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入学試験編

第49話 魔力暴走

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(今回は肩が外れずに済んだな……)


砲火は凄まじい威力を誇る反面、使用する度に肉体に大きな負担が掛かる。練習の時でさえも撃った後は肩が外れたこともあった。今回も発動前にミノタウロスに接近されていたら確実に殺されていた。レノとしては「奥の手」と呼べるほどの攻撃法ではなく、まだまだ改良の余地があった。


「ほ、本当に死ぬかと思った……お前、僕達を最初から川に落とすつもりだったな!?もしも溺れたらどうするつもりだよ!?」
「その時は俺が泳いで助けたよ。でも、そこのスライム君がこの女の子を助けたのを見てたから何とかしてくれるとは思ったよ」
「ぷるんっ(えっへん)」


レノは再生術で治療を施している最中、川から巨大化したスラミンがネココを担いで川岸まで移動する姿を目撃していた。それを見て今回の作戦を思いつき、最初からミノタウロスから逃げるつもりで戦っていた。

ミノタウロスと実際に戦ったからこそ今の自分の力ではミノタウロスには及ばないと気付いた。だからハルナが川原に戻ってきた時にレノは全員で逃げる手段を考える。


「たくっ、とんでもない兄ちゃんだな……でも、助けてくれたのはありがとな」
「どういたしまして」
「はあっ……別に一緒に吹っ飛ばなくても事前に言ってくれればよかったのに」
「それだとダインの兄ちゃんは躊躇するだろ?この川に跳びこめと言われて素直に跳びこめるのか?」
「うっ!?」


ネココの指摘にダインは言い返せず、最初に来た時よりも川の流れは激しくなっていた。もしかしたらダインは跳びこむ勇気が出なくてミノタウロスに捕まっていた可能性もあり得る。


「全員が助かるには一斉に跳びこむしかなかったんだよ。もしもバラバラに飛んでたらスライム君も助けられなかったでしょ?」
「ぷるんっ」
「ダイン君、怒る気持ちは分かるけどレノ君の言う通りだよ?いくらスラミン君でも一緒に落ちてなかったら助けられなかったよ~」
「分かったよ!!僕が悪かったよ、助けてくれてありがとう!!これでいいのか!?」
「いや、別にお礼なんていいよ。俺も無茶な真似させてごめんね」


皆に言われてダインは渋々とだが頭を下げると、レノも謝罪を行う。冷静に考えれば他の方法もあったかもしれないが、追い詰められていたレノは川に跳びこむ以外に全員が助かる方法は考えられなかった。


(ミノタウロスの奴は戻って来る気配はないな。でも、今のうちに離れた方がいいな)


レノはミノタウロスが引き返してくる前に反対側の川岸に戻ろうとしたが、急に右腕が熱を帯びてしまう。川に跳びこんで身体は冷えているはずだが、右腕だけが熱くなってレノは苦痛の表情を浮かべる。


「うぐぅっ!?」
「うわっ!?ど、どうした兄ちゃん!?」
「大丈夫!?」
「まさか怪我したのか!?」
「ぷるんっ!?」


右腕を抑えてうずくまるレノを見てハルナ達は心配すると、スラミンに気付いたレノは右手を差し出す。


「スライム君、水を……」
「ぷるん?」
「スラミン君!!言う通りにして!!」
「ぷるしゃああっ」


スラミンは差し出されたレノの右手に水を吐き出すと、右手の熱が徐々に収まっていく。その様子を見てダインはレノの右手に刻まれた魔術痕が暴走していることに気が付く。


「まさか魔力暴走か!?」
「魔力暴走?何だそれ?食えるのか?」
「何で食べ物の話になるんだよ!!そうじゃなくてこいつの右手の魔術痕が暴走して魔力の制御ができていないんだ!!おい、もっと水をかけろ!!川から水を汲むんだ!!」
「わ、分かったよ!!」


三人はレノの右手に水をかけると徐々に熱が引いていく。ようやく落ち着いた頃にはレノは右手どころか全身が水浸しになっていた――





――魔力暴走とは魔術師が過度に魔法を使用すると起こる現象であり、休みなく魔法を撃ち続けると魔力を魔法に変換させる力を持つ魔術痕が上手く発動しない。そんな状態で無理に魔法を発動しようとすると魔力を制御できずに体内に暴れてしまい、肉体に大きな負荷を与える。

火属性の魔法の使い手であるレノの場合は暴走した魔力のせいで身体に熱を帯びた。もしも処置が遅ければ右手が吹っ飛んでいた可能性もあった。ダイン達が水をかけ続けたお陰で最悪の事態は免れたが、右手はしばらく使い物にならない。


「よし、こんな感じでいいか?」
「うん、ありがとう」


レノは身に着けていた赤毛のマントは元々はホブゴブリンが身に着けていた装備品であり、赤毛熊の毛皮から作られたマントだった。こうしておけば魔力暴走を引き起こしても最悪の事態は免れる。


「本当に大丈夫?もう痛くないの?」
「平気だよ。もう痛くも熱くもないからさ」
「……魔力暴走なんて滅多に起きることじゃないぞ。もしかしてさっきの魔法の反動か?」
「あの凄い魔法のせいなのか!?」


自分の右腕を心配するハルナにレノは問題ないと伝えたが、ダインは先ほどの「砲火」が原因でレノが魔力暴走を引き起こしたのではないかと指摘した。ダインの言葉にレノは苦笑いを浮かべながら頷く。


「あれぐらいの威力の爆炎を生み出すと、いつも右手が熱くなるんだ。でも、今回は一番やばかったな」
「いつも!?お前、自分が何を言っているのか分かってるのか!?魔力暴走がどれだけやばいことなのか理解してないのか!?」
「ど、どうしたんだよダインの兄ちゃん!?」
「喧嘩は駄目だよ!?」
「ぷるるんっ!?」


ダインはあっけらかんと告げるレノに突っかかり、魔力暴走がどれほど危険な状態なのかを説明する。


「魔力は生命力その物なんだぞ!?その魔力が暴走して制御ができなくなったらどうなると思うんだ!?身体がぶっ壊れてもおかしくはないんだぞ!!下手をしたら他の人間を巻き込む程の危険な事故に繋がるんだ!!」
「そ、そうなの?」
「嘘だろ……お前、そんなことも知らないのか!?いったい誰に魔法を教わったんだよ!!こんなことは子供の魔術師でも知っている常識なんだぞ!?」


魔力暴走のことはレノも初めて知り、自分がこれまで何度も危険な状態に陥っていたことを初めて知る。そんなレノにダインは憤慨するが、レノは言いにくそうに答える。


「俺に魔法を教えてくれたのは爺ちゃんだけど、事故で死んだんだ」
「えっ……」
「俺にこの魔術痕を刻んだ後に死んじゃって……それから自分の力だけで魔法の練習をしてた」


祖父から魔法を学んだこと、その祖父は事故で亡くなったことを伝えるとダインは手を離す。事情は分かったがそれでもダインはレノに注意する。


「とにかく魔力暴走だけは気を付けろよ!!これ以上に無茶をしたら魔術痕が使い物にならなくなるからな!!」
「分かった、気を付けるよ……教えてくれてありがとう」
「ふ、ふん……これで助けてもらった借りは返したからな」
「ダインの兄ちゃんは素直じゃないな。そこはどういたしましてだろ?」
「う、うるさい!!」


からかってきたネココにダインは杖を振り回して追い掛け回し、一方でスラミンを頭に乗せたハルナはレノの右腕を心配する。


「本当に大丈夫?また熱くなったらスラミン君が冷やしてくれるからね」
「ぷるんっ」
「ありがとう……そういえばちゃんと自己紹介してなかったね。俺の名前はレノ、火属性の魔術師だよ」
「あ、私はハルナだよ。魔物使いでこの子は私の友達になってくれたスラミン汲んだよ」
「あたしはネココだ!!ドワーフで土属性の魔術師だ!!そんでこっちのひ弱そうな兄ちゃんはダインだよ!!影魔法なんて変わった魔法を使うんだ!!」
「こら、待て!!誰がひ弱そうだって!?」


全員が自己紹介を終えると、夜が明けて太陽が昇る。夜明けを迎えたことを確認するとハルナは今更ながらとんでもない事実に気が付く。
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