投擲魔導士 ~杖より投げる方が強い~

カタナヅキ

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序章 狩人の孫

第38話 友の成長と決意

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「クゥ~ンッ♪」
「うわ、顔が汚れてるのに擦り寄るなよ……これ、お前がやったのか?」
「ウォンッ!!」
「ギィアッ!?」


ビャクは山の中に逃げ込んだ武装ゴブリンを全て始末し、わざわざレノがいる村まで運んできたらしい。最後の一匹は始末せずに連れてきたのはレノから奪った短剣を所持しているからだった。


「あれ?こいつ、確か昨日の昼間に現れた奴か……なるほど、俺の短剣を盗んだのはこいつだったのか」
「ギギィッ!?」


ゴブリンは奪った短剣をホブゴブリンに献上しようとしたが、ホブゴブリンはそれを受け取らずにゴブリンに渡した。そのためにゴブリンは短剣を所持したままだったが、臭いでレノの短剣を持っていると気付いたビャクはゴブリンを捕獲して村まで訪れた。


「そうか、お前は俺の短剣を取り返したから村まで持ってきてくれたのか。このゴブリンの死骸はお前なりの土産か?」
「ウォンッ!!」


村に訪れたビャクの意図を察したレノはひとまずはゴブリンから短剣を回収し、唖然とした表情で見つめる村人達に説明する。


「あ~……えっと、皆安心して!!こいつは俺の友達だから!!」
「と、友達って……その馬鹿でかい狼が!?」
「ど、どう見ても魔物じゃないか!!」
「クゥンッ?」


ビャクを見た村人と兵士は騒ぎ立てるのも無理はなく、レノが他の人間にビャクの存在を隠していたのはこのような事態に陥ると予測していたからだった。

ボアの肉を餌にし始めてからビャクは短期間で身体が大きくなり、現在では山の生態系の頂点に位置していた。今のビャクならば野生の狼も熊も敵ではなく、最近はレノが餌を用意せずとも自分で獲物を狩るようになった。


「皆、落ち着いて!!この子は本当にいい子だから!!人間に危害を加えたりしないから!!」
「ギギィイッ!?」
「ガアアッ!!」


レノはビャクが危険がないことを伝えようとしたが、足元で騒ぎ立てるゴブリンにビャクは苛立ったように頭に噛みつく。凄まじい咬筋力でゴブリンの頭を噛み潰し、死骸を放り捨てる。


「ギャアアッ!?」
「ウォンッ!!」
「ひいいっ!?」
「ど、どこが大人しいんだ!?めちゃくちゃ狂暴じゃないか!?」
「ああ、もう……ビャク、お座り!!」
「ウォンッ!?」


ゴブリンを惨殺したビャクを見て村人と兵士は震え上がるが、レノが命令するとビャクは慌てて大人しくなる。頭を抑えながらレノはビャクに近付いて囁く。


「いいか、今は大人しくするんだ。あとでちゃんと餌をやるから言うことを聞くんだぞ」
「クゥ~ンッ……」


主人の命令にビャクは従い、とりあえずはビャクに危険性がないことを証明するためにレノはゴーマンを呼び出す。


「ゴーマン!!悪いけどこっちにきてくれる!?」
「ええっ!?な、なんで僕が!?」
「いいからこっちに来てよ。大丈夫、こいつは怖くないから」
「ウォンッ」


呼び出されたゴーマンは全身を震わせながらもゆっくりと近づくと、ビャクは彼に鼻先を近づけて臭いを嗅ぎ始める。その行為にゴーマンは震え上がり、子供の頃にオークと赤毛熊に襲われたことを思い出してしまう。


「ひいいっ!?食べないで!!僕は美味しくないぞ!?」
「大丈夫だって、ビャクは人間を襲ったりしないよ。ほら、触っても平気だよ」
「ウォンッ!!」
「う、ううっ……分かったよ」


ゴーマンはレノの言う通りにビャクに触れると、くすぐったそうな表情を浮かべながらビャクはゴーマンに擦り寄る。


「クゥ~ンッ」
「うわっ!?」
「どう?大きいけど可愛いでしょ?」
「……そ、そうだな。こうしてると犬みたいだな」


触ることに慣れてきたゴーマンは身体の震えが収まり、魔物に対する恐怖も薄れていく。その様子を見て他の人間も本当に大丈夫なのかと警戒を緩めていく。

しばらく経つとゴーマン以外の村人もビャクに近寄り、彼の身体を触り始めた。生きている魔物に触れる機会など滅多になく、特に子供達は嬉しそうにビャクの背中に乗り込む。


「わあっ、高い高い!!」
「毛皮もあったかくて気持ちいい!!」
「なるほど、こうしてみると可愛い……か?」
「どちらかというと格好いいように見えるがな」
「クゥ~ンッ……」


大勢の人間に群がられてビャクは困惑するが、特に嫌がっている様子はなかった。レノは村人がビャクと戯れている間、村長に事情を話す。


「……ということがあってビャクは俺が山で面倒を見てるんです」
「なるほど、そうだったか。しかし、どう見ても普通の狼には見えんな……」
「魔物だとしてもあんなに人懐っこいなら別に大丈夫じゃないか?それに村を襲ったゴブリンを始末してくれたわけだし……というか、あいつが村にいたら魔物に襲われることもなかったんじゃないか?」
「あっ……言われてみれば確かにそうかもしれない」


ビャクはゴブリン程度の魔物ならば負けることはあり得ず、もしも武装ゴブリンが襲撃した時に同行していたらホブゴブリン以外は倒せたかもしれない。だが、村人が怖がるかもしれないのでレノはビャクを連れて行くことはできなかった。


「あ、そうだ。良かったら当分の間はビャクもこの村に住まわせてくれませんか?」
「何!?ここにか!?」
「ビャクが鼻がいいから近くに魔物が現れたらすぐに気づくんですよ。もしかしたら武装ゴブリンの生き残りがいるかもしれないし、見張り役には最適でしょ?」
「しかし、こんなに大きい獣の餌を用意できるかどうか……」
「それも大丈夫ですよ。ビャクは自分で狩りもできますから……あ、でも余った食材とかがあればあげたら喜ぶと思います」
「ウォオンッ!!」


レノの言葉にビャクは頷き、村を守る存在としてこれ以上に心強い存在はいない。村長は他の村人にも相談した結果、当面の間はビャクが村で暮らすことを許可した。


「分かった。レノが信用する狼ならば我々も信じよう。これからはレノと一緒に村で暮らすと良い」
「やった!!良かったな、ビャク!!これで村も自由に出入りできるぞ!!」
「ウォンッ!!」
「あの、レノ君……さっきの話の続きなんだが」


ビャクが村に暮らすことを許可され、レノは嬉しさのあまりに抱きつく。そんな彼に先ほどの兵士が訪れると、彼はビャクを見て提案を行う。


「さっき、君はこの村を守るために残らなければいけないといったが……この狼がいるのならば村を守る必要はないんじゃないか?」
「え?」
「無論、我々もこの村を守るために警備を強化するつもりだ。この村の安全は保障しよう……だから君は王都に行って魔法学園に通うべきだ」
「魔法学園?噂で聞いたことはあるが……」
「何の話だよ?」


兵士の話を聞いて村長とゴーマンが不思議そうな表情を浮かべ、彼等にも事情を説明した。二人はレノが魔法学園に入学するのを拒否して村を守るために残ろうと知って驚く。


「魔法学園のことは儂も知っておる。この村でも15才を迎えた人間はイチノに出向いて適性の儀式を受ける決まりがあるからのう」
「その魔法学園とやらに入ればレノは本物の魔術師になれるのか!?」
「は、はい。この年齢で魔物を倒せる程の魔法を使えるのであればきっと魔法学園でも好待遇で受け入れられるでしょう」
「でも、俺がいなくなったらこの村は……」
「何言ってんだお前!!こんなの迷う必要もないだろ!!」


レノが断る前にゴーマンが口を挟み、怒った様子で怒鳴りつける。


「僕達に気を遣うなよ!!本当はお前も行きたいんだろ!?」
「え!?い、いや……」
「アル爺さんみたいに立派な魔術師になるのが夢なんだろ!?それなら魔法学園に行って来いよ!!」
「でも、俺がいなくなったらこの村は……」
「レノよ……儂等に気を遣う必要はないぞ」


ゴーマンだけでなく、村長もレノが村に残ることを反対した。アルの代わりに村を守ろうとする気持ちは有難いと思うが、自分の夢を諦めようとするのを認めるわけにはいかなかった。


「儂はお主のことをもう一人の息子と思っておる。もしもアルが生きていたとしたら、お主を立派な魔術師に育て上げることができたかもしれん。しかし、アルはもう死んだ。この村にはお前を魔術師に育て上げる人間はおらん」
「村長、でも……」
「儂等を救ってくれたことは感謝しておる。しかし、アルの代わりに自分の夢を捨ててまで守って欲しいとは思わん。お主は王都へ向かうべきじゃ」
「だけど、また魔物が現れたらどうするんですか!?」
「安心せい。お主の代わりに心強い用心棒ならばここにおるではないか」
「ウォンッ!!」


村長はビャクを指差すと力強い鳴き声をあげ、彼が入る限りは魔物に襲われても大丈夫だと伝える。他の村人もレノが自分の夢を諦めることには反対だった。


「子供が遠慮なんかするな!!立派な魔術師になって帰って来いよ!!」
「今まで迷惑をかけてすまなかったね……これからは私達も力を合わせて頑張って生きていくよ」
「ビャクの世話なら僕に任せろ!!何だったら僕が狩人になってやるよ!!」
「実を言えばアルに狩猟を教えたのは儂じゃ。ゴーマンを鍛えてお主以上の狩人に育てみせるぞ」
「皆……」


レノは自分のために声をかけてくれる村人達に感動し、彼等の気持ちを無駄にしないために決意を固めた。兵士に振り返ると改めて頭を下げてお願いする。



「――どうか俺を魔法学園に入れてください」



ナイ村を離れて王都にある魔法学園へ入る覚悟を決めた――
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