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S級冒険者編

邪念を捨てろ

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「馬鹿な、馬鹿なっ!!こんな事が……有り得るはずがない!!」
「戦闘中に余計な事を考えるな、相手に集中しろ!!」
「ぐはっ!?」
『隊長!?』


レナの実力を認めようとしないローグは槍を必死に突き出すが、全力で突き出された槍をレナは回避すると、拳を握り締めて腹部に殴りつける。魔法の力も使用せず、純粋な腕力だけで殴りつけた攻撃だが、ローグは苦痛の表情を浮かべた。


(重い……なんだ、この拳は!?)


肉体的にはレベルの差があるとはいえ、戦闘職であるローグと魔法職のレナでは身体能力面に関してはローグの方が勝る。しかし、レナから繰り出された一撃はローグの身体の芯まで届き、武を極めた人間の一撃に等しい。魔法の力がなくとも今のレナはこれまでの戦闘経験と訓練から武芸の腕も磨かれていた。

元々、格闘家でもあるアイラの血筋を継ぐレナの拳は非常に硬く、重い一撃を繰り出せた。母親のようにしっかりと素手の訓練を受けていないにも関わらず、常日頃から肉体を鍛えているローグを悶絶させる程の威力の一撃を生み出せのは、単純にレナとローグでは「格」が違うとしか言いようがない。


「呆けるなっ!!」
「がはぁっ!?」


追撃とばかりにレナは顔面にも拳を叩きつけると、ローグの身体が揺らぐ。それを見た他の者達は戸惑い、剣さえも抜かずに自分達の隊長を圧倒するレナの強さを嫌でも思い知らされる。目の前に存在する少年は自分達が尊敬していた「ミドル」を倒した少年だと痛感した。


「く、くそっ……何故だ、どうして当たらない」
「簡単なことだよ、お前は怒りに任せて単調な攻撃しかしてこない。だから簡単に避けられる……といっても、自分の師匠を殺した相手に怒るなと言われても無理な話か」
「くっ……!!」


ローグはレナの言葉を聞いて睨みつけるが、確かに彼の言う通りに自分がミドルを討ち取ったというレナに対して怒り、単純な攻撃しか繰り出していない事を自覚する。そんな彼に対してレナは構えると、淡々と告げる。


「怒りは力の原動力のような物だ。だけど怒りに身を任せれば余計に力んで碌な攻撃も繰り出せない、だから戦う時は怒りに身を任せず、必要な分だけの力を引き出す……俺の知り合いの剣士の言葉だよ」
「…………」


レナは前にシズネがゴウライと戦ったとき、彼女が何を思ってゴウライに挑んだのかを尋ねた事がある。王城にて操られたゴウライを仕留めたのはシズネであり、まがりなりにも彼女は父親の仇であるゴウライに勝利した。


『私は今までゴウライと戦ったとき、怒りに身を任せて戦っていたわ。でも、結局は一度も勝てなかったわ……当然ね、怒りというのは力を産み出す原動力だとしても、怒りに身を任せて戦い続ければ自滅するわ。でも、あの時の私はゴウライを倒すのではなく、あいつを止める事に集中していた。そのせいかなのかは分からないけど、怒りに支配される事もなく、いつも通りに身体が動いて最高の一撃を繰り出せたと思うの』


シズネはゴウライを止めることが出来たのは今までは怒りに身を任せて自分の全力を出し切れず、敗れていた。しかし、王城での戦闘の時は自分のためだけに戦うのではなく、レナや他の仲間達のために彼女は仇討ちを忘れて全力で挑んだ。その結果、シズネは初めてゴウライに勝利したといえる。

その話を聞いたレナは今のローグは自分に深い恨みを抱き、怒りに身を任せているからこそ真の実力を発揮できず、だから剣も使わなくとも相手に出来た。しかし、レナの言葉を聞いてローグも思うところはあったのか、彼は槍を握り締めて向き合う。


「……お前の言う通りだ。俺はあの方の教えを忘れていた」
「教え?」
「師は……ミドル様はこう言っていた。感情に身を任せて戦えば命はない、どんな時でも常に心を乱さずに戦え。そうすれば自分の実力を引き出せるとな」
「なるほど……」
「レナ様、武器を抜いてください。もう彼等は大丈夫です」


ローグの言葉に他の竜槍隊の面子も頷き、レミアはレナに武器を用意するように促す。竜槍隊の雰囲気が変化した事に気付き、これで彼等も本当の実力を引き出せると判断したレナは空間魔法を発動させ、退魔刀を引き抜く。武器を握り締めたレナに対してローグは緊張した面持ちを浮かべながらも槍を握り締め、正面から向き合う。


「はあっ!!」
「ふっ!!」


退魔刀を構えたレナに対してローグは全力の突きを繰り出すと、先ほどよりも速度と精密性が増した槍が繰り出され、それを見たレナは退魔刀で正面から防ぐ。金属音が鳴り響き、退魔刀を握り締めるレナの腕が振るえる。それほどまでに重い一撃であり、先ほどまで繰り出された攻撃とは打って変わって素晴らしい攻撃だった。

ローグは自分の槍を躱さずに受け止めたレナを見て目を見開き、口元に笑みを浮かべる。今の一撃は避けなかったのではなく、敢えて避けずに受けたという事は分かっていたが、それでもレナに攻撃が届いた事に彼は歓喜した。
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