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序章 狩人の孫

過去編 《レノの才能》

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「今ならどっちの腕でも的を外さなくなったよ。ほら、見ててね!!」
「お、おおっ……」


アルの目の前でレノは左右の腕を交互に利用して石を投げつける。投げ放たれた石は全て的の中心に的中し、何十回投げても狙いを外さなかった。レノが投げ終えた後にアルは的を調べると、中心の部分だけが抉れていた。


(なんだこれは……いったいどれだけ投げたというのだ!?)


不自然に的の中心部分だけが凹んでおり、何百回かあるいは何千回も石を当てなければこのように凹むことはない。しかも的は新しく造り直した物だと気が付く。


「この的は新しいのか?」
「うん、前に使ってたのは壊れたから新しいのを造り直したんだ。それで何個目だったかな?」
「何!?そんなに壊したのか?」
「ちょっとやりすぎちゃって……」


アルは自分の知らぬうちにレノが何個も的を壊す程に練習をしていたことを知って驚き、若い頃の自分以上に努力していたことを知る。練習のお陰でレノは左右のどちらの腕でも百発百中の腕前を誇る。

一年も経たないうちに完璧に的に当てる所か、的に括り付けたロープを切るだけの腕前を身に着けたレノにアルは感心を通り越して呆れてしまう。練習を課したのは自分とはいえ、まさかここまで熱中するとは思わなかった。


「よ、よく頑張ったな。だが、まだ終わりじゃないぞ。お前は今まで動かない的に当てる練習をしてきたが、狩猟の際は常に動き回る獲物に石を当てなければならん。次は本格的に獣に当てる練習を……」
「あ、それなんだけど……ちょっとこっちに来て!!」
「待て、何処へ行く!?」


勝手に走り出したレノにアルは慌てて後を追いかけると、辿り着いた先は小川だった。レノは小石を拾うと小川にじっと視線を向け、それを見てアルは不思議に思う。


「どうした?いったいなにを……」
「しっ……静かにしないと逃げられるから」
「逃げられる?まさか……魚か?」


レノが探しているのが小川を泳ぐ小魚だと気が付き、アルは彼の狙いに気付いて驚く。レノは川の中に泳ぐ魚を投石で仕留めようとしていると気付いて冷や汗を流す。


(まさか魚を仕留めるつもりか!?いくらなんでもそれは……)


陸上の動物に投石を当てることも難しいというのにレノは川の中に泳ぐ小魚を仕留めようとしていることに気が付き、アルでも川を泳ぐ魚を投石で仕留めた経験はない。だが、レノは集中力を高めて石を投げ放つ。


「そこだ!!」
「ぬおっ!?」


勢いよく投げつけられた石が小川に突っ込み、派手な水飛沫が上がった。しばらくすると川の中から魚が浮きあがり、気絶しているのか全く動かなかった。


「やった!!今日は一発で成功した!!」
「きょ、今日はだと?まさか、いつもこんなことをしてたのか!?」
「うん、少し前から試してたんだ。でも魚に当てられるようになったのは最近だけどね」
「……そ、そうか」


自分がとんでもないことをしたというのにレノは全く自覚しておらず、自分の孫だと理解しながらもアルは恐怖すら抱く。


(バカと天才は紙一重というが……そういえば昔から一度嵌まれば最後までやり通す奴だったな)


今よりもレノが小さい頃、子供達と一緒に村の中でよく鬼ごっこをしていた。レノは足が遅いので鬼役を任されると他の子供達を捕まえきれずに泣いて帰ってくることも多々あった。だが、遊ぶ回数が増えていくことに彼はどんどんと上達していく。

他の子供達を捕まえられるようにレノは毎日全力で走って体力を身に着けた。そのお陰で1年も経過する頃には同世代の子供達の誰よりも足が速くなり、鬼ごっこをするときもレノが鬼になれば全員がすぐに捕まり、逆にレノが逃げる役になると誰も彼を捕まえられなかった。あまりにレノが早過ぎて他の子供達は彼と鬼ごっこで遊ぶことがなくなり、そのせいで寂しくなったレノはアルに泣きついたこともあった。


(まだ子供だったとはいえ、こいつの集中力は桁外れだ。これも才能か……)


遊びのためだけに早く走れるよに毎日走り回っていた頃のレノを思い出し、一つの物事に集中することがレノの才能ではないかと考える。投石の練習においてもその才能を生かし、短期間でアルに並ぶだけの技量を身に着けた。


「レノ、もしかして動物を狩ったこともあるのか?」
「動物?小鳥ぐらいなら撃ち落としたことがあるけど……」
「そ、そうか……ちなみにそれは枝に留まっている小鳥に当てたのか?」
「ううん、空を飛んでいる奴に当てたよ。流石に魚に当てるよりも難しいから2、3回しか成功してないけど……」
「…………」


あっさりとまたとんでもない発言をしたレノにアルは頭を抱え、彼の才能は認めざるを得ないが、いくらなんでも度が過ぎていた。何処の世界に小石で空を飛ぶ鳥を仕留める子供がいるのかと言いたくなるが、彼に投石を教えたのは自分だと気付く。


「よ、よく頑張ったな……そこまでできるのならもう練習も必要ないだろう」
「えっ!?でも、まだ魚と鳥ぐらいしか当てられないのに……」
「十分過ぎるわ!!」


川を泳ぐ魚と空を飛ぶ鳥を当てられるだけの技量があれば十分だというのに不安を抱くレノにアルはため息を吐いた――





――家に戻った後、アルはレノがどのような練習をしてきたのかを問う。最初の頃はアルに言われた通りに的に小石を当てる練習をしてきたが、その時も色々と工夫をしていたことが判明する。


「最初の一か月で小石を全部当てられるようになったんだ。獲物を見つけたら逃げられる前にすぐに狙って投げられるようにならないと駄目だと思ったから……」
「うむ、その通りだ。どんな状況でも素早く投げられるようにならなければ意味はないからな」


アルが多数の小石をレノに投げさせていたのは狩猟の際に獲物を逃がさないためであり、素早く狙い通りに石を投げれるようになれば獲物が逃げる暇も与えない。だから小石を矢継ぎ早に投げ続けさせて集中力を磨かせた。

素人でも時間をかければ狙いを定めて的に当てることはさほど難しくない。だが、狩猟の際は動き回る獲物を相手にすることが多いので悠長に時間をかけて狙いを定める余裕はない。だから一瞬で狙いを定めて当てるだけの集中力を磨かなければならない。


「石を的に外さなくなってからは今度は投げ方を変えてみたんだ」
「投げ方を変えた?」
「うん、獲物をしっかり仕留められるように力いっぱい投げたんだ。だけど、力を込め過ぎると上手く当たらなくなって……だから色々な投げ方を試してみたんだ」
「お前、そんなことまで……」


レノはアルに教わらずに自分で考えて投げ方の工夫を行い、投げる際も必要以上の力を込めない方が当たりやすいことに気付く。


「最初は爺ちゃんに教えてもらおうかと思ったけど、仕事で忙しいのに練習に付き合わせるのも悪いし……」
「ふん、余計な気遣いをしおって……子供の分際で遠慮など100年早い!!」
「100年経ったら爺ちゃんも僕も死んでると思うけど……」
「や、やかましい!!いちいち揚げ足を取るな!!」
「ご、ごめん……でも、自分で考えて投げるのは楽しかったよ。だから相談するのもすっかり忘れてたんだ」
「……そうか」


誰かに教わるだけではなく、自分で考えて行動することでレノはアルの予想を超える成長を果たした。アルは自分に相談しなかったことに寂しさを覚えるが、いつの間にか成長していた孫に嬉しく思う――
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