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入学試験編

第53話 廃れた基礎魔術

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「うわっ!?」
「ま、眩しい!?」
「何だこの光!?」
「めっ……が、眼球がぁっ!?」
「ぷるんっ(何故言い直した!?)」


キニクとミノタウロスの額が衝突した瞬間、強烈な光が発生してレノ達の目が眩む。光がやがて収まるとミノタウロスは白目を剥いて倒れ込み、その一方でキニクも額から血を流しながら立ち尽くす。


「ブモォッ……」
「ふっ……中々の一撃だったぞ」


人間でありながら魔人族のミノタウロスを打ち倒し、彼は指を鳴らすと従えているボアが再び川を渡ってきた。キニクは気絶したミノタウロスをボアの背中に乗せると、レノ達の元へ戻ってきた。


「もう大丈夫だ!!さあ、王都に帰ろう!!」
「あ、あの……そいつはどうするんですか?」
「無論、連れて帰る!!このミノタウロスが誰かに送り込まれたとしたら調べねばならないからな!!」
「でも、目を覚ましたら逃げ出すんじゃ……」
「安心しろ!!こいつはもう私の契約獣だ!!」


キニクは気絶したミノタウロスの額を指差すと、いつの間にか「契約紋」と思われる紋様が刻まれていた。ハルナがスラミンに刻んだ契約紋とは形が異なるが、キニクは先ほどの攻防でミノタウロスに契約魔法を仕掛けていたことが判明した。

今までレノ達は気づかなかったが、キニクの額には魔術痕が刻まれていた。先ほどまでは確かに無かったはずだが、魔法を発動する際に浮かび上がったらしい。キニクはミノタウロスと額を突き合わせた時に契約を交わしてミノタウロスを自分の配下へと変貌させたらしい。


「こいつが君達を襲ってくることはないから安心してくれ!!さあ、帰ろうじゃないか!!」
「は、はあっ……あの、その前に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「何だ?」


レノはキニクが魔術師でありながら素手でミノタウロスを倒したことが気になって質問する。いくら身体を鍛えた人間だとしても赤毛熊を遥かに上回る力と耐久力を誇るミノタウロスに勝てるはずがない。ならばキニクはどうやって勝ったのかというと、考えられるとしたら一つだけである。


「先生はさっき強化術を使用したんですか?」
「きょおかじゅつ……?」
「何だそれ?聞いたこともないけど……」
「何の話をしてるんだレノの兄ちゃん?」
「え?」


ハルナ達は強化術の存在を知らないのか不思議に首を傾げ、彼女達の反応にレノは戸惑う。強化術と再生術はアルから最初に教わった「基礎魔術」であり、どうして魔術胃であるはずの三人が知らないのか疑問を抱く。しかし、キニクはレノの話を聞いて納得した。


「やはりそういうことか……レノ君と言ったな。君はもしかして強化術と再生術を扱えるのか?」
「え?あ、はい……爺ちゃんから魔法を覚える前に教わりました」
「爺ちゃん?君に魔法を教えたのはお祖父さんなのか?」
「そうですけど……」
「そういうことだったのか……レノ君、落ち着いて聞いてくれ」


キニクはレノが祖父から魔法を習ったと聞いて納得し、彼にとっては衝撃の事実を伝えた。


「強化術と再生術は現代では廃止された技術なんだ。だから今の時代ではこの二つの基礎魔術を使える魔術師は殆どいない」
「えっ!?」
「実際にここにいる人間の中で強化術と再生術を知っているのは君と私だけだ」


レノはキニクの話を聞いてハルナ達に振り返ると、彼女達は何の話をしているのか理解できずに首を振る。それを見てレノは祖父から教わった基礎魔術が現代の魔術師の間では伝わっていないことを初めて知る――





――今から50年ほどまえ、当時のヒトノ王国は他国と戦争を繰り返していた時代の魔術師は「強化術」と「再生術」を基礎魔術として身に着けていた。理由は戦争において魔術師が長く活躍するためにはこの二つの技術は必要不可欠だからである。

戦争で最も役立つ存在なのは魔術師であり、彼等の魔法はこの世界におけるだった。戦争では強力な魔法を使えるだけでは優秀な魔術師と認められず、敵の攻撃を掻い潜るだけの身体能力、怪我をしても自力で治療できる人間でなければ必要とされない。

強化術で肉体の限界まで身体能力を上昇させ、再生術で自力で怪我を癒す。この二つの術を身に付けなければそもそも戦争では役に立てない。どんなに強力な魔法を撃てる魔術師でも敵兵が射た矢を受けて致命傷を追えば使い物にならない。しかし、自力で矢を避けて怪我を再生できるならば話は別である。

ヒトノ王国が他の国々と争っていた時代までは強化術と再生術は魔術師の間では基礎魔術として伝わっていた。だが、長らく戦争が起きなくなってから二つの技術は廃れてしまい、現在では戦争を生きていた時代の魔術師かあるいは肉体鍛錬を好む魔術師の間にしか伝わっていない。


「我が魔法学園でも30年ほど前から強化術と再生術の教えはなくなった。今の時代では肉体を鍛えるよりも魔法の力を磨くことに重点的になってしまった。非常に残念なことだ、魔法も大事だが身体を鍛えること二の次にするとは……」
「そうだったのか……でも、先生は強化術を使えるんですよね?」
「うむ!!私は魔物使いだからな、相手を直接攻撃するような魔法は覚えられない。だから敵に襲われた時のために身体を常日頃から鍛えている!!そこの君も私のように鍛えるべきだ!!」
「ええっ……」


同じ魔物使いであるハルナにキニクは自分のように身体を鍛えることを伝えるが、彼女はキニクの筋骨隆々の体型を見て気おくれする。その一方でレノは祖父から教わった二つの基礎魔術が現在の魔術師の間では殆ど伝わっていないことにショックを受ける。


(あれだけ頑張って覚えたのに強化術と再生術がもう使われていない技術だったなんて……まあ、でもこの二つのお陰で今まで生き延びれたんだし、覚えておいて損はないな)


これまでにレノは強化術と再生術のお陰で何度も命拾いしたことを思い出し、仮に他の魔術師が扱っていないとしても覚えたことに後悔はない。それにキニクのように現代でも術を習得している人間がいるのならば十分だった。


「君もよく身体を鍛えているようだな!!何か武術でも習っていたのかい?」
「いや、そういうわけじゃ……でも、狩人として生きていたので普段から身体は鍛えてました」
「ほう、そうだったのか!!良い筋肉の付き方をしていると思ったがそういうことだったのか!!」
「強化術と再生術か、何だか面白そうだからあたしにも教えてくれよ」
「僕は遠慮しておくよ……」
「う~ん、筋肉ムキムキになるのはちょっと……」
「ぷるんっ(ムキムキの主人はやだ)」


魔術師ではあるが肉弾戦を得意とするネココは強化術と再生術に興味を抱くが、ダインとハルナは難色を示す。魔術師ならば魔力の操作をお手の物なのでその気になればダイン達も覚えられると思うが、本人達が嫌がるのならば無理に覚える必要はない。


「さて、そろそろ戻ろうか!!他の者達も避難を終えたはずだ!!」
「あの、このミノタウロスの斧は……」
「それも私が預かっておこう。ついでにこの角は……君が持っておくといい」
「え?角ですか?」
「この角を折ったのは君だろう?なら、これは立派な戦利品だ!!」


ミノタウロスの折れた角を渡されてレノは戸惑うが、キニクは全員をボアに乗せて移動を行う。こうして魔法学園の入学試験は終わりを迎えた――
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