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序章 狩人の孫

第32話 緑鬼

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(しまった!!日が暮れた……それにさっきのこいつの咆哮は仲間を呼ぶための合図か!?)


ホブゴブリンが村に入り込んであげた咆哮は威嚇が目的ではなく、村の外に伏せていた他の武装ゴブリンを呼び出したのだとレノは気が付く。ホブゴブリンと行動を共にしていた武装ゴブリンは全滅させたが、まだ他の門の見張りのために残した武装ゴブリンが村の中に侵入を開始した。

日が暮れたことで夜行性のゴブリンは真の力を発揮し、咆哮をあげてから数十秒足らずで村を取り囲む柵を乗り越えてゴブリンの群れが北門に集まる。



――ギィイイイッ!!



当初の作戦ではホブゴブリンを一刻でも早く始末して武装ゴブリンを退散させるつもりだったが、予想以上に武装ゴブリンの集結が早い。ホブゴブリンがレノに殴られても大して効いていないのに立ち上がらなかったのは、仲間が辿り着くのを待っていたからに過ぎない。


(こいつ!?やられたふりをして時間を稼いだのか!?)


敢えて攻撃を受けて弱っているふりをして時間を稼がれたことにレノは衝撃を受けるが、即座に考えを切り替えた。作戦はまだ失敗しておらず、今からでもホブゴブリンを倒せば他のゴブリンは逃げ帰って戦闘は避けられる。


(ここで仕留めるんだ!!)


もう力を隠している余裕はないと判断したレノは右手に意識を集中させた。だが、先ほどホブゴブリンを殴りつけた際に右手を痛めてしまい、いつものように魔法を投擲することは不可能だった。


(直接ぶつけて倒してやる!!)


投擲ができないのであればボアを始末した時のように火球を相手に叩き込む戦法に切り替え、既に強化術を発動している状態なので詠唱魔法は発動できず、その代わりに無詠唱で火球を作り出す。


「はああっ!!」
「ッ――!?」


レノは掌に通常の一回り小さい火球を生み出し、それを見たホブゴブリンは目を見開く。まさかレノが魔法まで使えるとは思わずに動揺するが、そんなホブゴブリンに目掛けてレノは突っ込む。

右手に火球を形成した状態でレノはホブゴブリンに踏み込むと、全力で掌底を繰り出した。今のレノならば無詠唱でもボア程度の魔物ならば一撃で倒せるが、ホブゴブリンは身に着けているで全身を覆う。


「喰らえっ!!」
「グギャアアッ!?」


掌に誕生した火球がホブゴブリンに押し込まれた瞬間、爆発を引き起こしてホブゴブリンを吹き飛ばす。それを見ていた兵士や村人や武装ゴブリンさえも動きを止め、いったい何が起きたのか分からずに呆然と立ち尽くす。


「な、何だ今の!?」
「急にレノの右手が爆発したように見えたが……」
「ギギィッ!?」


並のボアならば一撃で吹き飛ばすほどの破壊力を誇るレノの「爆撃」を受けてホブゴブリンは地面に倒れ、その様子を見た武装ゴブリンは動きを止めた。ゴブリンは統率者がいなくなれば混乱して逃げ出す習性があり、これでホブゴブリンが死んでいたら武装ゴブリンといえども逃走するはずだった。


(頼む!!死んでてくれ!!)


攻撃を仕掛けたレノはホブゴブリンが起き上がらないことを祈るが、彼の願いは通じずホブゴブリンは目を見開いて立ち上がる。


「グギィイイイッ!!」
「「「ギィイイイイッ!!」」」


ホブゴブリンが起き上がった瞬間に武装ゴブリンは咆哮をあげ、レノは顔色を青ざめた。兵士や村人も爆発を受けて立ち上がったホブゴブリンの姿に絶望する。


「そ、そんな……なんで生きてるんだ!?」
「ば、化物だ……あんなの勝てるはずがない!!」
「どうしてこんなことに……」
「皆!!諦めるな!!」


爆発をまともに喰らっても起き上がったホブゴブリンに村人だけではなく兵士まで心が折れそうになる。だが、レノは諦めずにホブゴブリンと対峙した。


(こいつ、どうして生きてるんだ!?ゴブリンの上位種はそんなにも強いのか!?)


レノの魔法を受けても平然としていたのは「赤毛熊」だけであり、他の魔物が相手ならば彼の魔法を受けて無事だった存在は一匹もいない。ホブゴブリンが赤毛熊並の炎の耐性と耐久力持っている可能性もあるが、どうにも腑に落ちなかった。

ホブゴブリンに攻撃を仕掛ける際にレノは赤毛のマントで受け止められたことを思い出す。他の武装ゴブリンと違ってホブゴブリンはイチノの警備兵の副隊長を勤める「エンカ」なる人物の装備を奪っており、そのエンカはレノと同じく「魔術師」だと判明している。


(そういえば兵士の人に聞きそびれたけど、こいつの装備は魔術師のエンカという人から奪ったって……それにあのマントの色合い、何処かで見たような気が……まさか!?)


赤毛のマントを見てレノは真っ先に思いついたのは「赤毛熊」だった。赤毛熊の毛皮は非常に頑丈で炎にも強く、レノの魔法を何度も受けても生きていた。その赤毛熊と同じ色合いのマントをしているホブゴブリンを見てレノは仮説を立てる。


(もしもこいつのマントが赤毛熊の毛皮から作られたのなら、炎に対する耐性もあるのか!?だとしたらエンカさんも俺と同じで炎を扱う魔法使いだったか!?)


ホブゴブリンがどの時期に赤毛熊のマントを身に着けたのかは不明だが、エンカがレノと同じく火属性の魔法の使い手だった場合、ホブゴブリンは赤毛熊のマントで魔法を防いでエンカを殺した可能性もあった。兵士によれば魔術師のエンカが魔物に敗れたなど信じられないと言っていたが、もしも魔物が魔法の対策をしていたら話は別である。

レノにとっての不運は兵士からエンカの詳しい話を聞いていなかったことであり、自分と同じく炎の魔法使いが敗れていると知っていれば色々と対策はできた。逆にホブゴブリンにとっての優位は炎の魔法使いとの対戦は初めてではないということであり、ホブゴブリンは赤毛熊のマントを身に着けたままレノに向かう。


「グギィイイッ!!」
「うわっ!?」


これまでは防戦一方だったホブゴブリンの方からレノに迫り、今まで戦ってきたゴブリンとは比べ物にならない素早さにレノは驚く。強化術を発動していてもホブゴブリンの動きに付いて来れず、ホブゴブリンの繰り出した蹴りが腹部に衝突して吹き飛ぶ。


「がはぁっ!?」
「レノ!?」
「いかん!!殺されるぞ!?」


強烈な一撃にレノの身体が10メートル近く吹き飛び、地面に叩きつけられた拍子に強化術が解けてしまう。あまりの痛みに気絶することもできず、激しく咳き込む。


「ごほっ、ごほっ……うげぇえっ!!」
「だ、大丈夫か!?」
「今助け……うわっ!?」
「ギィイイッ!!」


レノを助けに向かおうとした兵士達は武装ゴブリンが阻み、既に村の中には30匹近くの武装ゴブリンが集まっていた。レノ達が最初に倒したのは群れの半分にも満たず、兵士は取り囲まれて助けに行く余裕がない。


「レノ!!しっかりしろ、僕が助けに行くからな!!」
「駄目じゃ!!今下りたら殺されるぞ!?」
「「「ギィイイッ!!」」」


建物の屋根にいる村人達の元にも武装ゴブリンが迫り、よじのぼろうとしてくるゴブリン達を必死に村人は追い払う。その様子を見てレノは嘔吐しながらも立ち上がろうとした。


(まずい、このままだと皆が危ない……再生術でまずは回復しないと)


再生術を発動して怪我の痛みを和らげながらレノは立ち上がったが、その直後に背後から頭を鷲掴みにされて持ち上げられる。ホブゴブリンは人間相手に容赦などせず、レノを片手で持ち上げる。


「グギィイッ!!」
「がはぁっ!?」
「レ、レノ!?」
「いかん、殺されるぞ!?誰か助けてくれ!!」
「む、無理だ!!これじゃ近づけない!!」


頭を掴まれて持ち上げられたレノを見てゴーマンと村長は兵士を見るが、彼等も武装ゴブリンに囲まれて他の人間を助ける余裕がなかった。その間にもホブゴブリンはレノの頭を握り潰そうと力を強めていく。その姿は情け容赦なのない悪鬼だった。
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