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序章 狩人の孫

第25話 家宝の盾

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「ちょっと待って!!そのエンカという人は……」
「悪いが今は悠長に話している暇はない!!奴等が本当に調査隊を殺して装備を奪ったというのであれば我々ではどうしようもできん!!」
「村長、早く村人を集めて避難の準備を!!最悪の場合はこの村を放棄するしかありません!!」
「そ、そんなっ!?何とかならんのか!?」
「無理です!!我々だけではあれだけの数の魔物を倒すなんてできません!!」


兵士はレノの話を聞く余裕はなく、村長に村人を脱出させる準備を行わせるように伝える。魔物が村に攻め込んできた場合、村に滞在する兵士だけでは侵入を食い止めるのもできなかった。


「何とかならんのか!?この村を失ったら我等は……」
「お気持ちは分かりますが我々だけではどうしようもないのです!!とにかく、村の男性を集めて下さい!!こうなった以上は一緒に戦ってもらわねば防ぎ切れません!!」
「ほら、君達も家に戻って!!早く逃げる準備を整えるんだ!!」
「そ、そんな……逃げろって言われても何処に逃げればいいんだ!?」


兵士達はレノとゴーマンに自分の家に戻るように指示を出す中、見張り台の上から魔物の様子を伺ったレノは違和感を抱く。魔物の群れは確かに村に近付いているが、妙に進行速度が遅いことに気が付く。


(なんだあいつら?どうしてあんなにゆっくり歩いてんだ?)


武装ゴブリンの集団は歩いて近付いており、村から20メートルほど迫った場所で立ち止まった。何をするつもりなのかとレノ達は警戒するが、武装ゴブリンは鎧兜を外して座り込む。


「ギギィッ……」
「ギィイッ……」
「ギィアッ……」


唐突に接近を中断して装備を外したゴブリン達は地面に寝そべって休み始めた。それを見たレノ達は呆気にとられ、何が起きているのか理解できない。


「ど、どうなってるだ!?あいつらあんな場所で休み始めたぞ!?」
「いったい何が起きておる?」
「わ、分かりません。ですが奴等が近付いてこないのなら今が好機です!!早く避難の準備を!!」
「…………」


村に攻め入らずに休み始めた魔物の群れにレノ達は呆気にとられるが、今のうちに村の中の人間は避難の準備を開始した――





――武装ゴブリンが迫っている光景を確認してからしばらくした後、村の中央に村人達が集められた。村長の呼びかけで彼等全員が避難の準備を整え、いつでも村を脱出できる覚悟はできていた。


「皆の者!!もしも魔物が村の中に入り込んだら我々ではどうしようもできん!!残念だがこの村を捨てて避難するしかない!!」
「そ、そんな……どうにかできないんですか!?こういう時のために兵士がいるんじゃないんですか!?」
「申し訳ございません。あれだけの魔物を相手にするのは我々も初めてでどうしようもできないんです。ですが、我々はこの村に残って最後まで戦うつもりです!!どうか我々が時間を稼いでいる間に皆さんは逃げてください!!」
「ふ、ふざけるな!!儂は知らんぞ、こんな村のことなんてどうでもいい!!」


兵士は村に残って命懸けで魔物の群れを戦う覚悟を固めていたが、警備隊長だけが納得していなかった。彼は村人のために命を懸けるつもりはなかったが、そんな男に今まで従っていた兵士達は怒鳴り散らす。


「黙れ!!俺達は誇り高いイチノの兵士だ!!民を見捨てるような真似はできるか!!」
「き、貴様!?上官に対して無礼な口を……」
「何が上官だ!!お前が一般人に暴行を加えたことは知っているぞ!!しかも子供に手をかけるようなクズに従う義理はない!!」
「お、おのれ!!言わせておけば……」
「こんな時に争っている場合か!!」


警備隊長が自分に歯向かう兵士に殴りつけようとするが、その間にレノが割って入った。レノを見た途端に警備隊長の男は表情を引きつらせ、一方で兵士達は戸惑う。


「兵士さん、俺も残ります」
「な、何を言ってるんだ!?君の様な子供が残っても何もできない!!大人しく他の人と一緒に避難するんだ!!」
「俺はずっと山で暮らしていて魔物も討伐したこともあります。ゴブリンなら何十匹も始末しました」
「何!?その話は本当なのかい?」
「嘘じゃないよ!!レノはこの村一番の狩人だ、僕も前に助けてもらったんだ!!」


レノが魔物との戦闘経験があることを伝えると兵士達は驚き、ゴーマンがレノの言うことは真実だと証明する。この状況下で自分達以外に魔物と戦ったことがある人間がいるのは兵士にとっても都合が良かった。


「……分かった。君が本当に魔物と戦えるのなら一緒に残ってくれ」
「おい、本気か!?まだ子供じゃないか!!」
「そんなことは分かっている!!だが、お前だってあの数のゴブリンを見ただろう!?今は一人でも戦える人間が必要なんだ!!」
「そ、それはそうかもしれないが……君、ここに残れば死ぬかもしれないんだぞ?それでもいいのか!?」
「死ぬつもりなんてありませんよ。どうしてもまずいと思ったら逃げさせてもらいます……逃げ足には自信がありますから」


昔からレノは足の速さには自信があり、万が一に危機に陥れば逃げる自信はあった。だが、今回はとも考えていた。


(時間稼ぎなんて必要ない。あいつらを全滅させればいいだけだ)


武装ゴブリンだが何だか知らないがレノは逃げるつもりなど毛頭なく、この村はレノにとっても大切な故郷だった。どんな相手だろうと故郷を滅ぼそうとする存在は許しておかず、例え人前で魔法の力を使うことになっても止めるつもりだった。


(ごめん、爺ちゃん。約束は守れそうにない)


何者にも魔法を使えることを知られるなと祖父から言われていたが、故郷を守るためならばレノは約束を破る覚悟はできていた。


「君、さっき山で魔物を狩っていると言っていたが、武器は持っているのかい?」
「え?武器は……」
「待ってくれ!!僕も残るぞ!!」
「ゴーマン!?」


兵士は武器を携帯していないレノを心配するが、ゴーマンが間に割って入った。何時の間にか彼は手斧と円盤型の盾を装備しており、それを見た村長は驚く。


「ゴーマン!?そ、その盾は我が家の家宝ではないか!!」
「家宝?」
「へへ、今まで黙ってたけど僕の先祖は元は有名な騎士だったんだよ。この盾はご先祖様が残してくれた盾なんだ」
「へえ、知らなかった……随分と綺麗な盾だね?」


ゴーマンが装備した盾は中央の部分に鏡のように磨き上げられた水晶が埋め込まれており、大昔にゴーマンの先祖が愛用していた盾らしい。村長は勝手に家宝を持ち出したゴーマンに烈火の如く怒る。


「こ、この馬鹿息子が!!その盾がどれほど大切な物なのか何度説明したら分かる!?早く返さんか!!」
「や、やだよ!!父ちゃんこそ状況が分かってるのか!?これから村が大変なことになるかもしれないんだぞ!!そんな時に家宝なんて守ってる場合かよ!!使える物は何でも使うべきだろ!!」
「待ってくれ、君の気持は嬉しいが子供を戦わせるわけには……」
「レノだって子供だろ!!それに僕はこの村で一番の力持ちなんだ!!魔物なんかに負けるかよ!!」


何と言われようとゴーマンは村に残って戦う覚悟らしく、レノが山で暮らしている間に彼も身体を鍛えていた。そのお陰で村の子供達の中の誰よりもたくましく成長し、大人顔負けの腕力を手に入れていた。

しかし、兵士達は村長の息子を残すことに難色を示す。レノは自分が魔法を使えば魔物に負けないという自信はあるが、ゴーマンが残るとなると彼のことが気になって戦闘に集中できなくかもしれない。そう考えたレノはゴーマンに逃げるように告げた。
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