上 下
678 / 2,083
外伝 ~ヨツバ王国編~

そして彼女は……

しおりを挟む
『近い将来、といっても10年後か20年後かは分からないけれど……私はバルトロス王国と戦う事になるわ。その前に1人でも多くの味方を付けたいの』
『バルトロス王国を……何故、この国はお前達を快く受け入れているように見えたけど?』
『居心地は正直に言えば悪くはないわ。だけど、この国は既に裏から支配されようとしている。そしてこの国を支配しようとしている存在は非常に厄介な相手なのよ』
『訳が分からない。お前は何を話している?』
『まあ、分かりやすく言えば私は貴女の剣の腕を買っているのよ。その腕をヨツバ王国のためではなく、私のためにも使って欲しい』
『……ハヅキ家の血筋のお前のために私が?』


マリアの提案に最初はハヤテは対抗心を抱き、どうして自分が嫌っているハヅキ家の者のために剣を振るわなければならないのかと反抗しようとしたが、彼女の反応を予測していた様にマリアは言葉を付け加える。


『勿論、貴女がハヅキ家に対して良い印象を抱いているないのは知っているわ。だけど、私達はもうハヅキ家から追放された身よ』
『その割にはお前達の母親、ハヅキは目を掛けているだろう。アイラはともかく、お前の方は定期的に連絡を取っているのは知っているぞ』
『そうね、私は姉さん程はあの人の事を恨んでいるわけではない。いえ、きっと姉さんも本当は母と和解したいと思っているわ。でも、私達はハヅキ家に戻るつもりはない。やっと手に入れた居場所を手放すつもりはないの』
『居場所……?』
『だけど、この国に残るとしても私達はいずれ国を揺るがす大きな脅威と戦う必要があるの。そのためには貴女の力も必要になるわ』
『…………』


ハヤテはマリアが何を語っているのか分からなかったが、これまでの観察からアイラはともかくマリアはハヅキ家との繋がりを保ち、いずれはハヅキ家に戻るつもりではないのかと考えていた。しかし、マリアはハヅキ家に戻るつもりはないという言葉には強い意志を感じられ、同時に彼女が脅威と呼ぶ存在に興味を抱く。


『お前が脅威を感じている相手は誰だ?』
『旧帝国……という組織は知っているかしら?かつてバルトロス王国が建国されるまえに存在した帝国の末裔が作り出した組織よ』
『名前だけはよく耳にする……まさか?』
『そう、私がいずれ戦う事になるのは旧帝国の人間達よ。彼等は王国を裏から支配し、帝国の再建を狙っている。そんな事になれば私達を受け容れてくれたこの王国は滅びてしまうわ。それを阻止するため、私はどうしても権力を手に入れなければならない。だけど、ただの一冒険者として活動していてもそれは敵わない事は分かったわ。だから私は冒険者ギルドを作り出してより優秀な人材を集め、旧帝国の野望を阻止する』
『……壮大な計画だな、だから手始めに私を招きたいというのか?』
『貴方も現状の生活には不満があるのでしょう?それなら今後は私を監視する事も兼ねて冒険者の一員として傍に仕えるふりだけでもしておけばいいわ。姉さんの方には既に別の森人族の監視役を送り込む準備は整えているのでしょう?』
『……そこまで見通していたのか』


最近になってアイラとマリアが別行動を頻繁に行う様になった事からハヤテだけでは監視が難しくなり、彼女はヨツバ王国に新しい密偵を送り込むように頼んだ。その結果、近いうちにアイラの監視役としてミドリ家に所縁のある優秀な騎士が送られてくる事が決まっていた。

どうしてマリアがその情報を掴んでいたのかは気になるところだが、この頃から既にマリアは独自の人脈を築き、冒険者活動以外にも色々な仕事を行っていた。どうやらヨツバ王国内にもマリアを支持する者も存在するらしく、ハヤテはマリアの手腕に恐れさえ抱く。


『貴女が私に協力するからといって、それがハヅキ家に従うというわけではないわ。あくまでも貴女が私に従うのは任務のためだと考えればいいわ』
『…………』
『このまま私達の監視を続けるというつもりなら別に無理にとは言わないわ……だけど、これから私達の監視を続ける事は難しくなるのは間違いないわね。姉さんは既に王国の人間に気に入られているし、私も冒険者ギルドを設立したら部外者の貴女が私を監視し続けるのは不可能よ』
『……なるほど、気に喰わないけど確かにその通りだ』


マリアの言い分にハヤテは悔し気に答え、このまま二人を見張り続ける事は難しい事は分かり切っていた。それにマリアと話してみて分かったが、彼女はハヤテが抱いていたハヅキ家の印象とは違う事に気付く。ハヅキ家の者はミドリ家の森人族を勝手に見下していると思っていたが、マリアはハヤテの事を高く評価し、実際に自ら出向いて交渉を持ち掛けた時点でマリアはハヤテを無視できない存在と捉えていた。


『貴女は私の監視を続けたい、私は貴女の力を借りたい。利害は一致しているわね』
『私を良いように利用するつもりじゃないのか?』
『そうね、もしも貴女が剣聖の称号を持つ剣士でなければ気にも留めなかったかもしれないわ。だけど、私が貴女を利用するのなら貴女も私の事を利用すればいいわ。私の権力がこの国で大きくなればなるほど、ヨツバ王国にとって私という存在は非常に扱いにくい存在へと変わる。いずれ私はバルトロス王国だけではなく、ヨツバ王国にも影響力を与える存在になれば貴女の任を解いて元の国に戻してあげる事も出来るわ』
『そんな事が出来るはずが……』
『ない、と言い切れるのかしら?貴女は私の事を監視し続けていたのなら知っているでしょう。私は欲しい物があればどんな手を使っても手に入れるわ』


ハヤテはマリアの言葉に否定する事が出来ず、これまでの監視でマリアの能力を知り尽くしていたハヤテはマリアならば本当にバルトロス王国だけではなく、ヨツバ王国にも影響力を与える事が出来る程に大きな「権力」を手に入れられる存在になるのではないかと思った。



――この日、ハヤテは初めてマリアという存在をただの「護衛対象」や「ハヅキ家の世継ぎ」としてではなく、自分の剣を預ける事が出来るかもしれない相手として接した。彼女はマリアの提案を受け入れ、冒険者ギルドの「氷雨」の初めての冒険者として迎え入れられる。

同時期にマリアが声を掛けていた数人の人材と共にハヤテは氷雨の創設者の一人となり、その後は冒険者活動を行う傍ら、マリアの監視役として彼女の傍に仕えた。表面上はマリアに従うような振る舞いを行いながらもヨツバ王国への報告を行い、あくまでも利害が一致しただけの協力関係と考え込み、決して彼女に対して心を許すつもりはなかった。

だが、冒険者活動を何年も続けていく内にあれほど不便な土地だと感じていた王国の領地も、何時の間にか居心地が良いように感じられる程にハヤテは馴染んでいた。氷雨の先輩冒険者として後輩の冒険者達と接する事も多くなり、剣士や騎士の職業の人間には剣の指導を行う事も増えた。この頃からハヤテの元にシュンが訪れるようになり、更にロウガやジャンヌといった剣聖の称号を持つ人間も集まり始める。

最初の頃はお互いを利用する関係として割り切っていたハヤテとマリアだったが、共に行動を過ごすうちにお互いの事を信用する関係を築き、ただの監視役と護衛対象という関係ではいられなくなった。何時の間にかハヤテはマリアの事を「ハヅキ家」の者とは見なくなり、本当に彼女に対して忠誠心に近い感情を抱く。





だが、マリアが闘技祭の直後に姿を消し、そしてハヤテの元にヨツバ王国へ帰還する命令が届いた頃から二人の関係は大きく狂ってしまう。
しおりを挟む
感想 5,087

あなたにおすすめの小説

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

“金しか生めない”錬金術師は果たして凄いのだろうか

まにぃ
ファンタジー
錬金術師の名家の生まれにして、最も成功したであろう人。 しかし、彼は”金以外は生み出せない”と言う特異性を持っていた。 〔成功者〕なのか、〔失敗者〕なのか。 その周りで起こる出来事が、彼を変えて行く。

魔法使いじゃなくて魔弓使いです

カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです 魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。 「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」 「ええっ!?」 いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。 「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」 攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。