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4巻
4-1
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最強の死霊使い「キラウ」が蘇らせた腐敗竜が、もうすぐ冒険都市ルノを襲撃する。
そのことをこの世界の管理者であるアイリスから聞いた不遇職のレイトは、腐敗竜打倒に向けてさらに成長しなければと考えていた。
現在、レイトはガーゴイルという魔物を所有している魔物使いを探して都市を歩き回っている。魔物使いからガーゴイルを購入し、戦闘してレベルを上げようとしているのだ。
しかしいくら探しても見つからず、レイトはアイリスと交信する。
『あいりしゅっ(裏声)』
『なんでそんな声で呼びかけるんですか。というか、女声が上手ですね……』
『まあね。そんなことより、ガーゴイルを所有している魔物使いの正確な居場所を教えて』
『はいはい……レイトさんが今いる場所の近くの酒場に、金髪の女性がいます。酔い潰れていますから、そばに行ってテーブルの上に金貨三枚を置き、立ち去ってください』
『え? なんで? 起こさないの?』
『その人はガーゴイルを闇ルートで冒険都市まで運んでいるんですよ。正式な手続きを踏まない取引を生業とする人間ですので、接触しているところを見られたらまずいです。ただ、大罪人ではないので通報はせず、ガーゴイルの代金を支払って帰りましょう』
『だけど、いきなりお金が置いてあったら向こうは困惑するんじゃ……』
『それなら、ガーゴイルをいただきました、というメモを残せばいいですよ。あと少ししたら目を覚ますので、気をつけてください』
『分かった』
アイリスとの交信を終え、レイトは貴重な金貨を手に、酒場に行く。
「念のために……」
中に入る直前、彼は暗殺者の技能スキルである「隠密」と「気配遮断」、さらに「無音歩行」を発動した。他の人間に極力気づかれないようにするためである。
酒場の中では、ゴロツキ達が会話をしていた。
「おい、聞いたかよ!! 伝説のドラゴンゾンビが復活したって話……」
「ただの噂だろ。なんで今さらそんなのが現れるんだよ」
「旧帝国の奴らが蘇らせたという話だぜ!!」
「旧帝国はとっくの昔に崩壊しただろうが……」
「だけど、実際に今は都市への出入りは禁止されてるぜ。商人の奴らがそのせいで商品を仕入れられないって騒いでやがった」
噂ではあるが、すでに腐敗竜のことは一般人も知っているらしい。そう思いながら、レイトは目当ての人物を探す。
すると、奥のほうに金髪の女性が寝ているのを発見した。
レイトは彼女のもとに移動して、様子をうかがう。意外なことに非常に若々しい外見で、森人族なのか、細長い耳をしていた。
レイトは懐から羊皮紙の切れ端を取り出して走り書きをし、三枚の金貨と一緒にテーブルの上に置いて、小声で耳打ちする。
「ガーゴイル、買い取りま~す」
「……んんっ? だ、誰?」
女性は耳を揺らして目を覚ますが、すでにレイトは立ち去っていた。
レイトは誰にも気づかれずに酒場を出て、アイリスと交信してガーゴイルの居場所を聞く。
『ガーゴイルはどこにいる?』
『この酒場の向かい側に廃屋がありますよね? あそこにいますよ。現在は暴れないように眠らされていますから、今のうちに収納魔法で回収してください』
『えっ……生き物は収納魔法で回収できないはずじゃ……』
『大丈夫ですよ。ガーゴイルはゴーレムの仲間で、無生物です。核と呼ばれる魔石を動力として動く魔物なんですよ。両者の違いは、形状と材質だけですね』
アイリスの説明に納得し、レイトはガーゴイルの回収に向かう。
廃屋の入口に到着し、ドアノブを捻ると問題なく開いた。施錠されていなかったことに、レイトは少しだけほっとした。
中に入り、レイトは念のためにアイリスと再度交信する。
『こっちで合ってる?』
『合ってます』
確証を得て、奥に進む。
すると、ゴブリンのような顔をした人型の石像が置かれた部屋を発見した。近くの地面には、空の寝袋が放置されている。
「あれか?」
レイトが呟いた瞬間、脳内にアイリスの声が響いた。
『しっ!! 静かにしてください……ガーゴイルは耳が良いんです。なるべく音を立てずに近づいて――あ、「無音歩行」のスキルを持っているレイトさんなら問題ありませんね』
アイリスの助言通り、レイトは「無音歩行」を使ってガーゴイルに近寄る。
ガーゴイルは両腕を交差した姿で、そこにいた。本物の石像のようである。
レイトは収納魔法を発動した。
すると、ガーゴイルの頭上に黒色の渦巻きが出現する。この中に物体を放り込めば、異空間に収納されるのである。
「そっと……」
レイトは慎重にガーゴイルを持ち上げたが――
『ガアッ……!?』
努力もむなしく、目を覚ましてしまった。
「うわ、起きるなっ!! 『重撃』っ!!」
『ウガッ!?』
咄嗟にレイトは右拳に紅色の魔力をまとわせ、ガーゴイルの腹部を殴った。
重力を乗せた一撃はガーゴイルの胴体を貫き、怯んだ隙に放り込む。
「ふうっ……危なかった。いててっ……さすがに石像を素手で殴るのは無茶だったか」
『何してんですか。あ、このあとは「黒虎」の冒険者ギルドへ向かってください。そちらのほうが今は都合が良いですから』
アイリスの助言を受け、レイトは自分の所属する冒険者ギルドに行く。
ギルドに着くと、相棒のウルと仲間のコトミン、スライムのスラミンとヒトミン、森人族の少女エリナ、そして馴染みの冒険者であるゴンゾウとダインがいた。
レイトは仲間達と合流したあと、ゴンゾウとダインを訓練に誘う。彼らはその誘いを快諾し、ウルや他の仲間達と訓練場に移動した。
腐敗竜の件もあり、黒虎に所属している冒険者はほとんどが都市に戻っているが、訓練場はいつも通り閑散としている。
「ここが黒虎の訓練場か? うちの『牙竜』と比べてずいぶん狭いな……」
「ゴンちゃんのギルドにも訓練場があるの?」
レイトが尋ねると、ゴンゾウは頷いた。
「ああ。俺達のギルドの訓練場は地下にあって、広さはこの訓練場の十倍ってところだな。誰もいないが、いつもこうなのか?」
「ここを使用しているのは俺くらいだよ。たまに新人が使うこともあるけど、大抵はバルの扱きに耐え切れなくて辞めちゃう」
「だろうな……あいつ、本当に手加減しないからさ」
レイトの言葉にそう答えたのはダインである。
ダインはこの場にいる面々の中では、黒虎のギルドマスターであるバルとの付き合いが一番長い。彼も昔、バルによる地獄の扱きを受けたのだ。その内容は想像を絶するものだったという。
そのため、黒虎に入った新人冒険者の大半は、半月もしないで辞めてしまう。だが、無事に彼女の訓練を乗り越えた人間は、一人前の冒険者として活躍できるようになる。それゆえ、黒虎に所属する冒険者はランクが低くてもたしかな実力を持っているのだ。
レイトはゴンゾウに話す。
「今月、うちに新しく入ってきた冒険者は五人だったけど、すぐに辞めちゃった。今のところは俺しか利用していないから、邪魔者もいないというわけ」
「それは分かったが……いったいどんな訓練をする気だ? ダインと俺の力が必要なことか?」
ゴンゾウに続いて、ダインが言う。
「まさか僕に模擬戦の相手を頼む気じゃないよな……言っておくが、僕の影魔法は戦闘向きじゃないから、手加減してくれないと困るぞっ!!」
「なんでそんな決め顔で情けないことを言ってんすか」
冷めた目でツッコミを入れるエリナ。
「大丈夫だよ。俺の訓練の相手は別の奴だから……コトミン、ヒトミンを頼む」
「んっ」
レイトは安心させるようにダインに言い、肩に乗っていたヒトミンをコトミンに差し出した。
その後、レイトは全員を自分から離れさせ、収納魔法を発動する。そして、回収していたガーゴイルを引っ張り出した。
ガーゴイルは、外に出るなりレイトに襲いかかる。
『シャアアアアアッ!!』
「うわっ!?」
「危ないっ!?」
ゴンゾウとダインが声を上げた。
「平気だよっ……ウル!!」
「ウォンッ!!」
レイトが指示を出すと、ウルはガーゴイルに飛びかかって力ずくで地面に押さえつけた。
『シャアアッ!?』
全員が驚愕する中、レイトは冷静にダインに指示する。
「ダイン!! 影魔法でガーゴイルを拘束して!!」
「ええっ!? きゅ、急に言われても……」
「できないの?」
「で、できるに決まってるだろ!! たとえ相手が腐敗竜だろうと僕の影魔法は通用する……といいな」
「え、最後の言葉がよく聞こえなかったんですけど……」
レイトがわざとらしく言うと、ダインはヤケクソ気味に叫ぶ。
「う、うるさいなっ!! 分かったよ、喰らえっ!! 『シャドウ・バインド』!!」
ダインが手に持っていた杖を地面に突き刺した瞬間、彼の影が触手のように動き出した。
影はスルスルと伸び、ガーゴイルに接近する。そしてウルが後方に飛んで避難すると同時に、ガーゴイルの肉体に絡みついて拘束した。
その光景に全員が感嘆の声を上げるが、ダインは全身から汗を流し杖を握りしめている。
「くっ……ちょ、こいつ予想以上に力が強いっ……僕のレベルじゃまだきついかも……!?」
「……それなら、どれくらい止められるの?」
「あと、三十秒くらい……?」
「意外と長いじゃん……じゃあ、その間に抵抗できないようにするか」
レイトは動けなくなったガーゴイルに接近する。
「ッ……!?」
ガーゴイルは声を上げることもできないのか、ただ困惑している。
レイトは両手でガーゴイルの頭部を掴んで、初級魔法の「電撃」を発動した。
高圧の電流がガーゴイルの頭部に注ぎ込まれ、瞬く間に全身をめぐった。
ガーゴイルは身体が石でできているので、雷属性の魔法には強い耐性がある。しかし、あまりの威力に身体が痺れてしまっていた。初級魔法だが、使い手によってはそれなりの威力になるのだ。
『ぷるぷる(×2)……!!』
「スラミンとヒトミンが怖がってる……私も怖い」
「電撃」に怯えるスライム二匹とコトミンに、ゴンゾウが声をかける。
「俺の後ろに下がっていろ」
「じゃあ、遠慮なく……」
コトミン達はそそくさとゴンゾウの背中に避難した。
一方、影魔法を解いていないダインは苦しげな顔でレイトに叫ぶ。
「れ、レイト!! ま、まだかっ!? そいつは痺れているようだから、僕の影魔法はもう必要ないんじゃないかなっ!?」
「もうちょっと頑張って!! あと少しでコツを掴みそうだから……ふんぬっ!!」
レイトはそう言って、さらに「電撃」の電圧を強めた。
そしてしばらく電流を流し続け、頃合いを見てステータス画面を確認する。
「そろそろ上がってるかな……お、やった!! もう熟練度が3になってる!!」
「えっ!? 早くないですか?」
「そんなに簡単に上がるのか?」
エリナとゴンゾウが驚いたように言った。
いくら初級魔法の熟練度が上がりやすいと言っても、こんなにあっさり熟練度が上昇することはない。これはレイトの魔法の才能がズバ抜けていることに加え、雷属性への適性が高かったことが原因である。
すると、アイリスの声が脳内に聞こえてきた。
『この熟練度の上昇速度……さすがはバルトロス王家の子供ですね。さあ、あとは一気にガーゴイルにとどめを刺してください。今度は合成魔術を試す番です!!』
「合成魔術か……雷属性と相性が良いのはなんだろう」
レイトが呟くと、エリナがそれを聞きつけて目を輝かせる。
「え? 兄貴は合成魔術なんて高等技術を扱えるんですか!? 半端ねぇっす!!」
「ほ、本当か? 僕はできないのに……ま、まあ僕には影魔法があるから必要ないけどな!!」
「雷属性は水属性と火属性とは相性が悪い……風属性が一番良いはず」
「ありがとっ!!」
コトミンの言葉にレイトは礼を言い、「電撃」を維持したまま風属性の初級魔法、「風圧」を発動する。
すると、彼の右腕に電流をまとう竜巻が出現した。
「うわっ……すごいなこれ」
「た、竜巻!?」
「おおっ……格好いい」
レイトと仲間達が感嘆と驚きの声を上げた。
電流の迸る竜巻をまとった腕で、レイトはガーゴイルを殴りつける。
「おらぁっ!!」
『シャアアアアアッ――!?』
拳の触れた箇所が陥没し、ガーゴイルの肉体が派手に吹き飛んで核が露出した。レイトがそれを掴もうとしたとき、アイリスの声が響く。
『それも壊してください!! 一気に熟練度が上昇するはずですから!!』
彼女の言葉を聞いた瞬間、レイトの眼前に新たな技術スキルが表示された。
〈技術スキル「撃雷」を習得しました〉
レイトは核を掴まず、今度は左手を前に突き出して新しく覚えたスキルを発動する。
「『撃雷』!!」
そのとき、レイトの左掌から肘にかけて電流を帯びた竜巻が発生した。
レイトのパンチによって、空中に浮遊する核が破壊される。
その光景に全員が圧倒されたが、レイトは気にせずステータス画面を確認する。するとレベルが50になっており、さらに「電撃」の熟練度は限界値の5になっていた。
「よし!! 意外とあっさり限界まで上げられた。なかなか頼りになりそうな技術スキルを覚えたし……もう少し試してみたいな。誰か俺の相手してくれない?」
「ば、馬鹿言うな!! あんな技を喰らったら死んじゃうだろ!?」
「いくらなんでもさすがにそれは……」
「無理」
『ぷるぷるっ(怯え)』
「クゥ~ン(首を横に振る)」
レイトの言葉に全員が拒否の意を示したが、ゴンゾウだけは背負っていた棍棒を構えた。
「俺が相手をしてやろうか?」
「本当に? ……あ、でもやっぱり危ないし、大丈夫。その代わり、いいことを思いついたよ」
レイトはそう言って、地面に掌を押し当てた。
「久々の『土塊』!!」
すると、地面が盛り上がって、三メートルほどの泥人形が現れた。
「うわっ!? な、なんだっ!?」
「これは……ゴーレムか?」
ダインは驚いたようにのけぞるが、ゴンゾウは興味深げに泥人形を観察している。
レイトはさらに「氷塊」の魔法を発動し、泥人形の表面を凍りつかせて硬度を上げた。
「これでよし……少し形が雑かな」
「うわ、すごいなこれ!! どうやって作り出したんだよ!?」
ダインが目を輝かせ、泥人形を観察する。
「本当に動きそうで怖いんですけど……大丈夫ですよね?」
エリナは不安げな顔をした。
「レイト、今度は私の人形を作ってみて」
「いや、人間の人形を作るのはさすがに無理だから……」
コトミンの言葉にレイトがそう言った。
ゴンゾウは泥人形を見つめ、レイトに聞く。
「こいつを訓練用の相手に見立てて、魔法を使うんだな?」
「そういうこと。みんなは下がっていてね」
レイトは泥人形から一定の距離まで離れ、自分の得意とする打撃系の戦技も組み合わせて、攻撃を仕掛ける準備をする。そして彼が踏み出そうとしたとき、コトミンが彼の肩を叩いた。
「レイト」
「うわ、びっくりした!? な、何?」
「……さっき壊したガーゴイルの核はどこにやったの?」
「えっ……」
レイトは周囲を見渡し、先ほど砕け散った核の欠片が消えていることに気づく。
彼は次に、自分が作り出した泥人形を見た。
すると、わずかにではあるが、泥人形が動いている。
『ッ……!!』
「あれ? 兄貴……この泥人形は動かすこともできるんですか? すごいですね~」
感心したようにエリナが言うが、心当たりのないレイトは首を横に振る。
「えっ!? いや、そんな機能を付けた覚えはないけど……」
そのとき、泥人形の目が赤く輝いた。
「これは……まずい!!」
ガーゴイルの生態に詳しいゴンゾウが声を上げ、即座に動き出した。
ゴンゾウは素早く泥人形に近づき、前蹴りを放つ。
「ぬんっ!!」
『シャアアッ!!』
しかし、泥人形は両手でキックをガードした。
「な、受け止めたっ!?」
その光景を目撃した全員が戦闘態勢に入る。
そんな中、レイトはアイリスと交信を行う。
『アイリス!!』
『面倒なことになりましたね……ガーゴイルの核がその泥人形に入り込んだことで、自我が目覚めたんです』
『マジで!? でも、壊したのになんで動いたの!?』
『ガーゴイルの核には再生能力があるので、木っ端微塵に砕かない限り何度でも再生しますよ』
『早く言ってよ!!』
『すみません。それと、核は破壊される度に段々強度を増しますからね』
アイリスとの交信を終え、レイトは仕方なく収納魔法を発動して退魔刀を取り出した。
「みんな下がってて!! 俺がぶっ壊す!!」
「気をつけろレイト!! こいつはさっきと様子が違うぞ!!」
「分かってる!!」
ゴンゾウにそう言って、レイトは退魔刀を握りしめて泥人形に接近する。
そのまま「剛剣」を発動して攻撃しようとしたが――泥人形が跳躍して彼の頭上を飛び越えた。
『シャアッ!!』
「飛んだ!?」
「嘘っ!?」
泥人形が着地し、標的を前方のコトミンに定めて駆け出す。
全員がコトミンを救うために行動を開始するが、彼女は肩に乗せているスラミンに指示を出した。
「スラミン、『水鉄砲』!!」
『ぷるぷるっ!!』
その言葉を合図に、スラミンが口から大量の水を勢い良く放出した。小さな身体のどこにそれほどの水が入っているのか、という量である。
『シャギャアッ!?』
水によって泥人形の表面の氷が溶け、泥の身体がたちまち崩れてしまう。
「ええっ!?」
レイトは驚くが、泥人形の身体から再生した核が露出しているのを見て、喜びの声を上げる。
「やった!! 核が出てきたぞ!!」
「任せてほしいっす!!」
エリナがボーガンを構え、矢を発射した。
矢は核を、溶解した泥人形の身体から弾き出すことに成功した。
それを見たウルが真っ先に駆け出し、核を口で受け止めて噛み砕く。
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