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序章 狩人の孫

第16話 赤毛熊

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「ひぃいいいっ!?」
「ガアアッ!!」
「あの馬鹿……くそっ!!ファイアボール!!」


赤毛熊に追いつかれそうなゴーマンを見てレノは反射的に魔法を発動させ、右手に火球を作り出した状態で走り出す。ゴーマンが赤毛熊に追いつかれる前にレノは火球を投げ放つ。


「喰らえっ!!」
「ガウッ!?」
「うわぁっ!?」


ゴーマンを追いかけていた赤毛熊の顔面に目掛けてレノは火球を投擲し、狙い通りに当てることに成功した。火球は衝突した瞬間に爆発して赤毛熊の動きが止まる。その間にレノはゴーマンに逃げるように告げる。


「早く行け!!」
「レ、レノ!?どうしてお前が……」
「いいから行け!!さっさと山を下りろ!!」
「は、はいっ!!」


レノに怒鳴られたゴーマンは言われた通りに全速力で駆け抜け、それを見届けたレノは赤毛熊へ振り返る。レノの生み出す火球はゴブリン程度の魔物ならば一発で倒す威力はあるはずだが、赤毛熊は顔面に爆発が生じたにも関わらずに頭を振って煙を振り払う。


「グゥウウッ……!!」
「……嘘だろ?」


自分の魔法を顔面に受けてもびくともしない赤毛熊にレノは呆気にとられ、かつてアルが倒したオークをも上回る耐久力を誇る赤毛熊にレノは冷や汗を流す。


「ガァアアアッ!!」
「うわっ!?」


ゴーマンからレノに狙いを切り替えた赤毛熊は鋭い鉤爪を繰り出し、咄嗟にレノは強化術を発動させて後方へ跳躍する。先ほどまでレノが立っていた地面が爪で抉り取られ、それを見たレノは一撃でも攻撃を受ければ致命傷は免れないと判断した。

これまでに遭遇したどんな魔物よりも大きくて恐ろしい力を持つ赤毛熊にレノは冷や汗が止まらず、初めてオークに襲われた時以上の恐怖を味わう。だが、昔と違って今のレノは魔物に対抗する力を持っていた。


(恐れるな!!俺はもう弱い子供じゃない……魔術師なんだ!!)


祖父から受け継いだ魔法の力を信じてレノは右手に意識を集中させ、再び火球を作り出した。


「ファイアボール!!」
「ガアッ!?」


再び火球を作り出したレノは赤毛熊に目掛けて投げ放ち、今度は腹部に爆発が生じた。赤毛熊は爆炎を浴びて体勢が崩れかけるが、即座に持ち直して怒りの咆哮を放つ。


「ガァアアアアッ!!」
「そんな……効いてないのか!?」


二度も火球を喰らわせたにも関わらずに赤毛熊は怯む程度で大した損傷を負っていなかった。レノの魔法はばアルよりも上回るはずだが、オークを倒す火力の攻撃を二度も受けて平気な赤毛熊にレノは戸惑う。


(化物め!!だったら倒れるまで撃ちこんでやる!!)


一年前にゴブリンの群れと戦った時とは違い、現在のレノは体力も魔力も十分に温存していた。一度や二度の攻撃が通じないのであれば何度でも攻撃を仕掛けるしかない。


「ファイアボール!!」
「ガアッ!?」


三度目の火球を作り出したレノを見て赤毛熊は両腕で顔面を覆う。流石に二度も攻撃を受けたことで学習したらしく、防御を固めて攻撃に備えた。しかし、レノは敢えて火球を投げ込まずに場所を移動する。


(闇雲に攻撃するだけじゃ倒せない!!こいつの弱点を探すんだ!!)


不用意に攻撃するのではなく敵の動きを観察しながら弱点を捜し、決して焦らずに冷静に戦う。一年前にレノがアルを助けられなかったのは自分が冷静さを欠いて行動していたからだと思っていた。

アルを追いかけてレノが山に登った時、冷静さを欠いていたせいでゴブリンの罠に引っかかり、武器《ボーガン》を奪われてしまった。もしもゴブリンがレノの武器を奪っていなかったらアルは矢を喰らって致命傷を負うこともなかった。だからレノは二度と迂闊な行動を取らないように冷静に考えながら行動する。


(顔面に当てても駄目なら他の箇所を攻撃しても無駄そうだな……けど、攻撃を受けるのを嫌がっているのは確かだ。全く効果がないわけじゃなさそうだ)


赤毛熊が顔面を庇った場面を見てレノは自分の魔法が全く通じていないわけではないと判断し、試しにもう一度だけ攻撃を仕掛けた。


「喰らえっ!!」
「ガウッ!?」


今度は赤毛熊の後方に回り込んで火球を当てると、背中に爆炎を浴びた赤毛熊は怯む。やはり全く攻撃が効いていないわけではないらしく、次の魔法を発動させる前にレノは手持ちの武器を確認する。


(今持っているのは短剣《これ》だけか……こんなのじゃどうしようもないな)


魔法を覚えてからレノは山に登る時は武器の類は殆ど持ち出さず、せいぜい動物を仕留めた時に利用する解体用の短剣しか持ち合わせていない。尤も魔法を通じないような相手にボーガンなどの武器が通用するとは思えず、魔術師ならばやはり一番頼れるのは自分の魔法だと考え直す。


(やっぱりこいつを倒すとしたら狙うのは頭だ……あいつの口の中に火球をぶちまけてやる!!)


先ほど顔面に火球を当てた時は赤毛熊は咄嗟に目元と口を閉じていたからであり、赤毛熊が大口を開いた瞬間に口内に火球を爆発させれば倒せる可能性はあった。いくら化物じみた耐久力を誇ろうと体内に爆炎が送り込まれれば無事で済むはずがない。


「よし、これで仕留めてや……うわっ!?」
「ガアッ!?」


四度目の魔法を発動しようとした瞬間、レノは足元に何かがぶつかって転んでしまう。先ほどゴーマンが逃げ出した際に地面に落とした果物を踏んづけてしまったらしく、レノは最悪のタイミングで転んでしまった。


「いててっ……しまった!?」
「ガアアアッ!!」


転んだレノに目掛けて赤毛熊は突進し、今からでは強化術を発動させても逃げるのは間に合わなかった。レノは迫りくる赤毛熊に目を見開き、このままでは殺されると思って反射的に右手を差し出す。


(駄目だ!!この距離だと魔法を発動させても逃げ切れない!!)


倒れた状態で右手を突き出したレノだが魔法を発動させたとしても赤毛熊の突進は防げないことは分かり切っていた。仮に火球を撃ち込んだとしても赤毛熊の動きを一瞬だけ止めるのがやっとであり、それでは逃げるのは間に合わない。

しかし、魔法の他に対抗手段がないレノは右手に意識を集中させ、魔法を発動させて一か八かの賭けに挑む。


「ファイアボール!!」
「ガアアアッ!!」


レノが火球を生み出しても既に全速力で走ってきた赤毛熊の勢いは止まらず、彼を吹き飛ばす勢いで突っ込む。それに対してレノは右手を前に突き出す。


「このぉおおっ!!」
「ガアッ!?」


火球を投げる暇がないと思ったレノは火球を握りしめた状態で右手を前に出すと、突っ込んできた赤毛熊の額に当たった。その瞬間、レノの掌の火球は凄まじい爆発を引き起こしてレノと赤毛熊は同時に吹き飛ぶ。


「うわぁっ!?」
「アガァッ!?」


レノは数メートルは離れた場所に吹き飛ばされ、赤毛熊は背中から地面に倒れ込んだ。偶然にも赤毛熊の突進の衝撃によって火球が爆発し、運良くレノは爆発の余波で吹き飛ばされて距離を取る。


(し、死んだかと思った……)


普通の人間なら爆発に巻き込まれれば無事では済まないが、魔術師が生み出した魔法は術者を傷つけることはない。但し、爆発に発生した衝撃までは防ぎ切れず、吹き飛ばされた際にレノは身体を痛めて衣服もところどころ焼け焦げてしまう。

再生術を利用して痛みを和らげたレノは立ち上がると、何故かこれまでは魔法受けてもびくともしなかった赤毛熊が中々起き上がらないことに気が付く。先ほどの爆発の影響なのか赤毛熊は明らかに弱っていた。
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