と極光》の加勢もあって、ゴブリンやオーガは無事、討伐し終えた。

 だけど、結果は凄惨たるものだった。

 クラン《宵の明星》二十二名のうち、半数が戦闘不能だ。
 しかも、そのうち五名は……もう手の施しようがない。

「《ヒール》。傷は塞がったけれど……息は無いようね……」

 死んでいるのだ。

 中には、僕の見知った人もいて。
 直視していられない……。

 冒険者とは、危険な仕事である。
 それを、あらためて思い知らされた。

 彼らのような犠牲者を増やさないためにも、一刻も早くダンジョンボスを討伐する必要がありそうだね……

「よぉ、久しぶりじゃねぇか、イオ」

 背後から、そう声を掛けられた。

 振り返って見てみると、声の主はエルフの少女だった。

「……リエンか。久し振りだね」

 僕が元いたパーティーの一員だ。

 ついさっきも、オーガ相手に大剣を振るっていた。
 身体中にある新しい傷が、その戦闘の激しさを物語っている。

 彼女は僕の目の前まで詰め寄ってくると──いきなり胸倉を掴んできた。

「テメェ、今までどこほっつき歩いてやがったんでい!」
「ちょ、リエン!? 急にどうしたの!」

 なんで唐突に怒り始めたの!?

「あぁ!? 連絡も無しに急にふらっといなくなりやがったのはテメェだろうが! あっしがキレねぇとでも思ったのかい!」
「いや、怒ってるだなんて思わないでしょ!」

 だって……僕を追放したんだし。
 馬鹿にしているか、嫌悪してるかの、どっちかだとばかり……。

「なんだとぉ? 怒ってるとは思わなかった? よくもまぁ、いけしゃあしゃあと嘘が付けるな!」
「嘘じゃないって!」

 なぜか大変に腹を立てているリエン。
 彼女に段々と胸倉を引き寄せられたせいで……顔が近い。

 こんな目と鼻の先で怒鳴られるなんて経験したこともないから、正直怖い。
 だけど、その恐怖を払うように、

「はいはい、そこまでね。私のイオから離れてもらえるかな、お嬢ちゃん」

 "ベガ"が、リエンの手首を捻って胸倉から解き、そのまま突き飛ばす。
 リエンは腰を落として踏み止まると、背中の大剣に手を掛けた。

「……誰だ、テメェ? あっしを突き飛ばすとは、いい度胸してるじゃねぇかい、えぇ?」

 眉根を寄せるリエンに対し、ベガはいつものように余裕そう。

「どうか、背中のそれは抜かないでくれよ。こっちも手加減できなくなるから。君だって、まだ死にたくはないだろう?」
「ケッ、その澄ました顔がいつまでもつか、見ものだな」

 このままでは戦闘に発展してしまう。
 魔物がうようよしている状況で、それは流石にマズい。

 と、この状況を見かねた《宵の明星》のリーダーが、二人の間に割って入った。

「待て待て待て、止めるんだ! リエン、柄から手を離せ! 公爵令嬢殿、あなたも殺気を抑えていただきたい!」
「チッ、しょうがねぇな」
「すまない、つい熱くなりすぎたようだ」

 二人は戦闘態勢を解除した。
 僕は、ほっと胸を撫で下ろす。

 ……良かったぁ。
 二人が本気で戦い始めたら、確実にどちらかは大怪我を負うだろうし。
 しかも当事者だけに収まらず、周りにまで被害が及びそうだからね。

 《宵の明星》のリーダーは、リエンとベガが矛を収めたのを確認し、言った。

「それで何が原因なんだ! リエン、イオ、説明しろ!」

 まずはリエンが、苛立たしげに口を開いた。

「リーダーも知ってんだろ、そいつが勝手にパーティーを抜けやがったこと。あっしはその事について、問い詰めてたんでい」

 ……ん?
 勝手に抜けた?

「いや、僕は追放されてパーティーを抜けたんだ。リエンだって、当然知ってるだろ?」
「は? なんだ、その言い訳? 冗談も大概にしな」
「冗談じゃないよ! みんなに追放されたこと……忘れるわけないじゃないか……」

 あれが、どれだけ辛かったか……。
 ベガや姉上がいなければ、僕が今頃どうなっていたことか……。

 リエンは腕を組んで唇を尖らすと、視線を"ブレイズとライヤ"のほうへ向けた。

「おい、ブレイズ、ライヤ。どうなってんでい? イオは『勝手に抜けた』んだよな?」
「あ、いや、それは……」
「そ、その……」

 答えになってない答えに、リーダーの視線も訝しげになる。

「もしかしてお前達……本当にイオを追放したのか?」
「……ッ!」

 悔しそうにブレイズは、歯噛みする。
 その横でライヤが、声を荒げた。

「なによ、悪いの!? だってレベルが低いじゃない! ギルドが暗に、お荷物ですって言ってるようなものでしょ!?」
「そのお荷物がいなくなってから、ホブオーガ一匹ろくに討伐できなくなったのは、どこのどいつだ?」
「うぐ……っ!」

 言い訳もできないライヤを、ベガは鼻で笑う。

「ふっ、まさかギルドのレベルシステムを信じてる人がいるなんて……くくっ」
「信じるのが普通の冒険者でしょ! あなたは信じてないの!?」
「信じてないよ」

 きっぱり断言するとベガは、僕の倒したオーガ二匹に目をやった。

「実際に戦う様を見ていない者の評価なんて、信じられるかい? "数字だけ"を見たら、そりゃあサポーターのレベルは低くなるさ」

 大剣を持ったファイターは、肉厚な敵をも切り飛ばす。
 大威力の攻撃魔術を放つウィザードは、敵を瞬時に滅する。
 タンクは最前線で敵を惹き付け、ヒーラーは回復に勤しむ。

 役割が明確な分、確固たる評価基準がある。

 じゃあ、サポーターは?
 どういう評価基準でレベルを測ればいいのか?

 敵を倒した数?
 支援魔術の回数?
 その他雑用?

 ……非常に評価は難しい。
 なにを評価するか、ギルドの職員によっても異なるだろう。

 それため、不当にレベルが低くなる……。

「私はね、ギルドの評価用紙より自分の目を信じている。イオがどれだけの力を秘めているかは……身をもって知ったんじゃない?」
「……っ!」

 ライヤはベガを睨んだまま、黙った。
 もう、言い分も出てこないのだろう。

 リーダーが僕の元へ歩いてくると──頭を下げた。

「イオ、ブレイズとライヤが申し訳ないことをした。俺の監督責任でもある」
「あ、頭を上げてくださいっ! ギルドの評価を越えられなかった僕が悪いんですから!」
「……本当に良い子だね。《宵の明星》にとって、君を失ったのは大きいかも知れないよ」

 リーダーは頭を上げて僕を見ると、微笑んだ。

「戻ってきてくれないか……と言いたいところだけど、もう無理そうだな」
「……すみません」
「いや、いいんだ。今の仲間を大切にするんだぞ、イオ」
「はいっ!」

 そう返事した僕の肩に、レオンが腕を回す。
 右横では、ベガが嬉しそうに笑んでいる。
 姉上も、静かに近くにいてくれる。

 前のパーティーよりも強いパーティー。
 その目標は、既に達成されているかも知れない。

 しかも間違いなく。
 前よりも"良い"パーティーだと思う。
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