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入学試験編

第47話 勇気

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「わっ……わああああっ!!こっちに来ないでぇっ!?」
「ッ……!?」


ハルナは大声をあげながら樹木を飛び出すと、それを見たミノタウロスは呆気に取られた。隠れていたはずの相手の方から姿を現わしたことに驚くが、すぐに彼女を追いかける。


「ブモォオオッ!!」
「わわっ!?」


自分を囮にしてハルナはレノだけでも助けるために全速力で駆け抜ける。ミノタウロスはハルナを追いかけるのに夢中になり、木の陰に隠れていたレノには気付かずに通り過ぎた。

レノを助けるためにハルナは自分を犠牲にして森の奥へと駆け抜ける。少しでも遠くに離れなければミノタウロスが引き返す可能性があり、何としても彼だけでも助けるために駆け抜ける。


(かけっこは得意だけど……やっぱり怖いよ!?)


自分が犠牲になる覚悟は固めたが、迫りくるミノタウロスを見てハルナは恐怖する。追いつかれれば確実に殺されると意識した途端に彼女の動きが磨かれる。


「やだやだやだ!!死んじゃうのはやだ!!」
「ブモォッ……!?」


森の中を駆け抜ける際にハルナは何故か事前に地形を把握しているような立ち回りで逃げ出す。巨体のミノタウロスでは潜り抜けられないような木々の隙間を潜り抜けたり、傾斜のある場所をまるで知っているかのように跳び越える。

ハルナは初めて訪れた森でも巧みに動き回ることができた。本来はエルフは森の中で暮らす種族であり、エルフの本能で森の中を無駄なく最速で移動する方法をハルナは自然と身に着けていた。


「ええいっ!!」
「ブフゥッ!?」


走っている最中にハルナは大木の枝に跳びこみ、木の枝を利用して新体操の如く身体を回転させる。すると背後まで迫っていたミノタウロスの頭上を跳び越えるどころか逆に後頭部を蹴りつけた。

思いもよらぬ反撃を受けたミノタウロスは地面に倒れ込み、その間にハルナは地上に降りると反対方向を駆け出す。森の中ならばハルナに分があり、ミノタウロスは翻弄された。


「ブモォオオオッ!!」
「わわっ!?もう追いかけて来ないでよ……あいたぁっ!?」


執拗に追いかけて来るミノタウロスに流石にハルナも疲れてきたころ、彼女は木々を抜け出て元の川原に戻ってしまう。走っている最中にどうやら川原まで戻ってきたらしく、しかも死んだと思っていたハルナとネココの姿があった。


「い、いてて……頭打った」
「うぷっ……し、死ぬかと思った」
「ぷるんっ」
「み、皆!?無事だったの!?」


ダインは後頭部を抑えて立ち上がり、川に落ちたはずのネココはスラミンを抱えて川原に倒れていた。二人が生きていた事にハルナは驚くが、実を言えば二人は最初から死んでなどいなかった。



――最初にミノタウロスに吹き飛ばされたネココは川に落ちた際、一緒に巻き込まれて落ちたスラミンのお陰で助かった。水中に沈んだ際にネココは無我夢中にスラミンに抱きつき、彼が浮袋の代わりとなって溺れずに済んだ。

攻撃を受けた際もスラミンが緩衝材クッション代わりになってくれたお陰で助かり、時間は掛かったが自力で川から這い出る。ダインの方はミノタウロスが投げた斧にそもそも当たっておらず、斧が当たる寸前に後ろに転んで頭を打って気絶しただけだった。



二人が生きていたことは喜ばしいが、最悪な状況でハルナは川原に戻ってきてしまった。ミノタウロスは川原に飛び出すと、殺したはずの二人が生きていることを知って表情を歪ませる。


「ブモォオオオッ!!」
「ひいいっ!?」
「うわぁっ!?」
「ぷるるんっ!?」
「み、皆逃げて……早く!!」


ハルナは全員に逃げるように告げるが、ダインもネココも逃げ切る体力も残っていなかった。ハルナ自身も森の中を走り続けたせいで体力の限界を迎え、足がもつれて倒れてしまう。


「あうっ!?」
「姉ちゃん!?」
「何やってんだよ!?早く逃げろ!!」
「ぷるるんっ!!」


転んだハルナを見てダイン達は慌てて彼女の元に駆け出すが、獲物が一か所に集まったのを見てミノタウロスは好機と判断して斧を振りかざす。


「ブモォオオッ!!」
「「「わぁあああっ!?」」」
「ぷるるんっ!?」


三人とも魔法を使う暇もなく、迫りくる斧の刃に目を閉じる。だが、ミノタウロスが斧を振り切る寸前に背後から近づく人影があった。


爆破ブラスト!!」
「ッ――――!?」
「「「はうっ!?」」」
「ぷるんっ!?」


ミノタウロスの背後に迫っていたのは右手に火球を作り出したレノだった。三人を仕留めようとしていたミノタウロスは背中ががら空きとなり、その隙を見逃さずに火球を生成した右手を叩き込む。

強化術を発動した状態で放たれたレノの火球は強烈な爆発を引き起こし、爆炎と衝撃を同時に受けたミノタウロスは吹き飛ぶ。攻撃を繰り出したレノは右腕を抑えながらも三人に振り返った。


「おい、大丈夫か!?」
「えっ!?あ、ああ……」
「だ、誰だ!?」
「レノ君!?良かった、目を覚ましたんだね!!」


ダインとネココはレノと初対面なので驚いたが、ハルナは大怪我を負ったはずのレノが助けてくれたことに驚く。レノはハルナが離れている間に再生術を利用して怪我を治した。しかし、右腕の方は完全には治り切っていない。


(流石に治ったばかりで魔法を使うのは無理があったな……右腕はしばらく使えそうにないな)


治療したばかりで無理をしたせいで右腕の感覚が麻痺して上手く動かせず、これでは火球を生み出しても投擲や相手に押し当てることは不可能だった。だが、ボアを吹き飛ばすほどの威力がある爆発を受けてもミノタウロスは平然と起き上がる。


「ブモォッ……!!」
「うわっ!?ま、まだ生きてるのか!?」
「しつこすぎるだろ!?」
「み、皆!!早く逃げよう!!」
「……いや、逃げるはまだ早い」
「ぷるんっ!?」


レノは三人を庇うように前に立つと、右腕を抑えた状態でミノタウロスと向かい合う。ここまでに何度か魔法を喰らっているはずだが、ミノタウロスは大した損傷を負っていない。赤毛熊以上の耐久力を誇る相手にレノは冷や汗を流す。


(右腕は……魔法は使えそうだけど、指に力は入らないか)


再生術の治療は怪我が治っても感覚が元に戻るまで幾分か時間が掛かり、右腕が完全に動かせるようになるまでミノタウロスが待つはずがない。そうなれば残されたのはだけであり、一か八かの賭けに出た。


「三人とも俺の後ろに隠れて」
「はあっ!?まだ戦う気か!?」
「あんなのに勝てっこないだろ!?」
「いいから早くしろ!!」
「は、はい!?」
「ぷるんっ?」


スラミンを抱きかかえたハルナはレノの後ろに移動すると、他の二人も一緒に下がった。レノはミノタウロスの位置と方角を確認して三人に伝える。


「俺の背中を支えて!!」
「はあっ!?今度は何を言い出すんだよ!?」
「いいから言うことを聞け!!ここで死にたいのか!?」
「わ、分かったよ……こうでいいのか?」
「こう?」
「何なんだよいったい……」
「ぷるんっ(←背中に届かないのでハルナの頭の上で応援する)」


三人に自分の背中を任せたレノはミノタウロスの様子を伺い、先ほどの「爆破」を受けて警戒しているのか不用意に近づこうとしない。それがレノにとっては都合が良かった。


(失敗すれば全員死ぬかもな……まあ、どうせ逃げ切れる相手じゃないし言わなくてもいいか)


これから行うことは背中に隠れる三人も危機に晒す行為だが、敢えて何も説明せずにレノは自分の背中を支えることだけに集中するように伝えた。
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