最弱職外伝 〈貧弱の勇者は異世界で生き抗う〉

カタナヅキ

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エルフ王国

訓練開始

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――翌日の朝からナオは勇者としての素質があるのかを調べるため、リンの案内の元で王城内に存在する「訓練場」に案内される。訓練場が存在するのは1階であり、階層全体が兵士達の訓練場として改造されていた。既にナオ以外の大勢の人間が待機しており、中には勇者として召喚されたナオの事を見極めるために訪れた兵士以外の大臣の姿も見えた。


「それでは訓練を始めましょう。その前に聞きたいことがあるのですが、ナオさんは武道の心得は?」
「あ……一応は護身術程度なら」
「素人ではないのですね?それでは軽く準備運動をした後、早速組み手に移動しましょう」


リンの質問にナオは咄嗟に「護身術」と言ってしまうが、正確には色々な格闘技を習っている。といってもどれも長続きしなかったので極めたとは言えず、咄嗟に護身術と答えてしまう。


「では、軽く走りましょう。最初はゆっくり移動しますので……」
「我々も同行します」
「あ、はい……」


彼女に仕えていると思われる女性の兵士達も共に訓練に参加するらしく、リンの先導の元でナオと兵士達は後に続く。だが、走ってから数十秒でナオは最後尾を走ることになり、どういう事なのか普段よりも足の速さが遅くなっていた。


(い、移動速度が落ちたせいなのか?)


特にリンと兵士達が急いで走っている様子はなく、むしろ彼女達の方がナオに合わせて速度を落とそうとしている。そんな彼女達に気を遣わせてしまう自分の不甲斐なさにナオは必死に追いつこうとするが、まるで身体に錘を付けられたように思うように動かない。


「おい、あれが本当に勇者なのか?」
「馬鹿、聞こえるだろ……」
「でもよ……」


あまりに足の遅いナオの姿に見学していた兵士達が怪訝な表情を浮かべるが、彼本人は別にふざけているわけではなく、真面目に走っている。しかし、事情を知らない兵士達はナオが本気で走っているようには見えないのだ。


「……ここまでにしましょう」
「はあっ……はあっ……すいません」
「いえ、仕方ありませんよ」


まだ300メートルも走っていないのに移動するだけで体力を使い果たした気分になり、ナオは自分の身体能力が予想よりも低下している事に落胆を隠せない。しかし、今は落ち込んでいる暇はなく、リンが兵士に命じて様々な武器と防具を運ばせる。


「ナオ様は武器を取り扱った事はありますか?」
「あ~……木刀なら少し」
「分かりました。ではこちらを利用してください」
「え、これ……?」


剣道もやっていた事があるのでナオは木刀を所望するが、リンが渡したのは本物の長剣であり、生まれて初めて本物の剣を渡されたナオは動揺する。最も訓練用の武器なのか刃の部分が滑らかであり、切れ味はそれほどないように思われた。それで相当な重量はあるため、刃を潰されてはいるが本物の長剣と同じ重量はあるのかもしれない。


「ではその剣を私に打ち込んでください。私からは動きませんのでご安心ください」
「え!?打ち込む!?」
「大丈夫です。怪我はさせませんから」


ナオの前に同じように長剣を身構えたリンが立ち尽くし、彼に自分を攻撃するように指示を出す。最もいきなり剣を渡されて打ち込むように言われても、ナオとしては相手が女性でしかも反撃はしないと言われても攻撃する事を躊躇ってしまう。


(どうしよう……いや、ここはリンさんを信じよう。どうせ俺の攻撃力は1だし、大きな怪我なんてさせられないよ)


女性と言っても将軍の座を任されるほどの人物なのは間違いなく、ナオは覚悟を決めて長剣を構える。最も彼が渡されたのは「ロングソード」であり、日本の「刀(木刀)」とは大きく違う。それでも同じ刀剣である事に変わりはなく、まずは軽く素振りを行ってから具合を確かめる。


(木刀よりもずっと重いな。だけど、これなら大丈夫そうだな)


攻撃力が1と言っても腕力が大幅に低下しているわけではなく、現在のナオでも扱える重量である。最も先ほどの走り込みで体力を大幅に消耗しているのは間違いなく、彼は意を決して体力が切れる前にリンに打ち込む。


「はあっ!!」
「構えは悪くはない……ですが!!」
「うわっ!?」


正面から振り下ろしたナオの剣がリンの刃を受けた瞬間に弾かれ、空中に長剣が飛んでしまう。剣を弾かれた事で両腕が痺れたナオは地面に倒れこむが、即座に兵士が落ちた長剣を拾い上げ、彼の元に運ぶ。


「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「では、もう一度どうぞ」
「は、はい……」


剣を渡されたナオは立ち上がり、あっさりと自分の剣を弾いたリンに視線を向ける。まさか即座に訓練が再開されるとは思わなかったが、今度は踏み込みを強くして剣を振り下ろす。


「たあっ!!」
「先ほどよりも良くなりましたが……まだまだっ!!」
「うわっ!?」


再び剣が弾かれてしまうが、今度は尻餅をつかずに踏み止まる。即座に兵士が剣を拾い上げてナオの元に持っていくが、彼は剣を受け取りながら色々と考える。


(正面から打ち込んでも弾かれるな。それなら横から攻撃するか……)


リンの姿を注意深く観察しながら彼女の隙を探すが、相手は本当の軍人であり、実際に戦争の際には他の人間を指揮しながら戦う人物である。剣道を教わったとはいえ、彼女にとってはナオなど素人同然である事に変わりはなく、彼は深く考えるのを辞めてリンの動作を注意深く観察する。


『技能スキル「観察眼」を習得しました』
「えっ……」
「どうかされましたか?」
「あ、いや……視界に画面が現れたんですけど」


先頭の最中にナオの視界に謎の画面が表示され、スキルを習得したという文章が表示されていた。実際にステータス画面を開くと「観察眼――観察能力を強化する」という文章が追加され、ナオはSPを消費したわけでもないのにスキルを習得した。


「スキルの中には訓練を行う事で覚える事が出来る種類もあります。観察眼は比較的に覚えやすいスキルなのでそれほど珍しい事ではありませんよ」
「あ、そうなんですか……」
「あ、えっと……それでもこんな短時間で覚えるのは凄い事だと思いますが……」


折角覚えた能力ではあるが、別に珍しい能力ではないと言われたナオは残念な表情を浮かべ、リンが慌ててフォローを行う。それでもSPを消費せずにスキルを習得する事が出来ただけでも喜ばしく、ナオは観察眼の能力を発動させてリンの様子を伺う。


(おおっ……こんな感じなのか)


観察力が強化できるという文章通り、先ほどまでは気付かなかったリンの特徴が分かり、彼女の右腕に軽い古傷がある事を見抜く。訓練で怪我をした物なのかは分からないが、右腕に怪我を負っているという点にナオは気になった。


(試してみるか……)


正面からの攻撃ではなく、リンの右側に向けて攻撃する事に集中し、剣道のすり足を利用して彼女に接近する。見たこともない足の使い方にリンは驚いた表情を浮かべ、ナオは横薙ぎに振り翳す。


「胴っ!!」
「くっ!?」
『おおっ!?』


無意識に剣道を行っていた時の癖で打ち付ける箇所を口にしてしまうが、ナオが振り抜いた剣に対してリンは今度は弾くことが出来ずに受け止めてしまい、周囲の人間が驚きの声を上げる。しかし、即座にナオは後ろに下がって息を荒げながらも自分の剣を見つめる。


「は、弾かれなかった……」
「お見事です。それと今の歩法は勇者様の国の技術なのでしょうか?」
「あ、えっと……すり足と言います」


素直に感心した表情を浮かべたリンがナオの使用した剣道の「すり足」について尋ね、エルフ王国の剣士の間には伝わっていない技術であり、彼女は自分達の知らない技術に興味を抱く。


「なるほど、勇者様の世界の剣士は面白い歩行術を使うのですね。では訓練を続けましょう」
「あ、はい……」


結局は訓練は続行されるらしく、二人は向き合うと剣を構える。先ほどは剣を弾かれるのは免れたが、もう一度リンに同じ手が通じるとは思わず、ナオは次はどのような方法で攻撃を加えればいいのか悩む。あまり時間を掛け過ぎると注意される可能性もあり、ナオは剣を見つめながら昨日の出来事を思い出す。


(あの方法……試せるかな)


今までの3回の攻撃でリンの剣の腕前は確認しており、ナオは剣を正面に構え、間違っても剣を手放さないように握りしめる。そして意識を剣の柄に集中させ、リンに接近する。


(失敗したらごめんなさい!!)


意識を彼女だけではなく、自分の握りしめている剣の柄に集中させ、攻撃を加える前に小規模の黒渦を誕生させる。胸元当たりに生じた黒渦にナオは剣の柄を半ば入れると、強制的に黒渦を閉じた瞬間、昨日のボールペンのようにすさまじい速度で剣が弾かれた。


「うわぁっ!?」
「っ!?」


ナオの身体が剣に引っ張られる形で吹き飛び、自分に近づいてくる刃に対してリンは咄嗟に頭部を反らして回避する事には成功したが、飛んで来たナオの肉体に関しては避けきれずに身体が衝突してしまう。


「きゃあっ!?」
「いててっ……す、すいません」
「貴様!!リン将軍に何を!!」
「離れろ無礼者!!」
「待て!!相手は勇者様だぞ!?」


リンを押し倒すように倒れたナオに見学していた男性の兵士が怒りの声を上げるが、慌てて女性兵士が彼等を止める。その一方でナオは倒れこむ際にリンの胸元を掴んでしまい、彼女は頬を赤くして咄嗟に彼の頬を叩いてしまう。


「は、離れなさい!!」
「あぐぅっ!?」
「えっ!?」


だが、防御力の数値が1のナオはリンが放った平手を受けた瞬間に身体が吹き飛び、血反吐を吐きながら倒れこむ。その様子に誰もが呆気に取られ、慌ててリンが駆け付ける。


「ゆ、勇者様!?そ、そんな……だ、誰か回復薬を!!」
「え、いや……しかし回復薬の使用は現在は国王様が禁止を……」
「この怪我の状況を見て分からないのですか!?早くしないと手遅れになりますよ!!国王様には私が後で説明します!!」
「は、はい!!」


リンの言葉に慌てて兵士が走り出し、その光景を最後にナオは意識を失ってしまう。
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