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6巻

6-3

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『アイ……アイ、なんだっけ? もう、アイアイでいいや』
『もはや名前すら忘れられてる!? それとその名前はパンダみたいですからやめてください』
『それでなんの用?』
『あ、はい。実はレイトさんの能力に関してお話ししておこうと思いまして』
『……SPのこと?』

 アイリスの言葉に、レイトは心当たりがあった。
 彼は先日、伝説の魔物である腐敗竜ふはいりゅうを倒したことでレベルが65にまで上昇している。その結果、SPも30獲得した。
 これを使用すれば新しいスキルを覚えられる他、すでに習得している一部の能力を強化することもできる。
 できることが多い分、レイトは慎重に決めることにしてSPの使用を保留していたのだった。
 アイリスが話を続ける。

『すでにレイトさんはいくつかの能力を強化しています。固有スキルと自分の職業に関する能力だけですけど』
『ちなみに錬金術師のレベルを上げたらどうなるの? もっと能力が強化される?』
『その場合は使用する魔力の量が減ったり、発動速度が少し強化されたりする程度ですね』

 レイトの「物質変換」「形状高速変化」「物質超強化」の三つの錬金術師の能力はSPを使用して強化したものであり、元々は「金属変換」「形状変化」「物質強化」と呼ばれていた。
 一方、固有スキルの「魔力回復速度上昇」「魔力容量拡張」「魔法威力上昇」に関しては名称に変化はなく、能力が強化されるのみに留まっている。
 一見地味だがSPを使用したことでレイトは多大な恩恵を受けた。特に「魔力回復速度上昇」は役立っており、このおかげでレイトは魔力が切れても常人より早く魔力を回復できる。

『今回はSPをどのように使うのか考えてください。新しいスキルを覚えるか、それとも既存の能力を強化するかです』
『う~んっ……』
『今は割と簡単にスキルを覚えていますけど、やっぱり職業的に覚えるのが難しいスキルも多いですし、それに年齢を重ねればスキルを習得しにくくなります。SPを貯蓄しておいて、あとで覚えるという手段もありますけど……』
『よしっ、使おう』
『いや、決断が早い!! 本当にいいんですか!?』
『悩んでもしょうがないし……今回は補助魔法を強化したい』

 レイトはすでに強化した能力ではなく、まだ強化を施していない支援魔術師の能力にSPを使うことに決める。
 レイトはアイリスに、能力の強化した場合の結果を尋ねた。

『「筋力強化」を強化するとどうなる?』
『「限界強化」というスキルに進化します。身体能力が一気に強化できるようになりますね。ただし、身体能力の強化の倍率は本人の肉体に合わせて自動で変化します』
『どういうこと?』
『具体的に言うと、「筋力強化」だと今の身体能力の三~四倍くらいしか強化できませんけど、「限界強化」なら六~七倍まで強化できます。身体を鍛えればさらに強化できるかもしれません。あ、でも強化した分だけ肉体の負荷が大きくなるのは改善されないので、そこは気を付けてください』
『へえ~』

 アイリスの説明にレイトはしばらく考え込む。
 身体能力が今以上に強化されるのは魅力的だが、肉体の負荷が大きくなるとなると悩んでしまう。

『「魔力強化」は? 何気にこれが一番気になる』
『「付与強化」というスキルになります。こちらは元々の能力が強化されるというわけではありません。代わりに新しい効果が付加されます。今までの「魔力強化」は魔法しか強化できませんでしたが、「付与強化」は武器や道具に魔力を送り込むことができるんです』
『今までも似たようなことをしていた気がするけど……』
『いえ、「付与強化」は送り込む魔力の属性を操れるんです。たとえばレイトさんの「重力剣」や「重撃剣」は剣に土属性の魔力を送って発動していますよね?』
『うん』
『「付与魔法」を使えば、たとえば武器に火属性の魔法を送り込んだら刀身に火炎をまとわせられます。あと、武器を使用しなくても身体から炎や電気を自在に出せるようになります』
『おおっ』

 レイトが剣に送り込める魔力の属性はこれまで限定されていた。
 だが、「付与強化」を覚えると剣にあらゆる属性の魔力を付与できるようになるらしい。
 新しい能力が追加されることにレイトは興奮を隠せず、その一方で驚異的に能力が強化されるわけではないことが残念でならない。

『それなら「回復強化」は?』
『「回復超強化」になりますね。単純に回復速度が跳ね上がります。魔力の消費は大きいですが、瞬時に肉体の負傷を治せるようになりますよ』
『単純だけど便利そうだな』

 回復強化は他の二つと違って能力が大きく向上するというだけだが、今までよりも回復速度が増すという点は素晴らしい。
 三つの補助魔法についての強化後の説明を聞き終えたレイトが思い悩んでいると、アイリスが思い出したように言葉を続けた。

『あ、それと収納魔法も強化できますよ』
『あ、そうか。収納魔法も補助魔法だったか』

 レイト本人も忘れていたが、収納魔法も支援魔術師固有の魔法である。
 レイトは念のため内容を確認する。

『収納魔法はどんな感じに強化されるの?』
『「空間魔法」というものに変わります。名前は少し格好いいように聞こえますね。異空間に固体以外のものを回収できるようになります』
『固体以外ね……』
『はい。それだけじゃなくて、収納魔法の発動範囲に限界がなくなります。今までの収納魔法はレイトさんの周囲にしか発動できませんでしたが、空間魔法の場合だと視界に見える範囲ならどんな場所でも黒渦くろうずを作り出せますし、場合によっては黒渦をその場に固定させることもできます』
『それはすごそうだけど……制限重量とかは増加しないの?』
『しません。そちらは残念ながら使用者の魔力容量次第です』

 収納魔法の強化は魅力的だが、肝心の制限重量が増えないのは残念だ。
 レイトはしばらく考え、決断した。

『よし、俺は四つの補助魔法を全部強化する』
『いいんですか? 一度使用したらあと戻りできませんよ』
『私は一向に構わんっ!!』
『どこの中国拳法家ですかっ』

 アイリスとの交信を終え、レイトはステータス画面を開く。そしてSPを消費して補助魔法に強化を施した。これで彼は、ついに自分の職業の能力全てを強化したことになる。

「おおっ……一気に変わったな」

 四つの補助魔法の文章が変化し、熟練度の数値がゼロになる。スキルが進化すると熟練度はリセットされるため、また地道にスキルを使用して上昇させるしかない。

「試すのは別の日にするか……眠い」

 アイリスとの交信で精神力が消耗している。
 レイトは今度こそ自宅に帰宅して身体を休ませることにした。


 ◆ ◆ ◆


 翌日、氷雨のギルドに存在する訓練場。
 そこでは、荒れた様子のシュンが後輩の剣士に剣の指導を行っていた。
 剣聖の称号を持つ者はギルドに滞在中、交代制で剣を使用する冒険者を指導する役目を言いつけられている。本日の当番はシュンであった。
 シュンは現在、剣の指導という名目で後輩に八つ当たりをしている。

「おいガロ!! この前の威勢はどうした!? さっさと起きろっ!!」
「か、勘弁してくれよ……!?」
「ちっ……少しは成長したかと思えば、結局は腑抜けに逆戻りかよ」
「くっ……!!」

 木刀を所持したシュンは、自分が地面に叩き伏せたガロという冒険者に吐き捨てるように言った。
 シュンはいらだちを隠そうともせず、次の人間の指導をするために声を荒らげて呼びかける。

「もういい!! 次の奴、出てこいっ!!」
「ひぃっ!?」

 悲鳴を上げたのはその場にいた一人の女性だった。訓練場に立っているのはシュンを除けば女性の冒険者しかおらず、男性は全員地面でノビている。
 シュンはその声を聞いて、いくぶんか冷静さを取り戻した。

「っと……男子はもういないのか、悪い悪い。もういいよ」
「「「ほっ……」」」

 シュンが木刀を収めると、周囲にいた女性達が一斉に安心してため息をついた。
 彼は女性には手を上げないと決めている。自分が剣を向ける相手は男性のみと心に誓いを立てていた。例外は自分の剣の師匠か、あるいは自分と同じ剣聖の称号を持つ剣士だけである。
 そのとき、シュンの指導を見守っていた獣人ビースト族の男性がついに怒声を上げた。

「シュン!! いい加減にせんかっ!! お前、遅れて戻ってきたと思ったら何をしている!?」

 そう怒鳴ったのは剣聖のロウガである。
 シュンはロウガに怒鳴り返す。

「うるせえなっ!! 今日は俺の当番だ!! 好きにやらせろっ!!」
「そうはいかん!! 自分が不機嫌だからといって、仲間を不必要に叩きのめすのは許さんぞっ!!」

 床に転がる男性の剣士達が恨めしそうな顔をシュンに向ける。
 シュンはため息を吐き出し、少し我を失っていたことを自覚した。

「ふうっ……もういい、今日の指導はここまでだ。俺に負けた奴は都市の防壁の周りを十周してこい!!」
「「「は、はい……」」」
「お疲れさん」

 一応ねぎらいの言葉をかけて、シュンは訓練場を立ち去った。

「「「お、お疲れ様でした……」」」

 シュンがその場にいなくなると、誰もが安心した表情を浮かべる。
 シュンの姿が見えなくなった瞬間、傍に控えていた治癒魔導士の人間達が慌てて駆け寄り、怪我の治療をする。訓練中はよほど重傷を負わなければ治療してはならないのが規則であり、打撲程度では治癒魔導士が動くことすら許されない。

「ガロ、大丈夫?」

 ガロと同じパーティの冒険者、ミナが心配そうに声をかける。

「いててっ……くそ、あの野郎」

 ガロは悪態をつきながら立ち上がった。
 そこに、もう一人のパーティメンバーであるモリモもやってきた。

「今日のシュンさんは随分と荒れていたな。まさか、最後に『魔法剣』まで使用するなんて……普段は絶対に練習試合では見せないのに」

 最後にシュンと対戦したガロだけは、シュンの奥の手である「魔法剣」を使わせるまで追い込んだが、結局は一撃で倒されてしまった。純粋な剣の腕ならばガロはギルド内でも十本の指に入るが、剣の腕のみを磨いても「剣聖」という称号は手に入らない。

「絶対にいつかぶちのめしてやる……あいでぇっ!?」
「おい、無理するな馬鹿っ!!」
「もう、治療してあげるから動かないでよっ!!」

 モリモとミナに押さえられながら、ガロは右腕の傷跡の治療を受けた。「魔法剣」によって付けられたその傷は鋭利な刃物で斬り裂かれたような見事な斬り口ではあるが、彼はシュンの斬撃を一度も直接受けていない。最後に倒れていたのも「魔法剣」で吹き飛ばされただけで、他に外傷はなかった。

「それにしてもシュンさん、今日はどうしてあんなに不機嫌だったんだろうな」

 モリモの言葉に、ミナが反応する。

「昨日から様子はおかしかったよ。朝帰りしたと思ったら急に戦闘指導なんて珍しいよね。普段の当番はよくサボるのに」
「どうでもいいよ。ちっ、さすがだな……傷口が綺麗すぎてすぐに治りやがる」

 回復薬をかけた瞬間、ガロの傷口が一瞬でふさがった。逆にそれがシュンの「魔法剣」のすさまじさを物語る。
 ガロは木刀を握りしめて立ち上がる。

「くそっ!! どいつもこいつも俺をバカにしやがって……モリモ、練習に付き合えっ!!」
「ええっ!? 無理するなよ……」
「うるせえっ!! ミナ、お前も手伝え!!」
「ええっ……僕、今日は非番なのに」
「今日の晩飯をおごってやるから付き合えよ!!」
「しょうがないな……少しだけだよ?」

 夕飯を奢ってくれると聞いて、ミナは渋々承知した。
 すると、モリモがガロの肩を叩く。

「おい、ガロ。当然、俺にも奢ってくれるんだよな? ミナだけなんてずるいぞ」
「うっ……わ、分かったよ」
「よし、言ったな!? おい、みんな!! ガロが練習に付き合えば飯を奢ってやるってよ!!」
「あ、馬鹿てめぇっ!?」

 ガロはとんでもないことを口走るモリモを押さえつけようとするが、体格で勝る彼を止めることはできない。
 モリモの言葉に、痛めつけられて鬱憤うっぷんが溜まっている剣士達が反応する。

「本当か、その言葉?」
「男に二言はねえぞガロ!!」
「この間の恨み、晴らさせてもらうぜっ!!」
「くそっ……もういい、かかってきやがれ雑魚ざこども!!」
「「「言ったなこの野郎ぉおおっ!!」」」

 その場にいた全員がガロに襲いかかり、彼はそれを木刀で迎え撃つ。
 その光景にロウガは深いため息を吐き出した。そしてその一方で、彼はシュンの様子が気にかかり、あとで理由を問い質すことにしたのだった。


 ◆ ◆ ◆


 ――自宅に戻ったレイトは昼過ぎまで仮眠を取り、起きたあとはウルの背中に乗り込んで冒険者ギルドに向かった。適当な依頼を引き受け、魔物を相手にどれだけ自分の力が伸びているのかを確認するためである。

「よっ、みんな元気~?」
「あ、レイトさん!!」
「お疲れ様ですレイトさん!!」

 レイトがギルドに入ると冒険者達が口々に挨拶した。レイトはまるで人気の芸能人になったような気分で彼らに挨拶を返しながら、依頼書が貼り出されている掲示板を確認する。すると「イミル鉱山」というなつかしい場所の名前が刻まれた依頼書を発見した。
 その依頼書の内容を確認する。

『最近、イミル鉱山にオオツノオークがみ着きました。こちらの鉱山を棲みとして動植物を食い荒らしており、このままでは復興中の近辺の村や町まで被害にうかもしれません。どうか討伐をお願いします』
「これでいいかな」

 レイトが依頼書をちぎろうとすると、背後から声がかかった。

「おいおい、そんなのを受けるのかい? あんたならもっと難易度の高い依頼でも問題ないだろう」
「なっ……オーガ!?」
「誰がオーガだい!!」

 レイトが振り返ると、そこに立っていたのはバルの姿であった。レイトとは久し振りに顔を合わせる。
 最近の彼女は外に出向くことが多く、受付嬢はしばしば「ギルドマスターが行わなければならない書類が山積みになっている」と嘆いているのだが、当の本人はまったく気にしている様子はない。

「それよりあんた、報酬の項目をちゃんと見たのかい?」
「報酬……? あ、これお金じゃなくて物品なのか」


 『報酬:風魔石ふうませき――風属性の魔法威力を高める魔石』


 依頼書の報酬欄にはそう書かれていた。レイトが所持している「紅魔石こうませき」や「水晶石すいしょうせき」と同じような効果を持つ魔石であり、貴重な代物である。
 報酬が魔石という依頼は珍しいが、基本的に魔石は高級品なので仮に魔術師以外の職業の人間が手に入れても損はしない。不要と判断したのならば売却すればいいだけなので、魔石が報酬でも文句を言う冒険者は基本的には皆無である。むしろ、希少価値のある魔石のほうが魔術師との交渉材料にも利用できるため人気が高い。
 バルはレイトに忠告する。

「その依頼を引き受けるのなら、気を付けたほうがいいよ。実は、少し前にその依頼を受けた冒険者集団がいたんだけどね。想定よりもとんでもない数のオオツノオークが棲み着いていて、命からがらで逃げ帰ってきたのさ」
「でも放置したら危険じゃないの?」
「あんたはオオツノオークを知らないのかい? オークの上位種だけど、あいつらは本当になんでも食うんだよ。食料が枯渇こかつしたら自分の仲間達であろうと共食いする危険な奴らさ。大方、狩猟祭しゅりょうさいで持ち込んだ魔物使いが面倒を見切れなくて外に逃したんだろうね」
「なんて無責任な……ペットは最後まで責任を持って飼うべきでしょ!!」
「いや、別にペットとは違うと思うけどね……まあ、そういうわけで、その依頼は別に放置しても構いやしないのさ。餌がなくなれば、あいつらは勝手に自滅するよ。それに近隣の村や町の住民には警告もしてあるし、一応冒険者の護衛も付いているからね」
「でも放置するよりは倒したほうがいいんでしょ?」
「それはそうだけど……あたしとしてはあんたにあんまり目立ってほしくないんだよね」

 マリアにレイトのことを任されたバルとしては、これ以上に彼が目立つような行動は避けてほしい。レイトもなんとなく彼女の気持ちを察したが、依頼した人間からすれば一刻も早く解決してほしい問題に変わりはない。
 レイトは依頼書をぎ取る。

「これ、受けるよ」
「いいのかい?」
「大丈夫。それに、この依頼をこなしたらちょうどいい具合にウルの餌代が浮きそうだしね」
「食うのかいっ!?」

 レイトは自分の能力を確かめるいい相手と判断して依頼を引き受けた――


 ◆ ◆ ◆


 ――ある程度の準備を整えたレイトは、ウルとともにイミル鉱山に向かう。足の速い白狼種はくろうしゅのおかげで、一時間程度で目的地に到着した。
 レイトはイミル鉱山で吸血鬼ヴァンパイアのゲインと戦闘したことを思い出す。

「あのときから俺も成長したのかな……」
「ウォンッ!!」
「分かってる、行こうか」

 思い出にふけっている時間も惜しい。
 レイトはウルとともに懐かしの鉱山の山道を登る。途中の道でいくつもの魔物の骨を発見し、中には人間と思われる頭蓋骨ずがいこつも存在した。この場所にオオツノオークが生息しているのは間違いない。
 レイトは空間魔法を発動し、退魔刀を取り出して背負った。

「ウル、何か近付いてきたら教えろよ」
「クゥンッ……」
「え? 変な匂いが邪魔して鼻がかない? ……本当だ、なんか臭いな」

 いつもならばウルの嗅覚を頼りに接近してくる魔物を感知できるのだが、なぜか鉱山一帯に奇妙な匂いが漂っており、ウルの鼻が上手く機能しない。レイトも最初は気付かなかったが、確かに嗅覚に集中すると花の蜜のような甘い匂いが漂っている。

「なんの匂いだ?」
「クゥンッ」
「嫌な匂いじゃない? それならいいけど……あ、こういうときこそアイリスに聞けばいいのか」

 異臭の正体を掴むため、レイトはアイリスと交信を行おうとした。
 そのとき、彼の「気配感知」の技能スキルが発動する。即座にレイトは退魔刀を引き抜き、自分達が進もうとした山道に視線を向ける。
 すると、段々魔物の姿が見えてきた。

「プギィイイイッ……」

 一体のオークらしき魔物が欠伸あくびをしながら現れた。だが、通常のオークよりも頭一つ分だけ身長が大きく、鼻から生えている牙が異様に長い。レイトはこのオークが依頼書に記されていた「オオツノオーク」だと判断した。
 オオツノオークはまだこちらに気付いている気配はない。
 レイトは合成魔術を発動して気を引こうとしたが、寸前で思い留まって周囲を見渡し、ちょうどいい具合の岩を発見する。大きさはオオツノオークの頭部ほどだ。
 彼はその岩に掌を構えて空間魔法を発動した。

「さあ、どんな感じだ?」

 岩の真上にブラックホールのような黒渦が誕生し、降下して岩を完全にみ込む。異空間に無事に岩を収納したことを確認したレイトはオオツノオークに目を向け、「遠視」と「観察眼」の技能スキルを発動して狙いを定める。

「ここっ!!」
「フゲェッ!?」
「ウォンッ!?」

 オオツノオークの上空に空間魔法の渦が誕生し、そこから先ほど収納した岩石が落ちてきた。
 唐突に頭上から落ちてきた岩石にオオツノオークは反応できず、見事に命中する。
 オオツノオークは脳震盪のうしんとうを起こして倒れ込み、泡をいて気絶した。レイトは自分の考えが上手くいったことに握り拳を作り、退魔刀を構えて気絶したオオツノオークに近付く。

「とどめっ!!」
「グゲェッ!?」

 レイトは容赦なく地面に倒れ込んだオオツノオークの頭部に大剣を突き刺した。
 オオツノオークが絶命したのを確認して、レイトは退魔刀を背中に戻す。念のためオオツノオークが何か所持していないか確かめたあと、先を急ぐ。

「あ、そういえばこっちのほうに小川があったような……少し寄るよ、ウル?」
「クゥンッ?」

 小川に寄り道するという言葉にウルは首を傾げる。飲料水は出発する前に準備していたが、今回のレイトの目的は飲み水ではない。

「空間魔法の使い道を思いついたよ」


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